マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
観光需要の集中度と回復力に関する基礎的研究
― 近年の地震災害とコロナ禍を対象に ―
栗原 剛新庄 瑳やか
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2024 年 44 巻 2 号 p. 119-128

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Abstract

持続可能な地域形成の重要性が高まる中,巨大地震をはじめとする自然災害や感染症といった観光需要に対して負のインパクトを与える事象からいかに回復できるかが一つの論点となり得る。本研究では,地域が受け入れる平時の観光需要集中度に着目して,負のイベントからの観光需要回復力との関連を検証し,観光地域における今後のマーケティング政策への知見を得ることを目的とする。本稿では,観光地が受け入れる国籍別の宿泊客数を集中度と定義し,近年国内で発生した地震災害および新型コロナウイルス感染症を対象に回復力との関連を検証した。結果,先行研究で提案された集計値としての外客割合と回復力との関連は支持されず,本研究で提案した集中度と回復力とは一定の関連が示唆された。

Translated Abstract

As the importance of sustainable regional development increases, one matter that might become an issue is how to recover from events that have a negative impact on tourism demand, such as natural disasters, including earthquakes and infectious diseases. In this study, we focused on the concentration of tourism demand that a destination receives in the normal period and investigated its relationship with tourism demand resilience in the face of negative events, with the aim of gaining insight into future marketing policies in tourism destinations. In this study, we defined the concentration of tourism demand based on the number of overnight guests by nationality and examined its relationship with destination resilience in recent earthquake disasters in Japan and during the COVID-19 pandemic. While the relationship between the dependency of inbound tourism and resilience proposed in a previous study was not supported, a certain relationship between the concentration and resilience proposed in this study was suggested at the 10% significance level.

I. はじめに

人口減少および少子高齢化が進む中,地域活性化,雇用創出が期待できる観光はわが国にとって重要な成長分野である。2003年のビジット・ジャパン・キャンペーン以降,政府は観光立国に向けて様々な取り組みを行い,2003年は521万人であった訪日外国人旅行者数は2019年に3,188万人,2003年は13,594億円であった訪日外国人旅行者消費額は2019年に48,135億円と成長を遂げている。しかし,人々にとって観光は非日常の活動であり,その需要はアジア通貨危機やリーマンショック等の経済状況に大きく影響を受ける。加えてわが国は自然災害が多く,地震や豪雨等による被害はいつでもどこでも起こり得る。また,2020年から2022年にかけて猛威を振るった新型コロナウイルス感染症は,国際観光需要を消滅させた。新型コロナウイルス感染症は,わが国において特に地方部における生産性の低さや人材不足といった観光課題を顕在化させ,観光政策においては関連産業の裾野の広さを活かし,地域活性化の好循環につなげる持続可能な地域形成の重要性が高まっている。

持続可能な地域づくりは,社会経済や住民生活に対して負の影響を与えるオーバーツーリズムへの対応に注目が集まるが,観光需要に負のインパクトをもたらす事象への対応,すなわち観光危機管理も同様に重要である。持続可能な地域を目指すのであれば,観光需要への負のインパクトからいかに回復できるかがカギであると考え,本論文ではそれを「レジリエントな観光地づくり」と称する。レジリエントな観光地づくりには,旅行者を含めた防災計画の策定や公的機関等による信頼できる即時的な情報提供等,複数の視点が考えられる(Asakura, 2021; Matsushita, 2019; Nishimura et al., 2013)。本論文では,新型コロナウイルス感染症による観光需要の影響について,インバウンド観光市場に依存していた地域で影響が大きいことから,観光地が平時に受け入れる旅行者の市場シェアに着目する(Curtale et al., 2023)。

本論文では,観光地で受け入れる旅行者の,国籍のバラツキ程度を観光需要の「集中度」,負のインパクト後の観光需要増加を「回復力」と定義し,観光需要の回復力がありレジリエントな観光地は,観光需要が分散しており,回復力のない地域は特定のマーケットに集中しているのでないかという仮説のもと,集中度と回復力との関連を実証する。本稿では,観光需要への負のインパクトの一例として,近年国内で発生した自然災害及び新型コロナウイルス感染症をケーススタディとし,観光需要の集中度と回復力との関連を検証することで,観光地域づくりの担い手であるDMO(Destination Management/Marketing Organization)が,どのように集中度を下げて災害など今後のネガティブイベントに備えるための知見を提供することを目的とする。自然災害等の観光需要への様々な脅威に対して,本研究のレジリエントな観光地づくりの知見は,地域における今後の観光マーケティングおよびマネジメントを考えるうえでの一助になることが期待できると考える。

II. 先行研究レビューと仮説の導出

自然災害と観光との関連を検証した先行研究として,地震発生後の観光入込客数減少の継続性やその空間的拡がりを分析したNishimura et al.(2012)や,大規模災害における宿泊需要減少の要因を分析したNishimura et al.(2013)のように,自然災害による観光需要の減少に着目した研究が多くみられる。観光需要の一時的な減少への対応として,Yasufuku(2019)は自治体における観光防災対策の必要性,および観光関連事業者と住民意識の側面からの支援の必要性を主張している。また,観光需要の回復に関しては,Fukui and Ohe(2013)の都市部,農村部,離島部といった被災地の特性と,観光入込客数を指標に用いた観光回復との関連を明らかにしたものや,Iwasaki and Yamada(2022)の観光地の特性別に観光需要の回復傾向を分類した研究が見られる。これらの研究から,被災地における観光需要の回復は都市型においては比較的容易である一方,農村型及び離島型においては困難であり,回復は地域特性に左右される可能性があることが示唆された。

最近の負のインパクトである新型コロナウイルス感染症と観光に関する研究に着目すると,旅行需要減少への対応としてのGo Toトラベル施策に焦点をあてたものや,マイクロ・ツーリズムに焦点をあてたものが多く見られる。コロナ禍が観光需要に与えた影響について,Sano et al.(2022)は日本全国を対象に宿泊動向を調査し,コロナ禍以前より宿泊客が多い地域ほど影響が大きいことを示唆している。Curtale et al.(2023)はEU27諸国等を対象に観光需要に与えた影響を検証し,都市型観光地やインバウンド観光に依存した地域での影響が大きいことを示した。Moreno-Izquierdo et al.(2023)はパンデミック初期のスペイン国内におけるAirbnb稼働率と宿泊価格を分析し,例えば緑地環境が充実した施設であればレジリエンスがあると評価している。一方,Shareef et al.(2023)Wong and Lai(2022)のように,旅行者や住民のコロナ禍に対する意識や態度を検証した研究もみられる。

観光地における自然災害や感染症といった負のインパクトからの観光需要の回復に向けては,Asakura(2021)がBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の必要性を述べたものがある。ほかにも,Matsushita(2019)は熊本地震におけるふっこう割が旅行需要の回復にもたらした影響を分析しており,旅費の割引率が高く,土産物等の購入に利用できるクーポン発行件数が多かった熊本県と大分県においては需要回復が認められ,特に直接被害の少なかった大分県では大幅増加がみられたことを明らかにしている。また,Kennedy(1998)Mariani et al.(2023)のように,観光需要における不安定性を軽減するため,金融分野で用いられるポートフォリオ理論を応用し,多様な旅行市場を観光地に誘致することで観光収入を最大化しつつ,需要のリスクを減少するための最適な旅行市場の組み合わせを検討する研究もある。

以上をまとめると,自然災害と観光需要との関連を検証した初期の研究では,需要の落ち込みの程度とその空間的な広がりへの検証がなされており,その後観光地の立地や資源等の特性を考慮した研究へと展開していったと考えられる。また,最近では新型コロナウイルス感染症が世界の観光需要に多大な影響をもたらしたことより,その影響度合いや回復過程に着目した研究が増えている。中でも,Curtale et al.(2023)のように,旅行市場の構造(ここではインバウンド観光への依存度)と観光需要の回復を検証した研究や,観光需要の不安定性を軽減するための最適な旅行市場の組み合わせを検証する研究もみられるようになった。これらの先行研究の展開を踏まえ,観光地で受け入れる旅行市場特性は観光需要の回復に影響を与えるものと考えられることから,以下の仮説を示す。

仮説 国籍別にみた旅行市場の集中度が低い観光地は観光需要の回復力が高い

先行研究では,旅行市場の集中度を議論する際,インバウンド観光割合等の集計値が指標として用いられてきた。それに対して近年観光統計整備が進むわが国では,国籍別の旅行市場集中度を表現することが可能であると考えた。そこで本研究は,旅行市場を観光地で受け入れる旅行者の国籍のバラツキを表す集中度と定義し,観光需要の集中度と回復力との関連について検証を加える点に特色を有する。

III. 研究方法とデータ

1. 研究方法

本節ではまず,分析対象とする負のインパクトと観光地について明確にした後,観光需要の集中度および回復力を定義する。

はじめに,対象とする地震災害については,本稿では2016年に発生した熊本地震と鳥取中部地震,および2018年に発生した北海道胆振東部地震とする。わが国では2016年の熊本地震をきっかけにふっこう割という旅行需要喚起政策が措置されるようになっており,観光需要の回復過程に係る条件を統一する目的で2016年以降の地震災害を分析対象とした。本研究における観光地は,戦略的に地域のマーケットシェアを意思決定できる立場にあるという理由から,DMOとする。そして,三つの地震災害への対応として展開されたふっこう割の適用範囲を踏まえ,熊本地震については九州7県が含まれる39のDMO,鳥取中部地震については中国地方を含む5つのDMO,北海道胆振東部地震では北海道にある21のDMOを分析対象とした。また,新型コロナウイルス感染症については,全国的に観光需要に影響を及ぼしたことから,2023年9月時点で登録されている全国282のDMOを分析対象とした。

次に,観光需要の集中度を定義する。観光地における国籍別にみたマーケットシェアを表す指標として,本研究ではハーフィンダール・ハーシューマン指数(HHI)を用いることとする。HHIは一般的に,ある産業における企業の競争状態を表す指標として用いられ,各企業におけるマーケットシェア(%)の2乗を合計し,10,000に近いほど特定の企業に集中している状態を表す。HHIは観光分野においては,Katsuki(2020)が観光資源を対象に,Asoh and Nagahashi(2020)が旅行市場取扱額を対象にしているほか,航空に関する研究に用いられている(Costa et al., 2010; Mizutani & Sakai, 2019; Sedláčková & Tomová, 2021)。本研究では,DMOで受け入れる旅行者の国籍別割合を対象にHHIを算出し,10,000に近いほど集中度が高く,0に近いほど分散されていると評価する。

最後に,回復力を定義する。本研究では,発災後の観光需要減少をt1:減少期と捉える。そして減少期を経て,旅行需要喚起政策(ふっこう割等)の効果を得て最初に観光需要の増加のピークを迎えた時点をt2:回復期とする。回復力は発災前の平常時から発災後の回復時点でどの程度観光需要が増減したかを増減率で表現する(図1)。その際,どの時点を平常時とするかによって分析結果に影響を及ぼすと考えられるが,観光需要は月毎の季節変動が大きいことが知られており,本研究ではt0:基準時点をt2:回復期の前年同月比と設定する。図2は新型コロナウイルス感染症を事例に宿泊者数推移を表したものである。わが国では2022年10月に海外からの入国制限が撤廃されたことに伴い,前年同月比が2022年12月にかけて急増した。この事実を踏まえ,2022年12月をt2:回復期と設定した。

図1

回復力の定義

図2

宿泊者数の推移(2020年1月–2024年3月)

データ:宿泊旅行統計調査(2022年までは確報値,2023年以降は速報値)

以上の分析対象となる地震災害,およびそれぞれの発災日,分散度の計測年,回復期の計測時点,対象DMO数を表1に示す。

表1

分析対象概要

2. 分析に用いるデータと分析対象DMOの選定

本研究においてはDMOごとの観光客数及び観光客の国籍別のデータが必要である。ただし,現状では各DMOは統一された基準で国籍別の観光客数を集計されていないため,公的な観光統計データを用いて独自のデータセットを作成することを検討した。共通基準による観光入込客統計等いくつかの代替案が考えられるが,DMO別にかつ国籍別の観光入込状況を把握することは難しい。それらの中から,宿泊施設単位で集計され,国籍別の客数データが得られるという利点のある観光庁の宿泊旅行統計調査データを用いることとした。ただし,観光客数は宿泊者に限定され,国籍データも従業者数10人以上の比較的規模の大きな宿泊施設に限られる点に注意が必要である。

宿泊旅行統計調査は,従業者数4人以下の事業所においては1/9,従業者数5~9人の事業所においては1/3を無作為に抽出してサンプル調査をしており,従業者数10人以上の事業所においては全数調査を行っている。そのため,従業者区分ごとに宿泊者数を集計し,回収状況を踏まえて拡大した延べ宿泊者数を推定している。同調査では,延べ宿泊者数の推定値の信頼性を標準誤差率で評価し,月別・都道府県別の標準誤差率が5%に収まるように設計されたものである。本研究では都道府県よりもエリアの狭いDMOも対象となることから,DMOごとに延べ宿泊者数を集計し,標準誤差率が大きなDMOは分析の対象外とすることとした。表2は,熊本地震を例に九州7県を対象範囲に含む39のDMOの標準誤差率を算出した結果の一部を示したものである。39あるDMOのうち,25のDMOが回収施設数不足により標準誤差率の算出ができなかったため,全数調査を行っている従業者数10人以上の事業所のみを対象に標準誤差率を再度計算した。結果,14のDMOについては標準誤差率が算出できなかったため,分析対象から除くこととした。標準誤差率が算出できたDMOの中から誤差率が30%を超えるDMOについても分析の対象外とした。結果的に熊本地震に対しては,22のDMOを本稿の分析対象とする。同様に,鳥取中部地震では鳥取県を範囲に含む5つのDMOすべてが,北海道胆振東部地震は北海道を範囲に含む21のDMOのうち,13が対象となった。一方,新型コロナウイルス感染症については,標準誤差率で信頼できる都道府県単位を対象としたDMOと複数の都道府県で構成される広域連携DMOを合わせ,42のDMOを対象とする。

表2

九州7県を対象範囲に含むDMOの標準誤差率(一部抜粋,単位:%)

* 標準誤差率が30%を超えているため分析対象外

IV. 観光需要集中度と回復力との関連

1. 集計結果

前章での分析対象,集中度および回復力の定義をもとに,該当する宿泊旅行統計調査の個票データを用いて集計した。本節ではその結果を考察する。集計にあたり,わが国全体の旅行市場にインバウンド観光需要が占める割合は1割程度であることを踏まえ,国籍として国内客である日本を含むケースと日本を除くケースを検討する。図3と図4に三つの地震災害を対象としたHHIと回復力の散布図を,図5と図6に新型コロナウイルス感染症を対象とした同散布図を示す。

図3

日本を含むHHIと回復力(地震災害)

図4

日本を除くHHIと回復力(地震災害)

図5

日本を含むHHIと回復力(COVID-19)

図6

日本を除くHHI度と回復力(COVID-19)

3より,熊本地震及び鳥取中部地震における対象DMOは比較的集中度が高く,回復力は高くない傾向にあり,北海道胆振東部地震における対象DMOは集中度が低く,回復力が高い。最も集中度が低い(一社)倶知安観光協会は集中度4,638,回復力226%,最も集中度が高い(一社)あまみ大島観光物産連盟は集中度9,932,回復力29%となっている。集中度の内訳をみるとすべてのDMOにおいて,最も需要が高い市場は日本であった。

4は,日本を除くHHIと回復力を示しており,最も集中度が低い(一社)ニセコプロモーションボードは集中度1,119,回復力138%,最も集中度が高い(株)おおすみ観光未来会議は集中度5,035,回復力177%と集中度と回復力どちらも高い結果となっている。また,回復力が598%と最も高い(一社)白老観光協会は集中度でみると,3,835と比較的集中度が高い位置にある。

5 新型コロナウイルス感染症を対象に日本を含む集中度と回復力をみると,ほとんどのDMOが集中度6,000以上と高い位置にある。最も集中度が低い(公財)大阪観光局は集中度4,253,回復力−9.6%,次に集中度が低い(公社)京都府観光連盟は集中度4,478,回復力14.5%となっており,最も集中度が高い(公財)福島県観光物産交流協会は集中度9,6111,回復力−20.6%となった。新型コロナウイルス感染症における日本を含む集中度においても,三つの地震同様,最も需要が高い市場はすべてのDMOにおいて日本であった。

6は,新型コロナウイルス感染症を対象とした日本を除く集中度と回復力を示しており,集中度1,000~4,000にほとんどのDMOが位置しており,回復力はすべてのDMOでマイナスとなった。これは,訪日外国人宿泊者の全数が2019年と比較して−36.0%と回復途中であることが影響していると考えられる。最も集中度が低い(公社)栃木県観光物産協会は集中度1,068,回復力−56.8%となり,最も集中度が高い(公社)静岡県観光協会は集中度5,194,回復力−79.9%と集中度が高く回復力が低い結果となった。回復力が最も高い(公社)福岡県観光連盟は,集中度2,137,回復力−10.4%であった。

2. 集中度と回復力との関連

本節では,集中度と回復力の関連を検証するため,日本を含むHHIを説明変数とした日本を含む回復力及び日本を除くHHIと日本を除く回復力,そしてCurtale et al.(2023)によって示唆された外客割合(インバウンド観光客割合)と日本を含む回復力との三つの回帰モデルを推定した。ここでは,三つの地震災害についてはサンプルサイズがそれぞれ少ないことから,データをプールした上で一つのモデルとして推定する。回復力は数値が高いほど回復力が高く,集中度は値が小さいほど集中度が低いことから,期待される符号条件はマイナスである。

モデル推定結果を表3に示す。まず,HHIと回復力との関連を検証した結果,地震災害については日本を含むHHIが5%水準で有意となり,新型コロナウイルス感染症については日本を除くHHIが10%水準で有意に回復力を高めることが示唆された。この違いが生じた要因としては,地震災害は国際的にみれば被害が局所的であることからインバウンド観光需要への影響は少ないことと,旅行需要喚起政策であるふっこう割は国内旅行者を対象とした施策であることから,回復力の規定要因として日本を含むHHI指標と整合することの二点が考えられる。逆に新型コロナウイルス感染症は,世界的に国際旅行需要が消滅したことと,需要の消滅からの回復過程においても国内旅行需要の影響を受けない日本を除くHHIと整合的であることが要因として考えられる。

表3

集中度を用いた回復力モデルの推定結果

*** 1%有意水準,** 5%有意水準,* 10%有意水準

係数下段の括弧内は標準誤差を示す

他方,先行研究によって指摘されていたインバウンド観光への依存度と回復力との関連については,本研究においても国籍を集計した外客割合変数をもとに検証したが,係数0.0766,標準誤差0.176,t値0.435で有意でなかった。したがって,Curtale et al.(2023)が指摘するインバウンド観光需要への依存度(シェア)と回復力との関連については,本研究では支持されないことを確認した。

地震災害モデルに着目すると,日本を含む回復力が最も高い(一社)倶知安観光協会(226.4%)は,集中度においても4,637と低い。集中度を集計した2017年の(一社)倶知安観光協会における旅行市場内訳をみると,日本が115,700人泊と最も多く,香港11,258人泊,中国8,382人泊,オーストラリア7,720人泊,シンガポール5,630人泊と続く。回復力の算出根拠である対前年同月比が高い国籍をみると,フィリピン(1,550%),インドネシア(1,174%),ドイツ(980%)となっており,2017年の旅行市場シェア上位の国籍とは異なる市場からの需要が高まっていることがわかった。回復力は,インド(−79.2%)と韓国(−13.8%)を除いたすべての市場においてほぼ2倍以上を記録しており,多様な旅行市場からの需要の取り込みが回復につながったものと考えられる。倶知安の次に回復力が高い(一社)白老観光協会(120.3%)は,集中度では8,530と日本に集中している。回復力を国籍別にみると,その他国・地域(2,017%),シンガポール(1,720%),香港(1,146%)と続き,日本(77.9%)を含むすべての旅行市場で回復がみられた。したがって,白老においても多様な旅行市場からの需要取り込みが回復力を高めたと考えられる。

続いて新型コロナウイルス感染症モデルに着目すると,日本を除く回復力が高い結果を示した(公社)福岡県観光連盟(−10.4%),(公社)京都府観光連盟(−21.4%)の集中度は比較的低いことがわかる(福岡県(2,137),京都府(1,327))。一方で,集中度が低い(公社)栃木県観光物産協会(1,068)と(公社)石川県観光連盟(1,204)であるが,回復力が高いとは言えない観光地もみられた(栃木県(−56.8%),石川県(−66.0%))。

回復力が高い福岡県の集中度(2019年)の内訳をみると,韓国818,004人泊,台湾414,957人泊,中国322,313人泊と上位をアジア圏が占めているが,アメリカ48,135人泊,イギリス21,600人泊,オーストラリア15,970人泊とアジア以外の地域からも一定の需要が認められる。回復力においては,韓国(109.3%),タイ(15.5%),フランス(3.7%)がコロナ禍前を上回っているほか,カナダ(−5.7%),ベトナム(−7.7%)と多様な市場からの需要回復が確認できる。同じく京都府の内訳は,中国1,177,381人泊,アメリカ483,782人泊,台湾400,364人泊,オーストラリア214,257人泊と中国からの旅行需要が多いが,多様な旅行市場から需要がある。回復力においては,韓国(302.1%),ベトナム(70.3%),香港(36.9%),シンガポール(20.7%),フランス(19.5%)とコロナ禍前を上回る国が複数みられる。一方,集中度が低いものの回復力が低い結果となった栃木県の集中度内訳をみると,台湾33,124人泊,中国28,171人泊,アメリカ16,517人泊からの上位三か国の旅行者で47.3%を占めており,回復力ではマレーシア(18.9%)シンガポール(16.0%),韓国(0.2%)と一部コロナ禍前を上回る市場がみられるものの,もともとシェアの大きい国・地域からの旅行需要が回復していない影響が大きいと考えられる。

V. おわりに

本論文は熊本地震,鳥取中部地震,北海道胆振東部地震及び新型コロナウイルス感染症を対象として,観光地ごとの需要集中度をHHIによって表現し,観光需要の回復力との関連について実証した。

結果として,地震災害については日本を含むHHIと回復力との関連が,新型コロナウイルス感染症については日本を除くHHIと回復力との一定の関連が示唆された。そして,同じデータセットにより,先行研究で実証されていたインバウンド観光への依存度を外客割合として検証したところ,本研究では回復力との有意な関連は認められなかった。したがって,本研究による学術的な貢献として,観光需要の集中度と回復力との関連について一定の相関が確認されたことと,集中度の指標については集計値としての外客割合ではなく,国籍別の内訳を表現できるHHIが有効であることが示唆されたことが挙げられる。また,実務的な実践への貢献としては,本研究で提案したHHIは,観光地域づくりの中核的な組織として期待されるDMOが自地域の観光需要集中度を自己診断できる点にあると考えている。DMO自ら観光需要集中度の現状を理解し,今後起こりうる観光需要への負のインパクトへの対応を検討する上で,どの程度の集中度を目指すと回復力がどの程度高まるかを予測することが可能となる。そして,集中度の目標を定めることができれば,今後ターゲットとする旅行市場のシェア拡大に向けた観光マーケティングの議論が可能になるだろう。

一方で本研究に残された課題をまとめる。本論ではHHIと回復力との関連だけに着目して分析したが,回復力に影響する集中度以外の要因も変数に取り込んだうえで集中度指標の有効性を議論する必要がある。また,回復力の定義については,本論文では急速に観光需要が回復した時点だけを捉えているが,回復過程という点では,もう少し長期の観点で定義を見直すことも有益だと考えている。特に新型コロナウイルス感染症からの回復については,2023年以降の訪日外国人宿泊者数も引き続き増加傾向であることから,データの蓄積を待って考察を加えることが望ましい。そして,負のインパクトとして地震災害と感染症を対象としたが,発地国の経済不況等の他の事象についても検証することが今後の課題である。

謝辞

本研究の一部はJSPS科学研究費助成(研究課題番号:22H03849)を受けて実施したものです。また,観光庁には宿泊旅行統計調査データを提供いただきました。ここに記して謝意を表します。

Data Availability

本研究の根拠データの利活用を希望する読者は,詳細を明記の上,著者にEメールにて請求されたい。


References

栗原 剛(くりはら たけし)

東洋大学国際観光学部教授。筑波大学大学院システム情報工学研究科修了(博士・社会工学)。一般財団法人運輸政策研究機構,東海大学を経て現職。専門は観光地域計画。

新庄 瑳やか(しんじょう さやか)

2020年東海大学観光学部卒業後,大阪市経済戦略局観光課にて大阪・光の饗宴等イベント業務に携わる。現在,東洋大学大学院国際観光学研究科博士前期課程在籍。専門は観光学,観光政策評価。

 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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