This special issue considers the roles, effects, and applications of crowdsourcing and crowdfunding. Over the past 15 years, these have been major themes for both business practitioners and academic researchers. Many organizations have adopted crowdsourcing and crowdfunding as part of their business processes, and many academics have discussed their effectiveness in various contexts. In this special issue, we include knowledge about these issues that explains phenomena in the real world using marketing theory. The four featured research articles provide excellent theoretical contributions and practical implications. We hope that this issue will advance research on crowdsourcing and crowdfunding in marketing.
ジェームズ・スロウィッキー氏によるThe Wisdom of Crowdという書籍がある(Surowiecki, 2004)。当初は異なる邦訳タイトルで発売されていたものの,新装再刊されてからは,原著に近い『群衆の智慧』を邦訳タイトルとして冠している。同書で紹介される群衆が優れた予測にたどり着いた事例を見ると,「群衆の智慧」がマーケティングに大きな利点をもたらすであろうことが予想できる。
その一方で,「群衆の智慧」が思わぬ結果に結びついてしまうこともある。たとえば,日本経済新聞,東京大学の鳥海准教授,ホットリンク社による共同調査では,COVID-19下におけるトイレットペーパーの買い占めがどのように起きたかが分析されている(Nikkei, 2020)。同分析による指摘で興味深いのは,「トイレットペーパーを買い占める必要がない」という正しい情報が拡散されていく過程で,むしろ多くの人々が不安を感じ,買い占め行動が引き起こされていったという点である。「群衆」となった人々に向き合う難しさが感じられる事例ではないだろうか。
マーケティングと「群衆の智慧」との結びつきは,いくつかの視点から議論することができる。その最たる例の一つがクラウドソーシングの活用であろう。Wired誌のエディターであったジェームズ・ハウ氏は,2006年に発表した記事の中で「クラウドソーシング」という言葉を使っている。ハウ氏は,クラウドソーシングを「普通の人々が,コンテンツの創造や問題解決,企業の研究開発をするために,彼らの余剰能力(スペアサイクル)を使うこと」と説明し(Howe, 2006; Nishikawa & Honjo, 2011),多くの人の関心を引くこととなった。過去の資料を振り返ると,日本においても,ハウ氏の記事からそれほど時間を置かずに人々の知られるところとなったようである。たとえば,2006年8月30日には日経MJでクラウドソーシングという言葉が取り上げられており,「企業などがインターネットを用い,群衆(クラウド)に対してアウトソーシングすること」という説明と「ネット時代の新しい知的生産術として,このところ急速に注目されるようになった新概念」という解説が掲載されている(Nikkei MJ, 2006)。
クラウドソーシングから派生した言葉にクラウドファンディングがある。2000年代後半からアメリカで盛んになってきたクラウドファンディングは,2011年の東日本大震災を契機に我が国においても広く知られるようになった(Asahi Shimbun, n.d.)。実際,日経テレコンを使い,日経各紙における「クラウドファンディング」という言葉を含む記事を掲載年ごとに検索してみると,2011年に1件のヒットだったものが2012年には26件,2013年には118件と増加を続け,2017年から2019年にかけては年間500件を越えるまでになっている。2020年においても,10月31日までの10か月間で既に500件を越える記事があり,これまで以上に多くの記事に取り上げられる勢いである。COVID-19の影響により,さらなる注目を集めているものと理解できるだろう。
学術的な議論に目を向けてみても,それぞれへの言及は大幅に増えている。論文検索サイト『ProQuest』において,学術誌を対象に「crowdsourcing」を検索してみると,2010年の1年間に発表された論文のヒット数が27件であったのに対し,2015年には418件,2019年には799件にもなっている。「crowdfunding」についても類似した増加傾向が見て取れる。本誌においても,Nishikawa and Honjo(2011)が無印良品におけるクラウドソーシングを取り上げた議論を進めており,国内外において活発な議論が交わされている様子が確認できるだろう。
ここまで見てきた通り,クラウドソーシングという言葉が一般的に用いられるようになってからは15年ほど,クラウドファンディングという言葉が注目を集めてからは10年ほどが経過し,今では多くの企業や組織が関連した取り組みを進め,様々な研究者が議論に参加するようになっている。そこで,本特集においては,実務と学術の両面からの関心の高まりを念頭に,実際に企業や組織で行われているクラウドソーシングやクラウドファンディングへの取り組みに理論的な考察を加え,それらの位置づけ,有効性,応用可能性を改めて検討していきたいと考えた。収録したのは,先進的な議論を進めている以下の4本の論文である。
第一論文は,石田大典氏,大平進氏,恩藏直人氏による「購入型クラウドファンディングの成功要因―シグナリング理論に基づく実証研究―」である。先行研究の適用可能性を問題意識とし,大手クラウドファンディング・プラットフォームのデータによる分析を進めた同論文は,日本市場を対象にした先駆的な研究の一つとして位置づけられるだろう。一部の仮説は支持され,一部の仮説は棄却されているが,こうした結果は,日本の市場特性を検討するうえで,大いに参考になるはずである。また,実際のプラットフォームで得られたデータを分析しているだけに,クラウドファンディングに携わる実務家に大きな示唆をもたらす知見が導出されている。
第二論文は,大平修司氏,スタニロスキースミレ氏,日高優一郎氏,水越康介氏による「クラウドファンディングとしてのふるさと納税—寄付と寄付つき商品による理解—」である。本論文では,日本において着実に規模を拡大させているふるさと納税を取り上げ,クラウドファンディングとしての位置づけの明確化や寄付や寄付付き商品に関する議論との接合が試みられている。クラウドファンディングや寄付付き商品に焦点を置く研究者にとっては,ふるさと納税を研究対象とする際の理論的基盤が得られる貴重な議論であろう。また,ふるさと納税に携わる担当者にとっては,クラウドファンディング,寄付,寄付付き商品に関わる研究知見やその応用可能性を把握し,効果的な施策を実現する一助になるはずである。
第三論文は,本條晴一郎氏,伊藤友博氏による「自然言語処理技術を用いたクラウドソーシングアイデアの有望性予測―レシピ投稿サイトにおける探索的研究―」である。同論文では,クラウドソーシングにおいて多様なアイデアから有望なものを探し出すプロセスの困難さを課題として提示したうえで,ユーザー創出アイデアの独創性を自動的に測定するアルゴリズムの構築が試みられている。レシピ投稿サイトのデータを用いて行われた検証からは,本論文で提示された手法の有効性が一定程度確認されており,今後のクラウドソーシング活用の効果を高めるうえで,有意義な議論が進められている。本論文で示されたような手法の広まりが,クラウドソーシングの効果的な活用を促進し,ひいてはイノベーション創出の原動力となりうることを考慮すれば,極めて価値の高い論考である。
第四論文は,大平進氏による「ギグ・エコノミーが製品開発に及ぼす影響―新しい働き方がもたらすイノベーション創出の可能性―」である。同論文では,ギグ・エコノミーという概念に注目し,製品開発研究における位置づけが先行研究レビューより明らかにされていく。論文中で取り上げられるギグ・ワーカーがクラウドワーカーと重複する面を踏まえれば,クラウドソーシング研究にも大きな示唆を含む議論であることが分かるだろう。また,論文冒頭で行われるシェアリング・エコノミーとギグ・エコノミーに関する概念整理は,これらの分野での議論を発展させるうえで,非常に有益であると考えられる。新たな概念が次々と生まれる中,それらの学術的な位置づけを明確化する本論文のような存在は,多くの方にとって貴重なものであろう。
いずれの論文も,学術的に精緻な議論が進められているだけでなく,現実社会の実態を反映した検討が試みられており,学術的にも実務的にも大きな貢献を有するものとなっている。本特集が,クラウドソーシングやクラウドファンディングに関わる研究やビジネスの進歩に少しでも貢献できれば幸いである。
本号には以上の4つの招待査読論文のほかにも,2本のレビュー論文,1本の投稿査読論文,2本のマーケティングケース,2本の書評が収録されている。いずれも質の高い学術的貢献と実務的示唆が含まれた論考となっている。是非,お目通しいただきたい。