農研機構研究報告
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ミニレビュー
1km- メッシュ農業気象データ版イネ稲こうじ病の薬剤散布適期判定システム
芦澤 武人
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2019 年 2019 巻 1 号 p. 39-41

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Abstract

イネ稲こうじ病は穂に暗緑色の病粒が生じる病害で,病粒が混入したり胞子で着色したりした玄米は規格外になる.販売種子では病粒の混入によるクレーム返品が発生し問題となる.本病を防除するためには農薬散布が有効であるが,発病が気象条件により左右され,また,散布適期が短いため,効果的な散布時期の判断は難しい.そこで,日本全国で利用が可能な 1 km- メッシュ農業気象データを利用して圃場単位で本病の薬剤散布に適した日を判定し,薬剤散布を支援するシステム(ウェブプログラム)を開発した.本システム上で,イネの品種,移植日,土壌菌量,薬剤の種類を選択し,必要な電子メール情報を選択して登録すると,発生量の予測を含む薬剤散布に必要な情報が電子メールで配信される.特に薬剤散布適期開始日の情報を得てから,幼穂が 1 ~ 5 cm の大きさに生長しているのを確認後,薬剤散布を行うことにより,的確な防除がなされ発生を抑制できる.

はじめに

イネ稲こうじ病は,黄熟期の穂に暗緑色の病粒塊が形成される病害である(図1).2009 ~ 2018 年の 10 年間で全国の発生面積が 10 万 ha を超える年が 6 回あり,再興病害として大きな問題となっている.このため,農林水産省は 2016 年 4 月 1 日からイネ稲こうじ病菌を国の指定有害植物に指定した.本病の防除は薬剤散布が有効であるが,農薬の製品ラベルには散布しても良い使用時期が記載されているだけで,散布適期の記載がない.本病の発生量は気象条件の影響をうけ,防除適期は出穂前のごく短い期間に限られることから,生産者にとって適確な薬剤散布を行うことが難しかった.そこで,全国で利用できる1km- メッシュ農業気象データを利用した薬剤散布日を電子メールで連絡するシステムを開発した.

システムの概要

本システムは,農研機構の開発した1km- メッシュ農業気象データ(大野 2017)のサーバ,稲こうじ病の発生量の計算や電子メールを配信するプログラムを格納するシステムサーバおよび登録情報を格納するデータベースサーバで構成され,毎日の気象データの更新,システムのプログラムによる計算,データベースへのデータ登録・蓄積を行うよう設計・運用されている.

1) イネ稲こうじ病の発生と薬剤の散布適期の予測法

被害程度を表す株あたり病粒数の予測には,土壌菌量(近年の発生量での推定値が利用可能),出穂前 30 日間の降雨の頻度,イネ品種の抵抗性程度のパラメータ値をもとに計算するモデル(芦澤 2014)を利用している.薬剤の散布適期(例えば散布適期開始日)の予測には,出穂期を予測するモデル(堀江 1990)で計算する発育指数(Developmental Index; DVI)の値を利用して平年の出穂期の予測月日を求め,この日から逆算して薬剤ごとの散布適期開始日の DVI 値を自動計算して求める.当該年においてその DVI 値に達したら,薬剤散布適期開始日に達したと判定するプログラムとしている.

2)操作方法

申請により許可・発行された電子メールアドレスとパスワードをシステムのウェブサイトで入力しログインする.病害の選択と地点の登録画面で,稲こうじ病を選択し,表示される国土地理院が無償提供している地図もしくは航空写真の画面内で圃場をクリックして新規地点を登録する(図 2).イネの品種名,移植月日を登録すると自動計算により幼穂形成期,出穂期が表示されるので,平年値と適合している場合はそのまま診断画面へ遷移するか,解離している場合はモデル調整により平年値を選択すると,パラメータ値が自動修正され補正値を登録する.診断画面(図 3)では,Ct 値(土壌菌量の測定値もしくは前年や近年の発生量から推定した値),薬剤の種類を選択する.また,配信できる電子メール情報は次の 6 件が選択できる(①出穂期 40 日前,②幼穂形成期,③散布適期開始日,④閾値超過,⑤散布適期終了日,⑥出穂期).①は薬剤の準備を確認するため,②は株あたり病粒数の計算開始日,③は薬剤の散布を促すため,④は株あたり病粒数が 0.25 個の予測値を超えた場合で多発生のリスクが高いことを知らせるため,⑥は計算終了日としている.中でも③は生産者による薬剤散布を支援する情報であり,本メールを受信したら,圃場で中庸なイネの幼穂形成程度を確認し,大きさが 1 ~ 5 cm 程度に生長していれば防除適期であるので,薬剤散布を実施する.本システムを利用することにより,1 ~ 2 週間と短い散布適期内に薬剤防除を行うことが可能となり,効果的に本病の発生を抑制することが可能となっている.さらに,1km- メッシュ農業気象データの機能として 9 日間先予測値を利用できるため,稲こうじ病の株あたり病粒数の予測値を計算する期間内(幼穂形成期から出穂期まで)であれば,診断画面中の 9 日間先の予測値を見て,特に散布適期が出穂期 21 ~ 10 日前である銅剤であれば,薬剤を散布するかしないかの決定を判断することが可能である.最近ではスマートフォンが普及しているので,これを利用した本システムの簡易版を開発中であり,生産者や JA 職員等を中心に生産現場での利用のより一層の拡大が期待される.

おわりに

イネ稲こうじ病は病粒に多量に含まれる厚壁胞子が圃場に落下して翌年の伝染源となるため,新規防除法として,土壌に処理する資材(転炉スラグ系資材と生石灰)と,散布作業が楽な粒剤を組み合わせた防除体系の実証試験も同時並行で進めており(芦澤ら 2018Ashizawa 2019),耐久体である厚壁胞子をターゲットとした新規防除法と本システムを利用した適確な薬剤防除を組み合わせた防除技術体系を,現在,実証試験中である.さらに,1 km- メッシュ農業気象データを活用した防除適期推定技術をイネ紋枯病等の他の水稲病害へ応用する研究も進めている.

謝辞

本システムの開発は,戦略的イノベーション想像プログラム(SIP,2014 ~ 2018 年)により実施し,病害専用に改良したシステムの開発は農研機構の交付金で行った.

引用文献
 
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