マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
特集論文 / 招待査読論文
サービス・ウィズ・ケア
― 「北欧,暮らしの道具店」のケース・スタディ・リサーチ ―
本條 晴一郎
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2023 年 43 巻 2 号 p. 42-53

詳細
Abstract

近年,ケアにまつわる議論が活発化しており,ケアを中心に社会のあり方を考えることが提言されている。ところが,成功するビジネスをケアの考えで構成できるか否かは問われていない。本研究では,ケアの考えで構成されたサービス,つまり,サービス・ウィズ・ケアがビジネスとして成立し成功し得るかを,「北欧,暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコムを対象とした探索的ケース・スタディによって調べた。ケースを特徴付けるファインディングとして(1)独自の文化資産の構築,(2)顧客からの雇用,(3)経営がアジャイルという3つを見出した上,これらがすべて正義の倫理ではなくケアの倫理によって説明されることを示した。このことにより,ケアの倫理に則ったサービス・ウィズ・ケアがビジネスとして成功し得ることを示しただけではなく,ケアを中心にしたビジネスのあり方を探求するための新たな研究課題を見出すことが可能になった。

Translated Abstract

In recent years, there has been a lot of discussion about care and it has been suggested that society should be structured around the idea of care. However, the question of whether a successful business can be structured around this idea of care has not been asked. In this study, we examined whether care-centered services or “services with care” can be established and succeed as a business through an exploratory case study of Kurashicom Inc., which operates “Hokuoh, Kurashi no douguten”. We found three characteristics of the case: (1) building a unique cultural asset, (2) hiring from customers, and (3) agile management, all of which can be explained by ethics of care, rather than ethics of justice. This case shows that businesses that follow ethics of care can be successful. The findings identify new research directions to explore with regard to design of a care-centered business.

I. はじめに

ケアを行い,ケアを受けることが,人間が生きる上で不可欠な営みであることは,疑問の余地がないであろう。近年,ケアは子育てや教育,看護や介護を超え,より幅広い含意を持つようになるとともに,ケアにまつわる議論はますます活発化している(Gilligan, 1982; Manzini, 2022; Puig de la Bellacasa, 2017; Tronto, 1993, 2013, 2015)。そうした中,ケアが市場においてサービス化・ビジネス化されることで生じる弊害について警鐘が鳴らされるとともに,むしろ社会のありよう全体をケアを中心に考えようという提言がなされている(Fisher & Tronto, 1990; Tronto, 1993, 2013, 2015)。

ケアを中心に社会のありようを考えるという提言に則ると,ケアを市場においてサービス化・ビジネス化するのではなく,逆にサービスやビジネスをケアの考えで構成することは可能なのかという問いが生まれる。本研究の目的は,サービスをケアの考えで構成する可能性を,すでに存在しているビジネスの成功事例に注目して探索することである。

本論文は以下の通り構成されている。まず,ケア,特にケアの倫理について先行する議論を整理する。次に,ケアの倫理に基づいたサービスが成功するビジネスとして存在するかというリサーチクエスチョンを設定した上で,本研究で行う探索的ケース・スタディの成功基準を明示する。その上で,ケースとして「北欧,暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコムを選定し探索的ケース・スタディを行い,リサーチクエスチョンが肯定的に解決されることを示す。さらに,本研究の探索的ケース・スタディの成功によって開拓されるさらなるケース・スタディ・リサーチおよび理論研究の可能性を提示し,今後の展望を述べる。

II. 先行研究とリサーチクエスチョン

1. ケアの倫理とは

ケアについての現代的な議論は,ハインツのジレンマ(the Heinz dilemma)として知られる道徳的ジレンマ(moral dilemma)に対する回答を分析したGilligan(1982)に端を発する。ハインツのジレンマとは,Lawrence Kohlbergが道徳性の発達を調べるために考案したジレンマであり,以下のものである。ハインツの妻は病気で,死に瀕している。その命を救うための薬は存在しており,薬屋はその薬を製造コストの10倍である2,000ドルで販売している。ハインツは知人全員に頼ってお金を借りたが,半分の1,000ドルしか集めることができなかった。ハインツは薬屋に妻が死に瀕していることを話し,薬を安く売るか後払いにさせてもらえるように頼んだが,薬屋はハインツの頼みを断った。ハインツは妻を救おうと必死になり,その日の夜,薬局に押し入って薬を盗んだ。この状況に対し,ハインツは薬を盗むべきだったかどうか,そして,なぜそう考えるのかが問われる。ハインツのジレンマにおいては,盗むべきか否かの回答よりも,なぜそう回答したかの説明が重要になる。

回答者の1人である11歳の少年ジェイクは,ハインツは薬を盗むべきであり,裁判所はその窃盗の罪を軽いものにすべきだと答えた。ジェイクは,Kohlbergの想定通り,財産権と生存権の衝突,つまり所有の価値と生命の価値の間の衝突としてジレンマを整理し,生命が優先されると理由付けた。Kohlbergの想定によると,道徳的ジレンマの解決に演繹的論理を用いる能力,道徳と法律を区別する能力,法律が間違え得ることを考える能力が,ジェイクの道徳性の発達として評価される。

対照的に,11歳の少女エイミーは,ハインツは薬を盗むべきではないと回答した。エイミーの回答は,ハインツが投獄されたら妻を再度助けることができなくなり,薬を盗んだとしても服用の方法がわからないかも知れず,話し合いによってお金をつくる他の方法を見つけるか,後払いを認めてもらうかが可能なはずだというものであった。エイミーの回答は,Kohlbergの想定によると,論理的思考および自分自身で思考する能力の欠如を意味し,発達が阻害された状態として解釈される。

しかし,Gilliganの解釈によると,エイミーはジェイクとは全く異なる観点からハインツのジレンマを見ている。エイミーにとっての問題は,薬屋が権利を主張していることではなく,薬屋が人間関係の中でニーズへの応答に失敗していることにある。エイミーにとって世界は,孤立した人々の集まりではなく人間関係の集まりであり,ルールのシステムではなく人と人とのつながりである(Gilligan, 1982, p. 29)。エイミーにとっては,ハインツが盗みをすることによって妻との関係および薬屋との関係が切断されることが問題になる。よって,ジレンマへの対処は,つながりを断ち切るのではなく,人間関係のネットワークを活性化させ強化することで,妻への包摂性を確保することとなる(Gilligan, 1982, pp. 30–31)。

ジェイクにとっての道徳的な問題が,自律・自立した個人同士の権利の競合から生じ,その解決に形式的で抽象的(formal and abstract)な思考様式が必要とされる一方,エイミーにとっての道徳的な問題は,責任の衝突から生じ,その解決には文脈的で物語的(contextual and narrative)な思考様式を必要とする(Gilligan, 1982, p. 19)。Gilliganはエイミーの判断に表れる倫理を,ケアの倫理(ethic of care)と名付けた(Gilligan, 1982, p. 30)。ケアの倫理は,Kohlbergが想定し,ジェイクの判断に表れる正義の倫理(ethic of justice)に対置される。

Held(2006, p. 15)は,ケアの倫理と正義の倫理を次のように対照させて説明している。正義の倫理は,公正さ,平等,個人の権利,抽象的な原則,そしてそれらの一貫した適用という問題に焦点を当てる一方,ケアの倫理は,注意深さ,信頼,ニーズへの対応,物語的ニュアンス,そしてケアする関係の育成に焦点を当てる。正義の倫理が,競合する個人の利益と権利の間の公正な解決を求めるのに対し,ケアの倫理は,ケアする人とケアされる人の利益を競合するものとしてではなく相互に絡み合っているとみなす。正義が平等と自由を守るのに対し,ケアは社会的な絆と協力を育む。

ケアの倫理はフェミニズムおよび規範倫理学(normative ethics)において発展し,カント的な義務論(deontology),帰結主義・功利主義(consequentialism/utilitarianism),アリストテレスに端を発する徳倫理学(virtue ethics)に対置される研究潮流をなしている。

2. ケアの定義

現在,最もよく知られているケアの概念は,Berenice FisherとJoan Trontoによって定義されたものである:

最も一般的なレベルでは,私たちはケアすることを,「私たちが『世界』の中で可能な限りよく生きることができるように,私たちの『世界』を維持し,継続し,修復するために行うすべてのことを含む,種の活動」とみなすことを提案する。その世界には,私たちの身体,自己,環境が含まれており,私たちはそれらすべてを,生命を維持する複雑な網の目の中に織り込もうとしている(Fisher & Tronto, 1990, p. 40)1)

この定義には3つの特徴がある(Tronto, 1998)。まず,種の活動(a species activity)という用語で,ケアの相互作用が人々(people)を人間(human)足らしめていることが表現されている。第2に,ケアが抽象的な一連の原則や規則としてではなく,行為,実践として表現されている。第3に,ケアの概念には基準があるものの,その基準は柔軟なものであり,何が良いケアになるかの理解は,ケアの実践に携わる人々の生き方,価値観や条件によって決まるということである。

ただし,このように定義されたケアは,社会的に十分に実現されているとはいえない(Tronto, 1993, 2015)。現代社会は公私を対概念とする公私二元論を前提としており,公私に境界を設けることは,公的領域を支配すべき普遍的な価値が存在し,その道徳的判断は現実世界から遠く離れたところで行われなければならないという正義の倫理によって根拠付けられている。公的領域と私的領域の間に境界が設けられることは,ケアを私的な領域に封じ込めることを帰結する。そしてその結果,ケアの実践が,劣った義務であるかのようにみなされるという問題が生じている(Tronto, 2015, pp. 28–31)。

3. リサーチクエスチョン

ケアの実践が社会全体として十分に実現されていないことは,ケアの倫理がどのような可能性を持っているかの探求を不十分なものにしている。そして,ケアの倫理に則ったビジネスが成立し成果を上げる可能性は問われていない。

そこで本研究では,ケアの倫理のビジネスへの適用の可能性を探索するため,「ビジネスにおいてケアの倫理を実践し,成果を上げることはできるか?」をリサーチクエスチョンとして設定した。本研究では,ケアの倫理に則ったサービスを,サービス・ウィズ・ケア(services with care)と呼ぶことにする。本研究のリサーチクエスチョンを証明すべき命題(propositions)の形で書くと「ケアの倫理に則ったサービスであるサービス・ウィズ・ケアを実践し成功を収めているビジネスが存在する」となる。

ただし,現時点では「サービス・ウィズ・ケアとは何か」が理解されていない。よって,本研究のリサーチクエスチョンに答えるためには,「なぜ(why)」「どのように(how)」を問う以前に,「サービス・ウィズ・ケアとは何か」という「何が(what)」を問うことが必要になる。よって,探索的ケース・スタディ(exploratory case study)によって研究を行うことが適切である(Yin, 2018)。探索が成功と判断される基準は,「ビジネスにおいて成功し,その成功要因がケアの倫理によって説明される企業の事例が見出されること」となる。

III. ケースの選定

1. ケース・スタディの進め方

探索的ケース・スタディは以下の流れで進める。まず,ケアの倫理を実践していると想定され,なおかつ,ビジネスとして成功している企業をケースとして選定する。次に,その企業独自の特徴をファインディング(findings,発見物,所見)として見出す。成功した企業が独自のものとしてもつ特徴は,当該企業のビジネスの成功要因になっていると期待される。その上で,見出された企業独自の特徴がケアの倫理で説明されるかを検討する。競合説明(rival explanation)となるのは正義の倫理による説明である。正義の倫理による説明ではなくケアの倫理による説明が適切であるならば,探索が成功と判断される基準が満たされる。

2. ケースの選定条件

ケースとなる企業の選定条件は,(1)ケアの倫理を実践していると想定されること,および,(2)ビジネスとして成功していることの2つである。ビジネスとして成功していることをケースの選定条件に含むことで,ケアの倫理の分析に特化することができる。ケアの倫理を実践していることについては,サービスが顧客のセルフケア活動を支えるものになっていることを手がかりとして選定する。なぜなら,顧客のセルフケア活動を支えるためのサービスは,不可避的にサービス・ウィズ・ケアでなければならないと推測されるからだ。

以上の選定条件を念頭に,本研究では「北欧,暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコムをケースとして選定した。

3. クラシコムとは

2006年9月に設立された株式会社クラシコム(以下クラシコム)は,EC運営,メディア運営,コンテンツ開発,広告企画販売,雑貨・アパレル企画販売を事業内容とし,ライフカルチャー・プラットフォーム「北欧,暮らしの道具店」を運営している。2007年9月にビンテージの北欧食器専門ECサイトとして事業を開始した北欧,暮らしの道具店は現在,D2C(Direct to Consumer),ブランドソリューション,コンテンツ・パブリッシャーの3つに分類されるサービスを提供している。D2Cにおいては,自社のウェブサイト,スマホアプリを通じて,アパレル,生活雑貨,インテリア,コスメ,アンダーウェア,寝具などの商品を顧客に直接販売している。北欧にとどまらない日本を含めた世界中の商品がセレクトされているとともに,オリジナルブランドとして「KURASHI & Trips PUBLISHING」,男女兼用で使用できる「NORMALLY」の商品を開発し販売している。ブランドソリューションはB2Bのサービスであり,ブランディングに関わるさまざまなソリューションをクライアント企業に提供している。コンテンツ・パブリッシャーとしては,コラムなどの読みもの,ポッドキャストによる音声番組,ドキュメンタリーやドラマなどの映像作品,劇場映画を制作し,自社のウェブサイト,スマホアプリ,各種SNS,YouTube,音声ストリーミングサービス,メールマガジンなどを通じて,日々配信し続けている。これらのコンテンツは,北欧,暮らしの道具店の世界観を表現したものとなっている。

公式SNSのフォロワー数,YouTubeチャンネル登録数,アプリのダウンロード数,メルマガ会員数等の合計であるエンゲージメントアカウント数は約560万人(2022年7月期末時点,2023年4月末には650万アカウントに到達),ポッドキャストで提供しているインターネットラジオ『チャポンと行こう!』の累計再生回数は1,400万回超(2022年12月末時点,配信は2018年5月開始),公式YouTube再生数は1億回突破(2022年11月時点,チャンネル開設は2011年10月)と多くのユーザーの支持を得ている。販売される商品と多様なジャンルのコンテンツは,北欧,暮らしの道具店を独自の世界観,つまりライフカルチャーを提案するプラットフォームとして形作っている。

コンテンツ・パブリッシャーであることがクラシコムの強みの源泉となっており,D2Cとブランドソリューションの収益を支えている。D2Cの潜在的顧客であるコンテンツの視聴者や読者との接点が日常的かつ長期的に維持されているため,一般的なeコマースの事業者のような広告費は不要となる。顧客は広告に影響を受けたタイミングで購買するか否かの判断を行う必要はなく,自分が望むタイミングで望む商品を購買することが可能である。また,自社制作ドラマ『青葉家のテーブル』を他企業とのタイアップでストーリーを展開させるなど,支持を受けたコンテンツおよび活発なエンゲージメントチャンネルをクライアント企業の支援に展開している。このことにより,クラシコムは広告費を受け取る側になっており,それがB2Bのサービスであるブランドソリューションの収益となっている。

その結果,エンゲージメントアカウント数が約560万人だった2022年7月期末時点で,D2Cの累積会員数は約51万人,年間購入者数は約18万人,売上高は約51億円,売上成長率は約13.9%,経常利益率は約16.5%,従業員73.8名(2022年7月期中平均)の一人当たりの粗利益は約3,067万円という好業績企業となっている。売上の約95%はD2Cから得られており,そのうち半分以上がオリジナルブランドによるものである。

4. ケース選定条件とクラシコム

クラシコムは,企業理念(mission)を「フィットする暮らし,つくろう。」としている。「自分の生き方を自分らしいと感じ,満足できること」が「フィットする暮らし」とされており,これは「『世界』の中で可能な限りよく生きることができるように,私たちの『世界』を維持し,継続し,修復するために行う」ケアを,自らのために行うことに合致している。つまり,「フィットする暮らし」づくりに貢献するという企業理念は,セルフケアの支援そのものとなっている。

クラシコムの収益を支えているのは,主として商品の販売を通じた売上であるが,北欧,暮らしの道具店のウェブサイトに掲載される記事を読んだり,YouTubeを通じて発信される動画を見たり,ポッドキャストを通じて配信される番組を聞いたりするために商品を購入する必要はない。つまり,非購入者も暮らしづくりのアイデアを得ることが可能であり,セルフケアの名のもとに買い物による気晴らしを推奨することとは一線を画している。

つまり,北欧,暮らしの道具店を通じたクラシコムのサービスは,顧客のセルフケア活動を支えるものになっており,ケース選定条件の1つ目を満たす。また,クラシコムは前述の通り好業績企業であり,ビジネスとして成功しているという2つ目のケース選定条件も満たしている。よって,クラシコムを本研究のケースとして選定したことが正当化される。

IV. ケース・スタディ

1. データ

ケース・スタディでは以下のデータを用いた。

クラシコムはインターネットを用いたサービスを行っているだけではなく,共同創業者・代表取締役社長の青木耕平氏(以下青木氏),共同創業者・取締役の佐藤友⼦氏(以下佐藤氏)ともに活発な情報発信を行っており,多くのデータを得ることができた。まず文書として,ウェブサイト,決算発表資料がある。ケース当事者からの発信として,クラシコムのウェブサイトである『株式会社クラシコム:https://kurashi.com/』に企業情報を始めとする多くの文書が存在する。上場企業であるクラシコムの決算資料もウェブサイトから入手可能であった。『北欧,暮らしの道具店:https://hokuohkurashi.com/』からは商品情報とともに主としてユーザー,顧客向けの情報が入手できる。クラシコムが販売している商品,公開している映像作品,配信している音声作品などの人工物もデータとして用いた。

ケース当事者ではない第三者からの発信として,ウェブサイト,インタビュー動画,テレビ番組がある。ウェブサイトは,クラシコムのウェブサイトの「掲載情報:https://kurashi.com/news/media」からたどることが可能であった。インタビュー動画としては,2021年12月2日に開催された「ポーター賞2021競争力カンファレンス」の記録など,YouTubeを通じて入手が可能であった。テレビ番組としては2023年4月13日放送のテレビ東京『カンブリア宮殿』のクラシコム特集があった。

著者自身が得た一次情報としては,2023年5月17日に東京都国立市のクラシコム本社で,青木氏にインタビューを行った。また,青木氏に対しては2021年2月24日に,音声SNS『Clubhouse』において公開の単独インタビュー「クラシコムはどのように事業のタネに出会い,どう解釈し,どう育ててきたのかしゃべってみます。」を行っている。

2. ファインディングと証拠源

データからクラシコム独自の特徴として得られたファインディング(findings,発見物,所見)は,(1)独自の文化資産の構築,(2)顧客からの雇用,(3)経営がアジャイルの3つであった。以下では,それぞれのファインディングの内容と,それらファインディングを根拠付ける証拠源を示す。

(1) 独自の文化資産の構築

クラシコムの1つ目の特徴として挙げられるのは,独自の世界観に基づく文化資産(cultural assets,文化財)が構築されていることである(Kurashicom, n.d.)。文化資産は主としてコンテンツとして蓄積されており,コンテンツ・パブリッシャーであることが反映している。独自の世界観に基づく文化資産が構築されていることにより,世界観に共感するユーザーとのつながりが維持されている。そうしたユーザーに向けて,同一の世界観に沿った商品を開発,販売することが,クラシコムのビジネスの中心にある(Hasegawa, 2021)。青木氏は,あらかじめ買い物をする気がある顧客を楽天市場やAmazon.co.jpなどの大手ECサイトと取り合うのではなく,まだ買い物をする気があるかどうかわからないユーザーとのつながりを保つことで,いざ買い物をしたいときの第一選択肢となることを目指しているという(Porter Prize, 2021)。そこでは「既存顧客の価値観,美意識を深く共有して」いることが重要とされる(Aoki, 2020)。佐藤氏は「自分にとっても誰かにとっても心地よい世界をつくりたいのが先にあって,事業としてモノを売るのは順番として後だった」と述べている(TV TOKYO, 2023)。

また,その世界観はコンテンツのみではなく商品にまで表れている。佐藤氏は「これがあったら生活が便利になるけど『見た目が好きではない』とか,他の店では便利で売れていると聞いても『本当に好き』と思えなかったら取り扱わない。納得したものしか売っていない。」と述べており,便利さによる問題解決よりも,世界観に基づく文化が優先されている(TV TOKYO, 2023)。

(2) 顧客からの雇用

2つ目の特徴として挙げられるのは,社員を顧客から雇用していることである。青木氏によると,社員の80%が元顧客であり,佐藤氏が率いるコンテンツ・商品・サービスを企画する部門はほぼ100%が元顧客とのことである(TV TOKYO, 2023)。青木氏は「当社は特定の価値観,美意識,文化といった『思想』を基準にセグメントした市場からターゲットを選定し,ポジショニングを行っており,他社からすると可視化されにくく,たとえ可視化されたとしてもその思想のインナーでなければ正しくアプローチしにくいという意味で参入障壁の高い市場の創造に取り組みます。そのために顧客と『思想』的に共感できる,元顧客を中心に雇用し表面的ではなく,本質的に顧客のフィットする暮らしづくりを支援するサービスを磨き上げることによってさらにその独占的な立場を強化していきます。」と書く(Aoki, 2020)。そして,佐藤氏が「『北欧,暮らしの道具店』が扱うのにふさわしいものかどうか。マニュアル化できない部分を社員と共有しながらできるだけ一貫して選びたい。」と述べているように,社員が元顧客であることが独自の文化資産の構築にも反映していることがわかる(TV TOKYO, 2023)。

さらに,青木氏は自分たちを好きでいてくれる顧客の最大のコミットメントが入社であると考えており,その姿が最も幸福に見えるように経営することを心がけているという(Porter Prize, 2021)。また,社員が自ら使用する商品を紹介する連載企画「スタッフの愛用品」(https://hokuohkurashi.com/note/category/column/rensai/staff-favorites)があることからも,社員と顧客の関係は地続きであることがわかる。

(3) 経営がアジャイル

3つ目の特徴は,経営をソフトウェアのアジャイル開発(agile software development)に類する方法で行っていることである。アジャイル開発とは,開発を小さな単位に分け,計画・設計・実装・テストのサイクルを短期間で繰り返しながら,サイクルごとに機能のリリースを繰り返す手法である。最初に要件定義と開発スケジュールの決定を行い,設計・実装・テストを反復サイクルとしてではなく単線的に行った上でリリースに至るウォーターフォール開発に比べ,仕様変更や市場環境の変化などの不確実性に強いことが知られている。クラシコムは,アジャイルの手法をソフトウェア開発にとどまらず,経営全般に適用している。

青木氏は経営方針として「長期計画に縛られないためにアジャイルに経営する」ことを述べている(Aoki, 2020)。また,佐藤氏も社史の中で「振り返って思うのは,『とりあえず小さく始めてみる』という姿勢は,ずっと続いてきた『北欧,暮らしの道具店』らしさの一つなのかもしれませんね。」と述べている(Hasegawa, 2019)。

3. 理論構築

これら3つのファインディングがデータから見出されたクラシコム独自の特徴である。これらの特徴が,ケアの倫理によって説明されるかどうかを検討する。前述したように,ケアの倫理による説明に対する競合説明は,正義の倫理による説明であり,どちらの説明が適切かが吟味すべきことである。ケアの倫理と正義の倫理が相互補完的なのか排他的なのかについて,確定的な議論は存在しない。しかし,Held(2006)がケアの倫理と正義の倫理を対照させていることを念頭におくと,クラシコムの特徴に対し,その真逆あるいは対照的な場合を仮想的に考えた上で,クラシコムとクラシコムに対照的な場合のそれぞれについてケアの倫理と正義の倫理のどちらの当てはまりが良いかを考えることが有益といえる。

(1) 独自の文化資産の構築についての説明

まず,独自の文化資産の構築について検討する。

販売の研究において,これまで顧客志向(customer orientation)と販売志向(selling orientation)が一般的なものとして想定され,定量的に測定されてきた(Michaels & Day, 1985; Saxe & Weitz, 1982; Thomas, Soutar, & Ryan, 2001)。顧客志向は情報提供などによって顧客の抱えている課題を解決しようとする問題解決のアプローチであり,販売志向は製品についての誇張した説明や顧客への圧力によって販売を目指すアプローチである。顧客志向と販売志向の対比は,問題解決度合いの大小と言い換えることもできる。製品開発においても,人間中心設計(HCD; Human Centered Design)やIDEOによるデザイン思考に代表されるように,問題解決が重視される(Brown & Katz, 2009; Norman, 2013)。つまり,一般的な焦点は問題解決にある。一方,クラシコムにおいては便利さは商品を扱う理由とならず,独自の世界観に基づくかどうかが判断基準であった。つまり,独自の文化資産の構築と問題解決が対照的なものとなる。

文化資産の構築によって実現されるのは,顧客やユーザーとの関係性の構築と活性化である。そして,商品の販売は,関係構築ができていれば自ずと実現されると想定されている。このことは,エイミーが人間関係のネットワークを活性化させ強化することでハインツのジレンマを解消しようとしたことと同様のアプローチである。また,文化資産が,現実の文脈に基づいた物語的なものであることも,ケアの倫理に即している。一方で,対照的な問題解決は,個人が自律・自立していることを前提としており,正義の倫理に即しているといえる。

また,ケアの倫理において何が良いケアになるかの理解は,ケアの実践に携わる人々の生き方,価値観や条件によって決まる。クラシコムの文化資産は,社員と顧客の一貫した価値観と美意識の共有によって蓄積されており,ケアの基準を設定するものとして扱われている。このことは,普遍的な価値の存在を前提とする正義の倫理とは対照的なものとなっている。

以上から,独自の文化資産の構築はケアの倫理によって説明されることがわかった。

(2) 顧客からの雇用についての説明

顧客からの雇用は,思想,価値観,美意識が共有されている状態を保つために行われているという意味で,独自の文化資産の構築と深く関係している。つまり,現実の文脈に基づいたケアの基準を共有することに貢献しているといえる。

思考実験において顧客からの雇用の逆の場合として仮想的に考えられるのは,開かれた雇用である。開かれた雇用とは,どれだけ目指そうとしても現実世界で完全に実現することは困難な架空なものであるが,応募者の優秀さのみを採用基準とし,どのような属性を持っているかは一切問わない雇用のことである。この場合,自律・自立した個人が前提とされ,優秀さの判定には普遍的な価値の存在が暗黙裡に仮定されることになる。そして,どのような生活をしていても仕事上は関係がないという形で,公的領域と私的領域の間に境界が設けられている。つまり,開かれた雇用を目指すことは,正義の倫理に基づく。一方で,クラシコムが行っている顧客からの雇用においては,顧客は社員になることを目指し,社員は顧客代表として愛用品を他の顧客に伝えるという形で,公的領域と私的領域の間に境界が設けられない。また顧客からの雇用は,関係性のネットワークをより活性化する効果があると考えられる。

以上から,顧客からの雇用はケアの倫理によって説明されることがわかった。

(3) 経営がアジャイルについての説明

普遍的な価値が存在している場合,長期的な事業計画を設定し,実行すれば良いということになる。つまり,正義の倫理に基づくならば,計画の達成度,つまり普遍的な価値に基づいた達成度が測定可能なウォーターフォール開発に類する方法で経営を行うことが望ましいということになる。アジャイルは,現実世界の変化の早さに由来する不確実性に対応することに強みを持つ。ケアの倫理に即した場合,不確実性への対応という問題を超えた理由により,アジャイルによる経営を行わざるを得なくなる。それは,複雑性への対応という問題である。なぜならケアは実践の段階において,特定したケアのニーズが誤っている,必要なケアを提供するためのリソースが存在しないなどのことが日常的に起きるため,日々生じる矛盾に対処する複雑なプロセスになるからである(Fisher & Tronto, 1990)。ケアは「私たちが『世界』の中で可能な限りよく生きることができるように,私たちの『世界』を維持し,継続し,修復するために行うすべてのことを含む,種の活動」と,一見,曖昧で何でも言えてしまうような定義がなされているようにみえる。しかし,ケアが現実の文脈に基づいて提供されることを踏まえると,むしろ目標が固定して定められていない点に本質があるといえる。アジャイルによる経営とは,目標を固定せずにマネジメントを行うための手法を導入していることを意味し,ケアの倫理に即しているといえる。

以上から,経営がアジャイルであることはケアの倫理によって説明されることがわかった。

4. 結論

以上のように,クラシコム独自の特徴として見出された(1)独自の文化資産の構築,(2)顧客からの雇用,(3)経営がアジャイルという3つのファインディングはすべて,競合説明の正義の倫理ではなく,ケアの倫理によって説明された。特に,ケアの倫理のうち,抽象的・形式的な目標ではなく現実の文脈に基づくこと,関係性の活性化が目指されていること,仕事という公的領域と生活という私的領域の間に境界が設けられていないことの3つによって,クラシコムの特徴は説明できることがわかった。これらを整理すると図1の通りとなる。

図1

ケアの倫理による説明と競合説明の検討

本研究の探索的ケース・スタディによって証明すべき命題は「ケアの倫理に則ったサービスであるサービス・ウィズ・ケアを実践し成功を収めているビジネスが存在する」ことであった。そして,探索が成功と判断される基準は「ビジネスにおいて成功し,その成功要因がケアの倫理によって説明される企業の事例が見出されること」であった。ビジネスとして成功しているクラシコムの特徴が,正義の倫理ではなくケアの倫理によって説明されたことにより,基準は満たされた。よって,北欧,暮らしの道具店が,サービス・ウィズ・ケアであることが示されたとともに,命題が証明されたといえる。つまり,クラシコムのサービスは,ケアの倫理を実践しながら成果を挙げている。よって,「ビジネスにおいてケアの倫理を実践し,成果を上げることはできるか?」という本研究のリサーチクエスチョンは肯定的に解決されたことになる。また,「サービス・ウィズ・ケアとは何か」という問いに対しては,抽象的・形式的な目標ではなく現実の文脈に基づくこと,関係性の活性化が目指されていること,仕事という公的領域と生活という私的領域の間に境界が設けられていないことの3つを要件とするサービスであると暫定的に答えることができる。

V. さらなるケース・スタディ・リサーチおよび精緻な概念構築に向けて

本研究は,探索的ケース・スタディであるため,さらなる研究を進めるべきかどうかを問うものといえる。ビジネスとして成功するサービス・ウィズ・ケアの存在が示されたことにより,さらなる研究を行うことが正当化された。以下では,今後進めるべき研究について,本研究が探索的ケース・スタディであることによって生じた限界とともに述べる。

1. アントレプレナーシップおよびマネジメントへの拡張

本研究は探索的ケース・スタディであり,サービス・ウィズ・ケアとは何かという「何が」を問うものであった。つまり,「なぜ」ケアのあるサービスが成立し,利益をもたらすか,「どのように」ケアのあるサービスの運営が行われ,利益につながるかは問うていない。これらの問いに答えるには,ケース・スタディ・リサーチとしては因果的(説明的)ケース・スタディ(explanatory case study)や記述的ケース・スタディ(descriptive case study)を行う必要がある。

「なぜ」についての問いは,サービスの形成過程が研究対象となるためアントレプレナーシップに関わる問題となるだろう。ケアの実践として所与の目標が存在しないということを踏まえると,目標が紡ぎ出されること,つまり,エフェクチュエーションと関連付けて議論することが有望と思われる(Sarasvathy, 2008)。

「どのように」についての問いは,マネジメントに関わる問題となる。北欧,暮らしの道具店がユーザーに高く支持されていること,および,クラシコムがブランドソリューションを他社に提供していることを踏まえると,ケアの倫理に基づいたマネジメントがどのようにブランド構築に寄与するかを探求してしかるべきである。道徳(moral)と倫理(ethics)を区別する観点においては,他者に対してどうあるべきかを規定するものが道徳,自分自身がどうあるべきかを指示するものが倫理と呼ばれる(von Foerster, 2003)。ここで,他者への働きかけを,サイバネティックス(cybernetics)に則って,システムとして記述することを考える(Wiener, 1948)。その際,他者への働きかけの当事者である観察者をシステムの外部に置いて記述できる場合と,観察者をシステムの内部に存在するものとして記述せざるを得ない場合がある。この両者は,それぞれファーストオーダー・サイバネティックスによる記述と,セカンドオーダー・サイバネティックスによる記述に区別される(von Foerster, 1979)。他者に働きかける観察者が変化しない場合は,前者の記述が可能である。一方,働きかけの対象である他者と観察者が相互依存の関係にあることで観察者自身が変化する場合,後者で記述する必要がある。そして,観察者は前者では道徳に,後者では倫理に依拠することになる。このとき,道徳に依拠したファーストオーダー・サイバネティックスはブランド・アイデンティティを不変とする1次のブランド・マネジメントを導き,倫理に依拠したセカンドオーダー・サイバネティックスはブランド・アイデンティティを可変とする2次のブランド・マネジメントを導く(Honjo, 2022)。これら1次,2次のブランドは,Ishii(2022)の述べる反進化型ブランド,進化型ブランドにそれぞれ対応する。観察者をシステムの外部に置くか,内部に置くかのちがいは,本研究で説明した正義の倫理とケアの倫理のちがいに符合しており,道徳に依拠し生活者にのみ尊厳を認める1次のブランドを正義の倫理に基づくブランドとして,倫理に依拠し生活者と企業の両者に尊厳を認める2次のブランドをケアの倫理に基づくブランドとして,本研究の延長で議論することが可能と思われる。

また,マネジメントの観点では,サービスの内容そのものについても問うことになるだろう。本研究では北欧,暮らしの道具店が提供するコンテンツの中身については議論していない。コンテンツの中身に目を向けると,動画『モーニングルーティン』シリーズやオリジナルドラマ『ひとりごとエプロン』シリーズは,ケアのための時間が価値ある活動のための時間だと気づかせてくれる要素に満ちており,ケアの実践がしばしば劣った義務であるかのようにみなされていることと対照的であることがわかる。こうしたコンテンツそのものや商品そのものの特徴がどのような役割を果たしているかについて調べるためには,内容分析を併用した因果的ケース・スタディや記述的ケース・スタディが有望と思われる(Krippendorff, 2018)。

2. 一般化に向けた研究

本研究が探索的ケース・スタディであることの限界として外的妥当性を問うていないということがある。つまり,サービス・ウィズ・ケアがクラシコム以外の場合にも成立するかどうかという一般化可能性は不明である。クラシコムは,ユーザーや顧客のセルフケア活動を支えるサービスとしてサービス・ウィズ・ケアを実現している。よって,クラシコムのあり方は,相互依存性によってネットワーク化しているケアの特徴を体現しているという意味で自然なものといえるが,企業と顧客の間にあるサービス・ウィズ・ケアと,顧客の生活世界の中でのセルフケアがどの程度分離可能なのかについて,現時点ではわかっていないことになる。つまり,顧客のセルフケア以外の活動を支えるサービスとしてサービス・ウィズ・ケアが成立するかは問われていない。「サービス・ウィズ・ケアとは何か」という問いへの回答を暫定的なものから確定的なものにするためにも,一般化を行うことが重要であろう。

3. ケアの倫理の精緻な概念化

また,将来的にはケアの倫理自体を定量的に測定できるレベルまで精緻に概念化することが求められる。精緻な概念化がなされることにより,ケアの倫理と正義の倫理が相互補完的なのか排他的なのかについて結論を下すことができるだけではなく,両者が併存できるとしたらどのような条件においてか,併存した場合のポジティブ面とネガティブ面は何かという疑問に答えることができると期待される。

そうした概念化のための一歩として,例えば,販売の場面における構成概念を定量化することが考えられる。販売の場面においては顧客志向と販売志向が対比されており,これらの志向性は問題解決の度合いを表す構成概念として尺度化されている(Michaels & Day, 1985; Saxe & Weitz, 1982; Thomas et al., 2001)。前述したクラシコムの特徴と問題解決の対比を念頭に置くと,ケアを中心にしたケア提供(caregiving)志向が,顧客志向や販売志向とは異なる構成概念として抽出できる可能性もあろう。

VI. 貢献と展望

本研究の理論的貢献は,ビジネスにおいてケアの倫理に基づいたサービス・ウィズ・ケアが成立し高い成果を収め得ると示したことにある。そして,探索的ケース・スタディが成功したことにより,今後さらなる因果的および記述的ケース・スタディを行うことが正当化された。つまり,新たな概念の妥当性が確認されたとともに,現象を新たな概念によって説明する理論への道が拓かれたといえる。

実務的貢献としては,ケアの倫理に則ったビジネスを正義の倫理に則ったビジネスとみなして経営あるいは分析する誤りが避けられるようになったことが挙げられる。例えば,成功したサービス・ウィズ・ケアの企業に対して,ケアに基づかないサービス,つまりサービス・ウィズアウト・ケアのエキスパートが経営に携わろうとして価値を毀損することが考えられる。本研究を念頭に置くことで,そうした問題は防ぎやすくなると思われる。また,ビジネスにおいてサービス・ウィズ・ケアが成立すると示したことは,持続可能性やステークホルダー資本主義の観点から社会的重要性が高いといえる。つながりと多様性を前提とし,社会意識と結びついたセルフケアを重視するZ世代的な価値観やこれからのビジネスについて考えると(例えば,Takeda, 2022),ケアの倫理によるビジネスは今後さらに重要になっていくと予想される。ケアの倫理に則ったビジネスが大きな成功を収めるならば,そのことはケアの実践を広げる大きな理由となるはずである。本研究は,そうした未来を拓く一助となると思われる。こうした論点について引き続き研究を行うことを,さらなるケース・スタディ・リサーチの実施と併せて今後の展望としたい。

謝辞

本研究はJSPS科研費JP18K12878,22K01762の助成を受けて進められた。また,株式会社クラシコム代表取締役社長青木耕平氏には本研究に快く協力していただいた。ここに記して感謝したい。

1)  Puig de la Bellacasa(2017, p. 161)は「人間以上(More-than-Human)」の領域を研究対象とするマルチスピーシーズ人類学や環境人文学,および,アクターネットワーク理論(actor network theory)の影響を受け,私たち(we)をすべて(all)に拡張して,ケアの主体を人間以外のものに拡張して捉えている。Manzini(2022)は住みよい街について議論するにあたって,Puig de la Bellacasaの立論に依拠しているが,本研究の対象はサービスの主体が人間の場合なので,Fisher and Tronto(1990)の定義に依拠してケアを考える。

本條 晴一郎(ほんじょう せいいちろう)

静岡大学学術院工学領域事業開発マネジメント系列准教授。

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻および法政大学大学院経営学研究科経営学専攻修了。博士(学術)および博士(経営学)。株式会社NTTドコモモバイル社会研究所副主任研究員等を経て,2017年より現職。

References
  • Aoki, K. (2020). Keiei housin to iu mono wo hazimete bunsyou ni sitemita. Kurashicom. Retrieved from https://kurashi.com/journal/11117 (July 8, 2023).(青木耕平(2020).「経営方針というものを初めて文章にしてみた」『株式会社クラシコム』)(In Japanese)
  • Brown, T., & Katz, B. (2009). Change by design: How design thinking transforms organizations and inspires innovation. New York, NY: HaperCollinns.(千葉敏生(訳)(2010).『デザイン思考が世界を変える:イノベーションを導く新しい考え方』早川書房)
  • Fisher, B., & Tronto, J. (1990). Toward a feminist theory of caring. In E. K. Abel & M. K. Nelson (Eds.). Circles of care: Work and identity in women’s lives (pp. 35–62). Albany, NY: SUNY Press.
  • Gilligan, C. (1982). In a different voice: Psychological theory and women’s development. Cambridge, MA: Harvard University Press.(川本隆史・山辺恵理子・米典子(訳)(2022).『もうひとつの声で:心理学の理論とケアの倫理』風行社)
  • Hasegawa, K. (2019). Netshop kara EC media “Hokuoh, Kurashi no douguten” he: Daihyou to tenchou ga furikaeru Kurashicom no ayumi (2) 2011 nen kara 2015 nen syasi. Kurashicom. Retrieved from https://kurashi.com/journal/11113 (July 26, 2023).(長谷川賢人(2019).「ネットショップからECメディア「北欧,暮らしの道具店」へ―代表×店長が振り返る,クラシコムの歩み(2)2011年~2015年社史」『株式会社クラシコム』)(In Japanese)
  • Hasegawa, K. (2021). “Life culture platform” toshiteno shinka: Daihyou to tenchou ga furikaeru Kurashicom no ayumi (5) 2021 nen ban syasi. Kurashicom. Retrieved from https://kurashi.com/journal/11130 (July 26, 2023).(長谷川賢人(2021).「「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化―代表×店長が振り返る,クラシコムの歩み(5)2021年版社史」『株式会社クラシコム』)(In Japanese)
  • Held, V. (2006). The ethics of care: Personal, political, and global. New York, NY: Oxford University Press.
  • Honjo, S. (2022). Brand ni mitibikareru kigyou no arikata: Second-order cybernetics no jissen to shiteno BX. The Central Dot Magazine. Retrieved from https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/99845/ (May 31, 2023).(本條晴一郎(2022).「ブランドに導かれる企業のあり方:セカンドオーダー・サイバネティクスの実践としてのBX」『博報堂WEBマガジンセンタードット』)(In Japanese)
  • Ishii, J. (2022). Shinka suru brand: Autopoiesis to chuudoutai no sekai. Tokyo: Sekigakusha.(石井淳蔵(2022).『進化するブランド:オートポイエーシスと中動態の世界』碩学舎)(In Japanese)
  • Krippendorff, K. (2018). Content analysis: An introduction to its methodology (4th ed.). Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
  • Kurashicom. (n.d.). Zigyou syoukai. Kurashicom. Retrieved from https://kurashi.com/business (July 28, 2023).(株式会社クラシコム(n.d.).「事業紹介」『株式会社クラシコム』)(In Japanese)
  • Manzini, E. (2022). Livable proximity: Ideas for the city that cares. Milano, Italy: Bocconi University Press/EGEA SpA.
  •  Michaels,  R. E., &  Day,  R. L. (1985). Measuring customer orientation of salespeople: A replication with industrial buyers. Journal of Marketing Research, 22(4), 443–446.
  • Norman, D. A. (2013). The design of everyday things (Revised and expanded edition). New York, NY: Basic Books.(岡本明・安村通晃・伊賀聡一郎・野島久雄(訳)(2015).『誰のためのデザイン?認知科学者のデザイン原論(増補・改訂版)』新曜社)
  • Porter Prize. (2021). Porter prize 2021 kyousouryoku conference 4/6. YouTube. Retrieved from https://www.youtube.com/watch?v=KOWv2lCRSuA (July 26, 2023).(Porter Prize(2021).「ポーター賞2021競争力カンファレンス 4/6」『YouTube』)(In Japanese)
  • Puig de la Bellacasa, M. (2017). Matters of care: Speculative ethics in more than human worlds. Minneapolis, MN: University of Minnesota Press.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of entrepreneurial expertise. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.(加護野忠男(監訳)・高瀬進・吉田満梨(訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎)
  •  Saxe,  R., &  Weitz,  B. A. (1982). The SOCO scale: A measure of the customer orientation of salespeople. Journal of Marketing Research, 19(3), 343–351.
  • Takeda, D. (2022). Sekai to watashi no A to Z. Tokyo: Kodansha.(竹田ダニエル(2022).『世界と私のA to Z』講談社)(In Japanese)
  •  Thomas,  R. W.,  Soutar,  G. N., &  Ryan,  M. M. (2001). The selling orientation-customer orientation (SOCO) scale: A proposed short form. Journal of Personal Selling & Sales Management, 21(1), 63–69.
  • Tronto, J. C. (1993). Moral boundaries: A political argument for an ethic of care. New York, NY: Routledge.
  •  Tronto,  J. C. (1998). An ethic of care. Generations: Journal of the American Society on Aging, 22(3), 15–20.
  • Tronto, J. C. (2013). Caring democracy: Markets, equality, and justice. New York, NY: NYU Press.
  • Tronto, J. C. (2015). Who cares? How to reshape a democratic politics. Ithaca, NY: Cornell University Press.(岡野八代(訳・著)(2020).『ケアするのは誰か?新しい民主主義のかたちへ』白澤社)
  • TV TOKYO (2023). Kurashi ga suteki ni ippen! “Hokuoh douguten” no himitu. Cambria Kyuuden, April 13.(テレビ東京(2023).「暮らしが素敵に一変!“北欧道具店”の秘密」『カンブリア宮殿』2023年4月13日(木)放送)(In Japanese)
  • von Foerster, H. (1979). Cybernetics of cybernetics. In K. Krippendorff (Ed.). Communication and control in society (pp. 5–8). New York, NY: Gordon and Breach.
  • von Foerster, H. (2003). Ethics and second-order cybernetics. In Understanding understanding: Essays on cybernetics and cognition (pp. 287–304). New York, NY: Springer-Verlag.
  • Wiener, N. (1948). Cybernetics: Or control and communication in the animal and the machine. Cambridge, MA: MIT Press. (池原止戈夫・彌永昌吉・室賀三郎・戸田巌(訳)(2011).『サイバネティックス:動物と機械における制御と通信』岩波書店)
  • Yin, R. K. (2018). Case study research and applications: Design and methods (6th ed.). Thousand Oaks, CA: SAGE Publications.
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top