マーケティングジャーナル
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Print ISSN : 0389-7265
巻頭言
観光マーケティングの諸相
栗木 契
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2020 年 39 巻 4 号 p. 3-6

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Abstract
Translated Abstract

In Japan, tourism has become marketing issues of great interest in recent years. The expansion of inbound tourism continues and the Olympic Games are imminent. Tourism has gained widespread public attention beyond specific issues of the industry. However, tourism is an industry with many contradictions and conflicts. This issue features articles that explore these aspects and discuss how various players can mediate contradictions and conflicts in tourism marketing.

高まる観光への関心

わが国では観光への関心が近年,高まっている。インバウンド観光の拡大が続いており,さらには目前に迫ったオリンピック,その先には万国博覧会などが控えている。

日本の観光は特定の産業の問題を超えて,広く社会の注目を集めるようになっている。

日本経済を支える産業は,時代と共にシフトしてきた。近年は日本の製造業はかつての勢いを失い,その存在感を低下させている。一方で観光が,新たな成長産業として台頭してきている。

訪日観光客数は2010年代に入って急増し,2018年には3,000万人を超えた。10年前の約4倍という大きな伸びである(Japan National Tourism Organization, 2020)。訪日外国人による旅行消費額は4兆円を超え,これを輸出に相当すると見なすと,日本の観光産業は自動車,化学薬品に次ぐ外貨の稼ぎ手となっている(Gekkanjigyoukousou hensyuubu, 2018)。

古い産業から新しい産業へ

伝統的な日本の観光施設は,今から20~30年ほどには,労働集約型の古い産業と見られていた。しかし時代は移り,観光が新たな成長産業となっている。これは特殊な出来事ではなく,世界の他の先進各国と共通する現象である。

とはいえサービス経済への産業転換が進む欧米先進国は,わが国の一歩先を行く。現時点の日本における外国人旅行者受入数は,フランスなどと比較するとその3分の1程度にとどまる。わが国の観光産業の成果は,欧米先進国一般に比べると実はまだ低い水準にある(Ministry of Land Infrastructure Transport and Tourism, 2019, p. 3)。

ポジティブにとらえれば,この遅れは日本の観光産業には,さらなる伸び代が残されているということである。そして観光の活性化は,多くの関連産業への波及効果を生む。宿泊施設などへの不動産投資が進み,活況に沸く日本の地域は少なくない。また観光の活性化は,交通インフラのなど整備への後押しともなっている。

加えて観光産業は,人手不足を受けたAIやロボティクスの導入が見込まれ,関連産業の技術革新をうながしている。そして観光産業は,レストランや小売施設の売上拡大に貢献し,食品や雑貨をはじめとする各種の生活関連産業に対しては,日本をショーケースとしたグローバルな新規顧客開拓の機会を提供する。

顕在化しつつある負の側面

注目を集める日本における観光産業。しかし一方で,その発展とともに負の側面も目につくようになってきている。押し寄せる人波で風情の失われてしまった名勝など,情緒的な問題だけはでない。交通,ゴミ,治安といった地域のインフラにも打撃はおよぶ。そこに地価や家賃の上昇が加わることで,住民の追い出しにつながっていくことが危惧される。やがてこれは地域に労働者不足などの問題を引き起こし,負のブーメランとして観光産業にもはね返っていく。机上論ではない。すでに日本の観光産業がベンチマークとしてきたバルセロナやサンフランシスコなど,世界の先進観光地で起きている現実である(Kerr & Kiyono, 2019)。

対立の調停という課題

そこにあっては,対立する問題をいかに両立させていくかが課題となる。

観光客の交通アクセスに目を配りつつ,一方でのんびりとしたそぞろ歩きの楽しみも見落とさない。観光公害を防ぐにはマナーの啓発が必要だが,看板公害とならない仕掛けに知恵を絞る。防災などの公共事業においても,景観への配慮を欠かさない。伝統文化の伝承は大切だが,凍結保存した死せる文化の継承とはしない。一方で映画セットのようなテーマパーク化への注意も怠らない(Kerr & Kiyono, 2019)。

場合によっては不便さや難解さを逆手にとって価値に転じる柔軟な思考が,観光のツアー設計にも都市計画にもマーケティングにも必要となる。

観光のマーケティング問題を探索する

本号の特集では,観光産業という,わが国における古い革袋に新しい酒をいかに注げばよいかを検討したい。観光は多くの矛盾をかかえた産業であり,観光マーケティングの局面においても対立する問題の調停が欠かせない。

以上を踏まえ本号では,そこで必要となるマネジメントに,観光にかかわる各種のプレイヤーがいかに取り組めばよいかを探索する論文を集めた。いずれもが観光マーケティングのフロンティアに挑もうする意欲的な論文である。以下にその概要を示す。

廣田論文

廣田論文は,欧米豪からの旅行者に向けて,日本の地域が独自の景観,歴史,文化を維持しつつ,体験型観光を提供していくためのプラットフォーム形成のプロセスを,「地域の変革モデル」の視角から検討する。岐阜県飛騨市の里山エクスペリエンスの事例をもとに,アクティベーターという異邦人が,規律・統制型の地域において観光プラットフォームを形成する際に果たす役割を考察する。わが国の地域の観光資源を活用するうえで,住民の暮らしを大切にしながら,観光にかかわる情報発信や受け入れをめぐる各種のあつれきや矛盾を調停し,「暮らしのなかを旅する」というコンセプトを実現していく必要条件を考える上での重要な観点を提示する論文である。

畢論文

畢論文は,歴史的な文化遺産に欠ける地域においても,観光客を引きつける地域文化を新たに醸成していくことは可能であることを,カルフォルニアキュイジーヌの事例を踏まえて指摘する。グローバル・マーケティングのひとつの要諦は,多数派を追わなくても,特定の強い嗜好をもつ少数派を世界中から吸引できれば,大きな市場が形成されることである。そのなかにあって,世界の各地でストーリーを備えたスローフードが重要な観光資源となっている。本論文は先行研究を引き継ぎながら,歴史的な文化遺産に恵まれたヨーロッパ以外の地域でも,世界中に名を知られるスローフードのメッカとなることができることを新たに示し,そしてそこで必要となるストーリーの役割を,事例を踏まえて検討する。

柏木論文

柏木論文は,日本企業が海外において,地域の事業者やコミュニティと共に,観光事業を発展させていったプロセスを,観光ビジネスエコシステムの形成という視角から紹介する。JTBハワイという一民間事業者の試行錯誤が,ハワイにおける日本市場向けの観光事業の発展を生み出しただけではなく,地域の公的な観光組織の設立につながっていた過程を追跡する。観光地域経営組織(DMO)をはじめとする,地域の公的な観光組織がいかにして生まれ,地域コミュニティや地域資源に悪影響をおよぼすことなく地域に根づき,成長していくかという問題について,示唆に富むひとつモデルを提示する論文である。

森藤論文

森藤論文は,拡大しつつある国内メディカルツーリズムを取り上げる。金沢市に拠点を置く医療法人の事例をもとに,遠方からコストをかけて健診・人間ドック受診に訪れる患者の移動動機が検討される。ツーリズムの動機にかかわる研究に用いられてきたpush-pull理論のもとで,包括的な移動動機の検討が行われる。国内メディカルツーリズムにおける移動動機を形成している要因として,医療施設がサービスやホスピタリティに優れていること加えて,所在地の観光地としての魅力,交通アクセスのよさ,そして患者自身の健康への意識やリテラシーの高さ,口コミによる推奨などに注目するべきであることが指摘される。国内においても広がりつつあるメディカルツーリズムという新しい消費をとらえるための示唆を提供してくれる論文である。

References
  • Gekkanjigyoukousou hensyuubu. (2018). DMO ni takamaru kitai. Kankou wa jidousha to narabu yushutusangyou ni. Project Design Online, April. Retrieved from https://www.projectdesign.jp/201804/2dmo/004739.php (February 8, 2020).(月刊事業構想編集部(2018).「DMOに高まる期待 観光は,自動車に並ぶ輸出産業に」『月刊事業構想』2018年4月号)(In Japanese)
  • Japan National Tourism Organization. (2020). Visit Japan jigyou kaishi ikou no houjitukyakusu no suii. Tukibetu nenbetu toukei data. Retrieved from https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/ (February 9, 2020).(日本政府観光局(2020).「ビジット・ジャパン事業開始以降の訪日客数の推移」『月別・年別統計データ』)(In Japanese)
  • Kerr, A., & Kiyono, Y. (2019). Kankou boukoku ron. Tokyo: Tyuuoukouronnshinsha.(アレックス゠カー・清野由美(2019).『観光亡国論』中央公論新社)(In Japanese)
  • Ministry of Land Infrastructure Transport and Tourism. (2019). Kankou hakusyo. Ministry of Land Infrastructure Transport and Tourism. Retrieved from http://www.mlit.go.jp/statistics/file000008.html (February 9, 2020).(国土交通省(2019).「観光白書」『国土交通省』)(In Japanese)
 
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