マーケティングジャーナル
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書評
水越康介(2022).『応援消費 ― 社会を動かす力 ―』岩波書店
青木 幸弘
著者情報
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2024 年 43 巻 4 号 p. 110-112

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I. 本書の問題意識

本書は,2011年の東日本大震災の頃に登場し,2020年のコロナ禍を契機に広がった「応援消費」という言葉や現象を手掛かりに,交換を創り出すというマーケティングの本質を歴史的に再確認した上で,新たな段階に入った消費社会とそこで作用する力のメカニズムを解明しようとした書籍である。言い換えれば,マーケティング論に通底するテーマとして温められてきた著者の問題意識が,コロナ禍を1つの契機として,応援消費という言葉により具現化した一冊,ということができる。

著者である水越康介教授(東京都立大学経済経営学部)の関心は,「応援すること,支援すること,誰かを助けること,これらが消費という経済活動と結びつけられ,必然のつながりを有するようになっていくこと」に向けられており,その論理が「贈与のパラドックス」というキーワードにより読み解かれていく。応援も含めて贈与には,純粋に贈与として持続できないというパラドックスが存在し,至るところに交換の可能性を見出し,創り出そうとする力(=マーケティング)によって,「贈与の交換化」が推し進められてきた。また,それは,あらゆる領域に市場原理を導入しようとする新自由主義の考え方と呼応する形で浸透してきた。今日の消費社会は,新たな段階に入りつつあり,応援消費は,その象徴的な一例に他ならない,というのが,本書における著者の基本的主張である。

本書は,新書版というコンパクトな体裁ながらも,その密度は濃く,一部難解である。それは,論客として知られる著者の問題意識が,コロナ禍を契機に具体化し,長年にわたる論考と学識が,1冊の新書に凝縮されたためかも知れない。元来,哲学的な議論を不得手とする評者ではあるが,依頼により自分なりの視点で本書と向き合ってみることにした。

以下,本書の構成と概要を紹介した上で,その貢献と課題について論評していきたい。

II. 構成と概要

本書は,終章も含めて7つの章によって構成されており,あとがきと参考文献リストも入れて,新書版で全205頁の書籍である。前半の第1章から第4章まででは,応援消費自体についての議論が展開され,後半の第5章では,マーケティングの歴史が紐解かれ,第6章では,統治性の概念が紹介され,マーケティングとの接続が試みられる。このような本書の構成自体に,著者の問題意識が色濃く出ているが,そのことについては,後で論評する。以下,各章の概要を紹介していこう。

まず第1章「応援消費の広まり」では,主要全国紙の新聞記事を使って,応援消費という言葉の広がりが分析されている。応援消費は,苦境の人や企業を消費で支援する動きを意味する言葉として,2011年の東日本大震災を契機に使われるようになり,その後,2020年以来のコロナ禍により再び注目され出す。しかし,地域は日本全国へと広がり,消費を通じて応援する対象も,消費の方法も一気に多様化していった。また,ネット販売,クラウドファンディング,ソーシャルメディアといった情報技術とも結びつき,その進歩が応援消費を支えてきたことも指摘されている。そして,なぜ消費であって,寄付ではないのか,という問いに対しては,手元に何も残らない寄付ではなく,何かが残るウィンウィンを求めるような変化が起こった結果だと整理する。

第2章「寄付とボランティア」では,わが国における寄付文化やボランティアの歴史を検討した上で,応援消費が生まれる根源とも考えられる「贈与のパラドックス」なる考え方を提示している。これは,純粋な贈与といったものは存在せず,あるいは,贈与と交換とを明確に区別することは困難であり,贈与は贈与だと認識された時点で,返礼の義務が意識され交換になってしまう,とするものである。1990年代,あるいは1995年を契機として,ボランティアがNPOへと変わったのと同時期に,応援や支援,更には寄付もまた,市場と結びつき交換化されていった。そして,その背景には,新自由主義の浸透と消費社会の発展があったとする。また,この市場との結びつき,贈与の交換化を推し進める具体的な術となったのが,マーケティングという現象や思考に他ならないと指摘している。

第3章「ふるさと納税にみる返礼品競争」では,新聞記事と国会議事録を用いて,ふるさと納税の開始から今日に至る発展の経緯が検討されている。寄付を集めようとして返礼品を用意したことによって,いつの間にか返礼品をもらうために寄付を行うという逆転現象が起こってしまい,また,寄付という贈与のはずが,あたかも寄付で返礼品を「買う」ような市場が出現してしまった。この返礼品をめぐる混乱こそが,贈与の交換化や市場原理が入り込んでいく過程を示す格好の事例である。そして,1970年代以降,公共・非営利組織にも応用されるようになっていったマーケティングは,PR,調査,ブランド,口コミなどを駆使して交換を創り出す思考,活動であったと指摘する。

第4章「世界における応援消費」では,コロナ禍の英国での「Eat out to help out」キャンペーンやバイ・ローカルといった地産地消,更には,SDGsやエシカル消費と結びついた消費行動についての海外動向が取り上げられている。中でも,従来,政治的消費行動の視点から議論されてきた「バイコット(buycott)」(購買を通じて特定の企業や組織を応援する行動)に焦点が当てられ,その世界的な動向や日本での動向,バイコットをする人々の属性なども紹介されている。そして,これらの検討を通して,経済に浸食されながらも,新たな倫理や道徳が生まれてきており,十分に利他性を汲んだ倫理的な消費行動が可能であるという。また,その背景には,贈与の交換化を担うマーケティングの広がりや,市場原理を道具とした統治性という管理の様式の支えがあると指摘している。

第5章「交換を創り出すマーケティング」では,社会に市場原理が浸透していく歴史,あるいは,贈与が交換化される過程,制度化されていく歴史として,マーケティング(思考)の歴史が紐解かれる。今日では「需要創造,交換の維持と拡大のための諸活動」と定義されるマーケティングの思考が,どのように生み出され発展していったのかが,概念拡張論争や科学論争なども織り込みながら,要領よく解説されている。そして,贈与は意識された瞬間に交換に変わるという「贈与のパラドックス」を前提として,不可能なはずの贈与を見出し,意識させ,交換化させていく仕組みこそがマーケティングの思考だと指摘している。

第6章「統治性とマーケティング」では,哲学者のフーコーが提示した「統治性」という概念を紹介し,マーケティングとの接続を試みている。ここで統治性とは,人々の振る舞いを導く今日的な権力の形であり,その具体的な道具立てとして重視されるのは,市場や市場原理である。特に,1990年代以降,新自由主義と結びつき,その傾向は顕著になったと言われる。2020年以降のコロナ禍において,統治性という管理の様式が徹底される中,誰かを応援しようとする気持ちの高まりは,マーケティングによって掬い上げられ,交換化されて消費と結びついた。その結果が,応援消費だと読み解かれている。

最後に,終章では,全体を振り返り,新しい消費社会の可能性を再確認している。近年,改めて贈与への期待が高まっており,贈与と交換の間を埋めるシェアリングや,音楽共有にみられるようなデジタル時代の新しい贈与の世界,推し活や推し消費,といった新しい可能性を指摘している。また,政治的消費としてのバイコットやボイコットに関して,それらが選挙の投票行動と同じ役割を果たす点に着目し,消費に生まれた新しい意味の一つだとしている。そして,最後に,マーケティングにおける創造的適応とは,生産者や行政が顧客に創造的適応するだけでなく,顧客もまた,創造的に適応できることだとして,新たな消費社会の可能性に言及し,全体を締めくくっている。

III. 貢献と課題

「構成と概要」で述べたように,本書は,応援消費自体について論じた前半部分(第1章~ら第4章)と,それを手掛かりに交換をめぐるマーケティング思考の系譜や統治性との関連性を扱った後半部分(第5章~終章)とで大きく分かれる。この構成と分断の捉え方は,読み手の立ち位置によって異なるであろう。ここでは,紙幅の関係から,主に前段部分について,貢献と課題を指摘しておきたい。

さて,前半部分は,先行版(『応援消費の謎』)をベースとした構成であり,第1章で応援消費の広がりを押さえ,第2章で寄付とボランティアに関する議論の中から「贈与のパラドックス」を導き,第3章ではふるさと納税における返礼品競争から贈与の交換化,市場原理の力の問題に焦点を当てる。そして,先行版にはなかった第4章では,バイコットを通して政治的消費主義やエシカル消費の問題が付加されている。

ここまでの議論の展開は,非常に明解であり,読者は応援消費という言葉の普及を手掛かりに,現前で起こっている消費社会の変化を確認し,それが贈与の交換化という視点で説明できることを理解する。また,そこに制度設計を通して反映される政治・経済思想があることを感じ取る。後段の議論の手掛かりとしては申し分ない。だが,評者のように,消費という現象,消費者の行動自体に関心を持つ者にとしては,その先の議論を期待してしまう。

第一に,関連概念の異同を含めて,応援消費という概念の範囲を,どのように整理するかが気になるところである。例えば,本書の中にも,エシカル消費や推し消費といった言葉が登場するが,それらとの関連での概念的整理の問題である。

第二に,部分的には触れられていたが,応援消費に対する情報技術(デジタル化)の影響の問題である。本書においては,政策や制度の議論に比重が置かれていたが,当然,情報技術の影響も無視できない。特に,それはリキッド消費やアクセス・ベース消費といった今日的な消費社会の別の側面にもつながっているからである。また,贈与と交換の狭間に位置するシェアリングの問題なども,情報技術との関連で,気になるところである。いずれにせよ,ソーシャル・メディア等に関する多くの研究業績を持つ著者の手により,掘り下げた議論が行われることを期待している。

第三に,「贈与のパラドックス」の議論に入る前に,あるいは,別途付録の形で,贈与と交換についての基本的説明が必要であったように思われる。寄付もボランティアやふるさと納税も,われわれが通常行う贈与(例えば,ギフトなど)とは,相手も目的も異なっており,議論の出発点としての整理が必要であったと思う。特に,ふるさと納税を取り上げるに際しては,税額控除の問題もあり,議論が複雑になるからである。時として経済書において数学付録が付くように,贈与と交換についての基本的な解説があれば,読者の助けになったかと思う。

以上,課題の指摘と要望を書いたが,そのほとんどは,新書版という制約に起因するものである。近い将来,十分に紙幅がある書籍の中で,著者による更なる議論の展開がなされることを願っている。

 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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