マーケティングジャーナル
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レビュー論文 / 招待査読論文
偽造ラグジュアリー製品の購買動機
北澤 涼平
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2024 年 43 巻 4 号 p. 56-63

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Abstract

偽造ラグジュアリー製品とは,オリジナルのラグジュアリー製品と見た目が同一の製品を指し,消費者は,そうした製品を,偽造品であると完全に認識した上で購買することがある。このような消費者の購買行動を説明すべく,既存研究は,消費者の偽造ラグジュアリー製品の購買動機について探究してきた。しかしながら,当該領域の最新動向を詳細にレビューした研究は存在しない。そこで,本論は,マーケティング領域の主要学術誌に掲載された最新の論文10篇を選定し,それらを,社会的観点,道徳的観点,認知的観点,オンライン行動的観点という4つの観点に基づいて,整序する。そして,今後の研究の方向性として,ラグジュアリー製品の2次流通市場やサブスクリプション・サービスの存在が偽造品購買に及ぼす影響の探究,および,ラグジュアリー製品が提供する経験価値が偽造品購買に及ぼす影響の探究という2つを指し示す。

Translated Abstract

Counterfeit luxury goods refer to goods that closely resemble the original luxury goods, and consumers purchase these goods while being aware that they are counterfeits. To explain this consumer purchasing behavior, existing research has explored consumers’ motivations for purchase of counterfeit luxury goods. However, no study has thoroughly reviewed the latest trends in this field. Therefore, this paper selects the ten latest articles published in major academic journals in the field of marketing and organizes them from four perspectives: social, moral, cognitive, and online behavioral. The paper also identifies two future directions for research in this area: exploration of the impact of secondary markets and subscription services for luxury goods on counterfeit purchases, and exploration of the impact of the experiential value offered by luxury goods on counterfeit purchases.

I. はじめに

偽造ラグジュアリー製品(counterfeit luxury goods)の消費は,ラグジュアリーブランドのマネージャーにとって,深刻な課題である(Bian, Wang, Smith, & Yannopoulou, 2016)。これらの製品の存在によって,本物のラグジュアリー製品の権威にキズが付き(Green & Smith, 2002),イノベーションの発展が阻害されているという(Nia & Zaichkowsky, 2000)。また,偽造ラグジュアリー製品の影響によって,全世界で,年間約4.5兆円もの機会損失が発生しているともいう(Fontana, Girod, & Králik, 2019)。こうした状況に鑑みて,世界中の組織が,課題解決のために様々な施策を講じてはいるものの,偽造品ビジネスの巧妙化(Hamelin, Nwankwo, & El Hadouchi, 2013),偽造品の品質向上(Wilcox, Kim, & Sen, 2009),偽造品の製造・販売に対する規制の脆弱性(Green & Smith, 2002)などの様々な要因によって,課題の本質的な解決には,至っていない。

これらの課題解決の阻害要因の中でも,消費者の偽造ラグジュアリー製品の購買動機に対する理解不足は,特に深刻である。偽造品ビジネスを撲滅するための施策の有効性は,偽造ラグジュアリー製品の購買動機に対する十分な理解により向上すると指摘されているにもかかわらず(Bian & Moutinho, 2011),購買動機について探究した既存研究群を概観し,整理するような学術的試みは,なされてこなかったのである。この空白領域を埋めるべく,1990年代初頭から2020年に至るまでの膨大な既存研究を,多様な分析視点によって分類したKhan, Fazili, and Bashir(2021)は,注目に値する。しかし,彼らは,偽造品購買の要因(determinants)だけでなく,帰結(outcomes)や取得過程(acquisition)について探究した既存研究にまで分析対象を拡張したのと引き換えに,偽造品の購買動機を探究した既存研究の内容を,詳細まで具体的にレビューすることはできなかった。

そこで,本論は,特に,偽造品の購買動機を探究した最新の研究の内容を具体的にレビューし,将来の研究の方向性を指し示すことを目的として,マーケティング領域の有力誌に掲載された2018年以降の論文のレビューを行う。そうすることによって,偽造品の購買動機について探究する研究者に対して,今後どのような観点から研究を進めていくべきかという示唆を提供するだけでなく,ラグジュアリーブランドのマネージャーに対して,偽造品の購買を阻害するために,どのような施策を講じるべきかという示唆を提供する。

II. レビュー対象領域の定義

本論が議論の対象とする偽造とは,法的な商標権を侵害し,オリジナルのラグジュアリー製品と見た目が同一の製品を違法に製造する行為を指す(Lai & Zaichkowsky, 1999)。偽造品は,コピーキャット(copycats)や模倣品(imitation products)とは,オリジナル製品と見た目が全く同一であるか否かという点において異なっている(Le Roux, Bobrie, & Thébault, 2016)。また,既存研究は,欺瞞的な偽造(deceptive counterfeiting)と非欺瞞的な偽造(non-deceptive counterfeit)という2つの形態の偽造を区別している。前者は,消費者が当該製品を偽造品であると認識することができずに購買するという帰結をもたらす(Grossman & Shapiro, 1988a)一方,後者は,消費者が当該製品を偽造品であると完全に認識した上で購買するという帰結をもたらす(Grossman & Shapiro, 1988b)。特に,ラグジュアリーブランドの文脈においては,非欺瞞的な偽造が取り扱われているため(Nia & Zaichkowsky, 2000),本論も,特に,非欺瞞的な偽造について議論することとする。

III. レビュー対象論文の選定

本論は,最新の研究の内容を把握するという目的のもと,2018年以降の論文を検索対象とした(なお,検索は,2023年10月に行った)。まず,論文検索ツールとしてEBSCOhostを使用し,「counterfeit」をサブジェクト語として含み,かつ,Scimago Journal Rank 2022の上位30位までの学術雑誌に掲載された32篇の論文を抽出した。そして,本論著者が,各論文の内容を確認し,特に,偽造品の購買意図を従属変数として設定している論文のみを抽出した。その結果,10篇の論文が,レビュー対象として選定された。

IV. レビュー対象論文の分類

本論によって選定された10篇の論文は,図表1のように,6つの領域に分類されると考えられる。

図表1

レビュー対象論文の分類

領域①においては,社会的観点の論文が,3篇存在していた。領域②においては,社会的かつ道徳的観点の論文が,3篇存在していた。領域③においては,道徳的かつ認知的観点の論文が,1篇存在していた。領域④においては,認知的観点の論文が,1篇存在していた。領域⑤においては,社会的かつオンライン行動的観点の論文が,1篇存在していた。領域⑥においては,オンライン行動的観点の論文が,1篇存在していた。

V. 社会的観点の既存研究

社会的な観点から偽造ラグジュアリー製品の購買動機を探究する試みは,相対的に積極的に展開されている(領域①)。なぜなら,消費者は,社会的地位のシグナリング,社会的賞賛の獲得,自身のアイデンティティの表現といった,社会的動機付け要因によって偽造品を購買することが多いからである(Penz & Stottinger, 2005; Wilcox et al., 2009)。

Ngo, Northey, Tran, and Septianto(2020)は,態度の機能理論(functional theory of attitudes)を用いて,消費者の偽造ラグジュアリー製品の購買動機を説明した。態度の機能理論(Smith, Bruner, & White, 1956)によると,態度は,様々な心理的要求の充足に役立ち,様々な動機的基礎を持つという。さらに,社会的目標の遂行において,個人の態度は,社会的調整機能(social-adjustive function)または(/および)価値表現機能(value-expressive function)を果たす。ラグジュアリー製品の文脈において,社会的調整機能とは,ラグジュアリーブランドの使用によって,個人の富や社会的地位を他者に誇示し,自己呈示目標を達成することを指す一方,価値表現機能とは,ラグジュアリーブランドの伝統的文化やデザインコンセプトを通して,自身の自己概念や価値観を表現し,自己表現目標を達成することを指す(Wilcox et al., 2009)。

そして,Ngo et al.(2020)は,それ以前の既存研究が,社会的調整機能のみを偽造ラグジュアリー製品の購買意図の先行因子であると指摘している点を問題視し,価値表現機能も購買意図の先行因子であると主張した。具体的には,消費者は,集団内において自己呈示欲求を充たすために,偽造品を購買することがある一方(社会的調整機能の正の効果),集団内の他者による自身の自己概念や価値観の誤解を回避するために,偽造品を購買しないことがある(価値表現機能の負の効果)と指摘した。また,彼らは,この効果の調整変数として,製品関与と製品知識を取り上げて,製品関与が,社会的調整機能および価値表現機能の効果をそれぞれ正と負に,製品知識が,社会的調整機能の効果を負に調整すると主張した。

Ngo et al.(2020)と同じく,態度の機能理論に着目して,偽造ラグジュアリー製品の購買動機を探究した研究が,Wang, Jin, and Yang(2020)である。彼らは,態度の機能理論に加えて,制御焦点理論(regulatory focus theory)にも着目した。制御焦点理論(Higgins, 1997)によると,目標に対して個人が有する焦点状態が自身の行動制御に影響を及ぼすという。そして,焦点状態は,促進焦点および予防焦点に2分でき,促進焦点の個人は,ポジティブな結果の獲得を目指し,予防焦点の個人は,ネガティブな結果の回避を目指す。

上述した2つの理論を用いて,Wang et al.(2020)は,促進焦点の消費者においては,社会的調整機能の水準が高い一方,予防焦点の消費者においては,価値表現機能の水準が高いと主張した。なぜなら,促進焦点の消費者は,社会的利益を得るために自己イメージをよりポジティブに呈示し(Higgins & Spiegel, 2004),製品イメージを重視する(Yeo & Park, 2006)傾向が強い一方,予防焦点の消費者は,社会的に承認されないという事態を回避し(Dholakia, Gopinath, Bagozzi, & Nataraajan, 2006),製品のイメージではなく製品特有の性能と意味を重視する(Yeo & Park, 2006)傾向が強いからである。そして,Wang et al.(2020)は,偽造ラグジュアリー製品と本物のラグジュアリー製品との類似性が,製品イメージを重視する促進焦点の消費者にとって相対的に高い一方,製品の性能を重視する予防焦点の消費者にとって相対的に低いために,促進焦点の消費者は,予防焦点の消費者に比して,偽造ラグジュアリー製品を購買する傾向が強いと主張した。

さらに,Ryu, Kim, and Park(2023)も,態度の機能理論に着目した研究として位置づけられる。彼らは,消費者の自己観(self-construal)によって,反偽造ラグジュアリー製品広告のメッセージ(社会的調整リスク/価値表現リスク)が偽造品の購買意図に及ぼす影響が調整されると主張した。すなわち,「偽造品は,あなたの友人からの評価や社会的地位を低下させる」といった,社会的調整機能に関連するリスクを強調した広告のメッセージと,「偽造品は,あなたの価値観と合致しておらず,低品質で伝統的な文化を有していない」といった,価値表現機能に関連するリスクを強調した広告のメッセージの有効性が,自己観によって調整されるというのである。

自己観は,相互独立的(independent)自己観と相互依存的(interdependent)自己観の2つに分類されるという(Markus & Kitayama, 1991)。相互独立的自己観を持つ個人は,自己を他者とは異なる存在と捉え,集団との差別化を図る一方,相互依存的自己観を持つ個人は,自己を他者と結びついた存在と捉え,集団との調和を図る。そのため,Ryu et al.(2023)は,相互独立的自己観を持つ消費者が,価値表現リスクを重要視する一方,相互依存的自己観を持つ消費者は,社会的調整リスクを重要視する傾向があると主張した。そして,前者の場合,社会的調整リスクに比して価値表現リスクを強調した広告に露出した際に,偽造ラグジュアリー製品の購買意図を低下させる一方,後者の場合,価値表現リスクに比して社会的調整リスクを強調した広告に露出した際に,偽造ラグジュアリー製品の購買意図を低下させると結論づけた。また,メッセージの内容(社会的調整リスク/価値表現リスク)だけでなく,視覚的提示方法(偽造品の画像のみ/偽造品と本物の製品の両方の画像)の効果も,消費者の自己観によって調整されると指摘した。

VI. 社会的かつ道徳的観点の既存研究

前項において言及した社会的観点のみならず,道徳的観点から,消費者の偽造品購買行動を探究する試みも重要である(領域②)。なぜなら,消費者は,偽造品を購買することは,社会的に賞賛を得られる可能性を高める一方で,道徳的に誤っていると認識しているからである(Hoe, Hogg, & Hart, 2003)。

Wang, Stoner, and John(2018)は,ある偽造ラグジュアリー製品を所有している消費者が,その後も他の偽造ラグジュアリー製品を購買するかどうかということについて,社会的かつ道徳的観点から吟味した。彼らによると,偽造品の消費者は,彼らの所有する偽造品について,その製品を目にした他者から,本物のラグジュアリー製品であるか(高い真正性シグナル),または,偽造ラグジュアリー製品であるか(低い真正性シグナル)ということを暗示的に判断されることがあるという。そして,他者からの低い真正性シグナルに露出すると,消費者は,強い社会的不安(social anxiety)を抱き,偽造品購買についての道徳不活性化(moral disengagement)が抑制され,偽造品の購買意図を低下させるという。ここで,偽造品の購買という文脈における道徳不活性化とは,非道徳的な行動である偽造品の購買を許容するために,消費者が,自身が偽造品を購買する際には道徳的な規範は適用されないと思い込むことを指す。また,例えば,「あなたの持っているバッグは本物ですか?」といった,他者からの低い真正性シグナルに露出すると,消費者は,社会的不安を抱き,できる限り規範を守って社会的承認を得ようと動機づけられる(Leary & Kowalski, 1995)。そのため,偽造品を購買していた消費者が低い真正性シグナルに露出すると,これまで自身が許容してきた偽造品の購買という非道徳的行動を許容することができなくなり(すなわち,道徳不活性化が抑制され),偽造品の購買意図を低下させるのである。

Hawkins(2020)も,社会的および道徳的観点から研究を行った。彼の主張によると,偽造ラグジュアリー製品に対する道徳的信念,すなわち,偽造品は道徳的に誤ったものではないという信念が,偽造品の購買意図に及ぼす正の影響を,ブランドユーザーとの共同体的結びつき(communal-brand connection)と所属欲求(need for belonging)が調整するという。特に,彼らは,個人が他者と社会的関係を構築したいという欲求である所属欲求の調整効果を強調した。具体的には,偽造品の購買に対して道徳的に好ましい信念を持ちつつ,所属欲求が低い消費者は,偽造品であると露呈した際の社会的リスクを低く知覚するために,偽造品を購買しやすいという。また,消費者の所属欲求が高くなるにつれ,上述した調整効果は逓減していき,道徳的信念の主効果が大きくなっていくという。

Shan, Jiang, and Cui(2021)も,この領域における研究の1つである。彼らは,自身に関する社会的に好ましい価値である面子(face)という概念に着目した。まず,彼らは,それまでの偽造品購買に関する既存研究でひとまとめに取り扱われてきた面子という概念を,社会的面子(social face;中国語でmian-zi)と道徳的面子(moral face;中国語でlian)という2つの概念に分類した。次に,偽造品の購買という文脈において,消費者は,偽造品を本物であるかのように他者に提示することで社会的面子を獲得することを動機づけられることがある一方,偽造品であることが他者に露呈することで道徳的面子を失わないようにすることを動機づけられることもあると主張した。そして,彼らは,ラグジュアリーブランドの社会的パワー(brand social power)が,偽造品の購買意図に及ぼす正の影響が,これらの2つの変数によって調整されると主張した。具体的には,消費者は,ブランドの社会的パワーが強いとき,その偽造品を購買することで自らの社会的価値の高さを他者に示すことができるため,偽造品を購買する傾向が強いが,特に,この傾向は,消費者が社会的面子を獲得しようと動機づけられるときに強くなる一方,消費者が道徳的面子を失わないように動機づけられるときに弱くなるということが見出された。

VII. 道徳的かつ認知的観点の既存研究

Orth, Hoffman, and Nickel(2019)は,道徳的かつ認知的観点から研究を行った(領域③)。彼らは,道徳分離モデル(moral decoupling model)と認知的情報処理に関する主張を統合して,消費者の偽造品購買動機を説明することを試みた。Bhattacharjee, Berman, and Reed(2013)の道徳分離モデルによると,個人は,ある非道徳的行為について,情報処理の容易さ(ease)と快適さ(pleasantness)のために,その行為の成果と道徳的側面を分離させて考えるという。この道徳分離を行うことによって,個人は,道徳的に許容できないような行為を,好ましく評価することがあるのである。また,認知的情報処理に関する既存研究は,認知的複雑性の高い情報(例えば,偽造品のように,道徳的には誤っているが非常に高い成果が見込まれる製品の情報)は,より精緻化された負荷の高い情報処理を必要とすると主張した(Rafaeli-Mor & Steinberg, 2002)。そして,認知的複雑性の低い情報のように,流暢に処理される情報は,情報処理者によって,ポジティブで快楽的なものとして経験されるという(Winkielman, Schwarz, Fazendeiro, & Reber, 2003)。

Orth et al.(2019)は,以上の先行研究の知見を統合して,道徳分離が発生すると,偽造品購買に関する情報処理の複雑性が低下し,情報処理の流暢性が増加するために,消費者は,ポジティブな感情を抱き,この喚起されたポジティブな感情が,偽造品の購買意図を強めると指摘した。そして,道徳分離を独立変数,ポジティブな感情を媒介変数,偽造品の購買意図を従属変数として設定した媒介モデルを提唱した。

VIII. 認知的観点の既存研究

認知的観点から偽造品購買について探究した研究として,Katyal, Dawra, and Soni(2022)が挙げられる(領域④)。彼らは,ラグジュアリーブランド,マスステージブランド(ラグジュアリーブランドとマスプロデュースブランドの中間に位置するブランド),偽造品という3者の購買動機を比較した。そして,特に,偽造品の購買については,消費者の認知様式(cognitive style)と認知制御(cognitive control)が影響を及ぼしていると主張した。

認知様式の中でも,彼らが着目したのは,ナイーブダイアレクティシズムという様式である。これは,個人が矛盾した状況や出来事を受け入れる認知的傾向のことを指す(Peng & Nisbett, 1999)。ここで,偽造品の購買は,リスキーで非道徳的である(Shan et al., 2021)にもかかわらず,所有者の社会的地位や独自性を他者に誇示するのに役立つ(Wilcox et al., 2009)ために,矛盾をはらんだものである。そのため,矛盾を受け入れる認知的傾向が高い消費者の方が,そうでない消費者に比して,偽造品の購買意図が高いという。

認知様式の次に,Katyal et al.(2022)が着目した認知制御とは,個人がある行動を遂行することに対して知覚する容易さ,あるいは難しさのことを指す(Ajzen, 1991)。この認知制御に影響を及ぼす要因として,個人の内的要因と環境の外的要因が存在するが(Kidwell & Jewell, 2003),特に内的要因として,個人がある行動を遂行する能力や自信が重要であると主張されている(Armitage & Conner, 1999)。偽造品の購買は,上述したように,リスキーであるために,周囲から批判されることなく偽造品を本物のラグジュアリー製品であるかのように振る舞うことができるほどの高い能力と自信,そして,それゆえに認知制御を有する消費者のみが偽造品を購買するのである。

IX. 社会的かつオンライン行動的観点の既存研究

ソーシャルメディア上で,ラグジュアリー製品に関する消費者の口コミが増加していることに着目して,社会的およびオンライン行動的観点から偽造品の購買動機を探究したのが,Feng, Yang, and Yu(2023)である(領域⑤)。彼らは,すでに偽造品を所有している消費者が,その製品をSNS上に投稿した際に,投稿を閲覧した他者から向けられる良性の羨望(benign envy)と悪性の羨望(malicious envy)が,その後の投稿者の偽造品購買意図に影響を及ぼすと主張した。良性の羨望(benign envy)は,悪意のない羨望の感情である一方,悪性の羨望(malicious envy)は,悪意のある羨望の感情である。例えば,腕時計のラグジュアリーブランドであるRolexの所有者が,自身の所有している腕時計をSNS上に投稿した際に,「君が羨ましいよ!僕もいつかロレックスの時計を買えるようになりたいな」という他者からのメッセージを受信した場合,Rolexの所有者は,他者から良性の羨望を向けられていると考える一方で,「君は裕福な家に生まれて幸福だね」という他者からのメッセージを受信した場合,Rolexの所有者は,他者から悪性の羨望を向けられていると考える。そして,重要なことに,他者から悪性の羨望を向けられた個人は,強い不安と社会心理的リスクを知覚し,社会的規範を守ろうとする(Lee, Duffy, Scott, & Schippers, 2018)。そのため,偽造品をSNS上に投稿した結果,悪性の羨望を向けられた消費者は,良性の羨望を向けられた消費者に比して,投稿後の偽造品購買意図を低下させるのである。

X. オンライン行動的観点の既存研究

Islam, Pitafi, Akhtar, and Xiaobei(2021)は,ソーシャルコマースの文脈における消費者の偽造品の購買動機を探究した(領域⑥)。その結果,ソーシャルコマースを利用している消費者の物質主義的傾向とノベルティシーキング行動が,強迫的なインターネットの利用(compulsive internet use)を促進しているということ,そして,この強迫的なインターネットの利用が偽造品の購買意図を増加させているということを見出した。また,この媒介モデルは,製品の顕示性とポジティブなオンラインレビューによって調整されるということも示された。

XI. 今後の研究の方向性

本論は,マーケティング分野における偽造ラグジュアリー製品の購買動機を探究した最新の研究の内容を把握し,今後の研究の方向性を指し示すことを目的として,2018年以降の研究をレビューしてきた。その結果,既存研究においては,社会的観点,道徳的観点,認知的観点,および,オンライン行動的観点という4つの観点が存在し,単独あるいは複数の観点を組み合わせた主張が展開されているということが示された。

最後に,今後の研究の方向性として,主要な2つの課題を以下に挙げたい。第1に,ラグジュアリー製品の2次流通市場やサブスクリプション・サービスの存在が,偽造品購買に及ぼす影響を探究することが求められるであろう。本物のラグジュアリー製品と比べた偽造品の大きな優位性の1つは,価格の低さであるが,この優位性は,2次流通市場やサブスクリプション・サービスにおいて取引されるラグジュアリー製品も有していると考えられる。しかも,偽造品購買には道徳的負荷が伴う一方で,2次流通市場における製品購買やサブスクリプション・サービスの利用には道徳的負荷が伴わないと予想される。そのため,こうした新たなラグジュアリー消費の台頭が,消費者の偽造品購買意図に及ぼす影響を探究することは,意義のあることであろう。

第2に,ラグジュアリー製品が提供する経験価値を強調することが,偽造品購買に及ぼす影響を探究することが求められるであろう。これまでラグジュアリーブランドは,ブランドの物質的価値や象徴的価値を重視してきた。これによって,一部の消費者が,一見しただけでは本物と区別のつかない,すなわち,象徴的価値が本物の製品とほぼ同一である偽造品を購買するようになったと考えられる。そこで,ラグジュアリーブランドは,ブランドの物質的価値や象徴的価値ではなく,経験価値を強調することによって,消費者の偽造品購買意図を低下させることができるかもしれない。なぜなら,偽造品は,本物の物質的側面を模倣することは容易であるが,経験的側面を模倣することは困難であると考えられる上に,消費者は,本来,物質よりも経験から幸福を感じやすく(Van Boven & Gilovich, 2003),より多くのお金を使う(Gilovich & Gallo, 2019)と指摘されているからである。

謝辞

慶應義塾大学商学部の小野晃典先生には,本誌へご招待いただくとともに,本論の執筆に際して,手厚いご指導を賜った。ここに記して,心より感謝申し上げたい。

北澤 涼平(きたざわ りょうへい)

慶應義塾大学商学部を卒業後,慶應義塾大学大学院商学研究科博士前期課程に入学,現在に至る。主な研究業績に「集団的心理的所有感」『マーケティングジャーナル』42(4),「コンテンツビジネスの消費者としてのファン・マニア・オタク」同43(1)がある。専門は,消費者行動論。

References
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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