農研機構研究報告
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原著論文
ニホンナシ新品種‘なるみ’
齋藤 寿広 澤村 豊髙田 教臣壽 和夫西尾 聡悟平林 利郎佐藤 明彦正田 守幸加藤 秀憲寺井 理治樫村 芳記尾上 典之西端 豊英鈴木 勝征内田 誠
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2021 年 2021 巻 7 号 p. 29-37

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Abstract

 ‘なるみ’ は,1996 年に 269-21(‘豊水’ × ‘おさ二十世紀’)に 162-29(‘新高’ × ‘豊水’)を交雑し,育成した実生から選抜した中生の自家和合性を有するニホンナシ新品種である.2007 年からナシ第8回系統適応性検定試験に,ナシ筑波 57 号として供試し,2015 年 2 月の果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,2016 年 7 月 6 日に第 25276 号として種苗法に基づき品種登録された.系統適応性試験の結果では,樹勢および枝梢の発生程度は中,短果枝の着生はやや多く,えき花芽の着生は中程度である.開花期は‘豊水’ と同時期である.S 遺伝子型はS4smS5 で,自家和合性を示す.自然受粉条件での結実率も高く,受粉作業を省略出来ると考えられる.一方,本品種の花粉は‘幸水’ 等S4S5S1S5 の遺伝子型の品種と交雑不和合性を示す.成熟期は 9 月上旬で‘豊水’ と同時期である.黒斑病には抵抗性,黒星病にはり病性である.果実は円形を呈し,大きさは 532 g で‘豊水’ より大きい.果肉は硬度が 4.7 ポンド,糖度は 12.9%でいずれも‘豊水’ と同程度,pH は 4.9 で‘豊水’ より高く酸味が少ない.心腐れの発生は‘豊水’ と同程度に少なく,みつ症の発生は‘豊水’ より少ない.果実の日持ち性は 10 日程度で‘豊水’ と同程度である.自家和合性を有する,人工受粉作業を省略可能な品種として普及が期待される.

緒言

大部分のニホンナシ品種は自家不和合性であり,結実確保のためには受粉樹の混植や人工受粉が必須となっている.人工受粉作業は開花時の短期間に行う必要があるため,労働集約性が非常に高く,省力化が求められており,その手段の一つとして自家和合性品種の育成,利用が考えられる.‘おさ二十世紀’ は‘二十世紀’ の枝変わりで自家和合性を有する最初のニホンナシ品種である(古田,今井, 1987).ナシの自家不和合性は一対の複対立遺伝子(S 遺伝子)によって制御されており,花柱側と花粉側のS 遺伝子が同一の場合は花粉管の伸長が抑制されて受精に至らず,両遺伝子が同一の場合は交雑不和合性を示す.‘おさ二十世紀’ の自家和合性は,花粉ではなく花柱に生じた変異によるものであること,自家不和合性に関与するS 遺伝子型が,‘二十世紀’ がS2S4 であるのに対して,S2S4sm(sm:stylar part mutant)であり,花柱のS4sm が同一遺伝子の花粉の花粉管伸長を抑制しないために自家和合性を示すことが明らかになった(Sato 1993).この品種は自家和合性品種育成の素材として広く用いられ,これまでに‘秋栄’,‘瑞秋’(田辺ら,2001),‘夏そよか’(鳥取県農林水産部,2007),‘秋甘泉’(北川ら,2014),‘新美月’,‘新王’(松本ら,2014),‘なし中間母本農 1 号’(齋藤ら,2015)が育成された.これら品種の多くは公立研究機関によって育成されたものであり,普及可能な地域が限定されている.今回,‘おさ二十世紀’ の後代から自家和合性を有する‘なるみ’ を育成したので,その育成経過と特性の概要について報告する.

育成経過

1996 年に自家和合性の育成系統である 269-21(‘豊水’× ‘おさ二十世紀’)に,大果の育成系統 162-29(‘新高’× ‘豊水’)を交雑して得た実生を1年間苗圃で養成し,1998 年に選抜圃場に定植した.個体番号は 426-96 である.自家和合性で大果であったため,2006 年に一次選抜した.2007 年より開始されたナシ第8回系統適応性検定試験にナシ筑波 57 号の系統名で供試し,全国 37 カ所の公立試験研究機関でその特性を検討した.その結果,自家和合性で,同時期に収穫される‘豊水’ と比較してみつ症の発生が少ないといった特性から,2015 年 2 月の平成 26 年度果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会(落葉果樹)で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,同年 5 月の果樹研究所職務育成品種審査会において,新品種候補として品種登録出願することが決定された.2015 年 6 月 3 日に‘なるみ’ と命名して種苗法に基づき品種登録を出願し,2016 年 7 月 6 日に第 25276 号として登録された.また,2017 年 3 月 22 日に農林番号として平 27なし農林 29 号が付与された.本品種の系統図を Fig.1 に,本品種の樹姿および果実の写真を Fig.2Fig.3 にそれぞれ示した.なお,本品種の親子関係については,「SSR マーカーによるナシの品種識別技術」(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所・独立行政法人種苗管理センター,2007)中 17 種類の SSR マーカーを用いて矛盾が無いことを確認した(データ省略).

農研機構以外の系統適応性検定試験の参加場所および本品種の育成担当者は以下のとおりである.青森県農林総合研究センターりんご試験場県南果樹研究センター,宮城県農業・園芸総合研究所,秋田県農林水産技術センター果樹試験場天王分場,山形県庄内総合支庁農業技術普及課産地研究室,福島県農業総合センター果樹研究所,茨城県農業総合センター園芸研究所,栃木県農業試験場,群馬県農業技術センター,埼玉県農林総合研究センター園芸研究所,東京都農林総合研究センター,千葉県農業総合研究センター,神奈川県農業技術センター,長野県南信農業試験場,新潟県農業総合研究所園芸研究センター,富山県農業技術センター果樹試験場,石川県農業総合研究センター,福井県農業試験場,静岡県農林技術研究所果樹研究センター,愛知県農業総合試験場,岐阜県農業技術センター,三重県科学技術振興センター農業研究部,滋賀県農業技術振興センター栽培研究部花き・果樹分場,京都府丹後農業研究所,兵庫県立農林水産技術総合センター北部農業技術センター,鳥取県園芸試験場,島根県農業技術センター,山口県農林総合技術センター,徳島県立農林水産総合技術支援センター果樹研究所県北分場,愛媛県立果樹試験場,高知県農業技術センター果樹試験場,福岡県農業総合試験場,佐賀県果樹試験場,長崎県果樹試験場,熊本県農業研究センター果樹研究所,大分県農林水産研究センター果樹研究所,宮崎県総合農業試験場,鹿児島県農業開発総合センター果樹部北薩分場(系統適応性検定試験開始時の名称).

青森県農林総合研究センターりんご試験場県南果樹研究センターは平成 22 年をもって試験を中止した.

育成担当者

壽和夫(1996 年 4 月~ 2004 年 3 月),齋藤寿広(1996 年 4 月~ 2004 年 3 月,2008 年 4 月~ 2015 年 3 月),寺井理治(1996 年 4 月~ 1998 年 3 月),西端豊英(1996 年 8 月~ 1997 年 12 月),正田守幸(1998 年 4 月~ 2002 年 3 月),樫村芳記(1998 年 6 月~ 1999 年 3 月),澤村豊(2000 年 4 月~ 2010 年 3 月),髙田教臣(2002 年 8 月~ 2015 年 3 月),平林利郎(2004 年 4 月~ 2008 年3 月),佐藤明彦(2004 年 4 月~ 2008 年 3 月),西尾聡悟(2008 年 4 月~ 2015 年 3 月),尾上典之(2011 年 4 月~ 2012 年 3 月),加藤秀憲(2012 年 4 月~ 2015 年 3 月),鈴木勝征(1996 年 4 月~ 2004 年 3 月),内田誠(2004 年 4 月~ 2008 年 3 月)

特性の概要

1.育成地での成績に基づく特性

農研機構において 2012 年から 2017 年までの 6 年間,2017 年に 11 年生の複製樹 2 樹を用い,同樹齢の‘豊水’を対照として,育成系統適応性検定試験・特性検定試験調査方法に従って特性を調査した.主要な樹体特性および果実特性をそれぞれ Table 1 および Table 2 に示した.連続的変異を示す形質については,各年次の平均値について対照品種との差を対応のある t 検定により検定した.S 遺伝子型の判定は PCR-RFLP 法(Ishimizu et al., 1999)によって行った.自家和合性の評価は,‘なるみ’については 2010 と 2011 年の 2 カ年,‘豊水’ については 2009 年と 2012 年の 2 カ年,各品種の風船状花を 1 花そう 2 花,15 花そう/ 年を用い,除雄処理を行って自家花粉を受粉後,袋掛けを行って約 90 日後に結実率を調査した.結実率 30%以上を自家和合性,30%未満を不和合性と評価した(Sato, 1993).自然受粉条件での結実率については,2010 と 2011 年の 2 カ年,各品種 1 樹から選んだ短果枝 20 花そうについて,(満開 1 ヶ月後の結実数)/(開花時の花数)の平均値を結実率とした.これらの結果について Table 3 に示した.

1) 樹性および生理,生態的特性

樹勢は中~やや強い(Table 1).枝は,発生量が中程度で‘豊水’ より少なく,短く,やや太く,茶色を呈する.花芽は中程度の大きさで,長楕円形を呈し,鱗片の色は褐色である.幼葉は褐色を呈し,毛じの密度は中程度である.成葉は長楕円形で,短く,幅はやや狭い.葉柄は短く,葉身の長さに対する比は中である.花序の花の数は多く,つぼみは淡桃色を呈する.花弁は主に白色を呈し,数は 5 ~ 6 枚以下,切れ込みの数は多い.雄ずいの数は中程度で,やくの色は淡い赤色で,花粉を有する.開花期の平均値は 4 月 17 日で‘豊水’と同時期である.短果枝の着生は多く,腋花芽の着生は中~やや多い.平均収穫日は 9 月 5 日で,‘豊水’ とほぼ同時期である.黒斑病抵抗性,黒星病には罹病性であり,殺菌剤無散布圃場において‘豊水’ より発生が多い. 

2)果実特性

果実の大きさは 617 g で‘豊水’ より有意に重い(Table 2).果形は円形が多いが扁円形も混在し,揃いは中~やや良い.果皮は黄赤褐色を呈し,中程度の大きさの果点が中程度分布し,果面の粗滑は中程度である.果柄は短く,太さは中程度で,肉梗はない.心室数の多少は中程度である.果肉は白く,肉質は果肉硬度が 4.6 ポンドで‘豊水’ と同程度に軟らかく,ち密であり.果汁糖度は 13.4% で‘豊水’と同程度に高い.果汁の pH は 4.9 で‘豊水’より酸味は少なく,渋みはなく,果汁は多い.果実の貯蔵性は 7-14 日で,年次変動がみられるが,おおよそ‘豊水’と同程度と考えられる.種子はやや小さく,数は多い.芯腐れの発生は‘豊水’ と同程度に少なく,裂果の発生はみられない.みつ症は‘豊水’ では年次によって多発するが,本品種に発生はみられない.

3)結実特性

自家花粉を受粉した際の結実率が高く自家和合性を示し(Table 3),S 遺伝子型は S4smS5 である.また,自然受粉条件下での結実率が高いため,人工受粉作業の省力化が可能と考えられる.一方,S4sm の花粉は柱頭側の S4 だけでなくS1 とも不和合性を示すため(Saito et al.,2012),本品種の花粉は,‘幸水’ 等 S4 S5S1S5 の遺伝子型の品種に対して不和合性を示すと考えられる.このため,これらの遺伝子型を持つ品種の受粉樹として本品種は不適である.

2.系統適応性検定試験の結果

2007 年から農研機構を含む全国 38 カ所の試験研究機関で開始されたナシ第8回系統適応性検定試験での各場所の成績について,2013 年と 2014 年における平均値を,Table 4 には樹体・結実特性及び生態的特性を,Table 5 には果実品質等に関する特性をそれぞれ示した.なお,試験を中止した青森県からは成績が得られなかったため,両表は 37 場所の成績からなっている.連続的変異を示す形質については,各場所の 2 年間の平均値について‘豊水’ との比較を対応のあるt検定により行った(Table 6).

樹勢は「弱」から「強」まで評価が分かれたが,「中」と評価した場所が最も多く(Table 4),‘豊水’ とほぼ同程度であると考えられた.枝の発生密度は「少」から「多」まで評価が分かれ,「中」と評価した場所が多く,‘豊水’よりは少ないと考えられた.開花中央日は九州の一部で 3 月末,北日本の一部で 5 月上旬であり,全国平均は4月 14 日で,‘豊水’ との差は 1 日で有意でなかった(Table 6).短果枝の着生はほとんどの場所が「中」以上と評価しており,‘豊水’ よりやや多いと考えられた.えき花芽の着生は「中」程度とする場所が多く ‘豊水’ よりは少ないと考えられた.収量は 8 年生樹の全国平均が 34.9 kg で,同樹齢の‘豊水’ との差は有意ではなかった.収穫中央日は静岡,四国および九州の一部で 8 月下旬,北日本の一部で 9 月下旬であった.全国平均は 9 月 10 日で‘豊水’との差は 1 日でその差は有意でなかった.

平均果実重は 305 ~ 649 g の範囲にあり,全国平均は 532 g で(Table 5),‘豊水’ より有意に大きかった.果実の形は「円」ないし「扁円」で,揃いは「不良」から「良」まで評価が分かれたが,「中」とする場所が多かった.果肉硬度は全国平均が 4.7 ポンドで‘豊水’ と同等であった.果汁糖度は全国平均が 12.9% で,‘豊水’ の 12.7% との差は有意ではなかった.果汁 pH は全国平均が 4.9 で‘豊水’ の 4.7 より有意に高く,酸味が少ないと評価された.心腐れ症状は,一部の県で年次によって発生が認められたが,大部分の県では発生しなかった.みつ症状は,対照品種の‘豊水’ が大部分の県で年次により発生が認められたのに対し,5 場所を除いて発生しなかった.果実の日持ち性は 4 日から 20 日程度との評価まで分かれたが,全国平均は 10 日程度で,概ね‘豊水’ と同程度と評価する場所が多かった.

3.適地及び栽培上の留意点

系統適応性検定試験の結果から,いずれの地域においても果実肥大や糖度等の点では問題がなく,‘豊水’ で年によって問題となるみつ症状の発生が少なく,酸味も少ないため全国での栽培が可能と考えられる.また,自家和合性であることから人工受粉の省力化が可能であり,普及が期待される.自家和合性で結実率が高く,短果枝の維持が比較的容易なため,結実過多となる可能性がある。せん定時に短果枝数を調整して摘果労力増加を防止することが望ましい。また,他の自家和合性品種では,除芽によって花芽数を制限することで果実品質を低下させることなく摘果労力を削減可能であることが報告されているので(新潟県園芸研究センター,2015),本品種への利用について今後検討が必要である.樹や枝の枯死,胴枯れ病の発生が複数場所で認められた.また,黒星病が多発すると観察された場所が複数あり,育成地では殺菌剤無散布圃場において対照品種と比較して黒星病の発生が多いことが観察されており,適正な薬剤散布による防除が必要である.

謝辞

本品種の育成にあたり,系統適応性検定試験を担当された関係公立試験研究機関の各位ならびに多年にわたり実生育成,特性調査などにご協力を寄せられた歴代の職員,研修生諸氏に心から謝意を表します.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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