マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
サービス・カスタマイゼーション
― ハイタッチとハイテクによる個別対応 ―
小野 譲司酒井 麻衣子神田 晴彦
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2020 年 40 巻 1 号 p. 6-18

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Abstract

サービス分野におけるカスタマイゼーションは,従来は人間が行っていたサービス活動をテクノロジーに代替する動きが進みつつある。人間による柔軟性とテクノロジーによる標準化のバランスをどう取るかは,現代のサービス設計における重要な課題である。本研究では,人間によるサービスとテクノロジーベースのサービスの経験が,顧客のサービス品質評価に与える影響について実証研究を行った。その結果,どちらのサービス経験を選択するかによって,顧客期待が品質評価に与える影響と,接客サービスが品質評価に与える影響が異なること,顧客の経験値の違いによって効果が異なることも明らかになった。最後にサービス・カスタマイゼーションに関する実務的示唆と今後の課題を示した。

Translated Abstract

In the service field, there is an increasing trend for service firms to replace service activities previously performed by humans with technologies. Balancing human flexibility with the reliability of technology is an important issue in service design. We conducted three empirical studies on how human touch and technology-based service experiences affect customer evaluation of service quality. Results revealed that availability of human touch moderates the effect of customer expectations on the evaluation of service quality, whereas availability of technology-based service moderates the effect of customer service on the evaluation of service quality. We also found that the effects vary depending on the degree of customer experience. These findings obtained from our studies have some practical implications for business. Finally, some issues for future research of service customization are presented.

I. 問題

サービス分野において,顧客一人ひとりのニーズや状況に合わせて,柔軟かつ臨機応変にサービスを個別対応することは,質の高いサービスの特徴の一つである。とくに,それはサービス担当者が顧客に対面して行う,接客を中心としたサービスに言及されることが多い。本稿では,このような人によるサービスを「ハイタッチ」と呼ぶ。サービス・エンカウンター研究では,そうした柔軟な個別対応を,主として対人相互作用の観点から,相互の役割と役割外の行為に焦点を当てて説明する(Surprenant & Solomon, 1987)。そして,個別対応を遂行する現場従業員の能力や動機付け(Gwinner, Bitner, Brown, & Kumar, 2005; Wilder, Collier, & Barnes, 2014),個別対応を受けた顧客がサービス担当者に対してもつ「感謝」という感情,ロイヤルティの形成(Bock, Mangus, & Folse, 2016)といった,原因と結果に関する研究知見も報告されている。

一方,サービス分野でオンラインチャネル,モバイルアプリ,ロボティクス,AIなど様々なテクノロジーを導入する動きが,バックヤード業務から,顧客接点を伴うフロント業務までにも及んでいる(Wünderlich, Wangenheim, & Bitner, 2013)。従来は人間が行っていたハイタッチのサービス活動をテクノロジーに部分的ないしは完全に代替するサービスを推進する動きもある。例えば,日本の金融機関では,ロボアドバイザーが導入され始めた。このサービスを利用すると,利用者は自身の資産状況,リスク許容度に応じた投資のアドバイスを受けられるだけでなく,投資運用も一任できるようになっている。本稿では,このようなテクノロジーをベースとしたサービスを「ハイテク」と呼ぶ。

サービス分野におけるテクノロジー導入は,主としてサービス担当者の能力や動機付けといった個人要因がサービス品質のバラツキをもたらすという異質性問題を解決する手段の一つである。何らかのテクノロジーを導入することで,サービスを標準化し,品質の平準化と信頼性を高め,生産性を向上させることが期待される。しかしながら,ハイタッチをハイテクに代替する場合,顧客に対するネガティブな影響も懸念される。第一に,顧客がテクノロジーを受容するかどうかである。第二に,人間をテクノロジーに代替する,オンライン化,自動化,セルフサービス化は,サービス品質の低下を招くのではないか,というものである。これは,人間が提供するサービスによって,担当者と顧客の関係性が深くなる効果が期待されるが,テクノロジーに代替するとその効果が失われるのではないか,という問題にも関わる(Bitner, 2001)。

このような新しい現実と研究の動きを踏まえて,本研究では,ハイタッチによるカスタマイゼーションをハイテクに代替すると,顧客のサービス品質評価は低下するのか,という問題を理論的,実証的に検討することをねらいとしている。次章では,サービス・カスタマイゼーションの概念を整理したうえで,ハイタッチとハイテクのサービス・プロセスが,顧客のサービス品質評価過程とどう関係するかについて先行研究に基づいて考察する。

II. 先行研究:サービス・カスタマイゼーションと品質評価

1. サービス・カスタマイゼーションの概念整理

顧客へのサービスの個別対応には,いくつかの種類がある(表1)。第一に,サービス内容や結果を決める主導権が顧客と企業のどちらにあるかによって,カスタマイゼーションとパーソナライゼーションに分けられる(Arora et al., 2008)。顧客が主導するカスタマイゼーションは,顧客が自分の要求をサービス担当者に伝える,もしくはメニューから選択したオプションについて,企業が個別対応することを意味する。一方,企業が主導するパーソナライゼーションは,顧客一人ひとりにサービスのメニューを対応させること,販促やキャンペーンなどのプロモーションのオファー,購買履歴に応じた個人ごとの差別価格の設定,そして,“人づて”もしくはオンラインやロボットなどのテクノロジーを用いて自動的にレコメンデーションを行うことを指す。本稿では両者をカバーした広義のサービス・カスタマイゼーションという用語を用いる。

表1

サービス・カスタマイゼーションの概念整理

第二に,サービスの個別対応には,顧客にどのような便益がもたらされるか,というサービスの結果に関わる側面と,それをどのようなプロセスで提供するかという側面がある。パソコンや自動車のオプションを選択するのと同じように,ラーメンの茹で加減や脂の量を客の好みで調整するのが,結果の個別対応である。一方,プロセスの個別対応とは,ドリンクを食事と一緒に提供するか,食後に出すかといったプロセスの順序がわかりやすい。そうしたプロセスを人の手で行うか,テクノロジーをベースとしたセルフサービスや自動化技術で行うか,という違いがある。

2. ハイタッチとハイテクによるサービスのプロセス

ハイタッチは,サービス担当者の労働を通して提供される(Giebelhausen, Robinson, Sirianni, & Brady, 2014; Gwinner et al., 2005)。表1にあるように,顧客が何を欲しているかを聴き取り,リクエストに応えるカスタマイゼーションと,サービス担当者が顧客の様子や状況をみて,おすすめや提案をするパーソナライゼーションがある。これらは機能的なベネフィットだけでなく,社会的・情緒的なベネフィットを顧客に与え,感謝の気持ちや信頼といった関係構築の源泉になる。また,顧客の属性や状態に合わせた臨機応変な性質を持つ適応的サービスは,顧客への共感,顧客のニーズの先読み,先回りしたサービス提案がその特徴であり,サービス担当者の知識・能力と態度・動機付けが,優れたサービス品質をもたらす先行要因となる(Wilder et al., 2014)。顧客はそうした人間が行う適応的サービスを共感と親密さ,驚きと発見があるサービスとみなすのである。

それに対してハイテクは,スマートインタラクティブ・サービス(Wünderlich et al., 2013),AI(人工知能)(Huang & Rust, 2018, 2020),ロボット(Jörling, Böhm, & Paluch, 2019; Van Doorn et al., 2017; Xiao & Kumar, 2019)など,フロントラインやバックヤードに導入されるテクノロジーを総称するものである(Huang & Rust, 2017)。これらハイテクのカスタマイゼーションとは,顧客みずからがメニュー,価格,支払いの回数や決済手段などのオプションを選択するものであり,その多くはセルフサービスで行われるものを指す。それに対して,ハイテクのパーソナライゼーションとは,顧客を識別して,特定の商品・サービス,広告や販促のプロモーションオファーなどを提示するものである。

ハイテクは,生産性と品質の向上をもたらすとともに,顧客経験を変えるような,サービス・イノベーションを実現する手段として期待される。サービス・エンカウンター研究においては,従来は人間が行っていたサービス活動を,テクノロジーで代替ないしは補完できるか,顧客はハイテクを受容するのか,サービスにおける人間の役割とは何か,といった論点を含んだ研究へと発展し,概念的な議論が行われている(Huang & Rust, 2020; Larivière et al., 2017; Xiao & Kumar, 2019)。次々に台頭する新技術に関連する新たな研究課題を整理する一方,そもそもサービス・エンカウンターをどう捉え直すべきか,という概念枠組みの組み替えを模索している段階とも言える。

フロントラインに導入されるテクノロジーの多くは,顧客のセルフサービスを伴うことが多い。企業が設定した手続き,ノウハウ,プログラム,アプリケーション,ロボットや設備・機械といったセルフサービステクノロジー(SST)を用いて,顧客は自らに期待された役割行動を遂行する。セルフサービスの多くは,顧客にとって低コストでサービスを調達できるだけでなく,顧客は自身のニーズや状態にあった便益を自分にとって最適な状態で得ることができる。それは知覚コントロールという概念で説明される。知覚コントロールとは,人間が自分の行動や経験を自分でコントロールしていることである(Chase & Dasu, 2014)。

顧客にとって複数オプションを選択できるカスタマイゼーションとセルフサービスは,知覚コントロールが高い状態を意味する。その状態を望む顧客にとって,セルフサービスは自由度が高く,ハイタッチでなくとも,好ましいサービス品質水準が得られたと評価する可能性がある,と考えられる(Collier & Sherrell, 2010)。

3. サービス品質評価

顧客の視点でサービス品質をみると,「ある実体(製品やサービス)が全体としてどれくらい卓越し,優秀であるかについての消費者判断」という知覚品質として捉えられる(Zeithaml, 1988)。さらに,サービス品質は全体的評価の下位次元として「信頼性があり,標準化され,欠陥がない」ことを表す信頼性(reliability)という次元と,「企業の提供物が異質な顧客ニーズを満たす程度」を表すカスタマイズ(個別対応)という次元で捉えられる(Fornell, Johnson, Anderson, Cha, & Bryant, 1996)。

こうしたサービス品質を顧客が評価する過程は,期待不一致モデルを応用したかたちで説明される(Oliver, 1997; Parasuraman, Zeithaml, & Berry, 1985)。すなわち,人はサービスに対する予測的期待を有しており,実際に経験したサービスをその期待水準を満たしているかどうかを参照点として用いて評価判断している,というものである。このモデルは,人が最初からサービス品質について,期待水準を特定の「点」で認識している,という仮定に基づいている。

一方,全ての顧客が特定の期待水準を事前に有しているとは限らず,顧客期待を「分布」で捉える顧客もいると想定したモデルが提案されている(Rust, Inman, Jia, & Zahorik, 1999)。そのモデルは,予測的期待は一つの点ではなく,連続的に分布しており,顧客はその期待分布の平均値を評価における参照点とする,と想定する(Rust et al., 1999)。ある製品カテゴリーやブランドの経験をもたない人は,得られる効用を正確に予想できないため,期待分布は広く,実際に経験したサービスと一致しない可能性が高くなるだろう。しかし,経験が増えると予測的期待がより確からしい狭い分布に収束する。このような経験量の蓄積に伴う期待更新プロセスに加えて,顧客期待が顕著で明確になると,品質評価において同化効果が起こりやすく,期待の役割がより強くなるとも考えられている(Johnson & Fornell, 1991)。

このような期待分布の更新という観点からみれば,カスタマイゼーションを通したサービスを選択する顧客は,自分が何をしてほしいかサービスの結果について特定のニーズをもつと考えられる。従来はハイタッチで購買や利用をしていたサービスにおいて,あえてハイテク,すなわち,オンラインやモバイルのチャネルを選択する顧客は,サービスの利用経験と知識を豊富にもち,特定の用途やニーズに対して,ハイテクで何ができるかを把握していると思われる。それゆえ,顧客のサービスに対する期待分布はより狭く,より明確になると予想される。

しかしながら,こうしたサービス・カスタマイゼーションにおいて,ハイテクとハイタッチの違いがどう関わるかについての研究は概念的議論が中心であり,実証研究を踏まえた議論へと進めていく必要がある。それはまた,人間があえて介在し,サービスを行うこと自体が,顧客のサービス品質評価にどのような効果があるのかを問うことでもある。そのためには,人間の労働そのものがもつ効果や,テクノロジーそのものが持つ効果を,それ以外の要因と切り分けて分析する必要がある。

III. 研究目的

ハイタッチは,個別対応が可能な一方,品質のバラツキが大きく,信頼性が低い。それに対して,ハイテクは,標準化されて信頼性が高いが,個客ニーズへの適応が図りにくい。このような対比は,サービス・カスタマイゼーションを人間とテクノロジーのどちらを採用すればより効果的に行えるか,という供給サイドの品質管理の課題である。

一方,利用前,利用中,利用後という顧客経験ステージで捉えると(Lemon & Verhoef, 2016),あるステージでは人間を主体としながらテクノロジーで補完されたサービスを経験し,また別のプロセスではハイテクのセルフサービスを経験するなど,ハイタッチとハイテクの組み合わせは個々の提供者によっても,また業種によっても一般的な特徴が異なり,顧客経験における組み合わせパターンは多様である。

本研究では,ハイタッチとハイテクのサービス設計がより効果的な顧客経験をもたらすかを実証的に明らかにする。具体的には,図1の概念図を下敷きにしながら,研究1から研究3に分けて検討する。ここで,効果的な顧客経験かどうかは,顧客が自分の個人的要求がどれくらい満たされたかという個別対応に関するサービス品質評価で捉える。また,ハイタッチとハイテクが及ぼす効果をより明確にするため,サーベイデータで捕捉できる全ての顧客経験ステージにおいて,ハイタッチのみを選択した場合を「ハイタッチ経験者」,同様に全てのステージにおいてハイテクを選択した顧客を「ハイテク経験者」と操作的に定義する。

図1

本研究の概念図(研究1,研究2,研究3)

出典:著者作成

1. 研究1:顧客期待とハイテクの効果

個別対応のサービス品質に対してハイテクが与える効果を,主効果と顧客期待との交互作用効果に分解して検証する。

第一に,サービスに対する顧客期待は,品質評価のフレーミングもしくは参照点となるため,期待が高いほどサービス品質評価は高いと予想される(Fornell et al., 1996)(H1-1)。第二に,ハイテクを利用すること自体が,サービス品質を好ましいものと評価する主効果が予想される(H1-2)。顧客はハイテクのセルフサービスを経験することによって知覚コントロール感が高まり(Collier & Sherrell, 2010),それが品質評価にプラスに影響する,と考えられるからである。

第三に,ハイテクを利用する場合,顧客期待が個別対応のサービス品質評価に与える効果を緩和する調整効果が予想される(H1-3)。ハイテクによってサービス品質が平準化されるとともに,ハイタッチで期待されるような柔軟な個別対応が期待できないことから,顧客のサービス品質評価が一定の水準に抑制される,と考えられる。

H1-1:顧客期待は,個別対応のサービス品質評価にプラスの影響を与える。

H1-2:ハイテクは,個別対応のサービス品質評価にプラスの影響を与える。

H1-3:顧客期待が個別対応のサービス品質評価に与える効果は,ハイテクを経験した場合小さくなる(マイナスの交互作用効果)。

2. 研究2:接客サービスとハイタッチの効果

個別対応のサービス品質評価に対してハイタッチが与える効果を,主効果と接客サービスの評価との交互作用効果に分解して検証する。すなわち,人間が接することによって認知される共感,温もり,安らぎといった価値が,サービス品質評価に現れるかどうかである。

第一に,接客サービスを高く評価するほど,自身のニーズが満たされたという個別対応の品質評価が高くなる,と考えられる(H2-1)。第二に,ハイタッチのみを経験すると,セルフサービスではなくあえて人が行ったこと自体が,顧客の個別対応のサービス品質を高める,と考えられる(H2-2)。第三に,あえてハイタッチのみを選択する場合,接客サービスがさらに個別対応のサービス品質を高めやすくなる,と考えられる(H2-3)。ハイタッチを選ぶということは,接客サービスに対する重要度が高いことを示唆する。それゆえ,同じ水準の接客サービスを受けても,より個別対応されたという評価につながりやすい,と考えられるからである。

H2-1:接客サービスは,個別対応のサービス品質評価にプラスの影響を与える。

H2-2:ハイタッチは,個別対応のサービス品質評価にプラスの影響を与える。

H2-3:接客サービスが,個別対応のサービス品質評価に与える効果は,ハイタッチを経験した場合,より大きくなる(プラスの交互作用効果)。

3. 研究3:顧客の異質性による違い

研究1および研究2のモデルについて,顧客の異質性,すなわち,カテゴリー経験の水準によって効果が異なるかどうかを明らかにするのが研究3である。カテゴリー経験の水準を当該ブランドに限らず,同様のサービスの利用頻度で捉え,ハイテクとハイタッチの交互作用効果がカテゴリー経験水準の違いによって違うかを確認する。カテゴリー経験の水準が低い顧客はそのサービスの初心者であり,多い顧客は熟達者と見なすことができる。仮説は次の通りである。

H3-1:カテゴリー経験の水準によって,顧客期待とハイテクが,個別対応のサービス品質評価に与える交互作用効果がある。

H3-2:カテゴリー経験の水準によって,接客サービスとハイタッチが,個別対応のサービス品質評価に与える交互作用効果は異なる。

カテゴリー経験の水準が高まると,学習効果が働くことにより期待分布は狭くなると予想される。したがって,カテゴリー経験の水準によって,顧客期待とハイテクがサービス品質評価に与える効果が異なることが考えられる。またカテゴリー経験の水準によって,サービスを受ける過程におけるハイタッチの重要度が異なることが想定される。よって,接客サービスとハイタッチがサービス品質評価に与える効果にも違いがあると考えられる。

しかしこの際,業種の提供するサービスの質的違いによって,その違いの表れ方が異なる可能性がある。例えば,期待が明確な熟達者にとっては,専門的で複雑なサービスにおけるハイテクは利便性が高いと感じさせ,サービス品質の評価をより高めるかもしれないが,単純なサービスにおけるハイテクは“当たり前”とみなされ,そのような効果は見られないかもしれない。またハイタッチに関しても,専門的なサービスにおいては,分かりやすさを求める初心者にとって重要度が高いかもしれないが,接客スタッフとの親しさが価値となりうるサービスにおいては,熟練者にとってより重要かもしれない。本研究では,そのようなサービス提供内容の質が異なるさまざまな業種を対象とするため,詳細な効果の符号にまで踏み込まず,顧客の異質性によって効果が異なることだけを仮説とする(H3-1,H3-2)。

IV. 実証研究

1. 目的と手法

本章では,前節で示した研究目的について,複数業種のサーベイデータを用いた実証研究を行う。研究1の分析モデルとして,個別対応のサービス品質を従属変数とし,独立変数を顧客期待,ハイテクのダミー変数を独立変数とする線形回分析を行う。研究2では,ハイタッチのダミー変数と接客サービスの評価を独立変数とする線形回帰分析を行う。どちらの研究とも,独立変数の主効果と交互作用効果を分けて検証する。さらに,研究3ではこれらの分析モデルについて,顧客のカテゴリー経験の水準の影響を考慮した群間比較を行う。

これらのモデルでは,顧客の個人属性(性別・年齢・年収),購買履歴(顧客シェア),評価対象となるサービス業者の企業特性(ネット専業),サービス特性(プライベート/ビジネス利用)を統制変数として投入する。

2. データの概要

分析には,2017年度日本版顧客満足度指数(JCSI)調査1)で収集された,各種サービス業の利用経験者による回答データを用いる。対象業種は7つである(銀行,証券,ビジネスホテル,シティホテル,国内航空,国際航空,旅行)。これらはハイタッチとハイテクの双方を提供する業態である2)。各業種の変数定義などの詳細は表2に掲載した。データの制限から,顧客経験ステージの全ての経験を捕捉しているわけではなく,業種によってハイタッチおよびハイテクの内容が異なる。銀行と証券についてはサービス利用前から利用中までの経験全般を扱っているが,ホテル,航空,旅行については利用前の予約に関する手続きにとどまる。そのため,利用中の経験もサービス品質評価に影響を与えうることを考慮すると,単純に結論を導くには注意を要する。したがって,以降では銀行・証券を中心に結果を考察する。

表2

変数定義の詳細

3. 結果と考察

研究1,2,3ごとに分析の結果と考察をまとめる。なお,「ハイタッチ経験者」および「ハイテク経験者」の本分析における操作的な定義は本章冒頭に記した通りである。例えば,同じ「予約」という手続きにおいてハイタッチもハイテクも提供されているが,データ上捕捉されたすべての利用機会でハイタッチのみを利用している回答者を「ハイタッチ経験者」として定義している。

(1) 研究1

各変数の主効果,ならびにハイテクとの交互作用効果を表3にまとめた。表中の数値は標準化偏回帰係数であり,5%水準で有意であったものには下線を付した3)(以降の表も同様)。

表3

研究1(顧客期待とハイテク)の分析結果

顧客期待は全業種でプラスの主効果を示し,H1-1は支持された。一方,ハイテクの主効果はどの業種でも見られず,H1-2は支持されなかった。業種を問わず,ハイテクを利用したというだけではサービス品質評価には何ら影響は見られない。しかし,H1-3の顧客期待とハイテクの交互作用については,証券とビジネスホテルにおいてマイナスの効果が見られたが,銀行およびそれ以外の業種においては有意な効果はなかった。したがってH1-3は部分的に支持された。証券では,証券取引のような専門的な知識やアドバイスが伴うようなコア・サービスを提供するため,ハイテクによる品質の平準化効果が高かった,と考えられる。

(2) 研究2

4に,独立変数の主効果ならびにハイタッチとの交互作用効果をまとめた4,5)

表4

研究2(接客サービスとハイタッチ)の分析結果

接客サービスは全業種でプラスの主効果を示し,H2-1は支持された。一方,ハイタッチの主効果は国際航空を除き,銀行・証券を含めたどの業種でも見られず,H2-2は支持されなかった。つまり,ハイタッチ自体は,個別対応のサービス品質評価には何ら影響を与えていない。しかし一方で,接客サービスとハイタッチの交互作用効果は,証券と旅行において,プラスの符号で有意であり,H2-3は部分的に支持された。

証券においては,オンラインやモバイルといったハイテクを使える環境であるのにもかかわらず,ハイタッチだけを選択する顧客にとっては,接客サービスがサービス品質評価をより高める交互作用効果が生じたと解釈できる。一方,銀行においては,資産運用アドバイスなども含むとはいえ,入出金などの各種続きのような事務的サービスが中心であるため,ハイタッチを選択することの効果が低かったのではないかと考えられる。

(3) 研究3

研究1モデルおよび研究2モデルについて,カテゴリー経験の水準を高・中・低の3群で回答者を分けて分析した結果を表5に掲載した6)

表5

研究3(顧客異質性)の分析結果

H3-1について,カテゴリー経験の水準によって,交互作用効果に違いが見られ,仮説が支持された。マイナスの交互作用効果が見られたのは,銀行では低・中群,証券では低群であった。また,国内航空と国際航空では中群,ビジネスホテルでは高群であった。

銀行・証券においては,カテゴリー経験の水準が高い群には交互作用効果が見られず,低い群にはそれが見られた。これは,カテゴリー経験の水準が高い顧客ほど期待分布が狭く,サービスに関する知識も深いため,期待に見合ったサービス品質評価が行われやすいためと考えられる。そのため,期待がサービス品質評価に与える効果に対し,ハイテクが影響しにくいものと考えられる。一方,カテゴリー経験の水準が低い顧客ほど,テクノロジー利用によるサービス品質評価の平準化効果が大きいため,交互作用効果が見られた可能性が示唆される。

H3-2についても同様に仮説が支持された。また,業種によって方向性の異なる結果が得られた。証券では低・中群でプラスの効果が見られた。その他は,旅行では中・高群でプラスの効果が見られ,シティホテルでは中群,国際航空では低群でマイナス効果が見られた。

証券取引の経験が少ない人々にとって,専門的な説明や人による応対を伴う接客サービスは,不安感を和らげ,安心して取引を進めるのに役立つ,と考えられる。初心者や慣れていない顧客に対しはハイタッチがより効果的である。一方,利用し慣れた顧客にとっては,ハイタッチだからといって,個別対応の品質評価がより一層高まるわけではない,と解釈できる。

V. 結論と展望

ハイタッチを中心に議論されることが多いサービス・カスタマイゼーションは,テクノロジー導入が進展する中で,様相が変わりつつある。その中で,ハイタッチをハイテクに代替することにまつわる問題は,テクノロジーは新しい価値をもたらすという期待とともに,人間のような柔軟な対応ができず,顧客のサービス品質評価が低下するのではないか,という相反する見方も存在する。本研究は,この点について,一定の結論を出すに至った。

第一に,ハイテクを利用するだけでは,サービス品質評価にプラスないしマイナスの影響は見られなかった。また,ハイタッチを提供しているからといって,サービス品質評価が有意に高くなる,という事実も見出せない。

第二に,顧客がハイテクとハイタッチのどちらを選択するかによって,サービス品質評価の過程に調整効果をもたらす可能性がある。顧客期待や接客サービスは,個別対応のサービス品質評価にプラスの影響をもつという先行研究の知見に加えて,どのようなプロセスでカスタマイゼーションを経験するかによって,それらの影響力が異なる。すなわち,ハイテクを経験すると,顧客期待が品質評価に与える影響が緩和される。それに対して,ハイタッチを利用すると,接客サービスが品質評価に与える効果はより強くなる。

第三に,こうした調整効果は,顧客間で違いが見られる。本研究では,とくに特定業種のサービス利用経験に注目し,いくつかの業種での違いを検討した。従来のハイタッチをハイテクで代替すると,顧客のサービス品質評価に影響があるが,その影響の度合いは,顧客セグメントによって異なることが示唆された。

1. 実践的示唆

本研究から導かれる実務的な示唆を三つ挙げる。第一は,利用頻度別の顧客対応の検討である。すなわち,利用頻度が低い顧客は,対面サービスだけでなく,コールセンターなどを通じた人的要素を増やし,品質評価の向上を狙うことが可能である。一方,利用頻度が高い顧客には,インターネットサービスなどで24時間365時間サービス対応できるようなハイテクの充実を図ることである。

第二は,ネット専業事業者における顧客拡大のための施策である。一般にネット専業事業者は店舗をもたずにコストを抑える方針をとる。しかし,有店舗事業者に比べて,ハイタッチを提供しにくいネット専業事業者にとって,利用頻度が低い顧客の獲得が困難な構造にある。これらを打開するための施策として,例えばネット証券において最近見られる,IFA(独立系フィナンシャル・アドバイザー:Independent Financial Advisor)事業者を巻き込んだ,人材活用が挙げられる7)

第三は,利用頻度向上のためのハイテクに関する顧客教育の重要性である。利用頻度が低い顧客には利用頻度を高めると同時に,ハイテクを使いこなしてもらう施策が有効になる。例えば,近年見られるウェビナーなどのハイテクの使用方法を解説する施策や,特定のサービスだけを利用できるスマートフォンのアプリから始めて,徐々にハイテクに慣れてもらい,やがて高機能のハイテクに移行させるといった施策も有効である。

2. 今後の研究課題

今後の研究課題は次の通りである。第一は,実証研究の限界に関わる課題である。本研究ではハイタッチとハイテクの効果を明確に把握するため,あえてより狭く限定的に定義した。また,データの制限から,幅広い顧客経験ステージ全てについて取り扱うことができず,また単純に利用したかどうかを比較するにとどまった。さらに,対象業種については7業種を取り上げたが,業種の違いの影響を一般化して考察するには十分とは言えなかった。

第二は,顧客経験のどのステージで,どのような内容について,ハイテクとハイタッチを経験するのかが,全体的なサービス品質評価にどう影響するかをより詳細に検討することである。また,本研究では,サービス・カスタマイゼーションのうち,顧客が主導するカスタマイゼーションと企業が主導するパーソナライゼーションを明確に区別したかたちでハイタッチとハイテクの効果を検討したわけではない。さらに,モバイルアプリやATMのようなテクノロジーだけでなく,AIや自律型ロボットのように,高度なパーソナライゼーションが期待されるテクノロジーでは,顧客がハイテクに期待するサービス水準は異なると考えられる。テクノロジーのタイプによる違いにも注目すべきであろう。

第三は,顧客が自分のニーズを明確に把握していない場合,個別対応のサービス品質評価をどのように考えれば良いかを検討することである。顧客は自分が選択した,あるいは企業から提案されたオファーが,自分のニーズにフィットしているかどうか確信できないこともある(Simonson, 2005)。また,経験属性や信頼属性といった違いにより,パーソナライゼーションによる品質評価に違いがあるかもしれない。

第四は,顧客の信頼を確立し,ロイヤルティを強化する上で,ハイタッチとハイテクがどう貢献するかを検討することである。ロボットやAIにはない人間ならではの特性(Huang & Rust, 2020),ブランド固有のSSTを顧客が学習することによるスイッチング障壁といった面も含めた研究課題もある。さらに,本研究でも注目したように,どの顧客セグメントに対して,テクノロジーと人間をどう補完させながら顧客関係管理を推進するかは,理論的にも実践的にも興味深い課題である。

謝辞

本研究は,日本マーケティング学会リサーチプロジェクト「サービス・マーケティング研究会」の一環として行われました。実証研究に用いたJCSI調査データの利用を許可していただいたサービス産業生産性協議会および,本稿に対して貴重なご指摘とコメントをいただいた編集担当の小野晃典先生(慶應義塾大学)に深く感謝申し上げます。

1)  サービス産業生産性協議会が,30業種前後・約400社のサービス企業について総計12万人以上の利用者に対して実施する顧客満足度調査(Service Productivity & Innovation for Growth, 2018)。

2)  対象企業の詳細はサービス産業生産性協議会ホームページを参照(同上)。

3)  統制変数として投入したその他の変数とハイテクとの交互作用が見られたのは,銀行において購買履歴(顧客シェア)とのプラスの効果,証券においては年齢とのプラスの効果であった。

4)  接客サービスに関する4項目が欠損している回答者は対象から除外されている。

5)  統制変数として投入したその他の変数とハイタッチとの交互作用が見られたのは,銀行と国内航空において年齢とのプラスの効果,証券と国際航空において性別とのプラス効果,国内航空においてネット専業ダミーとのマイナスの効果,国際航空においてプライベート・ビジネス利用ダミーとのプラスの効果であった。

6)  研究1,2の結果と同様に,顧客期待と接客サービスは,全業種において全ての群でプラスの主効果を示した。またハイテクの主効果については,全業種の全ての群で有意な効果が見られず,ハイタッチの主効果については,銀行の中群においてマイナス,高群においてプラス,旅行の低群においてプラスの効果が見られた。

7)  IFAは,いわゆる金融商品の仲介業者として立ち回り,特定のネット専業の金融機関には所属しない立場にある。手数料は顧客からではなく提携先の証券会社から支払われる。これらの取り組みによって利用頻度の低い顧客に人間によるサービスを提供するようになっている。

小野 譲司(おの じょうじ)

慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了,博士(経営学)。明治学院大学教授などを経て現職。専門はマーケティング,サービス・マネジメント,顧客満足度指数。

酒井 麻衣子(さかい まいこ)

法政大学大学院博士後期課程経営学専攻(マーケティング)修了,博士(経営学)。複数の民間企業でデータ分析コンサルティングに携わり,多摩大学准教授を経て現職。専門はサービス・マーケティング。

神田 晴彦(かんだ はるひこ)

筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻修了,博士(経営学)。専門はテキスト・マイニング,人工知能(AI)。

References
 
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