マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
レビュー論文 / 招待査読論文
アイデアスクリーニングにおけるマーケターの消費者選好の予測
― フォールスコンセンサス効果を回避するための個人選好の抑制 ―
石田 真貴
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2023 年 43 巻 1 号 p. 66-74

詳細
Abstract

マーケターは新製品に対する消費者選好を正確に予測できているのだろうか。新製品開発において消費者選好を正確に予測することは重要だが,先行研究では,マーケターによる予測は正確でないことが示されている。そこで本稿の目的は,消費者選好を予測する際に生じるフォールスコンセンサス効果(False Consensus Effect:以下FCE)に関する研究を整理し,マーケターによる消費者選好の予測の正確さに貢献していくことにある。FCEとは,製品に対する個人選好を消費者に投影させる認知バイアスのことである。FCEが生じたマーケターの予測は,実際の消費者選好と乖離し,非魅力的な製品の開発を続けるなどの望ましくない意思決定を下す。そのため本稿では,FCEが生じる要因である「消費者への共感」と「顧客志向」について確認した上で,FCEを回避する方法である「個人選好抑制」について詳述していく。しかし,FCEに関する研究には残された課題が多い。そのため最後に,個人選好抑制,予測対象である消費者の属性,消費者選好の測定の正確さ,マーケターの特徴の観点から今後の研究の方向性を示唆する。

Translated Abstract

Can marketers accurately predict consumer preferences for new products? Accurate prediction of these preferences are important in new product development, but prior research has shown that marketers’ predictions may not be accurate. This paper aims to review research on the False Consensus Effect (FCE) in predicting consumer preferences and contribute to improving the accuracy of marketers’ predictions of these preferences. FCE is a cognitive bias that causes consumers to project their individual preferences for a product. Marketers’ predictions in which FCE occurs have large errors for actual consumer preferences and lead to undesirable decisions, such as the continued development of unattractive new products. In this paper, we describe “empathy with consumers” and “customer orientation” as factors that cause FCE that have been identified in marketing research, and the details of “individual preference suppression,” which is a method for avoidance of FCE. However, many remaining issues exist in the study of FCE in marketing research. Finally, we contribute to this research area by suggesting directions for future research in terms of individual preference suppression, predicted consumer attributes, the accuracy of measuring consumer preferences, and the characteristics of marketers.

I. 問題意識と課題

マーケターは新製品に対する消費者選好を正しく予測することができているのだろうか。企業が行う新製品開発には大きくアイデア創出とアイデアスクリーニングの2つの段階がある(DeRosia & Elder, 2019)。アイデア創出段階では製品に関する複数のアイデアを発案していき,次のアイデアスクリーニング段階にて,消費者に高く評価されるアイデアを選定していく。発案された全てのアイデアに対して,マーケティングリサーチなどを行うことは時間的・費用的コストの観点から困難である(Hoch, 1988)。そのため,アイデアスクリーニング段階でのマーケターによる消費者選好の予測は,新製品開発において重要である(DeRosia & Elder, 2019)。しかし,これまでの研究によって,マーケターによる消費者選好の予測は正確でないことが指摘されている。なぜなら,マーケターは消費者の行動を促す思考や感情に関する情報を入手・利用することが困難であるからである。そのため,マーケターによる消費者選好の予測よりも,市場に存在する一般消費者による予測の方が正確であることが示されている(Hoch, 1988)。

そこで本稿は,マーケターによる消費者選好の予測の正確さを低下させる要因であるフォールスコンセンサス効果(False Consensus Effect:以下FCE)に焦点を当てていく。FCEとは,製品に対する自身の個人選好を消費者に投影する認知バイアスのことである(Herzog, Hattula, & Dahl, 2021)。言い換えると,マーケターは自分が好きな製品であるほど,消費者も同様に好きであると予測する認知バイアスである。FCEの影響を受けたマーケターの予測は,実際の消費者選好と乖離することで(Flynn & Wiltermuth, 2010),たとえ消費者にとって非魅力的な製品であっても開発を進めるなどの望ましくない意思決定を下す(DeRosia & Elder, 2019)。

したがって本稿では,FCEに関する研究で得られた知見を整理・概説していくことで,本研究分野における課題を明らかにしていき,マーケターの新製品に対する消費者選好の予測の正確さに貢献していくことを目的とする。そのために,まずII章1節にて,これまでのFCE研究の潮流と,マーケティング分野との関係について概説していく。FCEに関する研究は古く,主に社会心理学にて研究が進められてきたが,マーケティング分野とは異なる関係性のもとに進められており,本稿のようなマーケターが消費者選好を予測する文脈において適応可能かは留意する必要があることを指摘する。したがって本稿では,マーケティング分野において確認されたFCEに関する知見を整理・詳述していく。II章2節では,まずFCEがマーケターの意思決定に望ましくない影響を及ぼすことを指摘する。II章3節では,FCEが生じる要因について述べた上で,II章4節にてFCEを回避する方法について述べていく。マーケターがFCEを回避することができれば,消費者選好の予測が改善されることが期待される。しかし,本研究分野には残された課題がある。そのためIII章にて,それらの課題について述べ,今後の研究の方向性を示唆していく。

II. マーケターによる消費者選好の予測に影響を及ぼすフォールスコンセンサス効果

1. フォールスコンセンサス効果に関する研究の潮流とマーケティング分野との関係

FCEとは,対象に対する自身の個人選好を他者に投影する認知バイアスのことであり,自己中心性バイアスや社会的投影とも呼ばれる(Herzog et al., 2021; Hoch, 1987)。FCEに関する研究は,社会心理学に端を発しており(Ross & Ward, 1996),その後,消費者行動(e.g., Krueger & Clement, 1994)やマーケティング分野(e.g., Herzog et al., 2021)などの様々な分野にて研究が進められている。

これまでの研究を通じて,FCEは様々な対象や文脈において生じる普遍的な認知バイアスであることが明らかとなっている。対象については,製品だけでなく,広告,音楽,映画,色などでも生じ(Ross & Ward, 1996),文脈においては,マーケターによる消費者選好の予測だけでなく,ギフト購入時における友人や家族の選好予測や(e.g., Wooten, 2000),投資における他の投資家のリスク選好の予測(Lee & Andrade, 2011)などにおいても生じる。

これまで多岐にわたってFCEの研究が進められてきたが,社会心理学や消費者行動などの分野によって得られた知見は,必ずしもマーケティング分野に適応可能であるとは限らないことに留意されたい。なぜなら,マーケティング分野とそれらの研究分野の間では,予測者と被予測者との関係が異なるからである。

消費者行動におけるFCE研究は主に,予測者は消費者であり,被予測者は周囲の身近な個人(消費者)に焦点が当てられ研究が進められている。例えば,Lerouge and Warlop(2006)では,パートナーの家具に対する選好予測においてFCEが生じることを明らかにしている。また,自身のための購買であっても,人は社会的承認の重要性から身近な人の選好を予測し参考にすることから,FCEと関連づけて研究が進められている(e.g., Childers & Rao, 1992)。

一方でマーケティングにおけるFCE研究では,予測者は生産者であるマーケターであり,被予測者は市場に存在する消費者の集団である。このような状況下では,消費者行動や社会心理学などの身近な人の選好予測とは異なり,選好予測の際に利用できる事前の情報量が少ない(Hoch, 1988)。また消費者同士の予測とは異なり,マーケターは特定の個人ではなく,市場に存在するであろう典型的な消費者を予測しなければならない。しかし,マーケターは特定の製品分野に対する知識や経験を豊富に有する専門家であることから,かえって市場における典型的な消費者の選好を予測することが困難であることから,より自身の選好に依存した消費者選好の予測を行う傾向が高くなる(Hoch, 1988)。

したがって,社会心理学や消費者行動などにおいて確認されてきたFCEの知見は,マーケターによる消費者選好の予測とは,予測者と被予測者との関係が異なるため,適応可能であるかは不透明である。そこで,本稿における以降のレビューでは,マーケターと消費者の関係に焦点を当てたFCEの研究のみを取り上げる(表1)。なお,消費者を対象とした先行研究は豊富に確認できたが,マーケターを対象とした研究はあまり多くない。次節では,マーケターが消費者選好を予測する際にFCEが生じることで,予測の正確さが低下し,その結果,望ましくない意思決定を下すことを述べていく。

表1

マーケターにおけるFCEに焦点を当てた研究と主な結果

出典:筆者にて作成

2. フォールスコンセンサス効果が予測の正確さとマーケターの意思決定に及ぼす影響

他者の選好を予測する際に自身の選好に基づいて予測すると(=FCE),予測の正確さは低下するのだろうか。消費者行動の分野では,消費者が他者の選好を予測する際にとる様々な方法が明らかにされている。その1つの方法として,自身の選好を投影させることで(=FCE),予測の正確さを高める場合もあることが示されている(David, 2018; Lerouge & Warlop, 2006)。

しかし,マーケターが自身の選好をもとに消費者選好を予測する方法,つまりFCEは回避すべき認知バイアスであることが,実務のマーケターを対象とした意識調査と実証研究にて示されている。Herzog et al.(2021)では,ヨーロッパのビジネススクールに所属するマーケター100名を対象に,FCEに関する意識調査を行った。その結果,82%のマーケターが消費者選好を予測する際にFCEの影響を受けていると回答し,そのうち79.3%のマーケターがFCEは回避すべき認知バイアスであると回答している。

では,マーケターの認識において回避すべき認知バイアスであるとされているFCEは,消費者選好の予測にどのような影響を及ぼすのだろうか。先行研究では,マーケターを対象とするweb調査を行い,特定のシナリオを与えることで,様々な文脈において検証がされている。本稿では,新製品開発,コミュニケーション,革新性の高い新技術への投資の文脈におけるFCEの影響について概説する。

まず新製品開発の文脈におけるFCEの望ましくない影響について述べる。DeRosia and Elder(2019)では,FCEが生じたマーケターは,たとえ消費者にとって非魅力的な製品であっても,新製品開発を継続したり,月間売上数量を高く予測するなど望ましくない意思決定を下すことを明らかにした1)。ここでの非魅力的な製品は,実際に市場に導入し失敗した製品(e.g.,過冷却清涼飲料)や,事前調査にて消費者に非魅力的と知覚された架空の製品(e.g.,自分の顔をプリントできるトースター)を用いて検証している。

またFCEはマーケティング・コミュニケーションの文脈においても望ましくない影響を及ぼすことが明らかとなっている。Hattula, Herzog, Dahl, and Reinecke(2015)では,実際に使用されているRolex社の2本の動画広告(ゴルフまたはセーリングを題材とする動画広告)に対するFCEを検証した。調査に参加したマーケターには,「あなたはRolex社のマーケターとして会議に参加し,年々競争が激化してる時計市場において,2本の広告に対する消費者選好を正確に予測し,会社に報告して欲しい」というシナリオを与え,消費者選好を予測させた。その結果,自身が好む広告であるほど,消費者も好むと予測するFCEの傾向が確認され,広告においても,望ましくない影響を与えていることがわかった。

加えて,Hattula et al.(2015)の研究では興味深いことに,FCEが生じているマーケターに対して,客観的情報であるマーケティングリサーチなどの市場調査の結果などを提供しても,それらの重要性や価値が低く知覚されることを明らかにしている。この結果は,従来,FCEのような主観的情報にマーケターが依存する理由として,消費者に関する情報を入手することが困難であることに起因すると説明されてきたが(Hoch, 1988),たとえ消費者に関する客観的情報をマーケターに提供したとしても,FCEは回避されず,自身の選好に依存し続けることが明らかとなった。

最後に,革新性の高い新技術への投資におけるFCEの影響について述べていく。Herzog et al.(2021)では,市場におけるAIの技術的進化と市場規模の拡大を受けて,AIに関するベンチャー企業に投資をすべきかという意思決定の文脈にてFCEを検証した。調査ではまず,AIに対するマーケターの個人選好を測定した上で,投資対象となる2つのAIを用いた製品(AIを活用した語学学習アプリ,ユーモアを学習し消費者に適切なコンテンツを提供するアプリ)に関する説明文を提示した。マーケターには,「執行役員の中には,消費者はAIに対して不安や恐怖心を抱いていることから,多額の投資をするには時期尚早と考えている人もおり,マーケターとして消費者視点からAIへの投資を評価し,報告する必要がある」というシナリオを与えた。結果はこれまでと同様に,マーケターがAIに対して好意的であるほど,消費者も同様であると予測し,企業にAI投資を促すことが明らかとなった。

これらの研究成果より,マーケターが消費者選好を予測する様々な文脈や対象において,FCEが生じ,正確な消費者選好の予測がなされず,望ましくない意思決定を下していることが明らかとなった。次節では,このようなFCEがなぜ生じるのか,その発生メカニズムについて詳述していく。

3. フォールスコンセンサス効果の発生メカニズム

FCEは,社会心理学を中心とした様々な分野で研究が進められ,生じる要因は主に,動機づけと,認知の観点から説明がされてきた(Ross, Greene, & House, 1977)。動機づけでは,自身の態度や行動が多数派であると思いたい欲求や(Sherman, Presson, & Chassin, 1984),認知的不協和を軽減させたい欲求(Festinger, 1957)からFCEが生じると説明されている。認知では,利用可能性ヒューリスティックの観点より,人は自身の考えを支持してくれる人や理由を代替案と比較して思い浮かべやすいことから,自身の選好を他者に投影するFCEが生じると説明されている(Goethals, 1986)。

先述したとおり,これらの研究はいずれも予測者と被予測者との関係がマーケティング分野とは異なることから,本稿の焦点であるマーケターによる消費者選好の予測において適応可能かは不透明である。例えば,自身の選好が多数派でありたい欲求は,自身が周囲と異なった選好をもつ存在であるというネガティブな情報がもたらされることへの自我防衛(ego-defensive)としてFCEが生じると説明されており(Dramel, 1962),マーケターによる消費者選好の予測において,たとえ自身の選好と消費者が異なった選好を有していたとしても,自我に対する影響があるとは考え辛いことからFCEを生じさせるかは懐疑的である。そこで以降では,マーケターを対象とした研究によって明らかとなっているFCEが生じる要因のみを提示していく。

第1に,消費者ニーズを理解するために行う共感によってFCEが生じることが明らかとなっている(Hattula et al., 2015)。共感とは,FCEのような自己参照的視点とは異なり(Higgins, 1981),消費者視点に立ち,製品やサービスに関する経験をイメージすることで,消費者の感情や行動を理解することである(Dahl, Chattopadhyay, & Gorn, 1999)。そのため消費者に共感するマーケターは,自己参照的視点から離れることから,FCEを低下させると考えられていた(Decety & Lamm, 2006)。しかし,マーケターはマーケターとしての職業のアイデンティティだけでなく,消費者としてのアイデンティティも同時に有する存在である。そのため,消費者視点に立ち,一連の経験をイメージすると,マーケター自身の消費者アイデンティティも活性化し,自身の選好を反映させたイメージの形成が行われ,その結果,個人選好を消費者に投影させるFCEが生じる(Hattula et al., 2015)。例えば,消費者が遊園地を楽しむ一連の経験をマーケターがイメージしたとする。マーケターはアトラクションや食べ物を楽しむ消費者の経験をイメージしていくが,その際に自身が好む経験に関するイメージを形成させてしまい,その結果,個人選好を消費者に投影させるのである。人は自身が好む事象をよりイメージしやすい傾向があることから(Goethals, 1986),消費者に共感し,イメージを形成させることで,かえってFCEを生じさせてしまうのである。

第2に,顧客志向によってFCEが生じることが明らかとなっている(DeRosia & Elder, 2019)。顧客志向とは,顧客ニーズを理解し,ニーズに関する情報を企業内の様々な部門に共有することで,ニーズに応えていく企業の志向性のことである(Kohli & Jaworski, 1990)。顧客志向に関するメタ分析では,企業が顧客志向をもつほど,新製品開発のパフォーマンスが向上することが示されている(Kirca, Jayachandran, & Bearden, 2005)。しかし,DeRosia and Elder(2019)では,顧客志向は,組織ではなく個人レベルであるマーケターがもつことは,新製品開発におけるアイデアスクリーニングの正確さを低下させることで,新製品開発のパフォーマンスを低下させていることを明らかにした。顧客志向を有するマーケターは,製品に対する消費者ニーズを予測する際に,積極的に消費者のイメージを形成させる。そのため先述したHattula et al.(2015)と同様に,マーケター自身の消費者アイデンティティが活性化し,FCEが生じる。その結果,自身の個人選好に偏ったアイデアスクリーニングをマーケターは行ってしまい,たとえ消費者にとって非魅力的な製品であっても開発を続ける意思決定を下してしまうのである。

両研究とも共通していることは,消費者への共感または顧客志向によって,消費者に関するイメージを形成させることで,FCEを生じさせることである。ここで留意しておきたいのが,消費者に関するイメージを形成させることは,新製品開発プロセスにおけるアイデア創出では有益であることが示されている一方で(Dahl et al., 1999),アイデアスクリーニング時においてはFCEを生じさせ,望ましくない意思決定を下させる。では,どのようにしてマーケターは,FCEを回避すればよいのだろうか。次節ではFCEを回避するための方法について詳述していきたい。

4. フォールスコンセンサス効果を回避する

FCEは,予測の正確さを低下させ,望ましくない意思決定を下させることから,これまで多くの研究にてFCEを回避する方法が検証されてきた。しかし,社会心理学では,FCEはロバストで回避することが不可能な認知バイアスの1つと結論付けられた研究もある(e.g., Krueger & Clement, 1994)。

これまで検証されてきた方法には,予測者が被予測者は自身の選好とは反対であることを意識する方法や,予測後にバイアスの影響分を調整する方法や,自身の選好を基に評価を始めず,他の情報を探索した後に予測する方法などが検討されたが,いずれもFCEを回避する効果が得られなかった(DeRosia & Elder, 2019; Petty, Briñol, Tormala, & Wegener, 2007)。

しかし,研究が進む中でFCEを回避するのに有効な方法とその条件が明らかとなった。その方法は,個人選好抑制である。抑制とは,バイアスのある考えを思い浮かべないように無視することである(Petty et al., 2007)。前節にて,FCEが生じる要因には,消費者への共感と顧客志向があることを説明してきた。これらの要因に対してマーケターが抑制を試みることによって,FCEを回避可能であることが示されている。

消費者への共感によって生じるFCEの際には,「マーケターは消費者視点に立っても,自身の選好を抑制できないことが明らかとなっている。そのため,消費者視点に立つときは,消費者選好にのみに注目して下さい。」という指示文を与えることで,消費者アイデンティティの活性化を抑制させ,FCEを回避させた(Hattula et al., 2015)。同様に,顧客志向によって生じるFCEの際にも,「顧客に関する心的イメージに捉われないように心掛けてください。」という指示文を与えることで,心的イメージの形成を抑制させ,FCEを回避させることを可能にした。

しかし,このような抑制を行うことによって,FCEを回避させるには条件がある。それは,製品に対するマーケターの個人選好の確実性が高い状況であることである(Herzog et al., 2021)。個人選好の確実性が高い状況とは,製品に対するマーケターの個人選好が明確であり,たとえ時間が経過してから再度,選好を尋ねられても,変化することがなく安定している状況のことをさす。

人が特定の事象に対する思考を止めるために行う抑制は,皮肉過程理論(ironic process theory)より,実行過程(operating process)と監視過程(monitoring process)と呼ばれる2つの思考過程が機能したときに可能となることが示されている(Wegner, 1994)。本文脈における実行過程とは,「個人選好を投影させない」思考過程のことであり,監視過程とは,「個人選好を投影させないことができているのか」と確認する思考過程のことである。もし自身の個人選好を投影させていることが監視過程にて確認されたならば,FCEの影響をマーケターは調整し,回避させることができる(Wilson & Brekke, 1994)。

しかし,抑制する対象(ここでは個人選好)が曖昧で明確でない場合,監視過程はうまく機能せず,抑制が失敗することが明らかとなっている(Wilson & Brekke, 1994)。加えて,人は抑制が失敗した際には,皮肉監視過程(ironic monitoring process)と呼ばれるさらに認知バイアスを強める逆効果が生じることが明らかとなっている(Wegner, 1994; Wegner, 2009)。つまり,製品に対するマーケターの個人選好の確実性が低い状況にて抑制を行うと,実行過程である「個人選好を投影させない」を,監視過程である「投影させていないのか」という確認をうまく行う思考ができず,さらにこれらの思考過程を繰り返してしまうことで,かえって個人選好が活性化し,FCEを強めてしまうのである。

III. 今後の研究課題

本稿では,消費者の選好予測において,自身の選好を投影させるFCEについて整理してきた。FCEが生じるとマーケターは,消費者の選好を正確に予測することができず,消費者にとって非魅力的な製品の開発を続けるなどの望ましくない意思決定を下させることがわかった。そして,FCEを回避するには,マーケターは個人選好抑制を行うことが望ましいが,その際には選好の確実性が高い必要があることがわかった。以降では,マーケターにおけるFCEの研究での今後の研究課題を示していく。

第1に,FCEを回避する方法である個人選好抑制に関する今後の研究課題を述べる。マーケターが個人選好抑制によってFCEを回避するには,製品に対する選好の確実性が高い必要がある(Herzog et al., 2021)。しかし,革新性の高いRNP(Really New Product)のような新製品では,市場で利用可能な情報が少ないことから,選好の確実性を形成させることが困難である(Rucker, Tormala, Petty, & Briñol, 2014; Schmidt & Calantone, 1998)。そのため今後の研究として,選好の確実性を形成することが困難な状況下において,選好抑制の効果を検証していくことに加えて,そのような状況下においてでも,選好の確実性を形成させていく方法について検証していく必要があるだろう(Steffel, Williams, & Pogacar, 2016)。

第2に,マーケターの予測対象である消費者の属性に関する今後の研究課題を述べる。先行研究では,マーケターに消費者選好を予測させる際には,市場に存在する典型的な消費者を予測させる指示に留まっている。そのため,マーケターがどのような属性をもつ消費者の選好予測をしている際にFCEが生じ,実際の消費者選好と予測が乖離しているのかは明らかでない。今後の研究では,例えば,新製品をいち早く採用する革新者(Innovators)の属性もつ消費者をターゲットとした選好予測をマーケターにさせ,その属性をもつ消費者の選好を求め,FCEと予測の正確さを検証していくことで,より精緻なFCEの研究を進めることができるだろう(Rogers, 1962)。

第3に,消費者選好の測定の正確さに関する今後の研究課題を述べる。先行研究での消費者選好のデータは,主にweb調査に参加した消費者に,製品に対する個人選好の尺度に回答させることで得ている。しかし,先行研究では消費者の異質性を考慮しておらず,製品関与の低い消費者や製品知識のない消費者も含まれている。このような消費者は,製品に対する選好を形成させることが困難であることから,選好確実性が低く,不正確な消費者選好の回答となっている可能性が高い。今後の研究では,選好確実性の高い消費者を対象とした選好を測定することや,また尺度だけでなく,購入履歴などの実際の行動データを消費者選好のデータとして用いてFCEを検証していくことが必要だと考えられる(DeRosia & Elder, 2019)。

最後に,予測者であるマーケターの特徴に関する今後の研究課題を述べる。本稿では,マーケターが消費者選好を予測する際にFCEが生じることで,予測の正確さが低下すると説明してきた。しかし,消費者行動の研究では,予測者と被予測者の消費者間において,互いの製品に対する選好の類似性が高い状況では,予測者が自身の選好を投影させることで(=FCE),予測の精度が高まることが示されている(Lerouge & Warlop, 2006)。そのため今後の研究として,消費者の選好との類似性が高いと考えられる企業内リードユーザーの特徴をもつマーケターとFCEの関係を検証することが考えられる。企業内リードユーザーとは一般社員と比較して,製品の所有数,使用経験,購入金額などが高く,消費者ニーズに関する情報を積極的に収集することから,消費者の側面を有する存在である(Schreier & Prügl, 2008; Schweisfurth, 2012; Schweisfurth & Raasch, 2015)。企業内リードユーザーの特徴をもつマーケターは,消費者の選好との類似性が高いことが期待されることから,消費者選好を予測する際に,自身の選好を投影させることで(=FCE),予測の正確さが高まることが期待される。

1)  DeRosia and Elder(2019)は,新製品の評価時にマーケターが消費者に関するイメージを形成させることで,楽観主義バイアスが生じ,製品への選好を高めることを明らかにした研究であり,FCEに焦点を当てた研究ではない。しかし,Hattula et al.(2015)にあるとおり,マーケターが評価時に消費者に関するイメージを形成させると,個人選好を投影させるFCEが生じることから,DeRosia and Elder(2019)もFCEに関する重要な示唆を与えてくれる研究であることから,本稿ではレビューに加えている。

石田 真貴(いしだ まさき)

関西学院大学商学部を卒業後(学士:商学),キッコーマン株式会社に入社,その後,関西学院大学大学院商学研究科博士課程前期課程を修了し(修士:マーケティング),現在は関西学院大学大学院商学研究科博士課程後期課程に在籍中。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top