マーケティングジャーナル
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Print ISSN : 0389-7265
マーケティングケース
位置情報連動型ゲームを用いたO2Oデスティネーション・マーケティング
― 「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」 ―
小野 晃典小野 雅琴
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2023 年 43 巻 2 号 p. 90-100

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Abstract

日本全国9,000以上の駅を美少女キャラたちと周遊する位置情報連動型ゲーム「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」は,最近,乗客減に悩む鉄道会社や自治体等のO2Oデスティネーション・マーケティング施策に加担するべく,当地を出身地とする美少女キャラを誕生させると共に,その美少女キャラを主人公とした短期デジタルスタンプラリーを開催することによって,このゲームに熱狂し多大な時間的・金銭的コストを喜んで旅に振り向けるゲームオタク,鉄道オタク,および美少女キャラオタクたちを,デジタルスタンプラリーの開催地に誘客し,周遊させることに成功している。本論は,「駅メモ!」による数多くの成功例のうちの数例を振り返った上で,そのO2Oデスティネーション・マーケティング・モデルとしてのポテンシャルについて議論する。

Translated Abstract

The location-based game “Station Memories!”, in which players travel around more than 9,000 stations throughout Japan with bishôjo (animated beautiful girl) characters, has recently become an online-to-offline (O2O) destination marketing approach for railroad companies and local governments that are suffering from a decrease in passengers. By holding a short-term local digital stamp rally featuring a bishôjo character, this approach has succeeded in attracting three kinds of otaku—game otaku, railroad otaku, and bishôjo character otaku—who are enthusiastic about the game and willing to spend much of their time and money to visit the destination where the digital stamp rally is held. This paper reviews some of the many successes of “Station Memories!” campaigns and discusses its potential as an O2O destination marketing model.

位置情報ゲーム「駅メモ!」のバナー

出典:「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」公式サイト(https://ekimemo.com

株式会社モバイルファクトリー転載許諾済

I. 位置情報連動型ゲーム「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」

1. 位置情報連動型ゲーム

位置情報連動型ゲームとは,GPSや携帯電話基地局,Wi-Fiスポットを用いて測位されたゲームプレイヤーの現在位置情報に基づいて展開される種類のゲームを指す。2023年現在,最も有名なのは,「ポケモンGO」と「ドラゴンクエストウォーク」であろう。これらはいずれも,既存のヒットコンテンツを活用しつつ,スマホ等のモバイルデバイスを持ったプレイヤーが現実世界で歩くと,画面上の仮想世界内を分身キャラクターも歩き,その途上で遭遇するモンスターとの対戦を楽しめるゲームである。注目すべきことに,これら2大タイトルと肩を並べる人気タイトルがある。それが,本論文が着目する「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」(以下,「駅メモ!」)である。

2. 「駅メモ!」の基礎

プレイヤーがボタンを押すと,「駅メモ!」は,駅との直線距離を計測して最寄駅を判別し,プレイヤーが当該の駅にチェックしたと判定する。その後,プレイヤーが鉄道等で移動すると,やがて別の駅が最寄駅になるが,そこでプレイヤーが再びボタンを押すと,その駅にチェックインしたと判定される。チェックインは,正確に言うと,ゲーム上の美少女キャラ「でんこ」たちのうちの1体が,現実の駅の位置を反映した仮想駅の仮想ホームを訪問する形で行われる。その仮想ホームには,別のプレイヤーの「でんこ」が訪問中かもしれない。その場合,二者間でバトルが行われる。勝敗は一瞬で判定され,後発者が勝利した場合,先発者の「でんこ」は,その主人の元へと戻っていく。一方,バトルに勝利した後発者の「でんこ」は,代わりにその駅に腰を落ち着けるが,この現象は,駅とでんこの間のリンクと表現されている。リンクは,少なくとも,さらなる後発者の来訪まで持続する。彼らの来訪に伴う次なるバトルに勝利したら,その駅でのリンクは保持される一方,敗北したら,リンクが解除されて,その「でんこ」は,主人の元へと戻っていく。

プレイヤーは,手持ちの「でんこ」のチェックインやリンクによって,その都度,ポイントを獲得できる。リンク後の滞在時間の長さによっても,ポイントは加算される。それゆえ,自宅から同じ駅にチェックインを反復したりリンクを保持したりするだけでも,獲得ポイントは上昇する。しかも,同じ駅に何度もチェックインすると,ボーナスポイントを獲得でき,その駅にコミットしたことを示す称号をも獲得できる。しかし,同じ場所に留まるより盛んに移動して,より多くの駅にチェックインし,より長時間リンクを保持したほうが,より高いポイントを獲得でき,また,より多くの駅の称号も獲得できる。

3. 「駅メモ!」の楽しみ方

一日のうちにより多くの駅にチェックインすると,ボーナスポイントを獲得できるし,また,ゲームを始めて一度も訪れたことのない駅と,当月に一度も訪れたことのない駅は,それぞれ,ゲーム内で特別な色で示されていて,そうした駅にチェックインすると,より高いボーナスポイントを獲得できる。それゆえ,熱狂的なプレイヤーは,非プレイヤーが想像もつかないほどの移動を行う。例えば,2023年7月の一か月間で,上位10名のプレイヤーが移動した距離は,一人当たり平均72,481 kmに達する。彼らはそれぞれ,わずか1カ月のうちに,北海道から沖縄までを実に12往復以上も陸路縦断した計算になる。

プレイヤーは,チェックインのたびに貯まるポイントの総得点によって,他のプレイヤーと順位を競うことを楽しむことができる。また,ポイントは,そのプレイヤーが持つ多数の「でんこ」のうち,チェックインやリンクを行った1体にも付与され,ポイントの加算によって,当の「でんこ」は,自らの攻撃力や防御力を強化でき,バトルに勝利しやすい個体へと成長していく。このように,美少女キャラたちの育成を楽しむこともできる。

さらに,上記のとおり,特別な色で示された未踏の駅を訪問して,全国の駅をできるだけ多く制覇することを目指すという楽しみや,近隣の駅により多くチェックインしたりリンクを保持したりして,それらの駅の称号を獲得することを目指すという楽しみもある。

II. 「駅メモer」のプロファイリング

1. 「駅メモer」の多様性

「駅メモ!」のプレイヤーは,「駅メモer」と呼ばれている。「駅メモ!」の楽しみ方は,前節のとおり多種多様であり,それに伴って,「駅メモer」がどの楽しみ方を重視してプレイするかということは,十人十色である。しかし,今回の執筆に際して著者がゲーム内のチャットコーナーやツイッターの書き込みを解析して洞察することには,概して3つの楽しみ方に対応した3種類の熱狂的高関与プレイヤーを識別でき,彼らは,この3種類のうちの1種類,あるいは複数種類の楽しみ方を重視しながらプレイしていると洞察できる。

2. 得点重視「ゲームオタク」型駅メモer

第1の種類の駅メモerは,得点を重視する,いわば「ゲームオタク」タイプである。彼らの楽しみは,他のプレイヤーとの競争であり,ゲーム内における自分の順位である。その典型的な目標は,総合順位である。上位を目指して,彼らは,なるべく多くの駅にチェックインし,他のプレイヤーのリンクを奪い,自分のリンクを保持しようとする。そのために,驚くほど長距離を移動したり,課金アイテムを使って有利にリンク保持時間を増やしたり,あるいは,他のプレイヤーが寝てしまう深夜に起きて,競争者のいない間にプレイしたりして,ポイントを稼ごうとする。総合順位だけでなく,それぞれの駅にも,その駅での獲得ポイント順の順位が表示されるため,それを狙うプレイヤーも多い。自宅や職場の最寄り駅でのポイント獲得ランキングで,上位を維持しようとするのである。

3. 旅行重視「鉄道オタク」型駅メモer

第2の種類の駅メモerは,旅を重視する,いわば「鉄道オタク」タイプであろう。彼らの楽しみは,「駅メモ!」を起動させたモバイルデバイスを握りしめながらの「旅」そのものである。平日は,通常の経路を逸れて大回りをしながらの通勤通学を楽しみ,休日になると,平日には行けない場所へと“遠征”と称して出かけ,より多くの駅にチェックインして回り,その旅程がゲーム世界の記録として刻まれていくことを楽しむのである。

彼らにとっての最も顕著な目標は,訪問駅数である。彼らは全国を旅して,未踏破駅をなくしていく。非プレイヤーにとっては,全国9,300駅以上を踏破するのは気の遠くなることであるが,彼らはそれを短期間に達成する。中には全国周遊3周を終えた猛者もいる。

踏破目的の弾丸旅行を止めたプレイヤーもいる。例えば,1駅につき50回チェックインすると,その駅の「好き」称号がもらえる。チェックインは5分に1回しかできないため,単純に1駅につき4時間余り滞在しなくては,称号は獲得できない計算になる。この「好き」称号を全駅で達成するという壮大な目標を立てて,相対的にゆったりとした,しかし5分測ってはチェックインを繰り返すという,独特な旅を楽しむのである。

4. でんこ重視「美少女キャラオタク」型駅メモer

第3の種類の駅メモerは,いわば「美少女キャラオタク」タイプであろう。彼らの楽しみは,ゲーム内の美少女キャラ「でんこ」である。「でんこ」は,既述のとおり,プレイヤーの指示によって,駅にチェックインし,駅とのリンクを保持する役目を負う。「でんこ」はそうした美少女キャラの総称であり,9年目を迎えた2023年現在,その数は200体を超える。彼女たちは固有の名前と衣装を持っている。そして,前者は実在の駅と同一である一方,後者はその駅を含む路線を走る鉄道車両を思わせるカラーリングだと洞察する駅メモerたちを楽しませている。ゲーム内報酬等として様々な衣装が用意されており,着せ替えを楽しむこともできる。さらに,ゲーム画面とは別の画面でショートノベルを読むことができ,最近,声優を起用した可愛らしい声を発するようにもなった。さらに,ARカメラアプリを使って,彼女たち単体写真やプレイヤーとのツーショット写真を,現実世界における旅先の風景を背景に撮影することもできる。そんな美少女キャラたちを愛でるプレイヤーは,キャラ育成を楽しみとし,また,そのキャラと同名の駅を“出身駅”と呼んで聖地と見なして巡礼することを楽しむ。3,000回や5,000回といったチェックイン回数の達成によって獲得できる称号を,公式設定された“誕生日”に“出身駅”を訪問した上で,そこで獲得することは,彼らの歓びである。

III. 地方自治体/地方鉄道による「駅メモ!」を活用した誘客戦略

1. 美少女キャラの公認

「駅メモ!」のゲーム内美少女キャラ「でんこ」たちの大半は,上記のとおり,現実の鉄道車両のカラーリングを思わせる衣装を着て,その車両が走る路線上に実在する駅と同名の名前に持っている。そういう意味で,彼女たちは学術的見地から擬人化キャラの一種と見なすことができるだろう(cf. Aggarwal & McGill, 2007, 2012; Ono, 2019; Puzakova & Aggarwal, 2018)。すると,「駅メモ!」が当初意図していなかった現象が生じた。すなわち,先述のとおり,プレイヤーたちは「でんこ」と同名の駅を“出身駅”と呼んで聖地と見なし,“でんこの里帰り”と称して巡礼し始めたのである。そして,そんなプレイヤーたちの来訪を歓迎すべく,地元駅と同名の美少女キャラを「公認キャラ」と位置づけた上で,駅にポスターやパネルを掲出するような鉄道会社や地方自治体が出現するようにもなった。

2. デジタルスタンプラリー

デジタルスタンプラリーとは,指定された地点を巡り,モバイルデバイス上のチェックインボタンを押していく企画のことである。「駅メモ!」自体が,全国9,000以上の駅を巡るデジタルスタンプラリーとして解釈できるわけであるが,それとは別途,2015年~2016年,岩手県とのコラボ企画「駅メモ!で巡る「黄金の國,いわて。」」と題するスタンプラリーで,実に4,000名を冬の盛岡に誘客し,2,000名を県北・三陸地域に周遊させることに成功すると,地域と期間を限定したスタンプラリーが数多く実施された。さらに,美少女キャラ「でんこ」たちのいわゆる“出身駅”が,プレイヤーたちによって聖地巡礼対象となり,鉄道会社や自治体等によって公認されるようになると,公認記念と銘打ったスタンプラリーが実施されるようになった(図1)。

図1

主たる「駅メモ!」ゲーム内デジタルスタンプラリー企画一覧

ただし,23年4月現在。地図上の点は美少女キャラの氏名と同名の駅,すなわち,いわゆる“出身駅”の所在地を示す。各テキストボックスの上段は誘客主体と類推される企業・団体,中段は主たるラリー開催地,下段は開催年月を示す。また,実線のボックスは公認キャラ型スタンプラリー企画を,点線のボックスはキャラ公認を伴わないスタンプラリー企画を示す。なお,誘客主体事業者が存在しないと類推されるスタンプラリー企画も多数行われてきたが,図には含まない。また,特定地域ではなく全国に点在する施設への誘客を目的としたスタンプラリー企画も存在するが,図から割愛した。

この公認キャラ型スタンプラリーは,プレイヤーがいわゆる“出身駅”を含む特定地域内の駅と駅周辺の見どころを周遊すると,公認対象キャラの衣装等のアイテムを,ゲーム内報酬として獲得できる企画である。キャラ公認主体である鉄道会社や地方自治体も,「駅メモ!」の手引きによって,美少女キャラを公認すること以外の施策に趣向を凝らすようになった。具体的には,自らが公認した美少女キャラの特大パネルを駅構内に置いたり,キャラを描いたハガキを配布したり,あるいは,キーホルダーやクリアファイルなどのグッズを販売したり,記念切符を発行したり,さらには,鉄道車両に美少女キャラの姿を描く,ヘッドマーク掲出企画やラッピング車両企画を実施したりして,全国各地から訪問する駅メモerたちを歓迎し,彼らの訪問動機を一層高めるのに貢献するようになった。

IV. デジタルスタンプラリー施策例

1. 伊豆急行・他:「とっておきの伊豆!」等スタンプラリー

公認キャラ型デジタルスタンプラリーの最多回数は,伊豆急行が開催してきた。その発端は,「駅メモ!」立ち上げの翌年にあたる2015年という比較的初期に誕生した「蓮台寺ミオ」という名前の美少女キャラにある。この「でんこ」の“出身駅”は,伊豆急行の最南端・伊豆急下田駅の1つ手前の小さな無人駅,蓮台寺駅であると類推される。この駅は,他の美少女キャラの“出身駅”とともに聖地巡礼地となり,多くのプレイヤーが訪れたわけであるが,そんな彼ら聖地巡礼者を歓迎するべく,2018年,伊豆急行は,全国に先駆けて「ミオ」を自社の公認キャラに決定し,「リゾートラインで巡るデジタルスタンプラリー」を実施したのであった。

翌年の2019年,早くも次なるコラボ企画が立ち上げられた。それは「蓮台寺ナギサ」という妹キャラの設定である。彼女は,姉の「蓮台寺ミオ」と違って,誕生と同時に公認を受けた初めてのキャラであった。その誕生の前後,姉妹それぞれをフィーチャーしたスタンプラリー「とっておきの伊豆!」のその1とその2が実施され,多くのプレイヤーが蓮台寺駅に殺到した。この姉妹の人気は留まるところを知らず,「蓮台寺ミナト」の誕生をもって彼女たちは三姉妹として再設定され,「とっておきの伊豆!その3」が実施された。

その1年後,蓮台寺三姉妹全員を主人公として,通算5回目となるデジタルスタンプラリーが実施された。「水仙薫る伊豆の旅」と題するこのスタンプラリー企画は,駅から遠く離れた爪木崎公園にチェックインしなくては,魅力的な報酬が得られない設定だったにもかかわらず,ファンは当地に殺到した。「それまでは関心がなかった」という,咲き誇る野生の水仙に感動した体験を,SNSに書き残したプレイヤーも数多い。

2021年にも,「桜と踊る伊豆の旅」と題した6回目のスタンプラリーが実施された(図2)。河津町が企画に携わったこの時には,河津以北の駅のみが報酬対象の駅として設定された。それまでは,最南端・伊豆急下田駅と聖地・蓮台寺駅以外は通過するだけだったプレイヤーが,スタンプラリーのために河津駅で下車し,名物,河津桜を楽しむように工夫されたのである。

図2

公認キャラ型デジタルスタンプラリー例 ~静岡・伊豆地方~

出典:「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」公式サイト(https://ekimemo.com

株式会社モバイルファクトリー転載許諾済

2. 名鉄西尾・蒲郡線活性化協議会・他:「海と歴史と自然の旅」スタンプラリー

名古屋鉄道の通称「にしがま線」は,愛知こどもの国を筆頭とするレジャー施設や西浦温泉等の温泉街を沿線に持つ魅力的な観光路線ではあるものの,道路整備や観光地多様化のあおりを受けて乗客減に悩む路線でもある。名古屋鉄道から存続問題が提起されると,廃線を食い止めたい沿線市民団体や商工会,観光協会,および西尾市・蒲郡市・愛知県の各自治体が会員団体となって,2011年,「名鉄西尾・蒲郡線活性化協議会」が発足した。一方,愛知こどもの国もまた,利用客減少に伴って,施設を整理・縮小して存続している現状にある。そのような折,2019年に「駅メモ!」は,愛知こどもの国の園内を走る2両の蒸気機関車,B11「まつかぜ」とB12「しおかぜ」をモチーフとしたと類推される「夕陽ケ丘マツカ」と「夕陽ケ丘ウシオ」の美少女キャラ姉妹を誕生させた。そのことに愛知こどもの国が注目したことに端を発して,2021年,この姉妹キャラを,愛知こどもの国は「公認キャラ」に,名鉄西尾・蒲郡線活性化協議会は「にしがま線応援特使」に任命し,その記念として,スタンプラリー「マツカ・ウシオと巡る! 海と歴史と自然の旅」を開催した(図3)。

図3

公認キャラ型デジタルスタンプラリー例 ~愛知・三河地方~

出典:「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」公式サイト(https://ekimemo.com

株式会社モバイルファクトリー転載許諾済

SNSに残されたプレイヤーたちのコメントによると,運行本数の少ないローカル線とはいえ中京の好立地で開催されたラリーに対して,関東在住と関西在住の両方のプレイヤーがこぞって参加し,起伏のある道を駅から往復30分以上歩かなくてはならないようなチェックポイントに難儀しながらも到達していった。路線両端の西尾駅と蒲郡駅に設置された物販コーナーも人気で,とりわけ名古屋寄りの西尾駅ではすぐに完売したという。

3. 福井県・他:「『地味にすごい,福井』の旅」スタンプラリー

「地味にすごい,福井」は,来年2024年に予定されている北陸新幹線延伸に伴う福井・敦賀両駅の開業に向けて,首都圏を中心とした新幹線沿線地域に向けての福井県PRコピーである。そして,2022年春,公式発表されたばかりのこのコピーを掲げた大型企画第一弾として,「駅メモ!」デジタルスタンプラリーが開始されたのだった(図4)。

図4

公認キャラ型デジタルスタンプラリー例 ~福井・福井市周辺~

出典:「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」公式サイト(https://ekimemo.com

株式会社モバイルファクトリー転載許諾済

それに先立って,「駅メモ!」は,福井県下の私鉄駅と同名の氏名を持つ「でんこ」を3体立て続けに誕生させた。福井鉄道が所有する元シュトゥットガルト市電の車両に似た衣装を身にまとった美少女キャラ「リト=フォン=シュトゥットガルト」を2019年に誕生させて以来のことであった。「駅メモ!」がその1体目である「田原町つばさ」を福井県下に誕生させたのは,コラボ成立前の偶然であったが,その直後に,福井県が「駅メモ!」とのコラボ関係を成立させると,両者は,「北府ゆめの」と「勝山ていら」の2体を誕生させた上で,合計4体を一斉に福井鉄道とえちぜん鉄道による公認キャラとして就任させた。

そもそも,福井鉄道とえちぜん鉄道は,経営難で知られた鉄道会社である。一方の福井鉄道は,日本政府の鉄道事業再構築実施計画の対象として,その第一号認定を受けたことで全国ニュースになった過去を持ち,福井県や沿線3市の支えによって存続している現状にある。他方のえちぜん鉄道も,現在は京都府のみに鉄道路線を持つ京福電鉄の福井県内の営業路線が,同社の不採算撤退によって廃線となった際,その一部を沿線市町による第三セクター方式で復活させた経緯を持つ。福井県は,この2社に加えて,北陸新幹線の延伸に伴ってJR西日本から移管される予定である並行在来線の運行を担う第三セクター会社「ハピラインふくい」を,県民の足を守るという観点から支える立場にある。

そのような立場にある福井県は,まず,リリース直後の公認キャラたちにファンの注目が自然と集まる好機を逃さず,記念切符やその他のノベルティグッズを作成した上で,それを「駅メモ!」公式Twitter上で告知し,リツイートした人に抽選でグッズをプレゼントする企画を立案・実施した。さらに,県と沿線7市町の「ふるさと納税」返礼品として設定し,希望者は誰でも入手できるように工夫した。このようにして話題が高まっている中で実施されたのが,上記のスタンプラリー企画であった。スタンプラリーの形式は,基本的に,他地域における先例と変わらないものの,遠路来訪と引き換えに,4体もの美少女キャラのアイテムを一度に獲得できる特大企画として参加者たちを魅了した。

V. O2Oデスティネーション・マーケティングとしての評価と課題

1. O2Oデスティネーション・マーケティングとは

本論表題の「O2Oデスティネーション・マーケティング」とは,「O2Oマーケティング」と「デスティネーション・マーケティング」を掛け合わせた,本研究による造語である。一方の「O2Oマーケティング」,すなわち「オンライン・トゥ・オフライン・マーケティング」とは,オンライン施策,とりわけ,ネット上のマーケティング・コミュニケーション活動を通じて,リアル店舗に対する誘客を図ることを指す既存概念である(e.g., Alba et al., 1997; Balasubramanian, Peterson, & Jarvenpaa, 2002; Dinner, Van Heerde, & Neslin, 2014)。他方,「デスティネーション・マーケティング」とは,デスティネーション,すなわち,観光旅行客にとっての旅行目的地候補のステークホルダーが実施する,当地への誘客のためのマーケティング的活動を指す既存概念である(e.g., Camilleri, 2018; Kozak, Gnoth, & Andreu, 2010)。位置情報連動型ゲームは,室内に留まってプレイするというゲームの固定観念を覆し,積極的に外出して,指定された場所へと移動を繰り返すことを,プレイヤーに促す種類のゲームである。そのようなゲームコンテンツを開発した企業と業務提携を結んで,鉄道会社や自治体が,当地への誘客を図ることは,まさに典型的かつ模範的な「O2Oデスティネーション・マーケティング」とみなすことができるであろう。

2. O2Oデスティネーション・マーケティングとしての評価

「駅メモ!」の熱狂的高関与プレイヤーたちは,ゲームオタク,鉄道オタク,美少女キャラオタクのいずれにせよ,非プレイヤーには見込めないほどの情熱と投資額をもって,仮想の世界に没入し,ひいては,現実の世界における旅行に打ち込む消費者であり,ゆえに「オタク」という呼称に相当する(Ono, 2010, 2020)。彼らは,いかに遠距離であっても,いかにリアルな観光資源に乏しくとも,スタンプラリー企画が開催された目的地に喜んで旅行してくれる。それゆえ,鉄道会社や自治体等が,当地の駅を“出身駅”とする美少女キャラを新たに作成した上で,彼女を主人公としたスタンプラリーを実施することを,「駅メモ!」に依頼することは,試行するに値する施策であろう。

このようなO2Oデスティネーション・マーケティング施策を実施したい鉄道会社や自治体等とのコラボは,「駅メモ!」側としても望ましい。誕生させてきた美少女キャラが200体を超える現在,1体1体のパーソナリティの希薄化が懸念されるところであるが,スタンプラリーの実施に伴う旅行者の現地体験は,当地の美少女キャラの性格付けの強化に繋がり,ひいては「駅メモ!」へのプレイヤーのブランド愛の深化に繋がるからである。

3. O2Oデスティネーション・マーケティングとしての課題

最後に,乗客減に悩む鉄道会社や,社会経済の活性化を願う自治体等が,「駅メモ!」を用いてO2Oデスティネーション・マーケティングを行う上で,今後,課題として取り上げることが有効であると著者が考えることを挙げておきたい。

(1) デジタルスタンプラリー企画の最適化

1つ目に挙げられる課題は,短期デジタルスタンプラリー企画の最適化であろう。どんな容姿でどんな能力を持つ美少女キャラを,どの駅を“出身駅”として誕生させ,どこに居住するどのタイプのプレイヤーをターゲットにして,どんな報酬を設定した上で,いつ,どれだけの期間,スタンプラリー企画を開催すると,地域のステークホルダーたちがその企画に賛同・協力してくれて,かつ,より多くのプレイヤーが訪れてくれるか,といった多目的離散選択問題は,美少女キャラ「でんこ」の“出身駅”に対してプレイヤーが聖地巡礼するという現象自体が「駅メモ!」の立ち上げ当初の想定範囲外だったがゆえに,これまで,厳密に解かれてはこなかった。今後,蓄積されつつあるスタンプラリーに関する膨大なデータに基づいて,この問題の厳密解を得ることは,「駅メモ!」にとっても,O2Oデスティネーション・マーケターにとっても,極めて有効であると指摘できるであろう。

(2) マーケターの想いとプレイヤーの想いのギャップの解消

2つ目に挙げられる課題は,マーケターの想いの伝達である。プレイヤーの側は,ゲーム内スタンプラリー企画のミッションの達成,あるいは,その根底にある「でんこの里帰り」ないし「聖地巡礼」を主目的として旅するのに対して,多くのマーケターの側の誘客目的は,そうではなく,地方鉄道路線における乗客数の維持や回復,あるいは,過疎地域における社会経済の活性化といった,地域的課題の解決であることが多い。そして,マーケターによる地域的課題を解決したいという想いは,潜在的な課題解決の救世主たるプレイヤーたちには伝わっていない傾向がある。

これに関して,実は,「駅メモ!」のゲーム内美少女キャラ「でんこ」は,遠い未来からプレイヤーの所へやってきたと設定されている。そして,彼女たちが住んでいた未来では,移動手段の個人化が進行し,駅や鉄道は消滅寸前なのであるが,そんな未来を変える方法は,「でんこ」がプレイヤーと協働して行うゲーム内ポイントの獲得であるという。このゲーム内設定は,「駅メモ!」のプロローグを飾るゲーム内ノベル(https://ekimemo.com/help/howto/story)に描写されており,架空の危機を他人事とは思えないマーケターたちの心に響く設定であるわけだが,プレイする上で心に留める必要のない想定であるがために,プレイヤーたちの大半はこの設定を忘れてプレイしている現状にある。

例えば,「愛知こどもの国」のスタンプラリーのチェックポイントは,名鉄駅から離れた丘の上の「こども汽車駅」であった。多くのプレイヤーが,苦心しながら丘に登ってチェックインを済ませるが早いか踵を返したという履歴をSNS上に残している。ここでもし,「こども汽車」の周回路線と蒸気機関車が廃止されてしまうかもしれない実情を,当の機関車をモチーフにした美少女キャラ姉妹の言葉に乗せるなどして知らせていたならば,プレイヤーたちは,彼女たちに対するささやかな支援として運賃300円を喜んで支払って,一周7分間の乗車を楽しんだであろうし,そうした善意ある体験を通じて,この姉妹キャラ,ひいては「駅メモ!」に対するプレイヤーたちの愛情も深化したであろう。

(3) ソーシャルゲームの枠を越えた人的交流

最後の課題は,旅行者と地域住民の交流である。もしかしたら,デスティネーション・マーケターは,ホスピタリティ提供者の観点から,来訪するゲストたちには,地域に影を落とす問題を悟らせることなく,楽しく観光してほしいかもしれない。しかし,そうであったとしても,旅行者と地域住民の間で心を通い合わせる人的交流は可能なはずである。

アニメの場合,アニメロケ地に聖地巡礼したアニメオタクの一部が,彼らを歓迎する地域住民と深く交流したり,移住したりする様子が観察されている。自分たちにとっての聖地で出会う地域住民との交流は,宗教的聖地巡礼者と同じく,アニメオタクにとって,ともすれば日常生活において苛まれてきた社会的疎外感を癒し,生きる活力を得ることのできる機会である(Ono et al., 2020)。それに対して,「駅メモer」たちの中には,いまだ終始無言でゲームする孤独なプレイヤーが多いものの,見知らぬ仲間同士で楽しくチャットを交すプレイヤーもまた多い。彼らの中には,日常においては,オタクとして疎外感に苛まれているプレイヤーがいるかもしれないが,そんな彼らも,「駅メモer」としてプレイしている間は,人的交流に心を癒され,生き生きとしているはずである。

今後,モバイルデバイス画面上のネット交流の段階からステップアップし,「駅メモ!」ゲーム内の期間限定スタンプラリー企画が終了した後も当地への巡礼を繰り返し楽しみたいと願うプレイヤーたちと,それを歓迎する地域住民がリアルに交流する段階に至り,それをきっかけとして地域が持続的に活性化するという現象が生じるようになれば,「駅メモ!」は,アニメにも並ぶ,日本を代表するサブカルチャーへと昇華するであろう。

謝辞

本論文の執筆に際しまして,「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」のリリース元である株式会社モバイルファクトリーの加藤雄治様,および鈴木康之様に,インタビューさせていただきました。ご両名ならびに同社広報ご担当の金岡ゆかり様に深謝いたします。さらに,福井県庁の粕谷興正様,および高田祐紀代様にも,インタビューさせていただきました。ご両名に深謝いたします。また,匿名のプレイヤーのネット上の書き込みも大いに参考にさせていただきました。とはいえ,本論文の内容は,個々人やご所属組織の監修を受けたものではなく,独自の論考ですので,ありうべき誤謬は,著者の責に帰します。また,本論文はJSPS科研費21K20158と慶應義塾大学学事振興資金の助成を受けました。ここに記して謝意を表します。

小野 晃典(おの あきのり)

慶應義塾大学商学部教授。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程修了。博士(商学)。慶應義塾大学商学部助手,専任講師,助教授,准教授を経て,2010年より現職。

小野 雅琴(おの まこと)

明治大学国際日本学部専任講師。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程修了。博士(商学)。株式会社博報堂 ストラテジックプランニングディレクター,上席研究員等を経て,2021年より現職。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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