マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
スウェーデンの起業家大学から生まれるハイテク・スタートアップ
田路 則子五十嵐 伸吾
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2024 年 43 巻 4 号 p. 31-42

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Abstract

スウェーデンの産業都市ヨーテボリ市のチャルマース工科大学は,起業家大学として知られる。大学を核に地域の技術シーズを活用し,地方都市ながら生存率が高く卓越したスピンオフを数多く輩出してきた。本稿では,「サロゲート型」と「非サロゲート型」の起業類型に沿い,事例を交えつつ,シリコンバレーとは異なる,独自の起業エコシステムを紹介する。「サロゲート型」では,内外の技術シーズを発掘し新たな製品サービスを事業化する。サロゲート型起業は,起業家養成修士課程の学生の経営チームに典型的である。「非サロゲート型」では,ポスドク等の研究者が経営者となり自身の技術の事業化を目指す。サロゲート型も非サロゲート型も,大学が投資やインキュベータ施設を提供し,地元のエンジェル,企業関係者や大学OB起業家等ベテランがメンターとなって若い起業家を支える。地道な資金調達を行い,経営資源を節約しリーンな組織体制を敷く。事例として紹介するライフサイエンス系2社では,医師等の専門家を技術顧問にし,新しい治療の普及に尽力する。また,ライセンスアウトや特注製品の開発などにより,複線的収益モデルを追求する。

Translated Abstract

Chalmers University of Technology, located in Gothenburg, Sweden’s industrial center, is known as an entrepreneurial university. Leveraging regional technology seeds and business resources, Chalmers has spawned numerous high-survival, prominent spin-offs. This paper discusses the unique entrepreneurial ecosystem in the local city, distinct from Silicon Valley, using examples of “surrogate” and “non-surrogate” startups. In the “surrogate” model, typically seen among master’s level entrepreneurship program participants, student teams aim to commercialize sourced internal and external technology seeds into new products and services. In the “non-surrogate” model, postdoctoral researchers and scientists pursue business opportunities commercializing their own intellectual property. The university provides investments and incubators, while local angels, company executives and successful alumni serve as mentors to support young founders, establishing an ecosystem benefiting both startup types. With minimal foreign VC funds, these lean startups practice disciplined fundraising and conserve managerial resources. As exemplified by two life science ventures, they enlist medical specialists as technical advisors to promote novel therapies, while also licensing technologies and pursuing custom manufacturing for revenue diversification.

I. はじめに

本稿では,スウェーデンの第二の都市,ヨーテボリ市におけるアカデミック・スピンオフ,いわゆる大学発スタートアップを取り上げる。スタートアップを立ち上げた起業家やそれを支援する大学,地域コミュニティおよび国の制度を紹介していきたい。

ヨーテボリ市にあるチャルマース工科大学は,欧州を代表する起業家大学(Etzkowitz, 2008)として知られるようになった。注目されるようになった理由は,1997年に始まった修士課程のChalmers School of Entrepreneurship(CSE)から多くの技術系スタートアップが創出されてきたこと,しかもそれらスタートアップの生存率が高い水準にあるからである。米国のスタートアップの生存確率(6年後)は36%~51%(2005年創業企業のデータ)と言われる(Shane, 2010)。チャルマース工科大学発のスタートアップの生存確率は米国平均を凌駕しており,1997年~2005年までに創業したスタートアップの80%が,2012年時点でも事業を継続していたというデータがある(Lundqvist, 2014)。高い生存率の背景として,数々の教育プログラムや起業イベントを通じて,成長の可能性が低いビジネスプランは事業化以前の段階で淘汰されていくためだと説明されている。

CSE発のスタートアップは,サロゲート・アントレプレナー(代理起業家)による創業の多さによって特徴づけられる。サロゲート・アントレプレナーとは,大学や研究所等で研究開発された技術を活用し,発明者に代わって事業化を担う者を指す(Radosevich, 1995; Vohora, Wright & Lockett, 2004等)。サロゲート・アントレプレナーには,新事業立案当初から関わり,ビジネスを目指す方向に導くことが期待されている(Clarysse & Moray, 2004等)。CSE発スタートアップの多くは,発明者から技術シーズの提供を受け事業化を目指しており,典型的なサロゲート型の起業に該当する。

Lundqvist(2014)では,業種別のサロゲート型起業の割合も調査している。1997年のCSE開学以来2005年までに設立された,大学のインキュベータ入居49社のうち,バイオテック,マテリアル,医療機器分野の企業の多くが,サロゲート・アントレプレナーによって率いられ,大学の技術シーズを利用している。一方,ICT分野では,サロゲートの比率は半分程度で,しかも,民間の技術シーズを使ったものも少なくない。

スウェーデンと米国の事例を扱った研究(Lundqvist & Middelton, 2013)によれば,発明者が必ずしも経営者になる必要はない。大学の研究者は,発明者としての役割を果たすだけで,スタートアップの創出と成長に十分貢献しうるのである。

一方,チャルマース工科大学ではCSE以外の研究機関発の起業も盛んである。この場合,発明者が自ら技術シーズを事業化する「非サロゲート型」が目立つ。非サロゲート型でも,独自の知財制度や経営スキル向上プログラム等を通じて,大学が起業を支援している。

本稿が分析対象とする2事例はバイオテックとマテリアルの技術を用いているが,両者ともにライフサイエンス領域に位置付けられる。一社がサロゲート型,もう一社が非サロゲート型である。以下では,スタートアップ創出の背景や制度を明らかにしていくとともに,資源調達や戦略の比較検討を行いたい。

II. ヨーテボリ市の大学発スタートアップ

1. ヨーテボリ市の歴史と立地

ヨーテボリ市の紹介の前に,スウェーデンと日本の比較をしておきたい。スウェーデンはスカンジナビア半島に位置する。面積は45万km2で,日本の国土(38万km2)の約1.2倍にあたる。ただし,国土の約3分の1は北極圏内にある。人口は1,038万人で,日本(1億2,550万人)の10分の1に満たない(National Institute of Social Security and Population Studies, 20211))。一方で,国民一人当たりGDPは,日本の45,573ドルに対してスウェーデンは64,578ドルと高く,世界ランキングは,日本の42位に対してスウェーデンは20位である(World Bank Survey, 20222))。IMD(世界競争力)ランキングは,日本が34位にとどまるのに対し,スウェーデンは4位,経済成長率は日本1.05%,スウェーデンは2.83%(IMD, 20223))である。これらの数字を見るかぎり,スウェーデンは日本よりも生産性が高い国といえる。スウェーデンは無償教育で知られ,公的教育支出のGDP比は6.68%と日本の2倍に達する(UNESCO, 20224))。教育投資が経済成長と高い生産性を支えているのかもしれない。

スウェーデンの第二の都市がヨーテボリ市である。バルト海に面する首都ストックホルムと異なり,ヨーテボリは北海に面し,デンマークのあるユトランド半島の対岸北に位置している。古くは欧州域外貿易の拠点として開かれ,その後,貿易を支える造船,機械産業の隆盛に伴い商業と工業の街として発展してきた。ヨーテボリ市の人口は市内58万人,周囲を含めた都市圏人口は100万人ほどである。この街には自動車やトラック等輸送機のボルボグループや航空機と軍需品のサーブの本社がある。製薬会社のアストラゼネカが国内に唯一残した研究開発センターや,通信機器メーカーのエリクソンの支社もある。これら企業は大学の研究者との共同研究を盛んに行い,大学発スタートアップとの連携に関心が高い。

2. ヨーテボリ市の起業家大学

(1) 起業家養成コースの概要

ヨーテボリ市のチャルマース工科大学は,欧州の中でトップクラスの研究および教育機関として認められている。同大学は,1829年に,スウェーデン東インド会社の取締役を務めた交易商ウィリアム・チャルマース(William Chalmers)からの寄付を受けて設立された。その後,スウェーデンのすべての大学は国立になったが,1994年に大学法人化制度ができると,チャルマース工科大学は国内唯一の大学法人として運営する道を選んだ。独立志向の強い大学と言えよう。工学,理学,建築学,生命科学などの合計17学部から構成され,現在,約12,000人の学生が在籍している。ポスドク,研究者1,000人を擁し,研究大学として国内や欧州域内で大きな役割を果たしている。

北欧4国における技術系大学の代表は,Aalto(フィンランド),Chalmers(スウェーデン),DTU(デンマーク),NTNU(ノルウェー)と目されている。中でも,チャルマース工科大学は起業家教育が充実し,大学発スタートアップの創出も活発である(Warhuus & Basaiawmoit, 2014)。特に,大学や地元企業の保有する技術シーズを使って事業化する体験を教育プログラムに組み込み,テクノロジー系のスタートアップの育成に成功している点は注目に値する。大学発スタートアップの輩出に大学がどのように関わっているのか,シリコンバレーやケンブリッジのような先例(Taji, 2014; Taji, 2020)とはどのように異なるのか,世界中から関心が集まっている。

チャルマース工科大学の起業家教育の中心となるのが,修士課程の起業家養成コース(Chalmers School of Entrepreneurship: CSE)である。このコースは,技術ベースの実践的なアントレプレナーシップの養成を目的に,1997年に創設された。以来20年超の間に編成の追加変更を経て,2018年段階では,Tech Track(技術系スタートアップ,約20人),Corp Track(新規事業開発,約10人),ICM Track(知財のビジネスデザイン,約10人),Bio Track(生命科学スタートアップ,約5人)の4つの専攻が存在していた。

これらの専攻のうち,Tech TrackとBio Trackについて紹介したい。プログラムは2年間で,2年目のカリキュラムには,実際の技術シーズを使って起業のアイデアを練り,成長させるまでのプロセスが組み込まれている。具体的には,①技術シーズの創出,②パテント化/ライセンシング,③ビジネスアイデアの発案,④ビジネスプランの策定,⑤起業,⑥成長である。2年目になると,学生たちは3人1組でチームを組み学習していく。年平均で12~13チームが実習に参加する。起業は,早ければ卒業前後だが,卒業半年~1年後になることもある。卒業時には,およそ6チーム前後が起業に至っている。同級生同士の横のつながりは緊密で,繁忙期に手伝ったり相談しあったりする。先輩後輩の縦の結びつきも非常に強く,先輩が後輩の会社に経営者として就任するケースもある。

CSEの入学者は,学部での技術系専攻者が多数を占める。年齢は22歳から27歳までが中心で,勤務経験は3年程度と短く,技術シーズを持っていることはほとんどない。彼らは,発明者から技術シーズの提供を受け,サロゲート・アントレプレナーになるのである。

なお,ヨーテボリ大学には医学部と付属病院があり,Bio Trackは,市内にある総合大学のヨーテボリ大学サルゲンスカ・アカデミー(Sahlgrenska Academy)と連携していた。サルゲンスカ・アカデミーは医学,薬学,看護学,生命科学の教育を提供し,起業家教育も行われていた。起業プログラムに所属する学生は,修士1年目はCSEの学生と同じカリキュラムを学んでいた。残念ながら,コロナ禍の影響もあり,サルゲンスカ・アカデミーのプログラムは中断されている(2023年現在)。

(2) サロゲート・アントレプレナーを輩出する仕組み

CSEの学生には,技術シーズと接する機会が潤沢に与えられる。修士1年の後半になると,学内のあらゆる専攻の研究室から技術情報が集められるほか,地元の企業であるボルボ,サーブ,エリクソン,アストラゼネカからはもちろん,域外からも様々な技術が紹介される。企業内に眠る未利用の技術や,特許化されていない知財も提示される。学生は,チームで議論しシーズの選択を行う。技術シーズの選択とチーム編成は,修了までの活動の成否を左右する重要な意思決定である。

技術シーズの提供を受ければサロゲート型起業となる。学生独自のアイデアや特許期限切れの技術などを活用して事業化を図るのであれば,非サロゲート型となる。先述したように,1997年開設から8年間に創業したスタートアップの80%が2012年時点で生存しており,IPOやM&Aなどエグジットに成功した6社のうち5社は,立ち上げから関わって経営を行うサロゲート・アントレプレナーによって経営されていた(Lundqvist, 2014)。

サロゲート型起業を促すCSEのプログラムは,試行錯誤しながら20年間,編成変更や内容改善を繰り返してきた。大学の研究者・教育者に留まらず,チームをサポートしてくれる外部メンターの選抜や紹介も含めて周辺環境の充実に努めてきた。

学生たちはまずチームメンバーを確定し,発明者と技術の使用許諾の契約を結ぶ。その後はひたすら新事業創出に集中する。2年次からは,学内のプロジェクトルームでメンバーや教員と議論する頻度が増していく。同じ建物にはChalmers Venturesという組織が存在し,スタートアップ投資を目的とするベンチャー・キャピタルと,教育的支援も含めたビジネス・インキュベーションという2つの機能を担う。Chalmers Venturesは本来,法人化後のスタートアップを支援する組織であるが,学生チームに対しては,ビジネスアイデアを練る段階からアドバイスを授け,必要に応じて技術者など人材の紹介も行なっている。

2年次になると,学生チームは学外の活動が増え,潜在顧客の調査やパートナー企業探しのためにフィールドワークを行う。時々,当初意図しなかった不都合が発生することもある。例えば,知財保有者から提供中止の通告があった,事業化に大きなハードルが発生した,仲間割れが起こった等々,想定外の事態が起きる。それらに対処し乗り越えたチームだけが,法人化に至る。丸一年をかけた集中準備期間中に,成長する見込みの低いプランはふるいおとされていく。つまり,スタートアップ立ち上げの時点では,ビジネスプランも経営チームもすでにかなり鍛えられていると理解できる(Igarashi, 2018)。

III. 大学発スタートアップを推進する仕組み

1. 非サロゲート型のスタートアップが輩出される背景

チャルマース工科大学では,CSE以外の大学院の学生や教員の起業も推奨している。2019年に始まった啓発プログラムでは,教員にスタートアップ創出の意義やノウハウを伝授していた。チャルマース工科大学では,こうしたプログラムの財源として,政府資金だけでなく,地元のファミリービジネスの経営者から寄付を募り安定した予算を組んでいた。専任スタッフ(任期付き)を常時2名雇用し,多様なプログラムを企画していた。例えば,米国大学のスタートアップ支援担当者を招聘してセミナーを開催したり,特許登録や使用承諾手続きの手ほどきも行う。担当スタッフは,多忙な教員を説得して参加率向上に尽力していた。

スウェーデンの大学の知財制度は独自なシステムで,米国や日本のバイドール法的な運用とは全く異なる。バイドール法では,大学の研究室から生み出された知財は大学に帰属し,学内の技術移転機関を通じて使用許諾の手続きがとられる。発明者である教員や研究者には,ライセンス料の一部が還元される。一方,スウェーデンでは,知財は発明者に帰属しており,知財の事業化は教員や研究者に大きな収益をもたらしうる。スウェーデンの制度は,バイドール法的運用を強制せず,運用方法の選択は,知財の保有者である研究者に委ねられている。つまり,バイドール法的運用を選択してChalmers Venturesに知財活用を託すか,自らで活用するかである。自ら活用する場合,大きなインセンティブが設定される。こうした制度設計は,大学発スタートアップを強力に後押ししうる。筆者が2014年から2019年まで30社ほどにヒアリングを行ったところ,研究者養成の大学院プログラムから出現したスタートアップでは,起業のきっかけは「教授や先輩に勧められたから」というケースが多かった。起業を模索する時期は,博士課程やポスドク期に集中している。教授の場合,自ら経営者になることは稀で,技術顧問に就任する傾向がある。

研究者は,CSEの学生と異なり,ビジネスの立ち上げのノウハウを学んでいない。経営の知識に乏しい起業家予備軍を支援するのが,先述したChalmers Venturesである。彼らがChalmers Venturesの扉を叩くと,Startup Campへの応募を勧められる。Startup Campは5週間で集中的にビジネスモデルを構築するアクセラレーション・プログラムで,無料かつ外部にも開放されており,他流試合の機会も提供されている。

2. 若い起業家を支援する仕組み

Chalmers Venturesは,メンタリングを行うEncubatorと投資機能を担うChalmers Innovationという2つの組織が統合されて誕生した。EncubatorはCSEの教育プログラムを実践的な起業にシフトしていく目的で設立されていた。Chalmers Venturesの投資先リストには,入れ替わりがあるものの,常時100社程度のスタートアップが連なっている。

Chalmers Venturesには,20人超のフルタイムのスタッフが雇用されている。管理スタッフ数人を除いて,大半がビジネス・コーチ(メンター)である。トップクラスの人材に見合う高給を支払えない場合には,パートタイムとして協力をあおいでアドバイスをもらう。メンター1人当たり4社程度のスタートアップを担当し,毎週ビジネスの進捗状況を確認している。メンターが取締役会のメンバーになることは珍しくない。時には,専任の経営者としてスタートアップに参画する場合もある。メンターにはそれぞれ担当業界や専門領域が割り振られる。特にライフサイエンスのビジネスには専門知識や特別な人的ネットワークが要求されるため,複数のスタートアップのメンター役を横断的にこなす人材も見られた。ヨーテボリには自動車,IT,ライフサイエンス,化学の大手企業が立地しているため,それら企業のOBや現役にメンター役を頼めるという利点がある。自らのスタートアップを成長させたのち一線からは退いているようなベテラン起業家も,有能なメンターとなる。CSE開設以来20年を経て,先輩起業家が蓄積してきた経験や人脈など無形の経営資源が後輩の起業家へ継承され,彼らの成長を支えるという循環が生まれた。こうしたサイクルは「起業ノウハウのリサイクリング」(Mason & Harrison, 2006; Spigel & Harrison, 2018)と呼ばれ,地域全体の起業エコシステムの活性化につながっている。成功例だけではなく,失敗した起業の経験も活かされうる。

実際に事業化に着手すると,スタートアップは入居する場所を探し始める。こうしたプレシード段階と呼ばれるフェーズに入ったスタートアップに対し,大学はインキュベータ施設を用意するとともに資金面での支援も行う。プレシード段階では,30万SEK(約425万円)の投資を受けながら,1年半インキュベータに滞在できる。シード段階に進むと100~300万SEKの投資が受けられ,成長を目指す。最大投資限度額は全期間を通じて1,200万SEKと決められている(2019年当時)。大学ファンド以外に,政府系ファンドのALMI Investもあるが,単独での投資はできないルールがあるため,大学ファンドと抱き合わせになる。

資金面のサポートには,ソフトローンと呼ばれる政府系の貸付もある。黒字化しないままに事業を終了した場合,返済の義務は生じない。また,貸付資金の一部を,起業家の生活費に充てることも許されている。若い起業家たちにインタビューすると,「財務的リスクはないので,若い時に起業をしなければ損だと思った」という声がしばしば聞かれた。

ここまで,チャルマース工科大学発のスタートアップをサロゲート型と非サロゲート型に分けて紹介してきた。経験のない若い創業者を支える仕組みは,Chalmers Venturesのメンタリングや大学や政府による資金面のサポートだけではない。ヨーテボリというスウェーデンを代表する産業都市に住むビジネスエリート,ベテラン専門家や同族企業のオーナー達が,経営そのものを支えている。

CSEのプログラムから輩出されるサロゲート型の場合,経営チームのメンバーは大学院を卒業したばかりの20代である。実務経験のない学生の場合は24歳,実務経験がある年長者でも28歳程度である。彼らの職位はCEO,COO(最高執行責任者),CMO(最高マーケティング責任者),CTO(最高技術責任者)だが,経営のスキルはほとんどなく,パートナー候補や潜在顧客にアクセスできるネットワークもまだ持っていない。その彼らを支えるため,取締役会にはChairmanやPresidentという肩書を持つベテラン人材が名を連ねている。こうした布陣は一般的に見られ,例えば,ライフサイエンス分野のビジネスならばアストラゼネカ,ITビジネスならばエリクソンの元エグゼクティブといったように,地元を代表する企業のOBが非常勤役員としてスタートアップをサポートしている。技術シーズを提供した発明者は,技術顧問に就くことが多い。

非サロゲート型の場合,発明者である創業者はCTOの職位を持つ傾向がある。彼らは,ポスドクを経て20代後半から30代前半に起業する。CEOには,通常,CTOよりも年長のベテラン人材が招かれる。CEOには,ビジネス経験のないCTOを支えて,リードユーザー獲得や市場開拓を進める役割が期待される。非サロゲート型のスタートアップが成長できるかどうかは,CEOのマネジメント能力と人脈にかかっている。大学の教職員,Chalmers Venturesやビジネスエンジェルは,CEOにふさわしい人材を獲得するために奮闘する。

投資を行うビジネスエンジェルとしては,地元の大企業のOBよりも,同族企業のオーナーが大きな力を発揮するケースが目立つ。彼らの多くは不動産業や長い歴史を持つ事業の経営者で,表立って名前が出ることはあまりない。若い起業家達は,何らかの知己を伝ってそれらビジネスエンジェルにアプローチして,安定した資金を獲得している。

IV. サロゲート型起業の事例

1. 概要

Stayble Therapeuticsは,CSEのプロジェクトとして立ち上げられた。技術シーズは腰痛を止める注射で,市内のヨーテボリ大学医学部の教授から提供されており,ライフサイエンスにおける典型的なサロゲート型起業の例と言える。以下に概要を示す。

企業名:Stayble Therapeutics

出自:チャルマース工科大学の起業家養成コースを修了した学生が2014年に設立

技術シーズ:ヨーテボリ大学医学部の教授の腰痛を止める注射

主な資金調達:欧州委員会の助成金,大学および政府系ファンド,ビジネスエンジェル

出口:2021年Nasdaq First North Growthへ株式公開してSEK41M($4.92M)調達

慢性椎間板腰痛を止める施術について簡単に説明する。健康な人体の椎間板には髄液という液体がある。30~50代になってこの髄液が滲み出してくると,痛みが生じやすい。そこで注射によって髄液を固めて小さくし,滲出を抑え,痛みをなくす。治すというより,むしろ老化させるような施術となる。侵襲性が低い施術であることも特徴である。技術を提供した教授は,これを逆転の発想だったと説明している。図1が示すように,椎間板に注射をすると,固まることによって,髄液の拡散を防止して症状が安定するのである。

図1

Stayble Therapeuticの技術

出典:公開資料

事業化に向かって,2018年に第一相臨床,2020年に第二相臨床A,2023年に第二相臨床Bとフェーズを進めた。次の臨床試験に向けた資金が必要になり,2021年に株式公開を行った。

2. 経営チーム

発明者のKjell Olmarkerはヨーテボリ大学医学部の教授で,創業者として会社を立ち上げて取締役(非常勤)に就任した。彼にとってこの会社は4度目の起業にあたる。1回目のプロジェクトでは経営者になって失敗したことから,その後は,チャルマース工科大学に技術シーズを提供し,サロゲート起業家に経営を任せることにした。2回目は炎症治療薬を,3回目は手術向け治療薬を手がけて,いずれも事業売却に至った。このように,同じ発明者が技術シーズの提供を積み重ねる過程で,発明者と起業家養成コース関係者の間に信頼関係が醸成され,連携が定着していったと推察できる。技術を提供した教授は,株式公開後,自ら取締役から退いた。事業化が加速する段階に入った時点で,発明者の役割は終えたと判断したからである。

サロゲート・アントレプレナーのAndreas Gerwardは,チャルマース工科大学でビジネスデザインを学んだ後,インターンとしてB2Bの営業を経験し,起業家養成コース(CSE)に進学した。卒業時点では,CSE時代に出会った動物向け治療薬プロジェクトを創業したものの,臨床試験の難しさから断念せざるをえなくなり,その後,Stayble TherapeuticsのCEOに転じた。初代CEOがアストラゼネカへの転職により会社を去ることになったため,困った発明者やメンター達がAndreas Gerwardに白羽の矢を立てたのである。つまり,同級生からCEOのバトンを受け継いだことになる。

メンターであったMattias Münnichは,Chalmers Venturesに所属しながら,ライフサイエンスのプロジェクトの立ち上げに関わってきた。MünnichはStayble TherapeuticsのCOO(最高執行責任者)に就任すると,政府系VCや病院関係者らとの関係構築に尽力した。創業から3年間,経営チームは臨床医師を含め7人いたが,常勤はCEOのみであった。

3. 経営資源と戦略

法人を設立した頃は,ヨーテボリ大学医学部のインキュベータ内で活動していた。発明者との打ち合わせに便利で,コストも削減できるからだった。資金調達はかなり苦労を強いられるが,ライフサイエンスにおける起業の定石を踏み,欧州委員会やスウェーデン政府から研究資金を獲得した。外部からの投資は,大学や政府系ファンドとともに大学関係のビジネスエンジェルからも調達し,さらにライフサイエンス業界を回って臨床医師からも集めた。

実際に事業を運営する人材として,当初はCEOと非常勤のCOO以外に臨床試験担当者がいた。2年後の2017年に,近隣のアストラゼネカ社の研究者および臨床試験申請に精通した専門家に,フルタイムやパートタイム(50%のコミットメント)で参画してもらった。創業時から一貫して,できるだけ雇用やコストを抑え,パートナー企業とともに事業化する戦略を取ってきた。注射の成分を指定して生産を外部委託すれば,製造設備を持つ必要はない。また,製法を確立してライセンスアウトすることも予定していた。

2018年に,国内の患者10人を対象に第一相臨床試験を行った。ところが,次の第二相臨床試験では,コロナ禍の影響で治験協力者の確保が非常に難しくなった。そこで,医師向けのWEBコミュニティを通じてプレゼンテーションをしたり,欧州内およびロシアの病院に対し治験参加者のリクルート活動を展開した。国内の患者集めには,Facebookによる告知が有効であった。2021年から2022年にかけて行われた臨床試験は,スペイン,オランダ,ロシアの患者100人を対象に実施された。非常勤取締役や技術顧問のリストには,協力してくれた病院関係者を含め,10人の名前が上がっている(2023年現在)。

2023年以降は,第三相臨床試験後,米国でのFDA申請を目指している。グローバル展開ではパートナー企業とのアライアンスが必須になるため,欧州,米国,日本,韓国の製薬企業とコンタクトを取っている。しかし事業の実働組織は5人程度で,2017年と変わらない。

V. 非サロゲート型起業の事例

1. 概要

Promimicはチャルマース工科大学の材料化学研究室からスピンオフしたスタートアップである。ポスドクが,所属研究室の技術シーズを使って,創業者として立ち上げた。したがって,非サロゲート型の起業と言える。以下に概要を示す。

企業名:Prommimic

出自:チャルマース工科大学の材料化学研究室のポスドクが2006年に設立

技術シーズ:創業者の所属研究室の歯科・整形外科インプラント用のコーティング剤

主な資金調達:大学および政府系ファンド,ビジネスエンジェル,国内VC

出口:2022年Nasdaq First North Growthへ株式公開

Promimicは,歯科および整形外科向けのインプラント用ナノコーティング剤を,インプラントメーカーに溶剤として提供している。ヨーテボリ市はインプラント発祥の地として知られ,近くに見込み顧客が存在していた。さらに,北米とブラジルの市場へ積極的に進出し,米国FDA認証取得に成功した(同社の技術については図2を参照)。

図2

Promimicの技術

出典:会社資料

2. 経営チーム

発明者として創業者になったPer Kjellは,CTOとして経営に携わってきた。ポスドク時代に,同じ研究室にいた同僚の研究テーマだったHidroxyapatite(ハイドロキシアパタイト,水酸燐灰石)という物質に注目した。この物質は20ナノメーターの薄い層を形成し,インプラント素材に骨を接着させることができ,歯科向けと整形外科向けの用途が期待できた。その同僚と教授の3人で特許を出願して,同僚と2人で会社を立ち上げた。教授はポスドク達の起業を支援しており,研究室は起業に熱心であった。その同僚は途中から退いて新たなスタートアップを立ち上げたため,Kjellだけが経営者として残ることとなった。オフィスを大学内のインキュベータ施設に移し,そこで7年間過ごした。その間,Chalmers Venturesから経営アドバイスとネットワーク構築の支援を受けた。

Chalmers Venturesからメンターとして送り込まれたのが,サロゲート型のStaybleのケースでも登場したMattias Münnichである。Münnichは,Promimic事業開発担当取締役に就任した後,StaybleのCOOも兼任することとなった。

さらにもうひとり,メンターとして派遣されたのがUlf Brogrenであった。会社には経営スキルを備えた人材が不在だったため,中小企業の経営に通じたBrogrenはCEOとして適任だったのだろう。CTOのKjellの求めに応じて,Brogrenは創業2年後の2008年にCEOに着任した。Brogrenは,整形外科向け事業の拡大には北米とブラジルへの進出がベストと判断し,米国に居を移して,インプラントメーカーへの営業に注力した。

やがて,ビジネスが成長軌道に乗ると,スウェーデン国内にCEOが必要であるという判断が下された。2017年に,ライフサイエンス業界での経験が長く,ヨーテボリ市内のインプラントメーカーの営業担当であったMagnus Larssonを新たなCEOに迎えた。

3. 経営資源と戦略

オフィスは長らく大学のインキュベータ施設内にあったが,2016年,市内のアストラゼネカ施設内に開設されたインキュベータに移された。このインキュベータは,アストラゼネカの社員が製薬分野を超えてライフサイエンスの知識を拡充することを企図して設置されたもので,インプラント用の材料を提供するPromimicは,入居要件を満たしていた。入居企業にはアストラゼネカの施設や設備の使用が許され,FDA申請に通じたエキスパートにもコンタクトしやすくなる。Promimicは,こうした利点を大いに活用できることになった。

外部からの投資として,まず,政府系ファンドと大学ファンドの共同出資が注入された。チャルマース工科大学だけではなく,ストックホルムのカロリンスカ大学の資金も得られた。さらに,政府系ファンドと連携することが多いビジネスエンジェルから投資を受け,国内VCからの資金調達にも成功している。

株式公開するまで,組織体制は最小限に抑えた。経営チーム以外の従業員は2名のみで,チャルマース工科大学とヨーテボリ大学のポスドクを雇用した。インターンからそのまま,正規採用となったのだろう。

Promimicの顧客はインプラントメーカーである。グローバル展開は順調に進み,米国,ブラジル以外に,ドイツ,フランス,スイスでも顧客を獲得している。事業領域は三つあり,まず,完成レシピを提供するライセンスアウト,二つ目は,クライアントの開発を支援し稼働時間ベースで対価を得るビジネス,三つめは,クライアントの要望に合わせた特注品の提供である。三つめの事業は,米国のパートナー企業Danco Medicalの出資により,JV(合弁企業)を設立して手掛けている。このJVによって米国に足場を確立できたため,長らく米国に駐在していたBrogrenは2022年にスウェーデンに戻ってきた。

2022年の株式公開後,組織体制が増強され,技術者が10人,管理と営業に4人が配置されている。今後の展開として,日本や中国への進出も視野に入れてはいるが,まずは米国市場へのさらなる浸透に大きな期待を寄せている。Promimicの強みは,溶剤のレシピという強い知財を持っていることである。その知財獲得の歴史を紹介しておきたい。

– 2005年 最初の特許申請(創業者2名:ポスドクと教授)

– 2008年 2番目の特許(創業者1名:ポスドク)

– 2015–16年 ブラジルと米国のインプラントメーカーと戦略的提携開始

– 2017年 歯科用インプラント材料が米国FDA認証取得

– 2019年 脊椎インプラント材料が米国FDA認証取得

– 2020年 修正脊椎インプラント材料が米国FDA認証取得

2022年までに取得した米国FDA認証は,10製品に達した。今後数年で16製品にまで増やす予定で,臨床試験を進めている。

VI. 結論

最後に,ヨーテボリ市の起業家大学からスタートアップが輩出される仕組みと,その経営の特徴をまとめておきたい。

1. サロゲート型と非サロゲート型を生む仕組み

Stayble TherapeuticsとPromimicの事例を比較しながら,サロゲート型と非サロゲート型のスタートアップ創出の仕組みをまとめていく。

(1) サロゲート型起業を生む仕組み

ライフサイエンス以外の領域でも,起業家養成コース(CSE)からは多数のスタートアップが輩出されている。クリーンテック系の製品サービスや,ニッチな分野で使われる測定・精密機器や素材分野でも,若い起業家が事業化に挑戦してきた。20年以上かけて磨き直された大学の正規プログラムでは,起業に必須の知識とノウハウを伝授した後,事業立ち上げの実践へと移る。1年次では,トレーニングとして起業のシミュレーションを実施し,技術シーズを決め経営チームを組む。2年次では,大学のインキュベータやメンター制度を活用しつつ,できるだけ早くスタートアップを立ち上げるよう促される。事業化に大きな難題が発生すれば,方向転換や中止を迫られる。実現性が低いプランは淘汰される仕組みができていると言える。

卒業前後に法人設立にこぎつけると,大学のプロジェクト室を出てインキュベータに移り,大学VCや政府VCから資金が注入される。そうした制度的サポートに加えて,同族経営企業のビジネスエンジェルや地元企業の元エグゼクティブ,CSE出身のOB起業家などからの手厚いバックアップも得られる。長年にわたるメンターシップの蓄積は,若い起業家にとって何より重要な支えである。

技術シーズの発明者や知財保有者とスタートアップとの関わりは,限定的である。彼らは,技術指導や営業先への説明が必要な場合は手を貸すが,経営は原則的にサロゲート・アントレプレナーに任せる。経営上のアドバイスは,上記のメンターたちが行う。

(2) 非サロゲート型起業を生む仕組み

知財が大学ではなく個人に帰属することは,スウェーデンの特徴である。知財の事業化は,教員や研究者には大きな収益をもたらしうる。非サロゲート型の場合,若い博士課程やポスドクには,自らの技術を生かして起業することに大きなインセンティブが働く。同じ研究室から輩出されたスタートアップが成長して売却や株式公開に至れば,ロールモデルとなる。こうした成功例を見て,若い研究者は教員や先輩の勧めに耳を貸し,自ら事業化を志すようになる。起業すると自身はCTOに就き,CEOには適切な人材を迎える。その人選にも,大学のインキュベータやメンター達が関わる。やはり,メンターシップは重要である。

2. 節約型のスタートアップ経営

サロゲート型も非サロゲート型も,大学や政府系VCから調達した資金や地元のビジネスエンジェルからの投資を元手に,資源を節約した経営を行っている。

(1) 最低限の組織体制

2社ともに,人員を最小限に抑えたスリムな(Lean)組織体制を敷いてきた。取締役は他社と兼任で,非常勤の取締役には,病院や大学に本籍を持つ人材を指名した。社員に関しては,地元大学卒のインターンやパートタイムを採用している。

(2) 外部人材の活用

ライフサイエンス領域の事業では,FDA認証の取得は第一関門に過ぎない。新しい治療や処方を広めるには,医師や専門家の推薦やお墨付きが必要となる。そのため2社ともに,経営を担うマネジメントボード(取締役会)とは別に,技術顧問のボードを置いている。技術顧問ボードには,臨床試験の協力医療機関の医師,海外の研究者や企業のエグゼクティブの名が並ぶ。それら非常勤の取締役達は,新しい治療や処方の普及を助けるとともに,自らの人脈をスタートアップに提供している。特に海外の病院の医師や研究者,グローバル企業のエグゼクティブ達は,スタートアップのグローバルな販路開拓を強力に後押しする。

(3) 少ない経営資源で事業化する収益モデル

2社の場合,研究開発に特化し,製造機能を持っていない。成分や材料の指定と製法の確立という特許を保有しており,製造委託によって完成した製品をクライアントに販売するか,レシピをライセンスアウトすることによって収益を得ている。Promimicの収益モデルは,ライセンスアウト以外に,クライアントの開発を手伝うコンサルティングと,特注製品を提供するビジネスで構成されている。2017年に米国FDA認証取得に成功したおかげで,柱となる3つの事業領域を掲げることができるようになった。いずれもリスクは少なく,確実な収益をもたらしている。

Stayble Therapeuticsも,FDA認証を得られれば,多角化して複線的収益モデルに移行する道が開けてくる。Promimicの成功で得た非常勤取締役のスキルとネットワークは,並行して経営を支援することになったStayble Therapeuticsの経営にも生かされるであろう。

(4) 海外からの資源調達の少なさ

スウェーデンの人口は日本の10分の1以下であるが,EUの一員であるため,留学生の流入や海外投資家からの出資が多いのではと推測する人もいるかもしれない。実際には,留学生は米国や英国ほど多くはなく,海外からの資金調達は難しいのが実情である。CSEはアジアやアフリカからの留学生を積極的に受け入れているものの,卒業後に法人化されるスタートアップの経営者の多くはスウェーデン人であり,しかも,ヨーテボリ市近郊の出身者が目立つ。首都のストックホルム市では,スタートアップの経営陣にも従業員にも相当数の海外人材が含まれることと比べると,ヨーテボリ市では,ローカル人材が起業を担っているといえるだろう。ヨーテボリ市を本拠とするスタートアップが,海外VCから出資を得るのは難しい。2社の事例でも,海外VCからは調達できていない。海外VCからの投資を得るために,ストックホルム市に本拠を移すスタートアップもある。

(5) インプリケーション

最後に,日本の大学発スタートアップ創出と成長に対するインプリケーションを確認しておきたい。まず,科学技術水準の高い製品サービスでは,サロゲート型であるかないかにかかわらず,若手起業家とベテラン経営者を組み合わせた経営チームの組成が望ましい。本稿の事例では,VCから派遣されたメンターが経営者として就任し,若いサロゲート起業家や自らの技術で事業化しようとするポスドクを支えた。また,サロゲート型の場合,技術シーズを提供する発明者のマネジメントへの関与について,範囲と期間を限定しておくべきだろう。

海外からの資金調達が少ないことは,日本と共通している。国内人材と国内VCを最大限に活用するしかない。そして,複線的収益モデルを最低限の組織体制で実現すべく,スリムな(Lean)組織体制を敷く。兼任やパートタイムを活用し,専門家をアドバイザー役に任命する。こうした経営手法は,日本のスタートアップにも参考になるのではないだろうか。豊富なVCの資金をバックに,優秀な人材を投入して最速で事業化を狙うシリコンバレー型の経営とは一線を画しているといえよう。

謝辞

本研究は,日本学術振興会の基盤研究B「アカデミック・スピンオフを輩出する起業家教育―発展する北欧と試行する日本」令和元年~4年の助成を受けた(研究課題番号19H01530)

田路 則子(たじ のりこ)

金融機関,建設会社,スタートアップ勤務の後,学術へ転向。神戸大学大学院経営学研究科博士(経営学)。主要著作に,『起業プロセスと不確実性のマネジメントー首都圏とシリコンバレーのWebビジネスの成長要因』(単著)白桃書房 2020年がある。

五十嵐 伸吾(いがらし しんご)

筑波大学大学院ビジネス科学研究科修士課程修了。UFJ銀行(現三菱UFJ)にてスタートアップの発掘,審査,成長支援に携わった。九州大学にて起業家教育に従事。主要著作に,『アントレプレナーシップ入門~ベンチャーの創造を学ぶ』(共著)有斐閣 2022年がある。

References
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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