マーケティングジャーナル
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巻頭言
ケース・スタディ・リサーチとその適用
水越 康介
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2023 年 43 巻 2 号 p. 3-5

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Translated Abstract

Case study research is a method of research using case studies that has gained a spotlight within social science. Many books and articles outline the case study research method, among which the series of works by Robert K. Yin has been well referenced. In this special issue, we summarize findings from case study research based on the methodology described by Yin. These findings show how case study research can be performed in practice and what it can reveal.

経営学やマーケティング論においては,しばしば,ケース・スタディが用いられる。マーケティング・ジャーナルでも,マーケティング・ケースが毎号掲載されている。とはいえ,ケース・スタディを用いた研究は,他の方法を用いた研究に比べると,査読論文として評価されにくく,また通りにくいという印象がある。どうすればよいだろうか。

本号の特集論文は,ケース・スタディ,いわゆる事例研究を分析の方法論として用いた論文を集めることとした。特に各論文では,経営学分野において長らく参照されてきたRobert K. Yinによる「ケース・スタディ・リサーチ」が用いられている。本書は,1984年に初版「ケース・スタディ・リサーチ」が刊行され,2023年時点では,2018年の第6版「ケーススタディ・リサーチとその適用」が最新である。日本では,1994年に刊行された第二版が1996年に翻訳され,広く参照されてきた。

Yin(2018)によれば,ケース・スタディとケース・スタディ・リサーチは異なっている。データの収集や妥当性,理論との整合性や独創性,それから字数制約と成果の公開可能性というより現実的な点においても,ケース・スタディがリサーチであるためには,多くの点を考慮する必要がある。「リサーチによる探求は理路整然としたものであり,要件を満たした学問を必要とし,リサーチ手順の透明性を示さなければならない(Yin, 2018, xxi)。」

もちろん,リサーチとして,ケース・スタディが他の方法よりも難しいというわけではない。他の方法と同様に,手続きがあるということである。ただし,ケース・スタディ・リサーチがより厄介であるといえるのは,こうした手続きが他の方法ほど定まってはいないということである。「ケース・スタディを行う研究者は,その研究が正確さ(つまり定量化),客観性,そして厳密さが不十分であるため,その学問分野から逸脱したと見なされる(Yin, 1994,邦訳1頁)。

Yinによる一連の研究は,こうした手続きを明示化し,透明性を高めることに貢献する。第一に重要になるのは,ケース・スタディを選択する理由であり,研究の目的である。Yin(2018)によれば,ケース・スタディとは,実証的な方法であり,現代の現象(「ケース」)を深く掘り下げ,現実の文脈のなかで研究し,特に現象と文脈の間の境界が明確ではない場合に適している。ケース・スタディは多様であり,単一ケース・スタディや複数ケース・スタディ,定量的なエビデンスだけのケース・スタディ,さらには混合研究法の一部として用いられるケース・スタディもある。

ケース・スタディの相性が良い場面は3つある。(1)主たるリサーチ・クエスチョンが「なぜ」あるいは「どのように」を問うている場合,(2)対象である人々の行動を統制できない場合,(3)研究の焦点が過去ではなく現在の事象である場合である。これらの場面は,基本的に結びついている。おそらく理由としてよく用いられるのは,一つ目であろう。あの企業は「なぜ」成功したのか,あるいは「なぜ」失敗したのか,その成功や失敗は「どのように」導かれたのか。こうした問いには,もちろんケース・スタディは適している。ただし,この理由だけであれば,サーベイや研究室実験を用いることもできる。ここでは,2つ目や3つ目の場面が関連しているであろうことに留意する必要がある。すなわち,対象の統制が方法論的にも実質的にも難しい場合や,その状況が現在進行形の場合,ケース・スタディはより相性が良くなる。

続いて重要になるのは,データの収集である。ケース・スタディでは,大きく6つのデータ・ソース(文書,アーカイブ,インタビュー,直接観察,参与観察,物理的人工物)が用いられる。さらに,近年ではインターネット上のデータも重要な役割を担う。これらのデータ・ソースは,必要に応じてケース・スタディ・データベースとして公開される必要があり,この点が研究の客観性や厳密性と結びつく。データ・ソースの公開は,近年ではサーベイや研究室実験においても重視されつつある。同様の方法が,ケース・スタディ・リサーチではより重要になる。

収集されたデータは,理論的命題に依拠すること,データをゼロから処理すること,ケースを記述すること,そして競合説明という大きく4つの点から分析し,検討することができる。さらにこれらを実際に行う上では,パターン・マッチング,説明構築,時系列分析,ロジック・モデル,複数ケースの統合という具体的な5つの技法を用いることができる。理論的命題に依拠することや,競合となる仮説を加えて説明を試みることは,研究としてはもっとも一般的であろう。しかしそれだけではなく,グラウンデッド・セオリーのようにデータをゼロから処理することや,よりシンプルにケースの記述に徹すること(ただし,これはリサーチとしては次善の策になりがちである)もできる。

さて,こうした手続きに則り,どのような研究が可能なのか。本特集号では,4つの論文を掲載している。1つ目は,Yin(1994)の翻訳者でもある近藤による,石屋製菓を対象としたケース・スタディである。本論文は,Yin(2018)に従って発見型ケース(revelatory case)として位置付けられ,複合的なブランドの相互関係性を捉えようとしている。石屋製菓を代表するブランドは,「白い恋人」である。「白い恋人」は,幾多の苦難を乗り越えて成長を続け,今では「北海道」や「日本」と結びつくようになっている。同時に,「白い恋人」が成長する中で,石屋製菓もまた成長し,「ISHIYA」ブランドとして価値を高め始めている。これらのブランドの価値形成過程を明らかにするべく,本研究ではケース・スタディが採用される。

2つ目の論文は,水野・中川・石田によるDMM.make AKIBAを対象としたケース・スタディである。本論文では,スタートアップ企業が創業前後に直面する「あいまいな問題」とその「解決行動」に焦点が当てられ,「なぜ」「どのように」これらの問題が解決されるのかを明らかにすることが目的とされる。あいまいな問題は「とりあえず」解決されながら,コミュニティの形成や対話を通じて「正しい問題の発見」につながっていく過程が示される。本論文では,データベースも活用されている。

3つ目の論文は,吉田・二宮・三井・大田による株式会社ヌーラボのケース・スタディである。本論文では,先の水野たちの研究に似て,起業家の目的が「なぜ」「どのように」形成されていくのかを捉えようとする。さらに,起業,成長,上場を3つのフェーズに分けることで,3つのケース間比較が可能になるとして,追試の論理に従い再現可能性が確認できるとする。意外にも目的ありきではない起業や目的の創発が重要であることや,異なるコミュニティ間での相互作用の重要性が確認される。

最後に4つ目の論文は,本條による北欧,暮らしの道具店を運営する株式会社クラシコムを対象としたケース・スタディである。本論文もまた,Yin(2018)に従い,探索的ケース・スタディ(exploratory case study)として位置づけられるとともに,競合説明(rival explanation)が設定されることにより,どちらに対する説明がより妥当であるのかを検討する構成になっている。本論文では,ビジネスにおけるケアの倫理と正義の倫理が対比され,分析の結果,ケアの倫理の有効性が主張される。

これらの論文を通して,ケース・スタディ・リサーチについての理解を深めていくことにしたい。

References
  • Yin, R. K. (1994). Case study research 2/e. Thousand Oaks, CA: Sage Publications.(近藤公彦(訳)(2011).『新装版 ケース・スタディの方法 第2版』千倉書房)
  • Yin, R. K. (2018). Case study research and applications: Design and methods (6th ed.). Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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