マーケティングジャーナル
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レビュー論文 / 招待査読論文
多様化する支払方法が消費者行動に及ぼす影響
林 真輝人
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2021 年 41 巻 1 号 p. 82-89

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Abstract

近年,キャッシュレス決済が急速に普及したことによって,消費者が使用可能な支払方法は多様化している。支払方法に関する既存研究においては,多様化する支払方法が消費者行動にどのような影響を与えるのかということに関して,盛んに議論が行われている。そこで,本論では,支払方法に関する既存研究を,(1)特定の支払方法の使用意図に関する研究群,(2)支払方法の違いが消費者行動に及ぼす影響に関する研究群,(3)支払方法の違いの影響を媒介する要因に関する研究群に分類したうえで,概観する。そして,支払方法に関する研究が今後検討するべき課題として,(1)消費者の過剰な支出を抑制する要因の探究,(2)感覚マーケティング領域における知見の応用,(3)新たな調整変数の識別を指摘する。

Translated Abstract

In recent years cashless payments have spread rapidly, and this has diversified the payment methods that consumers can use. In previous studies of payment methods, there has been much discussion on how diversified payment methods influence consumer behavior. This paper classifies these previous studies into three categories: (1) determinants of the intention of consumers to use a particular payment method, (2) effects of different payment methods on consumer purchase behavior, and (3) mediators of the effects of payment methods. Based on a review of these studies, this paper argues that future research should (1) examine factors that suppress excessive spending by consumers, (2) apply findings in the field of sensory marketing, and (3) identify other moderators.

I. はじめに

近年,小売企業は様々な支払方法を積極的に導入している。それによって,消費者は幅広い選択肢から支払方法を選択することが可能となっており,学術研究の領域では,それらの支払方法が消費者の購買行動に影響を及ぼすということが主張されている。例えば,同一の製品を購買する場合であっても,現金,クレジットカード,デビットカード,あるいはモバイル決済といった複数の支払方法の中から,消費者がどの支払方法を用いて決済するのかによって,製品に対する評価や購買に対する感情反応が異なるということが報告されている(e.g., Falk, Kunz, Schepers, & Mrozek, 2016; Hirschman, 1979; Runnermark, Hedman, & Xiao, 2015)。消費者が特定の支払方法を使用する際の心理的メカニズムや購買行動を探究することは,消費者行動に対する理解を深めるうえで重要な研究課題であると指摘されている(Hirschman, 1979)。

支払方法に関する既存研究は,現金以外の支払方法として,主にキャッシュレス決済1)に注目してきた。特に,クレジットカードに注目した研究は,1970年代から数多く行われてきた(e.g., Feinberg, 1986; Hirschman, 1979; Prelec & Simester, 2001)。2000年以降は,デビットカードが世界的に普及するのに伴って,消費者のデビットカード使用における心理的メカニズムに関する研究がなされるようになった(e.g., Moore & Taylor, 2011; Runnermark et al., 2015)。近年では,スマートフォンを用いたモバイル決済が消費者の間で一般的に使用されるようになったことを背景として,モバイル決済使用に関する研究が増加している(e.g., Boden, Maier, & Wilken, 2020; Falk et al., 2016; Liu, Luo, & Zhang, 2020)。このように,支払方法に関する研究は,新たな支払方法の登場とともに展開されてきたと言えるだろう。

近年はモバイル決済が特に注目を集めているものの,現金,クレジットカードあるいはデビットカードといった支払方法も共存しており,それぞれの支払方法を購買状況によって使い分ける消費者も少なくない。例えば,少額の買い物では,現金で支払いを行う一方,高額の買い物では,クレジットカードで支払いを行うといった使い分けが挙げられる。また,自治体や企業は,モバイル決済のような特定の支払方法の利用を促進するためのプロモーションを実施することで,消費者の支払方法の選択や購買行動に影響を及ぼしている。例えば,消費者がモバイル決済で支払いを行う場合に,製品購買時に付与されるポイント数を通常より優遇するなどの施策を行っている。こうした現状に鑑みると,多様化する支払方法のそれぞれが有する特徴を整理したうえで,それらの違いが消費者の購買行動に対していかなる影響を及ぼすのかを理解することが必要であると考えられる。しかしながら,支払方法に関する研究の知見をまとめたレビュー論文はこれまでほとんど存在していないことから,支払方法に関する既存研究の知見を整理したうえで,どのような課題が今後の研究によって取り組まれるべきかを議論する必要があるだろう。

支払方法に関する既存研究は,主に3つの潮流に分類することができるだろう。第1に,特定の支払方法の使用を規定する要因を探究する研究群であり,技術受容モデル(Davis, 1989)ないし合理的選択理論(Coleman, 1990)が援用されてきた。第2に,異なる種類の支払方法が消費者行動に及ぼす影響を検討する研究群であり,現金と現金以外の支払方法が消費者の支払意思額や購買意図にいかなる影響を及ぼすのかを比較検討してきた。第3に,支払方法の違いの影響を媒介する変数の特定を試みる研究群であり,支払の痛みと支払の利便性が支払方法の影響における媒介変数であるということが見出されてきた(e.g., Carow & Staten, 1999; Feinberg, 1986; Hirschman, 1979; Teo, Tan, Ooi, Hew, & Yew, 2015; Zellermayer, 1996)。本論では,支払方法に関する既存研究を,これらの3つの潮流に分けてレビューする。その後,整理された既存研究のレビューを踏まえて,今後の研究課題を指摘する。

II. 特定の支払方法の使用意図を規定する要因

支払方法に関する既存研究においては,現金以外の支払方法としてクレジットカード,デビットカード,およびモバイル決済の3種類が注目されてきた。本章では,現金以外の3種類の支払方法それぞれの使用意図を規定する要因を探究する研究群をレビューする。

まず,クレジットカードの使用意図に関して,例えばTrinh, Tran, and Vuong(2020)は,技術受容モデル(Davis, 1989)を援用し,消費者のクレジットカード使用意図を規定する要因の特定を試みた。分析の結果,消費者のクレジットカード使用意図に対して,社会的影響,知覚有用性,および知覚使用容易性は正の影響を及ぼす一方,知覚リスクは負の影響を及ぼすということが見出された。ただし,知覚リスクとは,経済的リスク,時間的リスク,プライバシーリスク,心理的リスク,パフォーマンスリスク,社会的リスク,およびセキュリティリスクの7つの因子から構成される概念であった。

次に,デビットカードの使用意図に関して,例えばHoang and Vu(2020)は,合理的選択理論(Coleman, 1990)を援用し,消費者のデビットカード使用意図を規定する要因を検討した。分析の結果,消費者のデビットカード使用意図に対して,知覚ベネフィットは正の影響を及ぼす一方,管理コスト,採用コスト,および経済的リスクは負の影響を及ぼすということが示された。さらに,消費者の現金使用習慣は,消費者のデビットカード使用意図に直接的な影響を及ぼさないものの,知覚ベネフィットの正の影響を弱め,かつ,管理コストと採用コストの負の影響を強めるということが示された。

続いて,モバイル決済の使用意図に関して,例えばde Luna, Liébana-Cabanillas, Sánchez-Fernández, and Muñoz-Leiva(2019)は,モバイル決済システムの種類が多様化している状況に注目して,モバイル決済システムの種類の違いが特定の決済システムの使用意図にいかなる影響を及ぼすのかを検討した。具体的に,彼らは,技術受容モデル(Davis, 1989)を援用したうえで,モバイル決済の種類の違い,つまり,ショートメッセージサービス(SMS),近距離無線通信(NFC),およびQRコードの間における消費者のモバイル決済使用意図の差異を検討した。分析の結果,消費者のモバイル決済使用意図に対して,主観的規範とセキュリティは直接的な正の影響を及ぼし,使用容易性と有用性は態度を介して正の影響を及ぼすということが示された。加えて,いずれの種類のモバイル決済システムにおいても,モバイル決済の有用性と主観的規範が,消費者のモバイル決済使用意図を大きく規定するということが示された。

このように,特定の支払方法の使用意図を規定する要因を探究する研究群では,特定の支払方法を新技術として見なして技術受容モデルを援用したり,特定の支払方法の選択を説明するために合理的選択理論を援用したりした。そうすることによって,それぞれの支払方法の使用や選択には,消費者が知覚するベネフィット要因やコスト要因,リスク要因が大きく関係するということが結論づけられた。

III. 支払方法の違いが消費者行動に及ぼす影響

異なる支払方法が消費者行動に及ぼす影響に関する研究群では,特に現金とキャッシュレス決済の間の比較が行われてきた。両者を比較した最初の研究として,Hirschman(1979)が挙げられる。過去の研究では,消費者が購買に至るまでの心理的プロセスに焦点が合わせられており,支払方法の違いは消費者の購買行動に影響しないという仮定が置かれてきた。その仮定に対して,Hirschmanは,消費者がどのように取引を行い,どのような支払方法によって経済取引を行うのかに注目するべきであると指摘した。そして,百貨店でのインタビュー調査を実施した結果,使用可能なクレジットカード決済システムの選択肢が多いほど,消費者が製品を購買する可能性は高いということ,加えて,現金決済の場合と比べて,クレジットカード決済の場合のほうが,消費者の支払総額は高いということが示された。すなわち,支払方法の違いは消費者の購買行動に影響を及ぼすということが示唆された。

Feinberg(1986)は,Hirschman(1979)の主張に基づいて,現金とクレジットカードが消費者の支払意思額に及ぼす影響を比較検討した。レストランでのチップの支払を対象とした調査の結果,現金決済の場合と比べて,クレジットカード決済の場合のほうが,消費者のチップの支払額は高いということが示された。さらに,支払方法の選択肢としてクレジットカードが存在しない場合と比べて,存在する場合のほうが,消費者の製品に対する支払意思額は高いということが示された。このことから,現金決済と比べて,クレジットカード決済のほうが,支払いを迅速に行えるという容易さを有しており,それゆえ消費者の消費行動を促進するということが主張された。

Prelec and Simester(2001)は,Hirschman(1979)Feinberg(1986)において示された,クレジットカードが消費者の支払意思額を高める効果を「クレジットカード・プレミアム(credit card premium)」と呼称したうえで,クレジットカード・プレミアムが生じるのかを実際に金銭取引を行う実験を通して再度検討した。実験では,被験者の支払方法を現金かクレジットカードのいずれかに操作したうえで,被験者は実際に製品を購買する買い物を行った。実験の結果,現金決済の場合と比べて,クレジットカード決済の場合のほうが,製品に対する消費者の支払意思額は高いということが示された。

消費者の支払意思額以外の従属変数を設定して,現金とクレジットカードの比較を行った研究も存在する(e.g., Kamleitner & Erki, 2013; Thomas, Desai, & Seenivasan, 2011)。例えば,Thomas et al.(2011)は,非健康的な食品の衝動購買に対して支払方法が及ぼす影響を検討した。実験の結果,現金決済の場合と比べて,クレジットカード決済の場合のほうが,消費者が非健康的な食品を衝動購買する傾向が高いということが示された。また,Kamleitner and Erki(2013)は,購買した製品に対する消費者の心理的所有感に対して支払方法が及ぼす影響を検討した。フィールド調査と実験の結果,クレジットカード決済の場合と比べて,現金決済の場合のほうが,対象製品に対する投資の知覚の程度に影響を与えるため,即時的な心理的所有感の程度が高いということが示された。加えて,当該製品に対する消費者の心理的所有感の高まりは比較的短期間であり,現金決済の場合は時間の経過とともに消費者の心理的所有感は増加しない一方,クレジットカード決済の場合は,時間の経過とともに消費者の心理的所有感は増加するということが示された。

2010年以降,デビットカードが世界的に普及したことに伴って,デビットカード,現金,およびクレジットカードを三者比較した研究がなされるようになった(e.g., Moore & Taylor, 2011; Runnermark et al., 2015)。例えば,Runnermark et al.(2015)は,現金決済とデビットカード決済の間での支払メカニズムに差異はない一方,物理的かデジタルかという金銭のフォーマットは異なると指摘したうえで,現金とデビットカードを比較対象として,金銭のフォーマットの違いが消費者の支払意思額に及ぼす影響を検討した。実験の結果,現金決済の場合と比べて,デビットカード決済の場合のほうが,消費者の支払意思額は高いということが示された。すなわち,物理的かデジタルかという金銭のフォーマットの違いに由来する支払の実感度は消費者の支払意思額に影響を与えるということが示唆された。

近年では,モバイル決済を使用する消費者の増加を背景として,現金とモバイル決済間の消費者行動の違いを検討する研究が行われている(e.g.,Falk et al., 2016; Liu et al., 2020)。Falk et al.(2016)は,現金,クレジットカード,およびモバイル決済という支払方法の違いが,消費者の当該店舗に対する価格イメージおよび支払意思額に及ぼす影響を比較検討した。実験の結果,消費者の当該店舗に対する価格イメージに関して,現金決済の場合とクレジットカード決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが低いということが示された。さらに,消費者の支払意思額に関して,現金決済の場合と比べて,クレジットカード決済の場合とモバイル決済の場合のほうが高いものの,その両者の間に差はないということが示された。これらの結果から,Falk et al.(2016)は,現金決済の場合とクレジットカード決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,消費者が知覚する支払の実感度は低いため,店舗の価格イメージが低くなり,消費者の支払意思額が高くなると考察している。

続いて,Liu et al.(2020)は,現金とモバイル決済という支払方法の違いが消費者の支払意思額に与える影響に対して,支払金額の源泉がいかなる調整効果をもたらすのかを検討した。ただし,支払金額の源泉とは,支払いに用いるお金を消費者が努力して稼いだのか,あるいは,努力せずに得たのかを意味する。モバイルバッテリーを対象とした実験の結果,現金決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,当該製品に対する消費者の支払意思額が高いということが示された。加えて,支払方法が消費者の支払意思額に及ぼす影響は,支払金額の源泉によって調整されるということが示され,消費者が支払いに用いるお金を努力して稼いだとき,現金決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,消費者の支払意思額は高かった一方,そのお金を消費者が努力せずに得たとき,現金決済の場合とモバイル決済の場合の間で消費者の支払意思額に違いはなかった。

現金とキャッシュレス決済の比較を行ってきた研究が多数存在する一方,異なる種類のキャッシュレス決済同士を比較した研究も一定数存在する(e.g., Boden et al., 2020; Moore & Taylor, 2011)。例えば,Moore and Taylor(2011)は,消費者の支払意思額に対してクレジットカードとデビットカードが及ぼす影響を比較した。実験の結果,消費者の支払意思額に及ぼす影響に関して,クレジットカード決済とデビットカード決済の間に違いはないということが示された。また,Boden et al.(2020)は,クレジットカードとモバイル決済が消費者の支払意思額に及ぼす影響を検討した。実験の結果,クレジットカード決済の場合と比べて,モバイル決済の場合の方が,消費者の支払意思額は高いということが示された。この結果は,現金,クレジットカード,およびモバイル決済を三者比較したFalk et al.(2016)が見出した知見と一貫していると見なせるだろう。

このように,異なる支払方法が消費者行動に及ぼす影響に関する研究群では,新たな支払方法の登場とともに研究が展開されてきた。そして,この研究群の成果を要約すると,消費者の支払意思額は,モバイル決済,クレジットカードないしデビットカード,現金の順に高いということが示唆された。また,この違いは,支払方法の違いの影響を媒介する心理的変数に対する消費者の知覚の程度の違いに起因すると考えられる。

IV. 支払方法の違いの影響を媒介する変数

1. 支払の痛み

現金,クレジットカード,デビットカード,およびモバイル決済という異なる支払方法が消費者の購買行動に及ぼす影響に関する議論と並行して,支払方法の違いがなぜ異なる帰結をもたらすのかという心理的メカニズムに関する議論も数多く行われてきた。すなわち,多くの研究によって,支払方法の違いの影響をいかなる心理的変数が媒介するのかが探究されてきた(e.g., Falk et al., 2016; Prelec & Loewenstein, 1998; Raghubir & Srivastava, 2008; Soman, 2003; Zellermayer, 1996)。それらの研究によって,支払方法の影響を媒介する変数の一つとして,支払の痛みが特定されてきた(Raghubir & Srivastava, 2008)。支払の痛みとは,製品の代金を支払う際に消費者が経験する心理的な痛みを指す(Zellermayer, 1996)。

Soman(2003)は,支払の痛みは支払の実感度によって規定されると主張している。具体的には,支払の実感度が高いほど,消費者は支払の痛みを感じやすくなり,支出は減少する一方,支払の実感度が低いほど,消費者は支払の痛みを感じにくくなり,支出は増加するという関係であるという。ただし,支払の実感度とは,現金を基準とした外形の顕著性と総額の顕著性から構成され,外形の顕著性とは,特定の購買に対して,金銭を消費したということを消費者が経験しやすい程度であり,総額の顕著性とは,消費者が自身の消費金額の総額を追跡しやすい程度である。Prelec and Loewenstein(1998)は,支払の痛みと支払の実感度の関係は,消費者が製品を購買する時点と支払が完了する時点の時間差によって調整されるということを示唆している。すなわち,製品を購買する時点から支払が完了する時点が時間的に離れているほど,支払の痛みは小さくなるという。

Prelec and Loewenstein(1998)に基づいて,支払の痛みを媒介変数として考慮した研究群は,現金,クレジットカード,デビットカード,およびモバイル決済という支払方法の違いに伴って,消費者が知覚する支払の痛みの水準は異なるということを示唆している(Falk et al., 2016; Raghubir & Srivastava, 2008; Runnermark et al., 2015; Soman, 2003; Thomas et al., 2011)。具体的に,現金決済の場合,消費者は,製品を購買するのと同時に,支払金額分の紙幣や硬貨を財布から取り出し,従業員に手渡す必要があるため,消費者が感じる支払の痛みは大きいと主張されている(Raghubir & Srivastava, 2008; Soman, 2003)。次に,クレジットカード決済の場合,製品を購買する時点で,消費者はクレジットカードを財布から取り出し,従業員に手渡し,支払金額を確認して署名する。この時点では,物理的なお金は手元から失われず,支払が完了する時点までには一定の時間差が存在する。そのため,現金決済の場合と比べて,クレジットカード決済の場合のほうが,消費者が感じる支払の痛みは小さいと主張されている(Raghubir & Srivastava, 2008; Soman, 2003; Thomas et al., 2011)。続いて,デビットカード決済の場合,製品の購買時点におけるプロセスはクレジットカード決済の場合と同様であるが,製品の代金は購買時点でカードと紐づいた銀行口座から支払金額が失われるという点でクレジットカード決済とは異なる。そのため,デビットカード決済の場合は,現金決済の場合と比べて消費者が感じる支払の痛みは小さいと考えられるものの,クレジットカード決済の場合と比べて支払の痛みは大きいと主張されている(Runnermark et al., 2015; Soman, 2003)。そして,モバイル決済の場合,製品を購買する時点で,消費者は現金やカードを財布から取り出したり,署名したりする必要がなく,単にモバイル端末を取り出し,アプリを起動するだけである。この時点では,当然ながら物理的なお金が手元から失われることはないため,現金決済やクレジットカード決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,消費者が感じる支払の痛みは小さいと主張されている(Falk et al., 2016)。以上のように,既存研究では,支払の痛みは,現金,デビットカード,クレジットカード,モバイル決済の順に大きいということが示された。

2. 支払の利便性

既存研究は,支払の痛みと並行して,支払の利便性も,支払方法の影響を媒介する変数の一つとして特定してきた(e.g., Boden et al., 2020; Liu et al., 2020; Teo et al., 2015)。支払の利便性とは,取引の際に,支払という行為に対して消費者が知覚する労力の少なさを指す(Teo et al., 2015)。Boden et al.(2020)は,消費者の購買行動に対して,支払の痛みは負の影響を及ぼす要因である一方,支払の利便性は正の影響を及ぼす要因であると指摘している。

支払の利便性を考慮した多くの研究は,現金決済の支払のプロセスを基準として,その他の支払方法の利便性を評価してきた(Boden et al., 2020; Carow & Staten, 1999; Hancock & Humphrey, 1997; Hirschman, 1979; Runnermark et al., 2015)。すなわち,それらの研究は,クレジットカード,デビットカード,およびモバイル決済という支払方法の違いに伴って,消費者が知覚する支払の利便性の水準は異なるということを示唆している。具体的に,現金決済の場合,消費者は,支払金額分の紙幣や硬貨を財布から取り出し,従業員に手渡すという労力を費やす必要がある。クレジットカード決済やデビットカード決済の場合,消費者はカードを財布から取り出し,従業員に手渡し,そして支払金額を確認して署名するか,端末に通すだけで購買が完了する。そのため,現金の場合決済と比べて,クレジットカード決済やデビットカード決済の場合のほうが,消費者が支払に要する労力は少なく,それゆえ支払の利便性は高く知覚されると主張されている(Carow & Staten, 1999; Hirschman, 1979; Runnermark et al., 2015)。そして,モバイル決済の場合,消費者はスマートフォンを取り出し,アプリを起動するだけで即座に支払を完了することができる。その際,財布の中の現金の残額やカードの有無に依存することはない。さらに,モバイル決済は,その他の支払方法と比較して,店頭での支払の処理速度がはるかに早い。これらの特徴から,現金決済やカード決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,消費者が経験する支払の利便性は高いと主張されている(Boden et al., 2020; Hancock & Humphrey, 1997)。

支払方法の影響を媒介する変数として支払の利便性に着目した研究として,Boden et al.(2020)が挙げられる。彼らは,モバイル決済あるいはクレジットカードの使用経験の有無と,支払の利便性との関係を検討した。実験の結果,モバイル決済は,支払の利便性を介して消費者の支払意思額を向上させるということ,さらに,消費者に支払の利便性を高く知覚させるためには,当該支払方法の使用経験が必要であるということが示された。続いて,Liu et al.(2020)は,支払の利便性は物理的利便性と認知的利便性に分類できると指摘したうえで,現金決済とモバイル決済間における認知的利便性の差異を検討した。ただし,物理的利便性とは,現金やカードを従業員に手渡すといった,支払を行う際に要する身体的な労力の少なさであり,認知的利便性とは,支払金額分の紙幣や硬貨を財布から取り出したり,支払金額を確認する際に計算したりするといった支払いを行う際に要する記憶や思考に関する労力の少なさである。現金決済の場合とモバイル決済の場合の支払プロセスの行程数をコントロールした実験の結果,現金決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,支払金額と釣り銭が一致しているかを確認する速度が速いということが示された。すなわち,現金決済の場合と比べて,モバイル決済の場合のほうが,認知的利便性は高いということが示唆された。また,支払に要する時間が支払方法による影響を媒介しているという結果が得られたことから,支払プロセスにおける認知的利便性は消費者行動に影響を与えているということ,加えて,モバイル決済が消費者行動に及ぼす影響の一部は認知的利便性に由来するということが示唆された。これらの結果に関して,Liu et al.(2020)は,支払プロセスにおける認知的労力の大きさは,支払に要する時間を増加させ,支払の痛みを大きく知覚させるのと同時に,支払方法の認知的利便性を低く知覚させるため,消費者は購買意欲を減じると考察した。

このように,既存研究において,支払方法の影響を媒介する変数に関する議論は数多く行われており,それらの研究が中心的に取り扱ってきた媒介変数は支払の痛みと支払の利便性であった。消費者の購買行動に対して,支払の痛みは正の影響を与える一方,支払の利便性は負の影響を与える側面であるということが見出されたことから,支払方法は,正の側面と負の側面の両面を持ち合わせていると考えられる。

V. おわりに

支払方法に関する既存研究は興味深い知見を数多く提示してきたものの,今後の研究によって取り組まれるべき研究課題もいくつか存在していると指摘できるだろう。第1課題として,キャッシュレス決済による過剰な支出を抑制する要因の探究が挙げられる。支払方法に関する既存研究の多くは,いかにして消費者の購買行動を刺激し,支出を促進させるかという観点から議論を行ってきた。しかし,近年では,キャッシュレス決済による消費者の過剰な支出が社会的に問題視されるようになってきている。Tatham(2020)によると,アメリカ国内のクレジットカード負債は,2019年に8,290億ドルとなり,過去最高を記録したと報告されている。さらに,Manshad and Brannon(2021)は,モバイル決済の発展が消費者の負債の水準を悪化させる可能性があると指摘している。したがって,今後の研究では,キャッシュレス決済を使用する状況において,どのような要因によって消費者の支出が抑制されるのかを探究する必要があるだろう。

第2課題は,感覚マーケティングの知見を応用して,支払方法の影響を検討することである。特に,モバイル決済は,スマートフォンを用いて支払が行われるという特徴があるため,支払の際にバイブレーションが作動するという機能が備わっている場合もある。Manshad and Brannon(2021)は,スマートフォンのバイブレーション機能,つまり支払に伴う触覚的なフィードバックに着目して,キャッシュレス決済と低強度の振動を組み合わせることが,消費者の消費意欲を低下させるのに有効であるということを示している。このように,触覚をはじめとした感覚マーケティングの知見を援用することで,支払方法と消費者行動の関係についてのより深い理解が得られる可能性がある。

最後に,支払方法が消費者行動に及ぼす影響を調整する新たな変数の検討が挙げられる。既存研究では,支払方法の影響における調整変数として,個人の支払の痛みの感じやすさ(Thomas et al., 2011)や支払金額の源泉(Liu et al., 2020)を識別してきた。今後の研究では,消費者のマテリアリズムなどのその他の消費者特性や製品の快楽性,物理的な製品かデジタルで提供される製品かという製品のフォーマットといった製品特性,あるいは,買い物の楽しさや店舗の雰囲気といった購買状況特性が支払方法の効果をどのように調整するのかを検討する必要があるだろう。

謝辞

担当編集委員である慶應義塾大学商学部の小野晃典先生には,本誌へ招待していただき,貴重な投稿の機会をいただきました。さらに,本論の執筆にあたって,多くの有益なコメントを頂戴いたしました。また,立命館大学経営学部の菊盛真衣先生および寺﨑新一郎先生には,多くのご指導を賜りました。ここに記して深く感謝申し上げます。

1)  本論におけるキャッシュレス決済は,クレジットカード,デビットカード,およびモバイル決済を指す。

林 真輝人(はやし まきと)

立命館大学大学院経営学研究科博士前期課程。専攻はマーケティング論,消費者行動論

References
 
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