マーケティングジャーナル
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書評
木村純子・陣内秀信 編著(2022).『イタリアのテリトーリオ戦略 ― 甦る都市と農村の交流 ―』白桃書房
畢 滔滔
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2023 年 43 巻 1 号 p. 92-94

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I. 本書評の焦点:過疎に悩む農村と繁栄する農村

本書の基本的な問いは,先進国の農村をどのように発展させるのか,という問題である。本書は,この問題についてイタリアの農村の経験を紹介している。

この問題への答えは,その村が衰退のどん底にあり過疎に悩む農村地域(以下,「過疎農村」と呼ぶ)なのか,あるいは既に再生を遂げ繁栄している農村地域(以下,「繁栄農村」と呼ぶ)なのかによって変わってくる。なぜならば,過疎農村と繁栄農村は,直面する問題,問題解決に必要とされるリソース,適切な政策などがすべて異なるからである。本書で明らかにされたイタリアの農村の経験は,この両者が含まれており非常に興味深い分析がなされているものの,必ずしも明確に分けて議論されていない。そこで本書評では,両者を分けた上で,他の既存研究の知見と関連づけながら,本書の議論を検討する。

本書評の構成は次の通りである。まず本書の内容を概観する(II.)。次に過疎農村の再生(III.)と,繁栄農村の持続的発展(IV.)に関する本書の議論を検討し,最後に結論を述べる(V.)。

II. 本書の概要

本書の執筆者には,経営学,建築史・都市史,農業経済学などの研究者に加えて,料理研究家や認定ソムリエも含まれる。こうしたユニークな執筆陣ゆえに,イタリアの農村について,経済,景観,料理,ワインなど多面的な情報を提供することに成功している。

本書は3部構成である。第1部(第1~3章)は,過疎農村の再生および,繁栄農村の持続的発展の2つの異なるメカニズムそれぞれについて,地域開発学,経営学,農村経済学など多様な視点から検討している。第1章は,第二次世界大戦後イタリアの地域開発の歴史を概説し,同国の農村経済,さらに農村と都市の関係について変革が起きた3つの時期を指摘している。すなわち(1)1960年代終盤まで,製造業の発展が高度経済成長をもたらし,農村の過疎化が深刻化した時期,(2)1970年代から1980年代にかけて,農村の価値が再評価された時期,および(3)その後「アグリトゥリズモ」と呼ばれる観光産業が農村で発展し,再生を遂げた農村が増えた時期である。続いて第2章は,繁栄農村の持続的発展に焦点を合わせて,トスカーナ州アミアーダ地域に関する事例研究を行うことで,「コモンズの精神」こそが,持続可能なテリトーリオの実現に不可欠であると指摘している。コモンズの精神とは,「競争を前提にして『私』を満たすためのもの」とは対照的に,「関連主体のボトムアップ型協働活動が育てる『共』」を特徴とするものである(p. 65)。第3章は,トスカーナ州キャンティ地区を例にし,過疎農村を再生に導いたアグリトゥリズモの特徴を解説すると同時に,繁栄農村が直面する問題を提起している。アグリトゥリズモの特徴は,ワインなど地域に特徴的な農産品をそれに象徴される景観や地域イメージと結合して集客することにある。一方,繁栄農村が直面する問題は,観光産業がもたらす富の分配は不平等であるが故に,その一層の促進について地元関係者の間に対立が生じていることである。

第2部(第4~6章)は,第1部で提示した枠組みに基づき,アグリトゥリズモの運営・管理に携わる主体および特徴的な農産品を具体的に紹介し,また,コロナ禍が観光産業に与えた影響についても検討している。第4章は,農家,アグリトゥリズモ経営者,公務員,地域資源開発に携わる団体など多様な主体がネットワークを形成することが,アグリトゥリズモの運営と促進に不可欠であると指摘している。第5章は,スローフード運動の台頭に影響され,世界的にフードツーリズムが盛んになってきた現象を指摘した上で,その成功事例としてアドリア海沿岸の3つの州の経験を紹介している。第6章は,コロナ禍以前のローマ大都市圏の観光産業の特徴を説明した上で,コロナ禍によってローマ旧市街の民泊仲介サービスAirbnbに対する需要が大きく減少した一方,近郊の農村の不動産を本宅として購入した人が増加した,という変化を明らかにしている。

第3部(第7~8章)は,イタリア料理研究家とソムリエが,イタリアの郷土料理とワインに関する知識と情報を提供している。第7章は,イタリア各地の料理の特徴とその歴史的・地理的背景を解説している。第8章は,イタリアワインの変化の歴史,各地のワインの特徴,さらにワインと料理の組み合わせの特徴について説明している。

III. 過疎農村の再生のカギ

過疎農村の再生のカギは,本書が検討した中心的な問題のひとつである。本書が指摘している通り,衰退した農村が抱える最も困難な問題は,地域の資源が流出し続け,地域が投資先として魅力がないという難題である。1960年代売りに出された農場の多くは買い手がなかった,という本書が示した史実はこの点を裏付けている。キャンティ地区の事例(第3章)が示すように,問題解決のきっかけとなったのは,「よそ者」の移住と投資である。キャンティ地区において,過疎農村に最初に価値を見出し,特徴的な農産品をつくりだし,地理的表示を活用してマーケティング活動を行ったのは,地元の農家より,むしろ外国人や,裕福なイタリア都市専門職業人,国内外の大手企業であった。

「よそ者」による過疎農村の再生の経験を紹介した点は,本書の重要な貢献であると書評者が考える。この「よそ者」が戦後イタリアの過疎農村の再生で重要な役割を果した理由として,他の既存研究は次の2点を指摘している。これらは本書の議論にとっても重要なポイントであると思われる。ひとつは,「よそ者」起業家と企業が過疎農村の再生に不可欠なリソースを持つことである。キャンティ地区が立地するトスカーナ州の例を見てみよう。同州は,中世後期から20世紀前半までの長期に渡って折半小作制度が支配していた。この制度の下,農家は都市で居住する地主から土地と生産資料を借りて生産活動を行い,小作料としての収穫物の約半分を地主に収め,残りを主に自家消費し,市場と接点が少なかった(Pratt, 1994/2016)。一方,特徴的な農産品を企画・生産・販売するには,高い生産技術の他,商業ネットワーク,マーケティング力,資金調達力が必要である。「よそ者」起業家と企業は,これらのリソースをトスカーナ州の農村に持ち込んだのである(Pratt, 1994/2016)。もうひとつの理由として,「よそ者」を受容したクリエイティブな政治家・公的機関の担当者の存在が挙げられている。戦後,同州多くの地区で議会多数派を獲得したイタリア共産党政権は,過疎農村に投資しようとした「よそ者」に対して,「出身地による差別をせず」,「平等に扱う」という政策を打ち出したのである(Pratt, 1994/2016, p. 166)。

IV. 繁栄農村の持続的発展

では,過疎農村の再生とは対照的に,繁栄農村の持続的発展について本書はどのように議論をしているのだろうか。着目されているのがグローバリゼーションの影響と格差の問題である。

まず,グローバリゼーションが農村の持続的発展に及ぼす影響について,本書には,逆の見解が見られる。一方は,グローバリゼーションを前提とする米国流のマーケティング・マネジメントに反旗を翻すローカルな生産・販売活動がイタリアの農村の繁栄を支えている,という主張である(序章)。もう一方は,グローバライゼーションのおかげで,イタリアの特徴的な農産品とアグリトゥリズモは,海外市場を開拓し外国人観光客を獲得できた,という指摘である(第3章と第8章)。

他の既存研究の成果に基づくならば,書評者は後者の指摘が妥当であると考える。理由は2つある。ひとつは,グローバリゼーションは,先進国の農村が避けられない経営環境だからである。ワインを例にしてみると,Corsi, Pomarici, and Sardone(2018)によれば,戦後イタリア国内のワインの消費量が減少し続けた結果,2010年代生産量が消費量をはるかに上回ったという。イタリアの特徴的な農産品は,海外市場を求めざるを得ないのである。もうひとつの理由は,グローバリゼーションはイノベーションをもたらすからである。1970年代以降若い世代のイタリアワイン農家が海外のワイナリーで勉強した結果,イタリアのワインづくりにイノベーションを引き起こし,人気の高いワインバローロなどをつくりだした史実はこの点を裏付けている。

次に格差に関しては,観光産業がもたらす富の分配の不平等を原因に,繁栄農村では観光産業の促進に関して地元関係者の間で対立が激化している,と本書は指摘している。これは重要な指摘であると考えられる。多くの先進国において,観光産業は主要な産業の一つとなっている一方,その低賃金は社会問題を引き起こしている。観光産業雇用者の待遇の改善は,地域の持続的発展に不可欠であろう。

V. 結論

本書の重要な貢献は3つある。第1に,上述の「よそ者」がそうであるように,過疎農村の再生,繁栄農村の持続的発展のいずれにおいても,イノベーションを起こす起業家,企業家,政治家と公的機関の担当者が不可欠である,ということをイタリアの経験を通じて詳細に示した点である。第2に,農村の再生や繁栄における格差の拡大など,負の側面にも光を当てている点である。第3に,ユニークな執筆陣を背景に,経済や景観,料理,ワインなど,イタリア各地の農村の現実について,多面的に紹介している点である。

以上の貢献がある一方で,本書に課題がないわけではない。特に,本書評の構成で示したように,過疎農村の再生の経験と,繁栄農村の持続的発展の取組みを峻別して議論したならば,本書のメッセージや意義がより明確に読者に伝わったはずである。両者を分かつことで,過疎農村の再生を目指す日本の関係者が学ぶべきなのは,イタリアの繁栄農村の取組みではなく,1990年代までの同国の過疎農村再生の歴史であることを理解できるだろう。また,「テリトーリオ」など読者には必ずしも馴染みがないキーワードが章によって異なる意味で使われていることも惜しい点である。

しかしながら,本書は,イタリアの農村経済の実態について紹介した数少ない邦文書である。日本の農村活性化の関係者にとって貴重な内容であり,読者は多様な学びを得るだろう。

References
  • Corsi, A., Pomarici, E., & Sardone, R. (2018). Italy from 1939. In K. Anderson, & V. Pinilla (Eds.). Wine globalization: A new comparative history (pp. 153–177). Cambridge, UK: Cambridge University Press.
  • Pratt, J. (1994/2016). The rationality of rural life: Economic and cultural change in Tuscany. New York, NY: Routledge. First published in 1994 by Harwood Academic Publishers.
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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