「ケース・スタディ戦略は,「簡単」であると信じているために,この戦略に引きつけられる人はあまりに多い(Yin 1994, 邦訳74頁)。」
まずはケース・スタディをしようという場合,おそらくそこに含意されているのは,他の分析よりも簡単にできるだろうという期待である。それは一面で正しく,一面では正しくない。巻頭言でも紹介した通り,Yin(2018)では,ケース・スタディ・リサーチの重要性が指摘されており,一般向けのケース・スタディは非リサーチ型ケース・スタディとして区別されている。簡単にできる(ようにみえる)のは,非リサーチ型であり,リサーチ型は難しいということかもしれない。
ただいうまでもなく,この二つの違いはそれほど明確なわけでもなく,グレーな中間領域がある。ケース・スタディ・リサーチが思っているよりも簡単ではない理由は,リサーチ型が難しいというよりは,こうした中間領域が広いからである。
同時に,このグレーな中間領域こそ,ケース・スタディ・リサーチの魅力でもある。ケース・スタディ・リサーチの難しさは,理論と経験(実務)の関係の難しさを反映している。この手の議論を丁寧に考える必要はもうないかもしれないが,ケース・スタディ・リサーチへの挑戦は,こうしたより根源的な問題を考えるきっかけにもなる。
まずは(簡単だと信じて)ケース・スタディをすることは,悪いことではない。実際に挑戦することで,このグレーな中間領域の存在を実感できる。Yin(2018)の方法論を読み,客観性や厳密性を高めてみようという気にもなる。それに対して,いろいろな批判が寄せられるかもしれないが,さらにそれに答えようとする中で,ケース・スタディはよりリサーチ型になっていく。本特集号がこうした実践のきっかけになればとても幸いである。