ミルクサイエンス
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原著論文
インド北東部のチベット系牧畜民ブロクパの乳加工体系
―アルナチャル・プラデーシュ州ウエスト・カメン県ディラン・サークルにおける冷涼湿潤地域の事例―
平田 昌弘小坂 康之石本 恭子水野 一晴滝柳 泰文内田 健治安藤 和雄
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2012 年 61 巻 1 号 p. 11-24

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抄録

 乾燥地帯に起原した乳文化が湿潤地帯に伝播した際,どのように文化変遷するかを検討するために,インド東北部アルナチャル・プラデーシュ州ウエスト・カメン県ディラン・サークルの湿潤地帯でチベット系牧畜民を対象に調査をおこなった。インド北東部ヒマラヤ山脈南斜面のチベット系牧畜民ブロクパの乳加工体系の特徴は,1)発酵乳系列群の乳加工技術を適用し,2)チャーニングには蓋付きの攪拌桶を利用し,3)乳脂肪分画の最終形態がバターであり,4)チーズは天日乾燥させることなく,水分含量の比較的高いままで長期保存し,白カビを利用し熟成させている,とまとめることができる。白カビを利用した熟成チーズを加工・利用していることが最大の特徴である。2010年からはクリームセパレーターが普及し,人工的にクリームを分離するようになり,酸乳が乳加工体系から欠落する一方,バターや白カビ熟成チーズの加工は継承されている。白カビ熟成チーズのチュラとバターのマルとは,ブロクパの人びとにとって日常の生活の中で不可欠な食材であり,極めて重要な位置を占めている。ブロクパにとって,脂肪分の摂取は主にバターに,乳タンパク質の摂取は主にチーズに依存しているといっても過言ではない。従って,クリームセパレーターが普及してもバターや白カビ熟成チーズの加工は継承されたものと考えられる。ヒマラヤ山脈東部南斜面地域における発酵乳系列群の乳加工技術は,西アジア型の発酵乳系列群の乳加工技術を土台としながら,北アジア由来の攪拌器具の影響を受け,冷涼性のもとに乳脂肪分画の最終形態がバターとなり,冷涼湿潤性とダシ食文化とが白カビ熟成チーズを誕生させるといった独自な変遷へと辿ってきたと考えられる。

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© 2012 日本酪農科学会
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