抄録
最近の分子生物学の進歩にともない,遺伝子解析による診断法の確立や治療の個別化,分子標的治療薬の開発など,がん診療に大きな変化が生じており,遺伝子診断は身近な検査となりつつある.分子生物学を基盤とした細胞機能の理解は重要な課題である.分子生物学の視点からがんと細胞について概説するとともに,最近注目されている遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)とその原因遺伝子であるBRCA遺伝子についても解説した.
DNAはアデニン(A),チミン(T),グアニン(G),シトシン(C)の4つの塩基からなり,その配列により細胞の生物学的特性が決まる.ゲノム(genome)は生物のもつ遺伝子(遺伝情報)の全体を指す言葉であり,遺伝子や遺伝子の発現を制御する情報などが含まれる.ゲノム情報をもとに転写・翻訳という過程を経てタンパク質が作られ,細胞の生存(survival signal)と死(apoptosis)を制御し,生体の恒常性が維持される.
がんに関係する遺伝子には,遺伝子の発現や機能が活性化されることで発がんに関わるがん遺伝子と,不活性化されることで発がんに関わるがん抑制遺伝子がある.これらの遺伝子変異によって,細胞分裂の回数や周期のコントロールが失われ,無限に増殖を繰り返す.
乳癌および卵巣癌のうち,5 %〜10 %は遺伝性であり,BRCA遺伝子が関連する.BRCA遺伝子のような生殖細胞系遺伝子の検査に際しては,疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を理解し,それに適応していくことを助けるための遺伝カウンセリングが重要である.