2021 年 41 巻 1 号 p. 98-108
本研究の目的は,ブランド・コミットメントに及ぼす消費価値の交互作用効果を明らかにすることである。先行研究は,消費価値を構成する各価値と購買態度・行動との関係について検討してきたが,各価値間の交互作用効果を考慮していなかった。そこで,本研究は,消費価値における機能的価値,感情的価値,社会的価値の交互作用を考慮し,それらがランニングシューズのブランド・コミットメントに与える影響について検証した。研究の結果,ブランド・コミットメントに対する各価値間の交互作用効果が明らかになった。
The purpose of this study was to show an interaction effect between the dimensions of consumption values on brand commitment. Previous studies have examined the relationship between each dimension of consumption values and purchasing attitude and behavior, but did not consider an interaction effect between each dimension. Therefore, this study examined the relationship between brand commitment and consumption values for running shoes, considering the interaction of functional value, emotional value, and social value in consumption values. The result of this study shows that there is an interaction effect of each value on brand commitment.
消費者は,企業から提供されるブランド便益を価値として認識し,ブランドとの関係を構築する(Aaker, 1996/1997; Chaudhuri & Holbrook, 2001)。消費者が認識する価値の代表的モデルとして,Sheth, Newman, and Gross(1991a, 1991b)の消費価値(Consumption Values)モデルがある。消費価値は,機能的価値(Functional Value),感情的価値(Emotional Value),社会的価値(Social Value),認識的価値(Epistemic Value),条件的価値(Conditional Value)から構成される。機能的価値は,財の特性,信頼性,耐久性など機能的・実用的・物理的性能から発生する知覚的効用である。例えば,それは,自動車における高い燃費性能や少ない故障から生じる効用である。感情的価値は,財の購買・所有・使用における感情から発生する知覚的効用である。幼少時から親しみのある食品に対する心地よい感情や自動車への愛着から生じる効用が感情的価値である。社会的価値は,特定の社会集団との関係から発生する知覚的効用である。それは,顕示的消費や消費における準拠集団からの影響など他者関係の中で生じる効用である。認識的価値は,好奇心の喚起,新奇性の提供,知識欲求の充足などから発生する知覚的効用である。例えば,それは,新しくオープンしたナイトクラブにおいて,新しい経験ができるかもしれないという好奇心から生じる効用である。条件的価値は,特定の購買状況から発生する知覚的効用である。それは,クリスマス・カードのように特定の季節で生じる効用である。
Sheth et al.モデルでは,各価値を独立した概念とし,各価値と購買態度・行動との関係を検討している。しかしながら,各価値は相互に影響を与えることが考えられる。Sweeney and Soutar(2001)は,態度における功利的要素(Utilitarian Attitude)と快楽的要素(Hedonic Attitude)が関係していることから,各価値間の交互作用を指摘している。例えば,魅力的なカーペットの購入は,機能的価値のみならず感情的価値を増大させる可能性があり,各価値が相互に関係していると彼女たちは指摘している。各価値が相互に影響を与えているのであれば,その交互作用を考慮して,ブランドと消費者との関係を検討しなければならない。しかしながら,そうした研究は限られている。
本研究は,ランニングシューズ・ブランドを対象に,ブランド・コミットメントに及ぼす消費価値の交互作用効果を明らかにする。まず,消費価値概念と各価値間の交互作用について検討し,仮説を構築する。そして,ランニングシューズ・ブランドに関するアンケート調査から仮説を検証する。
ここでは,先行研究をレビューし,消費価値概念を整理する。そして,消費価値の交互作用効果に関する仮説を構築する。
1. 消費価値概念と先行研究における成果Sáncez-Fernández and Iniesta-Bonillo(2007)によれば,知覚価値研究は,単一次元価値(Uni-Dimensional)アプローチと多次元価値(Multi-Dimensional)アプローチに分類できる。功利的価値と快楽的価値の両方が併存する多次元価値アプローチの嚆矢としてSheth et al.モデルがある1)。Sheth et al.(1991a, 1991b)は,「消費者は,なぜ特定の製品やブランドを購買するのか(もしくは購買しないのか)」という問題意識にもとづき,機能的価値,感情的価値,社会的価値,認識的価値,条件的価値から構成されるモデルを示した。
Sheth et al.モデルは,①多次元の価値から構成されること,②選択状況(財の特性)によって,購買態度・行動に対する各価値の影響が異なること,③各価値は独立していること,を前提としている。したがって,先行研究では,財の特性を考慮し,各価値と購買態度・行動との関係について検討している。表1は,Sheth et al.モデルをベースにした主な先行研究を整理したものである。先行研究では,製品からサービスまで様々な財を対象にしている。また,Sheth et al.モデルの構成価値全てを検討しているのではなく,財の特性や被説明変数によって構成価値を取捨選択したり,独自の価値を追加したりしている。さらに,消費価値は,購買決定だけでなく,ブランド・コミットメントやブランドの信頼といったブランド態度にも影響を与えることが示されている。
消費価値に関する先行研究の概要
注:Kang et al.(2014)では,価値(Value)ではなく便益(Benefits)となっている。ただ,同研究はSheth et al.(1991a)を引用しながら価値と便益をほぼ同義として捉えている。また,Wang et al.(2004)では,「Customer Value」となっているが,Sheth et al.モデルの研究成果を引用しながら価値概念を検討している。
出典:筆者作成。
2. 各概念の関係と仮説の構築本研究では,ランニングシューズ・ブランドを対象に,ブランド・コミットメントに及ぼす消費価値の交互作用効果を検証する。ブランド・コミットメントを従属変数に,消費価値を独立変数に設定する。そして,本研究では最も基礎的で影響力が強いとされる消費価値,すなわち機能的価値,感情的価値,社会的価値に焦点を当て,ブランド・コミットメントに対するそれらの交互作用効果を検討する。
(1) 消費価値とブランド・コミットメントの関係Chaudhuri and Holbrook(2001)は,消費者が認識した価値(功利的価値と快楽的価値)が,ブランドへの態度(信頼とポジティブな感情)に影響し,それがブランドと消費者との関係(ブランド・ロイヤルティ),そして業績(市場シェアと相対的価格)に影響を与えることを示している。ブランドと消費者との関係を示すブランド・ロイヤルティは,再購買率といった行動指標としての行動的ロイヤルティ(Purchase Loyalty)とブランドへのコミットメントを含む態度的ロイヤルティ(Attitudinal Loyalty)に分けられている。
態度的ロイヤルティであるブランド・コミットメントとは,「(当該ブランドとの)価値ある関係を続けようとする持続的な願望」であり(Moorman, Zaltman, & Deshpande, 1992, p. 316),それはブランドと消費者との関係において重要な変数である。なぜなら,行動的ロイヤルティのみに着目すると,ブランドとの意図的な関係構築の結果として再購買する「真のロイヤルティ」と低価格などの理由から再購買する「偽りのロイヤルティ」を区別することができないからである(Dick & Basu, 1994)。「真のロイヤルティ」と「偽りのロイヤルティ」の違いを見極めるためには,消費者がブランドとの関係を継続する態度,すなわちブランド・コミットメントに着目する必要がある。
Kang, Tang, and Fiore(2014)やWong, Chang, and Yeh(2019)において,消費価値がブランド・コミットメントに影響することが示されている。したがって,本研究ではブランド・コミットメントを従属変数に設定し,消費価値との関係を検討する。
(2) 機能的価値,感情的価値,社会的価値とブランド・コミットメントの関係本研究は,消費価値の中でも相対的に影響力が強いと考えられる機能的価値,感情的価値,社会的価値に焦点を当て,消費価値とブランド・コミットメントの関係を検討する。機能的価値は,消費価値を構成する基本的な要素である(Sheth et al., 1991a, 1991b)。また,ブランド態度の形成に機能的価値と感情的価値の両方が影響すると指摘されている(Chaudhuri, 2006/2007; Ishibuchi, 2019)。さらに,人目に触れる程度によって購買行動に対する準拠集団の影響が異なることも指摘されている(Bearden & Etzel, 1982)。これらのことから,ランニングシューズの場合,機能的価値,感情的価値,社会的価値がブランド・コミットメントに強く影響を与えると考えられる。
一方,認識的価値と条件的価値は,上記の価値に比べるとその影響力は小さいと考えられる。Sweeney and Soutar(2001)は,衣服や耐久消費財を対象に消費価値の尺度を開発した際,認識的価値と条件的価値を反映する項目を確認できず,これらの価値を分析から除外している。その理由として,①認識的価値は,体験型サービスにおいて発生する可能性はあるが,耐久消費財においてはそうではないこと(それほど重要でない),②条件的価値は特定の状況においてのみ発生する価値であり,通常の購買においては大きな影響を与えないこと,を指摘している。したがって,本研究では,相対的に影響力が強いと考えられる機能的価値,感情的価値,社会的価値に焦点を当て,それらのブランド・コミットメントに対する影響を検証する。そして,次のような仮説を構築する。
H1a,b,c:機能的価値,感情的価値,社会的価値は,ブランド・コミットメントに正の影響を与える。
(3) ブランド・コミットメントに及ぼす各価値間の交互作用効果Sheth et al.モデルでは,各価値の独立性を前提にしている。しかし,各価値が独立しているからと言って,各価値間の交互作用がないという訳ではない。Shirai(2014)において,各価値が相互に影響することが示されている。Shirai(2014)は,高品質・低価格ブランド(ユニクロ)を対象に,ブランドの品質評価,価格評価,安心感,自己表現機能,羞恥心がブランドへの態度(好意度,再購買意向,購買意向などから成る合成変数)に与える影響を検証している。この研究はSheth et al.モデルをベースにしたものではないが,品質評価と価格評価は機能的価値,安心感は感情的価値,自己表現機能と羞恥心は社会的価値に相当する。分析の結果,感情的価値(安心感)は,機能的価値(品質評価,価格評価)と社会的価値(自己表現機能,羞恥心)から影響を受けブランドへの態度を形成することが示された。つまり,ブランド態度の形成において各価値が相互に影響していることが示唆されている。
消費の感情研究や認知心理学の成果から,機能的価値と感情的価値の交互作用効果を想定できる。伝統的な態度形成モデルでは,認知的要素の評価の後,感情が生じ,行動につながると考えられていた。認知的要素の評価とは,対象が有している属性の評価であり,機能的価値に相当する。しかし,近年では,認知と感情は,独立しているが,相互に影響を与えているという考えが主流である(Ishibuchi, 2019)。認知心理学においても,認知が感情に影響するだけでなく,気分状態依存効果や気分一致効果のように感情が認知に影響することも示されている(Oohira, 1997)。これらのことから,機能的価値と感情的価値が交互作用しながらブランドへの態度が形成されると考えられる。したがって,本研究では次のような仮説を構築する。
H2:ブランド・コミットメントに対して,機能的価値と感情的価値の交互作用効果がある。
社会的価値を構成するブランドの象徴性が製品評価に影響を与えることは,消費者行動研究において広く受け入れられている(Sheth et al., 1991b)。例えば,Harley-Davidsonは,「男らしさ」や「社会的束縛からの自由」などを積極的に訴求した結果,消費者は,重く,騒々しく,決して乗り心地が良くないHarley-Davidsonの二輪車を「男らしくて,社会的束縛からの自由を象徴する二輪車」として認識するようになり,その機能を肯定的に評価するようになった。そして,これがHarley-Davidsonに対する強いブランド・コミットメントを形成した(Aaker, 1996/1997)。Harley-Davidsonの事例は,社会的価値が機能的価値に影響を与えると同時に,機能的価値が社会的価値にも影響し(重く騒々しいからこそ社会的束縛からの自由を象徴する),これらがブランド・コミットメントに作用することを示唆している。Shirai(2014)においても,ブランド態度の形成において,機能的価値と社会的価値の相関が示されている。したがって,本研究では次のような仮説を構築する。
H3:ブランド・コミットメントに対して,機能的価値と社会的価値の交互作用効果がある。
社会的価値と感情的価値は,この両者が密接な関係を持つことから交互作用効果があると考えられる。Keller(2008/2010)は,ブランドに対する感情的反応(ブランド・フィーリング)の1つの要因として,当該ブランドの社会的承認を指摘している(例:メルセデスベンツ)。そして,こうした感情的反応がブランドへの強く活発なロイヤルティ(ブランド・レゾナンス)に寄与すると述べている。つまり,ブランドが社会的に承認されている場合(メルセデスベンツはステータスシンボルとして認められている),消費者は当該ブランドに対してポジティブな感情をもち,それがブランドとの強い関係,すなわちブランド・コミットメントに寄与することを意味している。したがって,本研究では,次のような仮説を構築する。
H4:ブランド・コミットメントに対して,感情的価値と社会的価値の交互作用効果がある。
(4) ブランド・コミットメントに及ぼす消費者関与の交互作用効果さらに,本研究では,消費者関与と消費価値の交互作用効果も検証する。多くの先行研究では,財の特性のみを考慮して分析している。しかしながら,Kaur, Dhir, Rajala, and Dwivedi(2018)は,消費価値とブランド・コミュニティの継続意向(ブランド・コミットメント)の研究において,消費者のコミュニティ活動レベルの相違によって,ブランド・コミュニティの継続意向に影響を与える消費価値が異なることを示している。このことから,対象に対する強い関心や意識が,消費価値とブランド・コミットメントの関係を調整すると推測できる。
そこで,本研究では,関与概念を参考に,ブランド・コミットメントに対する消費価値と消費者関与の交互作用効果を検証する2)。関与とは,対象の重要性,もしくは個人的関連性に関する消費者認識である(Peter & Olson, 2010, p. 84)。関与の源泉として,消費者特性(自己概念,個人特性,専門的知識),製品特性(製品の象徴的意味,知覚リスク,価格),状況特性(購買状況,使用状況)がある。対象に対する強い関心や意識は,関与の源泉における消費者特性に該当するものである。そこで,本研究では,消費者特性から発生する関与概念を参考に,ランニングシューズに対する興味関心の程度を消費者関与とし,次のような仮説を構築する。
H5:ブランド・コミットメントに対して,消費者関与は各価値への交互作用効果をもつ。
機能的価値,感情的価値,社会的価値はSweeney and Soutar(2001)とPunniyamoorthy and Raj(2007)の尺度を参考に,ブランド・コミットメントはCoulter, Price, and Feick(2003)の尺度を参考に項目を設定した(表2)。回答尺度は,どの項目においても5段階リッカート尺度(1:全く思わない–5:非常にそう思う)で測定した。また,消費者関与は,Peter and Olson(2010)の関与概念における消費者特性を参考に,ランニングシューズに対して興味,こだわりがあるかについて質問し,「はい」と「いいえ」で回答してもらった。
各因子項目の平均値,標準偏差,およびCFAの結果
「神戸マラソン2018」の参加者を対象に,アンケート調査(自記入式)によってデータを収集した。大会前日(2018年11月17日)の参加者受付終了後に,アンケート調査を実施した。調査票の配布数は855票であり,回収された回答数は844票であった。このうち「月間走行距離」の未記入7票をリストワイズ削除し,有効回答数は837票(97.8%)となった。
3. 分析方法得られたサンプルから,機能的価値,感情的価値,社会的価値,ブランド・コミットメントの確認的因子分析(Confirmatory Factor Analysis: CFA)を実施した。尺度の信頼性の検討にはα係数,ω係数,Composite Reliability(CR)を用いた。収束妥当性の検討にはAverage Variance Extracted(AVE)を,弁別妥当性の検討にはHeterotrait-Monotrait Ratio of Correlations(HTMT)を算出し,それぞれ確認した。ブランド・コミットメントを従属変数として,機能的価値,感情的価値,社会的価値,消費者関与,デモグラフィック変数(性別,年齢,月間走行距離,出場回数,購入数,知識)を独立変数とする階層的重回帰分析を実施し,各価値と消費者関与の交互作用を検証した。分析にはHAD16.0を用いた。
サンプルにおいて,性別は男性が75.5%,女性が24.5%と男性がかなり多かった。年齢は30歳未満が9.7%,30歳代が15.9%,40歳代が35.8%,50歳代が29.9%,60歳代が8.7%と40歳以上の割合が多かった。月間走行距離は,100キロ未満が30.0%,100–199 kmが41.6%,200キロ以上が28.4%であった。また,フルマラソンの出場回数は平均10.6回であった。月間走行距離とフルマラソンの出場回数を併せて考えてみると,回答者は普段からトレーニングを積んでいるアスリートランナーであると推測できる。また,使用しているブランドで最も多かったのがアシックスであり47.3%であった。そして,ナイキの14.2%,ミズノの12.8%,アディダスの11.1%の順で多かった。
2. 構成概念妥当性の検証と各尺度の信頼性と妥当性の検討表2は,各因子項目の平均値,標準偏差,およびCFAの結果である。機能的価値,感情的価値,社会的価値の各項目の平均値において,機能的価値の「快適な履き心地である」が最も高い値を示した。このことから,今回の調査において,ランニングシューズは,機能的価値の強い製品であることがうかがえる。なお,全項目において天井効果,床効果は確認できなかった。
CFAの結果,因子負荷量が0.40以下となる項目を削除した。各因子のα係数,ω係数,CRは全て0.60以上を示し信頼性が確認された(Bagozzi & Yi, 1988; Hair Jr., Black, Babin, & Anderson, 2014; McDonald, 1978)。
収束妥当性は,AVEを用いて検討した。AVEの値は,ほとんどの項目で望ましい値とされる0.50以上(Fornell & Larcker, 1981; Hair Jr. et al., 2014)を示したが,機能的価値のAVEは,わずかに0.50を下回った。しかしながら,本研究では,許容範囲内とし収束妥当性を認めた。
弁別妥当性に関しては,HTMTを算出して検討した(Henseler, Ringle, & Sarstedt, 2015)。弁別妥当性を判断するにあたって,HTMTが0.85(Best fit)~1.0(Moderate)を満たすことが推奨されており,この値が低いほど概念間の弁別妥当性が認められる(Henseler et al., 2015)。本研究のHTMTは,0.62から0.98となり,弁別妥当性が認められた。
3. 仮説モデルの検証:各価値と消費者関与の交互作用効果を考慮した階層的重回帰分析本研究で構築された仮説モデルを検証するために,ブランド・コミットメントを従属変数とした階層的重回帰分析を実施した。Step 1で各価値,消費者関与,デモグラフィック変数を主効果として投入し,Step 2で主効果,および各価値と消費者関与の交互作用項を投入した。多重共線性をコントロールするためにVariance Inflation Factor(VIF)を算出した。VIFは1.066から5.116となり,多重共線性は確認されなかった。なお,交互作用項における多重共線性を回避するため,独立変数は全て中心化した(Aiken & West, 1991)。
表3は,階層的重回帰分析の結果である。分析の結果,機能的価値,感情的価値,社会的価値,消費者関与はブランド・コミットメントに正の,年齢は負の影響を与えることを確認した。したがって,H1a,b,cが採択された。
階層的重回帰分析の結果(従属変数:ブランド・コミットメント)
また,機能的価値と感情的価値,機能的価値と社会的価値,感情的価値と社会的価値の交互作用効果も確認した。図1は,それらの単純傾斜の検定結果を示している。機能的価値と感情的価値については,機能的価値が低い場合のみ,感情的価値がブランド・コミットメントに正の影響を与えた。機能的価値と社会的価値については,社会的価値が高い場合のみ,機能的価値がブランド・コミットメントに正の影響を与え,そして,感情的価値と社会的価値については,社会的価値が低い場合のみ,感情的価値がブランド・コミットメントに正の影響を与えた。したがって,H2,H3,H4が採択された。
各価値間の交互作用効果
消費者関与ついては,ブランド・コミットメントへの主効果は確認できた。しかしながら,各価値への1次ならびに2次の交互作用効果は,本研究では確認できなかった。したがって,H5は不採択となった。
本研究では,ランニングシューズを対象に,機能的価値,感情的価値,社会的価値の交互作用効果を考慮し,消費価値とブランド・コミットメントの関係について分析した。さらに本研究では,消費者関与による各価値への交互作用効果も検討した。
1. 考察分析の結果,機能的価値,感情的価値,社会的価値がブランド・コミットメントに正の影響を与えることが確認された。そして,ブランド・コミットメントへの影響は,社会的価値,機能的価値,感情的価値の順で大きかった。これは,ランナーにとって,ランニングシューズ・ブランドが重要な自己表現手段であり,ランナーとしての準拠集団を他者に訴求できることがブランド・コミットメントに大きな影響を与えることを示している。
また,ブランド・コミットメントに対する各価値間の交互作用効果も確認された。そして,以下の2点を指摘できる。第1に,感情的価値は,機能的価値と社会的価値の低さを補う効果を持つと考えられる。機能的価値が低い場合のみ,そして社会的価値が低い場合のみ,感情的価値は,それぞれブランド・コミットメントに正の影響を与えた。つまり,感情的価値は,機能的価値や社会的価値の低さを補い,ブランド・コミットメントの向上に寄与していると言える。ここでは,それを「感情的価値による機能的価値・社会的価値の補助効果」と呼ぶ。
第2に,社会的価値は,機能的価値を増幅する効果を持つと考えらえる。社会的価値が高い場合のみ,機能的価値は,ブランド・コミットメントに正の影響を与えた。ランナーにとって,ランニングシューズ・ブランドの他者への訴求効果は,ブランド・コミットメント形成に大きく影響し,それが性能に対する評価を左右すると言える。ランナーは,自分がランナーであることを強く意識し,それを表現できるようなランニングシューズ・ブランドの製品性能を積極的に評価し,高いブランド・コミットメントを持つと解釈できる。ここでは,それを「社会的価値による機能的価値の増幅効果」と呼ぶ。社会的価値の主効果の結果も踏まえると,ランニングシューズのブランド・コミットメントにおいて,社会的価値が強く影響を与えていると言える。
消費者関与ついては,ブランド・コミットメントに対する主効果のみが確認できた。このことは,ランニングシューズへの関心が高い人は,選択したブランドへの思い入れが強く,その結果,ブランド・コミットメントが高まると考えられる。
2. 本研究のインプリケーション本研究の学術的インプリケーションは,ブランド・コミットメントに対する消費価値の交互作用効果を明らかにしたことである。先行研究では,消費価値を構成する各価値の独立性から,その交互作用を十分に検討していなかった。本研究の結果,ランニングシューズのブランド・コミットメントにおいて,各価値間の交互作用効果が明らかになった。それらは,①感情的価値による機能的価値・社会的価値の補助効果,②社会的価値による機能的価値の増幅効果,である。
また,本研究の実務的インプリケーションとしては,各価値間の交互作用を活用することの意義を提示したことである。消費者に対してどれか1つの価値を訴求するのではなく,各価値間の関連性を示しながら訴求する方がブランド・コミットメントの向上を期待できる。とりわけ,社会的価値を高めることは重要であろう。社会的価値は,ランニングシューズのブランド・コミットメントに最も強く影響を与えるだけでなく,機能的価値を増幅する効果もある。SNSが浸透している現在,社会的価値の重要性は一層高まっていると考えられる。ブランド・マネジャーは,当該ブランドの機能性のみを訴求するだけではなく,そのブランド・ポジショニングも明確に訴求し,社会的価値を高めることが肝要と言える。
3. 残された課題本研究には,多くの課題が残されているが,ここでは主な課題3点を指摘する。1つ目は,ブランド・アイデンティティ別に消費価値とブランド・コミットメントの関係を検討することである。ブランド・アイデンティティによって,各価値の重みが異なるであろう。それによって,ブランド・コミットメントに及ぼす消費価値の交互作用効果が変化することが考えられる。2つ目は,認識的価値と条件的価値を加えたモデルによる消費価値の交互作用効果を検討することである。本研究では,ブランド・コミットメントへの影響がより強いと考えられる機能的価値,感情的価値,社会的価値に限定し,その交互作用効果を検証した。しかしながら,Sheth et al.モデルの検証であれば,全ての価値を検証することが望ましいであろう。3つ目は,他の消費者属性による消費価値への交互作用効果を検証することである。本研究は,ランニングシューズの消費者関与による交互作用効果を検証したが,その効果については確認できなかった。ランナーの種別(ファンランナーVSアスリートランナー)など他の消費者属性を検討することによって,消費価値とブランド・コミットメントの関係をさらに精緻化することができると思われる。これらは今後の課題となる。
2名の匿名のレビューワーから丁寧かつ建設的なコメントをいただいた。ここに感謝の意を示したい。もちろん,文責は筆者たちのみにある。
原田 将(はらだ すすむ)
明治大学経営学部教授。研究テーマは,①ブランド価値経営の構造と組織問題,②ブランド価値と業績評価の関係,である。著書に『ブランド管理論』(2010年,白桃書房,2010年日本流通学会奨励賞/2011年多国籍企業学会学会賞),論文に「グローバル・ブランド管理変革における優先市場の問題―レクサスのグローバル・ブランド管理変革―」(『経営論集』第65巻2・3・4号)がある。
松村 浩貴(まつむら こうき)
兵庫県立大学国際商経学部教授。研究テーマは,スポーツ産業における消費者行動で,スポーツ用品やスポーツイベントを中心に調査している。論文に「ランニングシューズの購買行動における製品満足,ブランド・トラスト,ブランド・ロイヤルティの関連性について」(『スポーツ産業学研究』第26巻1号)がある。
古川 裕康(ふるかわ ひろやす)
日本大学経済学部准教授。研究テーマは,グローバル・マーケティング。代表論文に,“How Does the CEO’s Influence Affect Consumer Brand Trust? The Mediating Effects of Symbolic and Environmental Product Perceptions”, Journal of International Consumer Marketing(2021年,単著),著書に『グローバル・マーケティング論』,文眞堂(2021年,単著)がある。