マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について
― 他のファンへの意識とウェルビーイングへの効果 ―
井上 淳子上田 泰
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2023 年 43 巻 1 号 p. 18-28

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Abstract

本研究はアイドルを応援する(推す)ファンがアイドルに対して心理的所有感を持つことを主張し,その影響について論じるものである。具体的には,アイドルに対するファンの心理的所有感は,同じアイドルの他のファン(同担)に対する複雑な意識を生み出し,さらにその意識が当人のウェルビーイングと推し活動を継続させる原動力となることを理論的かつ実証的に明らかにする。550人のアイドルファンから収集したデータを分析した結果,アイドルに対する心理的所有感は心理的一体感と心理的責任感から構成され,心理的一体感が同担仲間意識に,心理的責任感が同担競争意識に影響を及ぼすことが実証された。また,ファンのウェルビーイングは2つの同担意識からともに正の影響を受ける一方で,現在のアイドルを推し続けたいという推し活継続性は,心理的一体感と同担仲間意識から正の影響を受けるものの,同担競争意識から負の影響を受けることが明らかになった。

Translated Abstract

This study focuses on idol fans’ idolatry behaviors (oshi-katsu) and discusses the necessity of considering psychological ownership to understand these behaviors. Most idol fans tend to have psychological ownership of their favorite idols, which produces paradoxical consciousness toward other fans (doutan). This study also empirically examines whether their psychological ownership affects their well-being and intention to continue idolatry behaviors. Confirmatory Factor Analysis using data collected from 550 idol fans revealed that psychological ownership of an idol is composed of psychological identity and responsibility. Further, Structural Equation Modeling showed that psychological identity positively affects companion consciousness toward other fans, and psychological responsibility positively influences competitive consciousness toward them. Although companion consciousness positively affects their well-being and intention to continue idolatry behaviors, competitive consciousness positively impacts well-being and negatively influences intention to continue idolatry behaviors. Some possible reasons for the different effects of the two kinds of consciousness on consequent factors are discussed.

I. はじめに

我々は,たとえ法的な所有権がなくても,対象を自分のもののように感じることがある。こうした感覚は特殊な現象ではなく,むしろ人間に生得的なもので,対象との間に結びつき(connection)を経験しているときに生じる(Dittmar, 1992)。Pierce, Kostova, and Dirks(2001)によれば,心理的所有感とは「所有の対象,またはその一部について『自分のものだ』と感じている認知的・感情的状態」(p. 299)をさす。心理的所有感の対象は有形・無形に関わらず非常に幅広く,人や集団が愛着を抱く対象ならば何でも含まれる(Avey, Avolio, Crossley, & Luthans, 2009)。

組織研究で興隆したこの概念は,過去10年ほどの間にマーケティング分野でもたびたび登場するようになった。2015年にJournal of Marketing Theory and Practiceで心理的所有感の特集号が発行され,近年ではMorewedge, Monga, Palmatier, Shu, and Small(2021)Peck and Luangrath(2023)が心理的所有感に関わる包括的な議論と研究の方向性を示している。Journal of Marketingに掲載された前者は,技術革新によって登場した製品・サービス,また新しい消費形態が「所有」という感覚や欲求を減退させていることを指摘しながら,物理的あるいは法的な所有とは異なる「心理的所有感」の重要性を議論している。

マーケティングや消費者行動研究では,元来,対象が有形であれ無形であれ所有権が実質的に売り手から買い手に移る「購買」を中心的テーマとするため,所有感を議論する必要は小さかったと考えられる。ただし,購買後の使用経験の中で対象が消費者の一部と認識される拡張自己(Belk, 1988)の議論や,ブランド・コミットメント,ブランド・アタッチメント,ブランド・リレーションシップ(cf., Fournier, 1998; Fournier & Yao, 1997; MacInnis, Park, & Priester, 2009)といった対象との強い結びつきの議論には多くの蓄積がある。これらの概念は心理的な結びつきを扱う点では心理的所有感と重なる部分がありつつも,対象に対するコントロールの要素を明示的に含んでいない点で内容を異にしている。

人が心理的所有感を抱く対象は多岐にわたり,物理的製品はもちろん,経験などの無形財や公園などの公共財,さらに他者やペット,人型ロボットといった主体も含まれる。中でも生身の人間である他者に対する心理的所有感は,ともするとストーキングのようなネガティブな行動に帰結する可能性があり,モノとの違いを理解するためにもヒトを対象とした心理的所有感の研究が求められる(Peck & Luangrath, 2023)。

本研究では,近年活発化するアイドルファンの「推し活」なる消費者行動に着目し,推し(ヒト)を対象とした心理的所有感の構造を明らかにする。さらに,推しに対する心理的所有感が推し活の持続性や消費者自身の幸福感にいかなる影響を及ぼしているかを解明する。

II. 推し活の実態

日本における「アイドル」の歴史は,戦前の明日待子などに始まる。1960年代のグループ・サウンズのブームを経て,カラーテレビが普及した1970年代に可愛らしくまたは元気で親しみやすいアイドル像が作られたことで人気に拍車がかかったと言われる。メディアが多様化した今日,我々がアイドルの情報を見聞きする機会は格段に増加した。そして,アイドルファンの市場規模も拡大している。毎年オタク市場に関する調査を実施している矢野経済研究所の報告によれば,オタク主要分野の中でもアイドル市場に参加する推定人数は2022年度で361万人,一人当たりの年間消費金額は93,704円である(Yano Research Institute Ltd., 2022)。また,Z世代を対象とした調査をまとめたTaniguchi(2022)によれば,推し活を「している」か,あるいは「してみたい」,「興味がある」と答えた層は約6割に上り,その推し活のジャンルで最も高い割合を占めているものが「アイドル」の29.4%で,次いでアニメの25.6%となっている。

デジタル大辞泉の定義によればアイドルとは「熱狂的なファンを持つ人」とされる。一般にアイドルファンはオタクの一種と見なされることが多く,しばしばアイドルオタクとも言われている。オタクとは何かに熱狂的になっている人の総称であり,その熱狂の対象がアニメであればアニメオタク,アイドルであればアイドルオタクと一般に考えられている。

オタク全般に対しては多様な論説や分析が行われているものの,アイドルファンについては限られた数の研究しか行われていない。アイドルファンに関する数少ない研究も,これまではジャニーズ系のアイドルのファンを中心に論じられたものが多く(たとえば,Chen, 2014; Tokuda, 2010),アイドルファン全般に適用しにくいという問題があった。しかし,アイドルファンの市場の大きさや今後さらに拡大していくことを考えれば,アイドルファンの心理や行動に焦点を当てた研究が進むことが求められている。

III. 「推し」に対する心理的所有感

1. 推すことと心理的所有感

アイドルファンがアイドルを応援することを一般に「推す」といい,応援するアイドルを「推し」という。「推す」ことは「愛する」ことと混同されやすいが実は異なっている。愛するという感情には没入感が伴い,だからこそ自分が「愛する」には相手からも「愛される」ことが必要になる。しかし,アイドルから愛される可能性はないので,アイドルを愛すれば主体としての自分の位置が失われてしまう懸念がある。そこで,愛するのではなく推すことで,常に主体は自分にあることを意識することが必要となる。

Baba(2020)は,推すことは「理想や願望が形象として整理された対象を選び出す能動的な行為」(p. 49)であるという。ここで能動的な行為というのは,自分の好みの人物をファンの側が主体的に選ぶ行為であり,それは「対象愛というよりも,むしろ人形を愛するような自己言及的なもの,すなわち「人形愛」に近い」(p. 50)のである。つまり,アイドルを推すことは双方が主体となる通常の恋愛ではなく,常にファンが主体となり,アイドルは客体となる虚構的な遊びであり,これは推す行為が本質的に心理的な所有感を抱く相手を決める行為であることを意味している。同様に,Maruta(1998)は,アイドルファン(オタク)がアイドルとの間で交わすコミュニケーションをオタク的コミュニケーションと呼び,その最大の特徴は「内容の自己言及性にある」(p. 73)という。アイドルとのコミュニケーションは双方向的なものではなく,オタク自身の内部で循環し,自由(で時に勝手)な解釈を可能とすることで,そのアイドルに対して心理的所有感を抱くことが可能になる。

アイドルは必ずしも憧れのスターであるわけではない。むしろ,ファンは未熟な彼(女)らの無名時代から応援し,自分(たち)がここまで育ててきたという感覚を持ちやすい。Fuchs, Prandelli, and Schreier(2010)によれば,製品開発のプロセスに顧客を参加させると,当該製品に対する心理的所有感が高まり,その結果,積極的なクチコミ,高いWTPや購買意向,ロイヤルティが導かれるという。会いに行けるアイドル,劇場型アイドルといったコンセプトや「総選挙」のようなイベントを駆使した戦略は顧客参加型の生産プロセスと同様にファンの心理的所有感を高めるだろう。

アイドルファンの熱狂はアイドルに対する疑似恋愛を理由に説明されることも少なくない上,実際にアイドルに疑似恋愛的な感情(「ガチ恋」という)を抱くファンもいる。しかし,疑似恋愛を理由にアイドル推しの態度や行動をすべて説明することは難しい。たとえば,ジャニーズのメンバーの中には既婚者でも相変わらず人気が高い者も多くいる。宝塚歌劇団のジェンヌのファンはもともと大半が女性であるし,坂道グループのファンは女性も多く,今日では「女性が同性のアイドルを応援することに,ほとんど違和感はなくなってきている」(Hasada, 2020)という。

Tokuda(2010)はジャニーズのファンが疑似恋愛を抱いているわけではないことについて,「ファンたちは,自分たちがアイドルに『騙されている』ことを十分に自覚しているどころか,アイドルには上手く自分達を騙し続けてくれることを期待するという非常に高度なメタ・コミュニケーションを使っている」(p. 33)と述べて,それが虚構の世界であることを十分に認識しながらもファンであり続けるのがアイドルファンであると主張している。Tokuda(2010)によれば,男性アイドルの恋愛が発覚した時に,女性と恋愛している事実に対して非難するのではなく,その事実を隠し通せなかったという点を非難する場合もあるという。換言すれば,その怒りは自分たちが心理的所有感を抱き,育成してきたと思っていた当該人物のアイドル像が統制不可能なプライベート面によって崩されたことへの怒りなのである。

2. 同担に対する二律背反的な意識

あるアイドルを推すのはひとりではない。したがって,アイドルに対して心理的所有感を抱くことは,同じアイドルを応援する他のファン(同担)との関係を必ず意識する。

単純に考えると,自分の好きなアイドルを好きな同担の存在は自分の心理的所有感を損なわせる存在であるから,同担に対してある種のテリトリー(縄張り)意識ないし競争意識を持ち,また対抗すると予想できる(Avey et al., 2009)。つまり,自分と同様に対象との結びつきを感じる他者の存在を排除したい,自分の所有感が侵害されるのを防御しようとするネガティブな反応としてのテリトリー意識である(Brown, Lawrence, & Robinson, 2005; Chen et al., 2022)。たとえば,Kirk, Peck, and Swain(2018)では,消費者は自分が心理的所有感を感じる対象物に対して他者が同様の意識を持つと考えてしまう場合には,それを自分の所有権の侵害ととらえて縄張り行動に出ることが明らかにされている。

しかし,アイドルファンが同担に対して抱く意識は競争意識だけではない。アイドルに対して疑似恋愛を抱く場合を除き,前述したようにアイドルへの思いは自己完結的なものである。また,アイドルの人気は,自分ひとりでは維持・向上できないこともファンはよく認識している。この認識のもとでの同担は,恋愛の競争相手ではなく,同じ目標を追求する仲間であり同志でもある。

Pierce and Jussila(2010)はある集団(の構成員)が特定の対象について「私たちのもの」と感じる状態として集団的心理的所有感(collective psychological ownership)の概念を提唱している。彼らによれば,ある対象に対して心理的所有感を持つ個人が,その対象と心理的な結びつきを形成しているのが自分だけではなく,同様の感情的経験をしている他者が存在することを認識すると,その人の個人的な参照は,自己(すなわち,対象が自分のものであるという感覚)から集団や他者を包含したもの(すなわち,対象が自分たちのものであるという感覚)にシフトし,さらに言語的・非言語的手段を通じた他者との相互作用が,個々の総和以上の創発的特性を生み出すと主張する。こうして所有対象が「我々のもの」という集団的な認知および感情状態が現れるのである。

アイドルファンは,しばしば推し被りする同担を仲間として一緒にアイドルを応援する。Tsuji(2018)が主張するように,カリスマ性の超越的な存在であるスターへの憧れとは異なり,アイドルのファンは,アイドルとファンの関係性だけではなく,ファン同士の関係性に基づく「関係性の快楽」を追求しているのであり,さらに今日では2つの関係性の主従関係が逆転することもあるという。

推しに対する個人の心理的所有感は,このように同担に対する競争意識と仲間意識とのどちらをも生み出す複雑さをはらんでいるといえる。

IV. 推しに対する心理的所有感がもたらす結果

1. 推し活の継続性

組織行動研究の文脈では,心理的所有感の高まりが従業員の職務パフォーマンスや組織コミットメントの向上に寄与すると指摘されている(Pierce et al., 2001; Pierce, Kostova, & Dirks, 2003)。また心理的所有感は対象に対する責任感とともに,スチュワードシップも向上させる。つまり心理的所有感によって,対象に利する行動,対象の幸せ(ウェルビーイング)を実現するための労力の投入や投資が導かれる(cf. Peck, Kirk, Luangrath, & Shu, 2021; Shu & Peck, 2018; Süssenbach & Kamleitner, 2018)。

マーケティング分野でも心理的所有感がブランドに対する援助行動を導くことが指摘されている。心理的所有感が高まると,ポジティブなクチコミの発信意向(Fuchs et al., 2010; Kirk, Swain, & Gaskin, 2015),ブランドとの関係性継続意向,競合の魅力に対する抵抗力,当該ブランドの防御意向なども向上する(Asatryan & Oh, 2008; Zhang, Nie, Yan, & Wang, 2014)。

推し活においても,先行研究と同様の結果が想定できよう。つまり,推しに対する心理的所有感が高まれば,ファンとして推しを支えようという意欲が高まり,推しのためにできることを,たとえ困難が生じたとしても可能な限りし続けようという強い意思につながると期待できる。また,同担への仲間意識が芽生えると,個人の心理的所有感(「私の推し」)は,集団的心理的所有感(「私たちの推し」)へと昇華し,やはり推し活の継続に寄与すると考えられる。一方,同担競争意識もまた推し活の継続性にプラスに働くことが予想できる。心理的所有感がもたらし得るネガティブな反応としての縄張り意識は,自己と対象との結びつきが他の誰よりも強いことを担保しようとするもので,同担と競う気持ちを強く抱くことにつながる。同担競争意識,つまり同担が自己の所有感を脅かすものとして知覚されれば(たとえば,同担と比較して自分の方が知識や推し歴が短いなど劣位に置かれると心理的所有感が侵害されていると感じると),その状態から脱却しようという動機が働き,推し活継続への意欲が一層高まると考えられる。

2. ウェルビーイング

Li and Atkinson(2020)は心理的所有感が消費者の幸福感に影響を及ぼすことを明らかにしている。彼らの分析では,消費者が最近読んだ書籍を例に,法的な所有権が誰にあるか(自分か,友人か,図書館か)に関係なく,対象への心理的所有感が高いほど,もたらされる幸福感が大きいことが示された。

推しはそもそも法的な所有権が手に入らない対象であるとともに,推し活自体も好き,応援したいという感情に動機づけられている。したがって,所有感が高くなくとも消費者の幸福感に寄与する可能性は多いにある。学術的な研究の結果ではないものの,実際に推し活とウェルビーイングの関係を示唆する記述やデータは存在しており,たとえば,予防医学の研究者による書籍(Ishikawa & Yoshida, 2022)は「「推す」というあり方は今の時代に最適化されたウェルビーイングのひとつのかたちである(p. 79)」として,アイドルや俳優など好きな存在を推す行為が人生に大きなウェルビーイングをもたらすと指摘している。また同書では,アイドルなどのライブに参加してパフォーマンスを見ると,セロトニンやドーパミン,エンドルフィンなどの幸せホルモンが分泌されるという科学的根拠をもとに推し活がウェルビーイングの最たる時間であるとも述べられている。

Pierce and Jussila(2010)によれば,集団的心理的所有感はそれ自体が「喜び」という感情を生み出す。推しに対する感情を他者と共有できている状態,同担仲間意識はそれ自体が喜びや幸福感をもたらし,さらにその感情は言語的・非言語的コミュニケーションを通じて集団内に伝播し増幅すると考えられる。社会的な生き物である人間は,基本的に何らかの集団や組織に所属して安心を得たい,他者との関わりを持ちたいという欲求を有している(Baumeister & Leary, 1995)。共通の対象に対する関心や目標を共有している他者との関わりはこうした人間の社会的欲求を充足させ,幸福感(主観的なウェルビーイング)を高めると期待される。

さらにブランド・コミュニティに関する知見も援用できよう。愛好するブランドを核にユーザーが緩やかにつながるという点で同担と共通した要素を有するブランド・コミュニティは,ブランドへの態度を強化するのみならず,消費者自身の幸福感やウェルビーイングを高める可能性が指摘されている(cf., Grzeskowiak & Sirgy, 2007; Matsubara, 2022; Zhou, Wang, & Zhan, 2022)。

以上から,心理的所有感は推し活をする人のウェルビーイングにポジティブな効果を持つこと,加えて同担仲間意識もウェルビーイングに寄与することが仮定できる。一方,同担競争意識はウェルビーイングにつながると想定しにくく,他者と競うストレスからネガティブな影響がもたらされる可能性も考えられる。

V. 実証分析と分析結果

1. サンプル

データは,調査会社のパネルを利用し,インターネット経由で収集した(2023年1月)。回答者は16歳以上で何らかの推し活を行うアイドルのファンであることを要件とした。ここで推し活とは,コンサートやイベントの参加,グッズの購入,推しの出演する番組や映像等の鑑賞,推しの良さを他人に勧める,それ以外の方法で推しを応援することが含まれ,回答者は,これらの推し活の少なくとも1つ以上の活動を行っている者に限定された。回答総数は555名(男性278名,女性277名)であった。回答者の年齢は16歳から80歳で平均年齢は41.5歳であった。また,未婚者は250名,既婚者は305名となっており,子どもがいる者が287名,子どもがいない者が268名であった。なお,以下の尺度構成の質問項目については,いずれも「全くそう思わない」から「とてもそう思う」までの7点尺度で回答を求めている。

2. 推し心理的尺度の構築

(1) 過去の心理尺度

アイドルファンは「オタク」の一種であるが,量的次元としてのオタクの心理や態度の測定尺度についてはKikuchi(2000)の4次元尺度やIgarashi and Koyama(2016)の4次元尺度が存在する。その次元は典型的なオタクの態度や心理を表すものとなっているとはいえ,無意識あるいは意識的にオタク=内気の男性を想定して作成されている点でアイドルファンの心理や態度について解明するには十分ではない。また,オタク全般ではなくファンの心理と行動に関する尺度としてはKoshiro(2004)が提唱し,さらにMukai, Taketani, Kawahara, and Kawaguchi(2015)もある。しかし,これらの研究もファンの対象を一般化し過ぎており,アイドルのファンが持つ心理を分析するには十分ではない。

他方で,心理的所有感に関する組織行動の研究を概観すると,それを単一次元の概念として捉えるものと多次元的概念として捉えるものが存在している。消費者行動分野での引用機会が多いPierce et al.(2001, 2003)は心理的所有感を単一次元で捉え,その感覚をもたらすルート(原因)ならびに動機を細分化して捉えている。他方で,Avey et al.(2009)は,Higgins(1998)の制御焦点理論をベースに4つの促進焦点的次元と1つの予防焦点的次元で整理している。前者は自己効力感(self-efficacy),説明責任(accountability),所属感(belongingness),自己アイデンティティ(self-identity)で,後者はテリトリー意識(territoriality)である。

(2) 推し心理的所有感と同担意識の尺度

アイドルに対してファンが持つ心理的所有感の尺度は存在しないため,本研究では,Avey et al.(2009)の尺度に基づき,それに特化した心理的所有感の尺度を新たに構築することにした。まず,Avey et al.(2009)の尺度や項目に沿って,現在推し活をしていると自認する学生12名と面談を行い,自分が推しに対して抱いている心理について自由に語ってもらった。この過程で,アイドルファンの心理的所有感の尺度としては,自分が推すアイドルへの態度と,その心理的所有感の結果として,自分が推すアイドルを推す他人(同担)への態度(同担意識)が明確に区別され,アイドルへの態度に関して35項目,同担への態度に関して16項目を想定した。これらの項目に対してまずは66名の学生からデータを集めて探索的因子分析により分析した結果,アイドルへの心理的所有感として13項目,同担に対する意識として10項目を使って分析を進めるべきとの判断に至った。

次に,今回の555名の調査データを分析したところ,上記のうち,心理的所有感については3項目が他の項目との関係から外れ,最終的に心理的一体感(5項目)と心理的責任感(5項目)が得られた。ここで心理的一体感とは,推しを自分の人生の理想として崇めて,推しと同じように考えたり,行動したりすることに喜びを見出すという次元であり,心理的責任感とは,推しを自分が育てなければならない,推しの人気を自分が高められるように努力しなければならない,そして自分にはそれができると考える次元である。さらに同担意識についてはAvey et al.(2009)によるテリトリー意識に近い同担競争意識(4項目)と,Pierce and Jussila(2010)による集団一体感(collective(group)identification)に近い同担仲間意識(6項目)が識別され,心理的所有感が同担意識に影響するという基本的前提で分析モデルを想定することにした(表1)。これら4変数に対して確証的因子分析で確認したところ,適合性指標はCFI=0.948,TLI=0.940,RMSEA=0.078であり,妥当性が高いと判断された。

表1

質問項目一覧

3. 結果変数について

(1) 推し活継続性

推しに対する心理的所有感が高まると,ファンとして推しを支えようという意欲が強化され,推し活へのさらなる投資意向や継続意向が芽生えると考えられる。そのメカニズムには大きな違いがあるものの,同担仲間意識が芽生えた場合も,逆に同担競争意識が芽生えた場合も,いずれも心理的所有感は推し活の継続性にプラスに働くことが予想できる。

既述の通り,推すという行為には互恵性が期待されておらず,対象のために自己の資源を自発的に投じることを意味する。したがって,推し活継続性の測定には,自己の労力を対象に傾ける程度を測定したDe Cooman, De Gieter, Pepermans, Jegers, and Van Acker(2009)の3次元(方向,強度,継続性)のうち,継続性に関する項目を用いた。推し活のコンテクストに適合するよう文言の修正と項目の追加を行い,惰性や外圧ではない純粋な推し活継続意欲を4項目で測定した。

(2) ウェルビーイング(WB)

ここでは心理的所有感の直接的な効果だけでなく,社会的存在としての同担への態度(仲間意識と競争意識)による媒介効果を想定する。仲間と価値を共有できることの「喜び」がウェルビーイングに結びつくか,また縄張りを奪い合う競争的な意識がウェルビーイングに影響するか否かを検証する。ウェルビーイングの測定には主観的ウェルビーイング(SWB)の測定尺度の1つに位置づけられるDiener, Emmons, Larsen, and Griffin(1985)の生活満足度尺度5項目を用いた。

VI. 分析結果

1. 適合性基準と相関分析

本分析で使われる全変数についてクロンバックα,AVE,CRの値を計算したところ,表2にあるように一般的な基準として採用されているα≧0.7,AVE≧0.5,CR≧0.6という値をすべて満たしている。また,表2では相関係数の値も示している。注目すべき点の1つは同担競争意識と同担仲間意識には正の相関関係(0.627)がある点で,これは同担が同じアイドルを推す仲間であると同時にライバルでもあるという複雑な意識を示している。

表2

変数のα,AVE,CR及び変数間相関係数

2. 分析モデルと分析結果

本研究では,推しに対する心理的所有感(心理的一体感と心理的責任感)が直接的に,あるいは推しの同担に対する2つの意識(同担仲間意識と同担競争意識)に影響してそれを媒介として間接的に,推し活の継続性とファンのWBという2つの結果に影響するというモデルを想定した。このような影響関係を考える中で,まずは完全媒介モデルと部分媒介モデルの2つを構築し,共分散構造分析を行った。ここで完全媒介モデルとは,推しに対する心理的所有感が2つの結果に及ぼす影響はすべて同担に対する態度を媒介として及ぼされると仮定するものであり,部分媒介モデルとは推しに対する心理的所有感の影響が,直接的に影響する流れと同担意識を媒介にした流れの両方あると仮定したものである。完全媒介モデルの適合度は,CMIN/DF=3.829,AGFI=0.810,TLI=0.924,CFI=0.931,RMSEA=0.071であり,部分媒介モデルの適合度は,CMIN/DF=3.363,AGFI=0.831,TLI=0.936,CFI=0.943,RMSEA=0.065と後者のほうが良い結果が得られたが,いずれも有意でない影響関係があることから,心理的所有感,同担意識,結果という基本的な流れを前提に探索的モデル特定化の手法を使って適合性の点から最適なモデルを抽出させることとした。

その結果が図1である。このモデルの適合度は,CMIN/DF=3.332,AGFI=0.833,TLI=0.937,CFI=0.943,RMSEA=0.065と,先の2つのモデルよりも良い値となっており,モデルとしてある程度の妥当性が得られたと考えられる。図のパス係数はすべて5%未満で有意である。推しの心理的所有感の2つの次元と同担意識の2つの次元の間には1対1の関係があり,心理的一体感は同担仲間意識だけに正の有意な影響を及ぼし,心理的責任感は同担競争意識にのみ正の有意な影響を及ぼしている。さらに,心理的一体感から正の影響を受けた同担仲間意識は推し活継続性とWBの両方に正の影響を及ぼしており,これは仮説に沿った影響である。これに対して同担競争意識はWBには正の影響を及ぼすものの,推し活継続性には負の影響を及ぼすことが示されている。前者は仮説に沿ったものであるが,後者の関係はむしろ仮説に反する影響関係である。特に同担競争意識と推し活継続性の関係は相関係数(表1)が正であり,このモデルでは負である点に注意すべきである。ここで心理的一体感と同担仲間意識を制御変数として同担競争意識と推し活継続性の偏相関係数を求めると有意に負となった。また,これらの変数に関するVIFの値もすべて3.000未満であり,懸念されるものではなかった。したがって表1で示された両者の正の相関係数は心理的一体感の影響を受けたものであり,本来はこのモデル通りに負の関係があると考えられる。

図1

ベストモデル

VII. ディスカッション:ベストモデルに基づく推し活の実態

心理的一体感の強いファンからすると,推しはいわば拡張自己と言える。そして推しを応援する同担は,拡張された自分を応援する存在になる。同担同士は,それぞれが拡張された自己を応援する存在として意識されることで,いわば推しを中心にした1つの共同体が形成されていると認識される。したがって,自分も同担も推しという神輿の担ぎ手として仲間意識を持つことが可能になる。これに対してファンが推しに対して心理的責任感を強く持つ場合,推しの本当の魅力を理解し,推しを育てるのは同担ではなく自分である,または自分でなければならないと考えやすい。自分が推しを育てる目標を果たすうえでは同担は障害として意識される。すなわち,自分と同担は推しという綱を互いに引き合う,対峙的な競争相手なのである。このようにファンの心理的所有感の2つの次元が同担に対する仲間意識と競争意識に別々に影響することは重要な発見であると考えられる。

今回の分析結果では,これら2つの同担意識はともにWBに正に影響していることが示されている。すなわち,同担を味方と考えても敵と考えても,同担を意識することが推し活を通じて自分の幸福感に正に寄与することが示されたことになる。また,心理的一体感が強く同担仲間意識が強い場合には,現在の推しを応援し続けたいという気持ちを強く持ちやすいことも示された。これに対して心理的責任感が強く,同担を競争相手と考える意識が強いと現在の推しに対して推し活を続けたいという気持ちを持たなくなることが分かった。

この点について,心理的責任感が同担競争意識を媒介してWBに正に影響することからも,責任感の強さが推し活を苦痛にしたために生じた結果と考えるべきではないと思われる。心理的所有感の2次元は正の関係があるものの,その程度が異なるファンもいる。アイドルを推し続けるにあたっては,強い責任感や競争意識を持つがゆえに推すのではなく,推しと一体感を感じ,同担と仲間意識を持って推すファンのほうが,その推しに対してある意味で「純粋な」思い入れを抱き,また仲間との交流を楽しみ,推し活を継続する強い気持ちに抱くようになると解釈すべきであろう。

心理的一体感に比べて心理的責任感が強いファンは,推し自身の魅力というよりも自分が推すと決めた相手がアイドルとして成長することに自分が寄与することを楽しむ傾向があるとも考えられる。したがって,たとえば現在の推しがアイドルグループを卒業したら,その人物に対する自分の役割は終了したと考え,次の推しを探す傾向が強いのかもしれない。もちろんこの点は単なる推測に過ぎず,さらなる検証が行われるべきである。

VIII. 結語

本研究は,アイドルに対するファンの心理を心理的所有感の観点から考察し,その心理的所有感がもたらす二律背反的な同担意識への影響関係,さらにはその心理的所有感や同担意識がファンのWBや推し活継続性に及ぼす影響について概念的及び実証的に分析した。

本研究の視点は先駆的なものであり,今後さらに発展させる方向もいくつか存在する。第1に,本研究では性別の影響を考察していないが,異性のアイドルを推すファンと同性のアイドルを推すファンの意識はおそらく同じではなく,心理的所有感の形成プロセスも異なる可能性があり,その解明が必要となる。この点とも関連して,本研究ではファンが持つ心理的所有感が与える影響関係に注目しているが,彼らの心理的所有感と同担意識との相互作用関係にも注目すべきであろう。今後も多くの研究によりファンの複雑な心理が解明されていくことを期待したい。

謝辞

本稿を作成するにあたり心理的所有感の尺度についてJames B. Avey博士らから貴重な情報を頂いたことを感謝申し上げます。(We would like to thank Dr. Avey, Dr. Avolio, Dr. Crossley, and Dr. Luthans for providing us with information regarding their original items of psychological ownership.)

井上 淳子(いのうえ あつこ)

成蹊大学経営学部教授。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。立正大学経営学部専任講師,准教授,成蹊大学経済学部准教授,教授を経て2020年より現職。専門はマーケティング・消費者行動。

上田 泰(うえだ ゆたか)

成蹊大学経営学部長・教授。学習院大学経済学部卒業,一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。博士(経済学)。日本情報経営学会会長,経営関連学会協議会副理事長,オペレーションズ・マネジメント&ストラテジー学会理事。専門は組織行動論。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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