マーケティングジャーナル
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書評
石井隆太(2023).『デュアル・チャネル ― B2Bマーケティングにおける流通戦略 ―』千倉書房
高嶋 克義
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2024 年 43 巻 3 号 p. 85-87

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I. 本書の概要

本書は,生産財企業の販売チャネル戦略において,自社の営業組織と商社・代理店のような資本的に独立する流通業者を並列的に設定し,その双方を使い分けることが,どのような条件のもとで選択されるかを実証分析を通じて検討した研究書である。

本書の構成を紹介すると,まず第1章において,本書の研究の目的や背景について説明がなされ,自社の営業組織による統合チャネルと独立する流通業者による独立チャネルを並列的に設定するデュアル・チャネル問題を研究する理論的な意味が議論される。すなわち,デュアル・チャネル問題とは,統合チャネルか独立チャネルかのどちらか一方の選択ではなく,これらを並列的に設定することの意味を考えることが提示される。

続く第2章と第3章において,デュアル・チャネル問題に関連し,後の実証分析で議論される諸概念についての文献レビューが行われる。具体的には,第2章では,取引費用,ケイパビリティ,チャネル対立といった諸概念に関するチャネル研究のレビューが行われ,第3章では,実証分析で使われる市場志向,企業家精神,知識吸収能力,関係特殊資産といった諸概念を先行研究に基づいて検討する。

そして,第4章から第6章は,3つの実証分析が記述されている。まず第4章では,生産財の海外市場取引において,どのような条件がデュアル・チャネルの選択を規定するかについて,質問紙調査データに基づく実証分析を行っている。その分析結果として,輸出企業家志向能力が高いほど,独立チャネルよりもデュアル・チャネルが選択されやすいことを明らかにする。この輸出企業家志向能力とは,他社に先駆けて海外市場において革新的な製品・サービスを導入しているかどうかであるが,分析結果から,そのような傾向が強いほど,デュアル・チャネルの利用が促されることが示唆される。なお,このデュアル・チャネルが選択される理由というのは,本書では,統合チャネルを部分的に利用することで,販売先の市場情報を直接的に収集しつつ,独立チャネルの利用による効率性も得られることとして説明される。

さらに,第4章では,当初の仮説に反して,輸出先国との文化が似ている状況では,輸出先の市場情報の収集・反応ができているほど,デュアル・チャネルよりも独立チャネルを選択するということが明らかにされている。この結果については,本書では,企業に販売先の市場に反応する能力があれば,現地の流通業者を有効に利用できるためと推論し,とくに進出先の文化の違いが小さいならば,このような現地の流通業者を管理する可能性は高くなるという解釈が行われている。

そして,第5章では,2つ目の実証分析として,デュアル・チャネルにおける対立を制御する仕組みについての検討を行っている。この分析では,まず,国内市場でのデュアル・チャネルにおいて,境界システムと呼ばれる統合チャネルと独立チャネルとで製品,顧客,地域を分ける仕組みを導入しているほど,統合チャネルと独立チャネルの間で互いに協力するかどうかを問題にする。その分析結果は,統合チャネルと独立チャネルとの対立を克服した経験がある場合には,製品,顧客,地域を分担するほうが,チャネル間の相互協力ができるようになるものの,対立克服の経験が乏しい場合には,逆に,分担することで相互協力ができなくなることを示唆するものであった。この結果は,チャネル間で対立が発生したときに,それを克服する経験がなければ,むしろ競争に任せたほうが公平に見えるために対立に発展しないと解釈でき,興味ある示唆となっている。

また,この章では,補償システムと呼ばれる,チャネル間での共同や連携に対する経済的な見返りを提供する仕組みは,相互協力を促進するかどうかを検討しており,対立克服の経験があるほうが相互協力をより導きやすいと推測されている。ただし,境界システムの場合とは異なり,経験がなくても補償システムは有効であることが示唆されている。

次の第6章では,国内市場でのチャネル協調による競争優位がデュアル・チャネル選択で高まるかどうかが実証的に検討されている。その分析結果から,営業担当者の育成への投資が行われるほど,チャネル協調による競争優位が高まるが,それは,独立チャネルではなく,デュアル・チャネルである場合により顕著になることが示される。このことから,デュアル・チャネルのもとでの情報のフィードバックが部分的にでもあれば,営業担当者の育成が協調的チャネルの有効性を引き上げることが推測される。また,チャネル関係の取引企業間で補完的な経営資源や能力があるほど,チャネル協調による競争優位が高まるが,その関係についても,デュアル・チャネルである場合により顕著になることが確認される。

そして,これら3つの章でなされた実証分析に基づき,第7章でそれらの分析結果の要約とそれらから得られる知見を整理したうえで,第8章で,これらの分析に関わる限界と今後の研究のための課題を説明している。

II. BtoBマーケティングにおけるデュアル・チャネル問題

本研究の特徴は,BtoBマーケティングにおけるデュアル・チャネルという課題をチャネル論の枠組みで議論することにあると言える。この特徴は,本研究課題の独自性をもたらすものであるが,他方で,本研究の限界にもなっていると考えられる。それは,BtoBマーケティングにおけるチャネルの選択問題が,従来のチャネル論で理論的に想定されてきたチャネルとは異なる性質を持つことに基づいている。

従来のチャネル論におけるチャネルの基本的な考え方では,製造企業から消費者までの商品取引の連鎖としての商流をチャネルとして捉えている。そのうえで商品の所有権が移転する中で,製造企業がマーケティング目的から期待される販売活動やサービス活動を流通業者に行わせることが必要になり,それが製造企業から見たチャネル管理の問題となる。

そして,そこから導かれるデュアル・チャネルというのは,次のように理解される。まず,商流を効率的に行う仕組みとして独立チャネルが基本となるが,製造企業が流通段階における販売・サービス活動を管理するうえでは統合チャネルが有効になる。そこで,チャネル論では独立チャネルと統合チャネルの中間形態としてのチャネル管理を考えることが基本となり,各取引状況に適応するように,完全に自律的な独立チャネルから完全に管理が行われる統合チャネルまでの間でのチャネル関係の選択が個々に行われる結果,独立チャネルと統合チャネルが並存する状態が形成されることになる。

その理解に基づけば,本書で捉えるデュアル・チャネル問題というのは,このようなチャネルが並存するデュアル・チャネルの状況において,どの程度まで統合チャネルにすべきかということになる。そのうえで,チャネル管理が必要な場合でも,一部を統合チャネルにすることで,流通業者の直面する市場に関する情報を収集して,他の独立チャネルを有効に管理できるようになると考えている。つまり,チャネルの統合か独立かの選択において,統合の選択が必要な場合でも,一部の統合で同様の効果が得られると主張しているのである。

それに対して,BtoB取引で問題となるのは,製造企業の生産した汎用品が流通する過程での販売・サービス活動の管理問題だけではない。特にBtoB取引で特徴的となるのが,開発・設計,生産,顧客への技術サービス等の諸活動に関して,個々の顧客に適応することである。具体的には,個々の顧客の注文に応じてカスタマイズする製品(特注品)や技術サービス・ソフトウェアなどがあり,これらは統合チャネルを採用する重要な理由となっている。

しかも,これらの顧客適応で統合チャネルが利用されやすいのは,チャネル論で考えられたような取引状況に依存するというよりも,流通業者を介在させると製品やサービスの開発・生産についての情報処理にコストがかかりすぎるという理由による。例えば,製品のカスタマイゼーションを行う場合には,製造企業の開発部門や生産部門も流通業者と連携しなければならず,それは現実には難しい。これはチャネルにおけるパワー関係や流通業者の機会主義的な行為の状態如何に関わらず,開発・生産・サービスのプロセスにかかる費用問題と言える。言い換えれば,BtoB取引において個別顧客に適応する体制としての統合チャネルを選択する問題は,チャネル選択の問題というよりも,開発・生産を巻き込むマーケティング戦略としての顧客適応戦略の選択から導かれる問題と考えることができる。

それでは,この前提でデュアル・チャネルを考えると,どうなるのであろうか。まず,生産財にも消費財のように個々の顧客に適応しない標準化戦略がある。具体的には,標準品の見込み生産やどの顧客にも共通する標準化されたサービスがあり,その場合には,代理店を利用する独立チャネルの選択が可能になる。また,顧客適応の場合でも,マス・カスタマイゼーションのように単純な注文処理が技術的に可能であれば,標準化戦略に近づくことになり,独立チャネルの利用可能性が高くなる。

そして,顧客や顧客の注文する製品・サービスごとに統合チャネルと独立チャネルを使い分けるとき,デュアル・チャネルの状況が選択される。例えば,重要顧客に対して開発部門を巻き込んだカスタマイゼーションを統合チャネルで行う一方で,取引額の少ない顧客に対しては,標準品や標準化されたサービスを独立チャネルで提供する場合がある。あるいは,最初の特注品の受注は統合チャネルで行い,導入後の保守サービスは独立チャネルを通じて行うこともある。いずれにしてもデュアル・チャネル選択の前提には,どのターゲットに顧客適応と標準化をどのように組み合わせるかという戦略的な決定があることに留意する必要がある。

しかも,このようなBtoBマーケティングでは,個々の顧客から需要情報を収集することで個別適応が行われるために,本書で考えていたような一部の顧客からの情報収集で他の顧客の需要情報収集を補うことはできない。また,顧客から収集された情報に基づいた革新も,次の製品開発における革新というよりも,当面のカスタマイゼーションにおける革新の提案になる。それゆえ,顧客適応では,本書で議論されるような市場志向やケイパビリティの問題とは異なると考える必要がある。

本書は,BtoBのデュアル・チャネル問題をチャネル論の枠組みで捉える研究であるが,このような本書の試みは,生産財流通の中でもBtoCにより近い,汎用品の流通だけを抽出して考察したと考えるなら,問題はないと言えるだろう。生産財においても標準化された製品やサービスがあり,それらは卸売業者を通じて販売されるため,そのような状況に限定して言えば,本書のデュアル・チャネル問題の実証的な研究がもたらす知見には意味がある。しかし,標準化された製品やサービスのチャネル問題だけを捉えることは,BtoBにおける顧客適応の重要性やチャネル問題とは異なる性格を鑑みると,その限界を指摘せざるを得ない。ただし,これは本研究の課題というよりも,既存のチャネル論の理論的な射程がBtoBに及んでいなかったことに基づく課題であり,チャネル研究を行う研究者がともに考えるべき課題であるとも言えるだろう。

 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
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