「亜細亜のかおり」は多収の高アミロース米品種の育成を目的として,高い収量性をもつ「関東 239 号」(後の「やまだわら」)を母とし,高アミロース米系統「北陸 207 号」(後の「越のかおり」)を父とする人工交配から育成され,2018 年に品種登録出願された.移植栽培での「亜細亜のかおり」の出穂期および成熟期は「あきだわら」並で,その早晩性から,「亜細亜のかおり」の栽培適地は北陸および関東以西である.稈長および穂長は「あきだわら」よりやや短く,穂数はやや少ない.精玄米重は「あきだわら」並で,「越のかおり」と比較し標肥で 20%,多肥で 25% 程度多収である.玄米千粒重は 26 〜 27 g で,玄米外観品質は「あきだわら」「越のかおり」より劣る.「亜細亜のかおり」のアミロース含有率は「越のかおり」並の 30 ~ 35% で,尿素崩壊性は“難” であり,米麺の食味は「越のかおり」並である.葉いもち圃場抵抗性は“やや強”,穂いもち圃場抵抗性は“弱” である.白葉枯病圃場抵抗性は“中”,縞葉枯病には“罹病性”,耐倒伏性は“中”,障害型耐冷性は“弱”,穂発芽性は“やや難” である.
我が国では水田の高度利用と食料自給率の向上を図るため,麺・パンなどへの米粉の利用が推進されている.2019 年度には全国で約 5,300 ha で米粉用米が作付されており,約 28,000 t が生産されたものの,近年では需要が生産を上回っていることから,さらなる生産拡大が期待される(農林水産省 2019,農林水産省 2020).米粉にはパンや麺をはじめとする多様な利用法があるが,麺には高アミロース米が適するとされており,2017 年 3 月に公表された「米粉の用途別基準」及び「米粉製品の普及のための表示に関するガイドライン」によると,麺用の米粉のアミロース含有率は 20% 以上とされ,特に 25% 以上のものは強弾力の麺への適性が高いとされている(農林水産省 2017).
いま国内では,高アミロース米品種として「ホシユタカ」(篠田ら 1990)「夢十色」(上原ら 1997)「こしのめんじまん」(石崎ら 2011)「越のかおり」(笹原ら 2013)「さち未来」(永野ら 2013)「ふくのこ」(重宗ら 2015)「あみちゃんまい」(松下ら 2018)などの品種が栽培されている.なかでも「越のかおり」はタイのクイッティオ,ベトナムのフォーなどアジア風の麺への高い適性が評価され,新潟県上越地域で普及が拡大し,2017 年度は 40 ha 程度作付けされており,ここで生産された「越のかおり」から製麺された米麺はエスニック料理のレストランチェーンにおいて提供されている.しかし常に厳しい価格競争にさらされている外食産業業界からは少しでも低コストでの米麺生産が求められていることから 麺用の水稲品種は高い収量性と低コスト栽培への適性を備えることが望ましい.これに対し「越のかおり」の収量性は主食用品種並みであり,より多収の高アミロース米品種を求める声があがっていた.
この問題への対応として育成された「亜細亜のかおり」(図 1,図 2)は,多収の良食味品種「あきだわら」(安東ら 2011)並の収量性をもち,「越のかおり」と比較し標肥栽培で 20%,多肥栽培で 25% 程度多収であるとともに,胚乳のアミロース含有率が「越のかおり」並に高く,「越のかおり」並の麺の食味を示す品種である.本稿では「亜細亜のかおり」の育成経過と特性概要を紹介する.
「亜細亜のかおり」は,多収の高アミロース米品種の育成を目的として,高い収量性をもつ「関東 239 号」(後の「やまだわら」(小林ら 2018))を母とし,高アミロース米系統「北陸 207 号」(後の「越のかおり」)を父とする交配より育成した,晩生で日本型の高アミロース米品種である(図 3).2008 年に中央農業総合研究センター北陸研究センターにおいて人工交配を行い,同年に世代促進を開始した.2010 年に F4 で個体選抜を行った以降は系統育種法に準じて選抜固定および各種特性の評価を進めた.2012 年 F6 に「収 9304」,2015 年 F8 に「北陸 266 号」の系統番号を付し,生産力検定,系統適応性検定,特性検定等の各試験に供するとともに,アジア料理レストランチェーン,製麺会社等の協力を得てアジア風麺料理への適性を評価してきたところ,普及の見込みを得たことから 2018 年 F12「亜細亜のかおり」の品種名で品種登録出願を行った(出願番号第 33000 号)
「亜細亜のかおり」の育成地における移植時の苗の長さは “やや長”,移植時の葉色は“やや淡”,葉身形状は“やや垂”である(表 1).稈の細太は“やや太”,稈の剛柔は “やや剛”,粒着密度は “やや密”,脱粒性は“難” である(表 1).無芒で,ふ色は“黄白”,ふ先色は“褐” である(表 1).
「亜細亜のかおり」の生育特性および収量性を示すため,主に多収で早晩性が類似する良食味品種「あきだわら」を対照品種として生産力検定試験を行った.施肥反応を検討するため多肥と標肥の 2 水準,また疎植栽培への適性を検討するため標準植と疎植の 2 水準を設定し,両者を組合せた 4 条件(標準植・多肥,標準植・標肥,疎植・多肥,疎植・標肥)に加え,湛水直播・多肥による試験を実施した(表 2).このとき「亜細亜のかおり」の出穂期および成熟期は「あきだわら」並だった.「亜細亜のかおり」の草型は「中間型」であり,稈長は「あきだわら」より 1 ~ 4 cm 程度短く,穂長は 1~2 cm 程度短く,穂数は移植栽培ではやや少なかったのに対し,湛水直播栽培ではやや多かった(表 2).
標準植,疎植ともに,標肥における倒伏程度は「あきだわら」と同程度だったが,多肥においては「あきだわら」より 0.7 〜 1.7 程度大きくなった(表 2).また湛水直播においても「亜細亜のかおり」の倒伏程度は「あきだわら」より 0.7 程度大きかった.これらのことから「亜細亜のかおり」の耐倒伏性は“中” に分級される.湛水直播における苗立は「あきだわら」並みで「越のかおり」よりやや優れていた(表 2).
2.収量性
「亜細亜のかおり」の全重は移植栽培では「あきだわら」並だったが,湛水直播ではやや低かった.「亜細亜のかおり」の精玄米重は,標準植・多肥で 80.4 kg/a,標準植・標肥で 78.9 kg/a で,ともに「あきだわら」並であり,「越のかおり」と比較し 20 〜 25% 程度高い値を示した(表 3).一方疎植・多肥で 78.5 kg/a,疎植・標肥で 77.0kg/a と「あきだわら」と比較し 5 〜 11% 高い値を示した.4 つの条件の移植栽培を全て実施した 2015 年と 2017 年の「亜細亜のかおり」の精玄米重を比較すると,2 ヵ年の平均値は標準植・多肥が 81.0 kg/a,標準植・標肥が 80.2 kg/a,疎植・多肥が 78.5 kg/a,疎植・標肥が 80.3 kg/a であった(表 4).一方「亜細亜のかおり」の湛水直播での精玄米重は 64.1 kg/a で「あきだわら」よりもやや低かったが,「越のかおり」より 13% 程度高い値を示した.いずれの試験においても屑米重歩合は「あきだわら」並だった(表 3).
多肥・標肥ともに標準植において「亜細亜のかおり」の玄米千粒重は 26 〜 27 g 程度で,「あきだわら」より 5 g 程度,「越のかおり」より 3 g 程度重かった(表 3)疎植においても同様の結果が見られたが,湛水直播において「亜細亜のかおり」の玄米千粒重は移植のそれより 1 g 程度小さくなった.「亜細亜のかおり」の粒長および粒幅は「あきだわら」「越のかおり」より長く,粒形は「あきだわら」「越のかおり」と同じ“長円形”,粒大は「あきだわら」「越のかおり」より大きい“やや大” だった(表 5).「亜細亜のかおり」の粒厚分布を調査したところ,2 mm 以上の粒の割合が 89.6% と,「あきだわら」の 86.6% よりやや高く「越のかおり」の 92.4% よりやや低い値を示した.
2015 年から 2017 年にかけて実施された 24 件の奨励品種決定基本調査における玄米重の平均値は「亜細亜のかおり」が 62.8 kg/a,対照品種は 56.7 kg/a であり,対照品種の精玄米重との比較比率は最小 78%,最大 150%,平均 112% であった(図 4).このとき北陸〜近畿では安定して多収を示し,比較比率の平均は 126% だった一方,中国・四国・九州ではばらつきが大きく,比較比率の平均は 101% だった.
3.玄米および食味特性
「亜細亜のかおり」の玄米は,供試した全ての栽培条件において「あきだわら」「越のかおり」と比較し腹白の発生が多く,また「あきだわら」より乳白の発生が多く見られ,その結果,外観品質は「あきだわら」「越のかおり」より劣った(表 6,図 5).
「亜細亜のかおり」の麺としての利用を考慮し,玄米成分および製麺適性に関連する形質については「越のかおり」との比較を行ったデータを示す.「亜細亜のかおり」の玄米のアミロース含有率は 30 ~ 35% 程度で,「越のかおり」と同等であった(表 7).また,「亜細亜のかおり」は「越のかおり」と同様,白米の尿素崩壊性は“難” であった(表 7).タイ料理の米麺「クイッティオ」の生産工場では「越のかおり」等の高アミロース米を原料とし,米粉とデンプンと水の混合液を蒸煮したシート状の生地を切断して麺を製造する((株)ミールワークス 2016).同一の工場で生産された「亜細亜のかおり」および「越のかおり」の「クィッティオ」を用いて麺の食味試験を行った結果,総合評価,外観,香り,うま味,なめらかさ,弾力,硬さの各項目とも「亜細亜のかおり」は「越のかおり」と同等であり,両者の間に有意な差は認められなかった(図 6).一方, 炊飯米の食味試験では基準とした「日本晴」(総合評価 0.00)に対し「亜細亜のかおり」(総合評価-2.88)は明らかに劣った(データ略).
4.病害およびその他の障害抵抗性
「亜細亜のかおり」はいもち病真性抵抗性遺伝子Pii を持つと推定され,葉いもち圃場抵抗性は“やや強”,穂いもち圃場抵抗性は“弱”,白葉枯圃場病抵抗性は“中”,縞葉枯病に対しては“罹病性”,障害型耐冷性は“弱”,穂発芽性は“やや難” である(表 8).
麺やパン等,多様な形態による米粉の利用拡大が進展し,米粉用米の需要が生産を上回っている(農林水産省 2020).このような状況に合わせ,麺用高アミロース米の生産拡大に資する目的で,高い収量性を備えた「亜細亜のかおり」を育成した.多肥・標肥ともに標準植において,「亜細亜のかおり」は 80 kg/a 近い精玄米重を示した(表 3).すなわち「亜細亜のかおり」は同熟期の多収品種「あきだわら」並の収量性を持つ.疎植が「亜細亜のかおり」の精玄米重におよぼす影響を調査したところ,標肥では標準植と疎植における精玄米重は同等であり,多肥では 3% ほどの減収にとどまったことから,「亜細亜のかおり」は疎植による低コスト栽培に適性があると考えられる(表 4).一方,標準植・疎植ともに多肥と標肥の精玄米重の差は小さく,「亜細亜のかおり」は増肥による収量向上を狙うことは難しい.また湛水直播において「亜細亜のかおり」の精玄米重は「あきだわら」を 6% ほど下回った.このとき,標準植,疎植ともに,標肥における倒伏程度は「あきだわら」と同程度だったが,多肥また湛水直播においては「あきだわら」より倒伏程度が大きかった(表 2).これらを総合すると「亜細亜のかおり」の栽培では,多肥栽培によって増収を目指すことは倒伏のリスクを高めるため適当ではない一方,疎植による低コスト化が有効と考えられる.また収量,倒伏の両面から「亜細亜のかおり」は湛水直播栽培には適さない.
なお「亜細亜のかおり」の玄米千粒重は 26 g 程度で,「あきだわら」「越のかおり」よりも大粒であることが多収の要因となっている.しかし粒厚 2.0mm 以上の粒の割合と屑米重歩合は「あきだわら」並だったことから,収穫米のふるい目は 1.8 mm 程度が適当と考えられる(表 3,表 4).
「亜細亜のかおり」の出穂期および成熟期は「あきだわら」並であり,北陸および関東以西における栽培に適すると考えられる(表 2).2015 〜 2017 年に北陸から九州にかけて 12 県でのべ 24 試験実施された奨励品種決定基本調査においては,対照品種を上回る精玄米重が得られた例が多かった.しかし内訳を見ると,北陸〜近畿では安定して多収を示した一方で,中国・四国・九州ではばらつきが大きく,4 県における 7 試験では対照品種を下回った(図 4).今後この地域において「亜細亜のかおり」を栽培する際の不安定要因について検討する必要がある.
なお本研究で用いた「あきだわら」や,「亜細亜のかおり」の親品種である「やまだわら」では,個々の品種に適した肥培管理,栽植密度,生育診断などをまとめた栽培マニュアルが発行されている(荒井ら 2017,小林ら 2018).「亜細亜のかおり」においても,より詳細な栽培試験を行うことで,安定的に多収を得る栽培法が明らかになることが期待される.
「亜細亜のかおり」の玄米外観品質は「あきだわら」「越のかおり」より劣る(表 5,図 5).しかし製麺の原料として用いる場合には精白米の粒形を保つ必要はないことから,腹白や乳白による砕粒の発生は実用上問題にならないと考えられる.「亜細亜のかおり」の玄米のアミロース含有率は 30 ~ 35% 程度(表 6)で,「越のかおり」と同等であったのに対し,早生の高アミロース米品種である「あみちゃんまい」は,「越のかおり」と比較し 2 ~5% 程度低いアミロース含有率を示すとされている(松下ら 2018).さらに「あみちゃんまい」と同じ由来の高アミロース遺伝子を保有すると考えられる「ホシユタカ」「こしのめんじまん」「ふくのこ」および,これらとは由来の異なる高アミロース遺伝子をもつと考えられる「さち未来」のアミロース含有率は 20% 台後半とされている.一方,「夢十色」は 30% を超えるアミロース含有率をもつとされ(上原ら 1997),国内の高アミロース米品種の間には数% のアミロース含有率の差異があることが示唆される.農林水産省(2017)は,麺用の米粉のアミロース含有率を 20% 以上とするガイドラインを公表しており,なかでも 25% 以上のものは強弾力の麺への適性が高いとしていることから,「亜細亜のかおり」は高い製麺適性をもつと考えられる.本研究における食味試験においても,「亜細亜のかおり」の「クィッティオ」の食味は「越のかおり」との間に違いが見られなかった(図 6).
また「亜細亜のかおり」は「越のかおり」と同様,白米の尿素崩壊性は“難” である(表 6).尿素崩壊性とアルカリ崩壊性の遺伝子は染色体上で極めて近くに位置する(Umemoto et al. 2002)ことから,「亜細亜のかおり」はアルカリ崩壊性を支配する澱粉合成酵素 IIa(SSIIa)遺伝子(Umemoto et al. 2004)を親である「越のかおり」を通じてインドの在来品種「Surjamukhi」(農業生物資源ジーンバンク JP 番号 12887)から受け継いでいると考えられる.「ホシユタカ」「夢十色」「こしのめんじまん」「さち未来」「ふくのこ」「あみちゃんまい」のアルカリ崩壊性は“易” とされていることから,「亜細亜のかおり」「越のかおり」とこれらの品種の間には,SSIIa 遺伝子に違いがあることがわかる.インド型品種の SSIIa を持つ品種のアミロペクチンは,日本型品種のそれに比べてグルコースの重合度 7~11 の短鎖が少なく,重合度 13〜 23 の中鎖が多くなり,その結果,糊化開始温度が高く,最高粘度が高く,最終粘度が低くなる(Umemoto et al. 2004).しかし,これらの違いが麺の食味に及ぼす影響は明らかになっていない.特に最終粘度の違いは,製麺工程において作業性に悪影響をおよぼす麺生地と製麺機との付着や,調理時の麺離れや食感と関与している可能性が考えられ,これらについての詳細な検討が待たれる.
新潟県上越市では,市内の農業者団体が生産した「越のかおり」を「クイッティオ」に加工し,東京などのタイ料理店で提供する取り組みが軌道に乗っている.この取り組みの中で「亜細亜のかおり」の高い収量性が評価され,「越のかおり」に置き換えて普及が進んでいる.2019 年度には 15 ha 程度の面積で作付けされたが,今後は国内の米粉需要の拡大に対応し他産地にも普及が進むことにより,国産米粉を原料とした麺の普及拡大に貢献することが期待される.
その早晩性から「亜細亜のかおり」は北陸以南,関東以西での栽培に適する.穂いもち圃場抵抗性は“弱” であるため本病害の発生しやすい条件では被害をうける恐れがあり,地域慣行に準じて適宜防除を行う必要がある.白葉枯圃場病抵抗性は“中” であるため,本病害が好発する条件においては注意を要する.縞葉枯病に対しては“罹病性” であるため,本病害の常発地での栽培は避ける.障害型耐冷性は“弱” であるため冷害の危険がある地域での栽培には適さない.耐倒伏性は“中” であるため,過度の施肥は倒伏をまねくおそれがあり注意が必要である.また湛水直播栽培には適さない.
「亜細亜のかおり」の麺の食味評価にご協力いただいた(株)自然芋そばの古川康一社長ほか関係各位に感謝の意を表する.また奨励品種決定調査試験および耐病性等の特性検定試験を実施していただいた各府県および農研機構の各位のご協力に感謝する.さらに,農研機構管理本部技術支援部中央技術支援センター北陸業務科の職員各位,契約職員各位ならびに農研機構中央農業研究センター稲育種研究グループの契約職員各位には,圃場管理業務,品質検定等,育種試験の全課程においてご尽力いただいた.ここに記して感謝の意を表する.本研究は農研機構生物系特定産業技術研究支援センターの「革新的技術開発・緊急展開事業」(うち先導プロジェクト)「業務用米等の生産コスト低減に向けた超多収系統の開発」により実施したものである.最後に,本品種の育成者であり,親品種「越のかおり」をはじめ麺用高アミロース米品種の実用化推進に尽力された三浦清之博士の大きな貢献に深く感謝する.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.