2021 年 2021 巻 7 号 p. 1-8
‘オーラスター’ は 1994 年に農林水産省果樹試験場興津支場(現(国)農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域)において,カンキツ属とカラタチ属の属間雑種 H・FD − 1 に‘晩白柚’ を交配して育成された品種である.CTV に対して強い抵抗性を有し,機能性成分であるオーラプテンを果肉・果皮共に高含有するため加工用品種・育種素材として有用であると評価,選抜され,2012 年 5 月 24 日付けで,種苗法に基づき,第 20789 号として品種登録された.‘オーラスター’の樹勢は強く,樹姿は直立性である.葉は大きく,ほとんどが三出複葉となる.果実は扁球形で育成地では概ね 400 ~450 g で平均 420 g 程度である.果皮は黄橙色,厚さは 14 mm 程度で,剥皮性は難である.果肉は黄色で比較的柔らかく,果汁量は中程度である.クエン酸含量が高く,酸味が強い.カラタチ特有の臭気はほとんどない.そうか病には強く,かいよう病にはやや弱いと考えられている.また,CTV に対して強い抵抗性を有しており,単胚性のため,CTV に対する抵抗性品種育成のための育種親としての利用が可能である.果肉・果皮共に食用可能なカンキツ品種としては高濃度のオーラプテンを含有する.‘オーラスター’ は果実の成熟が 3 月中下旬となることから,冬季に温暖な地域での栽培が望ましい.
我が国におけるカンキツ栽培では,一般的にカラタチが台木として使われている.これは,カラタチが様々なカンキツ品種との親和性が高く,開花や結実までの期間が比較的短くなる利点を有するほか,耐病性や耐寒性に優れているためである.とりわけ,カンキツトリステザウイルス(CTV) に対する耐病性は優れており,南米やカリフォルニアのカンキツ産地では過去に「トリステザ病」により甚大な被害を被ったことがある(家城 2003)が,我が国での発生が比較的少なかったのは,カラタチが台木であったことに起因するところが大きい.しかし,その一方,これまでに広島県のハッサク産地でカンキツステムピッティング病として大きな被害を生じさせた(田中・山田 1964)ほか,ユズの衰弱(宮川 1976)やイヨカンのかいよう虎斑病の発生(重田・安楽 1988)が CTV によるものと確認されている.
カラタチの CTV に対する強度の抵抗性は遺伝様式について知見が得られており(吉田 1985),カラタチとカンキツ属の雑種,またその後代においても,CTV に感染しない個体が認められている(吉田ら 1983, Garnsey et al. 1987).アメリカにおいても,当初耐寒性の付与を目的として行われた品種育成の後代品種から,CTV に対して抵抗性を示しながらも食用可能な品種が見いだされており(Barrett 1990),交雑育種による CTV に抵抗性を示す品種育成は,CTV 対策技術の一つとして,実現可能性があり有用であると考えられる.
一方,日常の食生活から健康の維持・増進を図る機運が高まり,野菜や果物のもつ機能性成分が注目を集めている.カンキツは,非栄養性機能性成分としてカロテノイド類,フラボノイド類をはじめクマリン類などを高含有することが知られているが,カロテノイド類以外の機能性成分を果肉中に高含有する品種は極めて少ない.しかし,カンキツと交雑可能なカラタチ属やキンカン属の中には,これらの物質を特徴的に高含有する品種(群)がある.その一つがカラタチで,カラタチは果肉にクマリン類化合物であるオーラプテンを高含有する.オーラプテンは,クマリンにゲラニオールが結合した構造のクマリン化合物で,その機能として,発がん抑制が報告されている(Murakami et al. 1997, Tanaka et al. 1997, Tanaka et al. 1998).そのため,カラタチを育種親あるいは祖先品種とした交雑品種を育成することでオーラプテン高含有の品種育成が期待された.また,オーラプテンには中高年に対する記憶力(言葉を記憶し,思い出す力)を維持する機能があることが示され(Igase et al. 2018),これを根拠として,機能性表示食品として届出・受理がなされ,製品が市販されている.
吉田(1993)は,CTV 抵抗性のカラタチと感受性のハッサクの交雑では分離比は抵抗性と感受性が1:1に適合することを確認しており,ハッサクはカラタチにおける遺伝様式を変更する遺伝子を有しておらず,カラタチにおける遺伝様式はカンキツ属植物を含めて適用できると考えられるとした.そのため,著者らは CTV に抵抗性を示す品種育成のための母本として育成したハッサクにカラタチ品種‘ヒリュウ’ を交配した F1 個体に対し,多様なカンキツ品種を交配し,雑種個体(F2 世代)の個体群を育成した.F2世代に獲得を目指した系統の一つに,通常 CTV に対して抵抗性を持たないブンタン類がある.ブンタン類は我が国でも特産果実として需要が高いことから,CTV 抵抗性の個体を獲得することはカンキツ産業の側面からも非常に有意義である.そこで F1 個体に対し‘晩白柚’ を交配して得られた個体群から CTV に対して強い抵抗性を示し,オーラプテンを果肉に高含有する形質を併せ持つ個体を選抜し,‘オーラスター’を育成した.種苗法に基づき,品種登録されたので,ここにその育成過程と特性の概要を紹介する.
1994 年 4 月に農林水産省果樹試験場興津支場(現(国)農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域)において,カンキツ属とカラタチ属の属間雑種の H・FD − 1(ハッサク× ‘ヒリュウ’)に ‘晩白柚’ を交配し,ブンタン様の雑種育成を図った.交雑に用いた H・FD − 1 は CTV に対し強い抵抗性を示し,果実はカラタチより大果となり酸含量が低く,臭気はカラタチより少ないなど,カラタチより果実品質が改善されており, ‘晩白柚’ は我が国内で栽培されるカンキツのうちで極めて大果となり,酸含量が比較的少ない.ブンタン類は通常 CTV に対して罹病性であることから, H・FD − 1 に‘晩白柚’ を交配することで,CTV 抵抗性の個体作出を意図したものである.
本品種の系統図を Fig. 1 に示した.同年 12 月に採種し,採種後直ちに播種して育苗を行った.1995 年 9 月に‘清見’の原木が保毒する CTV-SY(カンキツトリステザウイルスシードリングイエローズ)系統「Ky・OT」を接ぎ木接種し,1996 年 3 月までの間に 2 回,エライザ法により CTV の感染の有無および感染の程度を検定した.その結果,感染が確認されなかったので, 同年 4 月に着果促進を図るため同支場内でカラタチにウンシュウミカン‘今村温州’ の珠心配実生を接ぎ木して養成した中間台木に個体番号 RP − 55 を付して高接ぎを行った.2000 年 12 月に初結実し,その果実にカラタチ特有の臭気がほとんど無い点に注目し,本系統の CTV に対する抵抗性の再確認と樹性,果実形質の調査及びオーラプテン含量の調査を行ってきた.その結果,本系統は通常は CTV に罹病するブンタン様の果実でありながら CTV に対して強度の抵抗性を有している上,オーラプテン含量は一般的に生食されるカンキツ属品種と比較して,特に果肉部で著しく高いことが明らかとなった.その特性から,加工用品種としての適性やオーラプテン高含有のための育種素材として活用できる可能性があると判断し,平成 21 年度果樹試験研究推進会議において品種登録出願することが決定された.2010 年 7 月 12 日に種苗法に基づく品種登録出願を行い,2012 年 5 月 24 日付けで登録番号 20789 号として品種登録された.なお‘オーラスター’の品種名は機能性成分であるオーラプテンを果実中に高含有し,果実のへたが肥厚し星形(スター)のように見え特徴的であることに由来する.
本品種の育成者およびその担当期間は以下の通りである.
吉田俊雄(1994 年〜 2006 年), 根角博久(1994 年〜2003 年,2006 年〜 2009 年),吉岡照高(1994 年〜 1996年,2009 年〜 2010 年),瀧下文孝(1996 年〜 1997 年),中野睦子(1997 年〜 2002 年),國賀武(2003 年〜 2007 年),中嶋直子(2003 年〜 2006 年),太田智(2007 年〜 2010 年)喜多正幸(2007 年〜 2010 年)である.
1. 育成地における形態的特性および樹性
農研機構果樹研究所カンキツ研究興津拠点(現(国)農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域)(静岡県静岡市)において,育成期間中に‘土佐文旦’ および‘かんきつ中間母本農 7 号’ を対照品種として,‘オーラスター’の特性調査を行った.病害抵抗性の評価は農林水産省農林水産植物種類別審査基準カンキツ属3)ブンタン類審査基準に従った.調査は果実形質については‘オーラスター’ ‘土佐文旦’ ‘カンキツ中間母本農 7 号’ それぞれの結実樹のランダムな 5 ヵ年の各年毎データを用いた.検定は果実についてはランダムな 5 ヵ年のデータにより品種間の検定を行うと同時に,ランダムな 5 ヵ年のデータを用いることで年次間の環境等による生育差に評価を及ぼすことも考え,3 品種ともに生育データの揃う 2007 年度果実を使っての検定を実施した.また,葉および花器の形質については,2007 年度当時 7 年生の樹体を用いて解析を行った.データの解析は JMP13 を用いてt 検定または Tukey‐Kramer 検定を実施した.なお,パーセンテージデータは統計解析の前にアークサインを用いて変換した上で解析に供した.
1)樹体および花器の特性
樹勢は強く,樹姿は直立性である.枝梢は太く,‘土佐文旦’ より太く,長さは長く‘土佐文旦’ と同程度である.
節間は極長い.枝梢のトゲは‘土佐文旦’ よりも多いが,その密度は粗である(Table 1).葉は大きく,ほとんどが三出複葉であるが小葉が 2 枚のものも混じる.葉身の形は紡錘形,翼葉の形は楔形である(Table 2).
総状花序を形成し,花の大きさは中程度であり,花弁はへら形,色は白色である.花糸は 30 本以上と多く,一部合一している(Table 3).花粉の生成量は中程度,花粉稔性率は 95%程度で高い.子房は樽型で花柱は真っ直ぐである.着花性,結実性は良好である.
2)果実特性
果実は概ね 400 ~ 450 g で平均 420 g 程度となり,ブンタン様果実としては小型である.果形は扁球形で,果径指数は 120 内外である.果頂部の形は平坦で,果頂部の放射条溝や凹環はない.果梗部の形は球面であり,放射条溝が多く生じる.果皮は黄橙色で,‘土佐文旦’ よりも橙味が強い.果皮の厚さは 14 mm 程度で厚く,剥皮性は難である.果皮歩合は約 40%程度で高い.果皮の着色はやや遅く,1 月上旬頃に完全着色する.果心の大きさは中程度,その充実度は密である.油胞の大きさは中程度で,その分布は密であり,果面は粗い.アルベドは白色である.果肉は黄色で比較的柔らかい.果汁量は中程度である.砂じょうの大きさはやや大きい.じょうのう膜の硬さは硬い.果汁の多少は中程度,果汁の糖度は 11 程度である.酸含量は 3 月において平均 2.5%程度あり,酸味が強い.香気はやや多いが,カラタチ由来の特有の臭気はほとんどない.含核数は平均 50 粒程度で多く,種子は単胚性である.本系統を種子親として用いた場合,交雑実生の獲得は容易である.育成地における果実の成熟期は 3 月上中旬頃である(Table 4,5).
2. 病害抵抗性
育成地におけるそうか病,かいよう病の発生状況からは,そうか病に対する抵抗性は葉・果実に発症が認められなかったことから「強」,かいよう病に対する抵抗性は葉や枝に病斑が認められたことから,「弱~中」と判定している(Table 6).なお,農林水産省農林水産植物種類別審査基準カンキツ属 3)ブンタン類審査基準では,そうか病に対しては‘川野なつだいだい’・‘土佐文旦’・‘晩白柚’ が抵抗性「強」,かいよう病に対しては‘安政柑’が「弱」,‘晩白柚’・‘川野なつだいだい’・‘新甘夏’ が抵抗性「中」の標準品種として示されている.
また,本系統の実生苗から採穂し,CTV を保毒する‘今村温州’ を中間台として高接ぎした樹について,高接ぎ 57 ヵ月後から 108 ヵ月後までの間に 5 回, 二重抗体サンドイッチエライザ法により CTV 感染の有無を検定した.
実生苗に対して CTV-SY(シードリングイエローズ)強毒系統(山田・家城 1982)を接ぎ木接種し,葉の中肋 0.3 g に対し,磨砕用緩衝液を 3 ml 加えて磨砕し,マイクロプレート内で抗原抗体反応をさせた.酵素反応による呈色をマイクロプレートリーダーで検出し,405 nm の吸光度が無毒対照サンプルの吸光度の 3 倍以上の場合に感染と判定(Iray et al. 1988)した.二重抗体サンドイッチエライザ法に用いた CTV 抗血清は日本植物防疫協会研究所作成のものを使用した.その結果,CTV の感染は確認されなかった(Table 7).また,この高接ぎ樹から採穂し,CTV を保毒する‘森田ネーブル’ を中間台として高接ぎした樹に対して,高接ぎ 4 ヵ月後から 48 ヵ月後までの間に 5 回,エライザ法により検定した結果でも,CTV の感染は確認されなかった(Table 7).
さらに,ラフレモン台の接ぎ木苗を養成し,4 種類の CTV 分離株,「HM55」(CTV-SP( ステムピッティング)弱毒系統),「HS34」(CTV-SP 強毒系統),「No.1595」(CTV-SP 極強毒系統),「Ky・OT」(CTV-SY(シードリングイエローズ)強毒系統)をそれぞれ台木部に接ぎ木接種し,穂部の感染の有無を検定したところ,接種後 4 ヵ月から 31 ヵ月の間の 4 回の検定でいずれの検定でも,接種した分離株について検出されなかった(Table 8).
これらの結果から,本系統は CTV に対して強度の抵抗性を有していると推察された.また,育成拠点に現存する‘オーラスター’ 成木樹には令和 2 年 3 月時点でいずれの樹にも CTV に起因すると思われる症状は発生していない.
3. オーラプテン含量
果実中のオーラプテン含量は小川らの方法(Ogawa et al. 2000)により測定した.平均的な果実を各品種3果以上から均等に秤量し,混合した試料を分析に供した.
測定は 1 回の測定だが,10 試料測定の度に標準試料の分析を行い,分析の精度を確認している.‘オーラスター’果肉中のオーラプテン含有量は 6 ヵ年平均で 0.75 mg/g dry wt. であった.これはカラタチの約 1/9,‘ヒリュウ’の約 1/5 であるが,カンキツ属植物の果肉中では例外的に高含有の‘イーチャンレモン’ に比べて約 2 倍,育種親である H・FD − 1 の約 4 倍,‘晩白柚’ の約 25 倍であった.カンキツ属植物ではブンタン類縁品種に微量のオーラプテンが含まれるだけであることを考慮すると,‘オーラスター’の含有量は極めて高含有である.‘オーラスター’と同じ交配組み合わせで育成された‘かんきつ中間母本農 7 号’ に比べても約 9 倍の含有量であり,明らかに高含有であるといえる(Table 9).‘オーラスター’ の果皮には果肉とほぼ同程度の濃度でオーラプテンが含有される.‘オーラスター’ 果皮中の含有量は 0.81 mg/g dry wt. であり,カラタチ,‘ヒリュウ’の 1/4 ~ 1/5 程度である.
カンキツ属植物の中で果皮中に多くオーラプテンを含有する品種としては‘川野なつだいだい’ があり,ほぼ同程度含有するが,カンキツ属の多くの品種の果皮中含有量は微量ないし,検出限界以下であることから,‘オーラスター’ は果皮中含有量についても明らかに高含有である.‘かんきつ中間母本農 7 号’ に比べても 3 倍以上と高含有であった(Table 9)
4. 地域適応及び栽培上の留意点
果実,樹体ともにブンタン類としては耐寒性が強いため,我が国のカンキツ産地ほぼ全域で栽培が可能である.
しかし,果実の成熟期が 3 月中下旬となることを考慮すると,冬季に温暖な地域での栽培が望ましい.かいよう病にやや罹病性であるので,発生には注意する.
5. 本品種の利用方法
本品種は世界的に被害をもたらしている CTV に対して強い抵抗性を示すうえ,健全花粉を生じ,単胚性のため交雑実生の獲得が容易であることから,CTV に対して抵抗性を示す品種の育成のための花粉親,種子親として利用が可能である.しかし,新品種育成のための交雑親として利用する場合には,本品種は成熟期においても果実中の酸含量が高いことが問題とされる.これまでに経験則的に酸濃度を低下させるためには酸含量の低い品種を育種素材として利用してきた.また,根角ら(1993)は酸蓄積の異なる品種を片親にした場合の交配実生の果実の酸濃度の分離を検討し,無酸品種や少酸品種を育成親に利用することで,酸の濃度の低い個体を育成が可能であることを示している.これらのことから,今後‘オーラスター’ を交雑親として利用する場合には,交雑相手として,酸濃度の低い素材を選択する必要があると考えられる.
また,本品種は果肉・果皮ともにオーラプテン高含有であり,搾汁により豊富にオーラプテンを含む果汁を得ることが可能である.そのため,本果実の果汁を添加することで,機能性成分の強化が図れる.また,果皮中オーラプテン高含有ブンタンとして,既存ブンタン品種のような果皮砂糖漬け等への利用を図り,高付加価値の加工食品の作出が期待される.さらに,これまでに,‘ジャバラ’やヘベス,シィクワシャーなどのように機能性成分を前面に押し出した取り組みやセールスにより,地域特産カンキツを有効利用した地域振興や 6 次産業化が図られている事例も有り,本品種においても,産地形成により同様の活用方法が考えられる.
本研究は生物系特定産業技術研究支援センター「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業(平成 13 年度採択分)」の助成を受けた. 本品種の育成に当たり,圃場管理等に多大のご協力を寄せられた農林水産省果樹試験場興津支場,果樹研究所カンキツ研究部興津拠点(現(国)農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域)の歴代職員,研修生諸氏に心からの感謝の意を表する.また,統計処理については佐藤景子博士((国)農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域)に貴重なご支援・ご助言を賜った.記して感謝の意を表する.
全ての著者は開示すべき利益相反はない.