マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
巻頭言
企業家マーケティング
栗木 契
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2024 年 43 巻 4 号 p. 3-5

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Translated Abstract

The role of entrepreneurs is becoming increasingly important in Japanese industry and society. This role involves realization of innovations that broadly bring about more advanced lifestyles and production. The challenges of entrepreneurial marketing research are multilayered. In this special feature issue, we focus on a wide range of marketing phases to invigorate the activities of entrepreneurs responsible for innovation in a company or society. Innovation can broadly be divided into technology innovation, reliant on technological novelty; and value innovation, reliant on market novelty. The latter arises from the market and is crucial for marketing. We lack a sufficient understanding of the motivations and abilities entrepreneurs require to drive value innovations, and how to interact with the environment to manifest these individual motivations and abilities for value innovations. This special issue aims to advance these explorations in order to enhance value innovations.

企業家がマーケティングにおいて果たす役割

「企業家」とは,アントレプレナー(entrepreneur)の翻訳語である。日本語の文脈では,このアントレプレナーの翻訳語としては「起業家」という語も広く用いられる。学術誌などでは企業家を使用することが多く,産業界に近い新聞などでは起業家の使用が主流だという研究結果もある(Yamada, Ueda, & Yanagi, 2015)。とはいえ,これらの語は共通して,イノベーティブな企てを実現する人を意味するわけであり,この点においては企業家も起業家も同じだという理解もある。

起業家という語に関しては,新しい事業を起こす人 ― つまり会社の創業者 ― という意味合いが強くなる。しかし,イノベーティブな企てを実現する人のなかには,会社の創業者ではないが,営利企業やNPOなどの組織のなかで,新しい事業の立ち上げなどにかかわりながら,新機軸の導入や事業の再構築などに挑む人たちも少なからずいる。企業家は,この会社の創業者ではない人たちも含めた,イノベーションの担い手を総称する際に用いられる。

本号の特集では,この広い意味でのイノベーションの担い手とマーケティングのかかわりを問う。本特集を,「企業家マーケティング」と名づけたのはそのためである。

イノベーションには大別すると,技術の新規性に由来するテクノロジー・イノベーションと,市場の新規性に由来するバリュー・イノベーションがあるが,マーケティングにとって重要なのは,後者の市場から生まれるイノベーションである。企業家マーケティング研究の対象となるのは,この市場から生まれるイノベーションの担い手となる企業家の行動のあり方や,その活性化の条件などである。

企業家の活躍を活性化する必要性

日本の産業や社会では,企業家の重要性が高まっている。人口減少が進む国が活力を保つには,営利企業をはじめとする各種の組織,さらには個人が,新たな事業を創出することで産業や社会の発展を導いていく必要がある。日本の多くの企業は,既存の市場で獲得していた顧客の維持につとめるだけでは,事業の将来展望を描くことが難しくなっており,新たな市場をつくり出す重要性が増している。

産業や社会のなかで企業家がになう役割は,科学や技術などにかかわる知見を,製品やサービスなどの開発にむすびつけることで,社会実装を推し進めたり,その時々の産業や社会における不効率を解消したり,そこに新たな効果をもたらしたりすることによって,より高度な生活や生産を広く私たちにもたらすイノベーションを実現することである。こうしたイノベーションの果実として企業家は,製品やサービスを,その産出に要する費用よりも高い価格で販売できるという事業上の機会を手にする。これが企業家的機会である。

企業家マーケティング研究の射程

本号の特集には,企業家マーケティングというテーマのもとに,行動開発,組織開発,エコシステム開発の3つの分野にわたる4つの論文が集まった。企業家マーケティングをめぐる課題は多岐にわたり,理論化が進んでいない領域も少なくない。企業家はマーケティンにかかわる各種の問題にいかに向き合い,どのように行動を進めるべきか。そして,これらの行動を支えるには,どのように組織の仕組みを整えるべきか。さらに,各所でこのような組織の動きを活性化するには,どのようなエコシステムを,いかに育くんでいけばよいか。

軸屋・山田論文は,個人企業家が起業に挑む際のシンボリック・マネジメント,すなわち象徴的な事物や行為を通じて,市場における事業の識別可能性を高め,その意味を効果的に伝えるためのマネジメントについての概念研究である。企業家がステイクホルダーの想像力と対話しながら事業成長を加速化させていく鍵としてのデカップリングの役割などが検討される。

柳・吉田・並木・竹林・今庄論文は,大企業におけるビジネスモデル革新において,既存事業とは非連続な新しい事業がいかに生み出され,組織内に定着していくかについての事例研究である。組織という社内企業家にとっての環境と,企業家の健全な相互作用のあり方がオムロンの事例をもとに検討される。

田路論文は,スウェーデンのチャルマース工科大学の個人企業家養成プログラムについての事例研究である。シリコンバレー型のスタートアップ創出とは異なる,個人企業家育成のエコシステムのあり方が検討される。

二宮・大田・三井論文は,福岡における個人企業家育成のエコシステムの事例研究である。スタートアップ都市として注目を集める福岡で,40年ほどにわたって個人と企業と行政が相互に影響し合いながら展開してきた,企業コミュニティの形成プロセスが検討される。

図1

企業家マーケティング研究の3つの射程(筆者作成)

行動開発,組織開発,エコシステム開発

企業家マーケティングというと,私たちの関心は,個人としての企業家の意欲や能力をいかに高めるかという問題に向かいがちである。このような関心の持ち方が間違っているわけではない。しかし,何が企業家にとって必要かの理解を,狭い常識の範囲に閉じ込めてしまわないように注意したい。企業家マーケティング研究の課題となるのは,重層的な社会問題である。

企業家に必要なのは,そもそもいかなる行動の意欲であり,能力なのか。軸屋・山田論文は,企業家マーケティング研究にとっての新しい切り口を提示しながら,私たちがこの問題を理解し尽くしはいないことに,目を開いてくれる。

さらにいえば,企業家に必要な意欲や能力は,個人の心理や行動にとどまらない問題である。こうした個人の意欲や能力を引き出し,発揮しやすくする環境とのかかわり合い方についても,私たちは理解を深め,広げていかなければならない。柳・吉田・並木・竹林・今庄論文は,大企業などにおいて企業家個人の意欲や能力を引き出すための,組織という環境とのかかわり合い方を考えるための手がかりを提供している。

田路論文と二宮・大田・三井論文は,個人や組織としての企業家の行動は,さらに広いエコシステムという環境のなかでの営みであることに向き合う。そしてそこでの制度のあり方の探索という,企業家マーケティング研究のもうひとつ方向性のもとでの課題に取り組んでいる。

Reference
  •  Yamada,  J.,  Ueda,  Y., &  Yanagi,  J. (2015). Bibliometric analysis of “Entrepreneurship in Japan”. The Business Review, 66(2), 77–95.(山田仁一郎・植田祐紀・柳淳也(2015).「日本におけるentrepreneurship研究領域の書誌情報分析」『経営研究』66(2), 77–95)(In Japanese)
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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