農研機構研究報告
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原著論文
ニホングリ新品種‘ぽろすけ’
齋藤 寿広 髙田 教臣澤村 豊西尾 聡悟平林 利郎佐藤 明彦加藤 秀憲尾上 典之内田 誠
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2021 年 2021 巻 7 号 p. 39-46

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Abstract

‘ぽろすけ’ は, 2004 年に 550-40[290-5(‘森早生’ × ‘改良豊多摩’)]× ‘国見’)に‘丹沢’ を交雑し,育成した実生から選抜した早生の易渋皮剥皮性を有するニホングリ品種である.2009 年からクリ第 7 回系統適応性検定試験に,クリ筑波 41 号として供試し,2016 年 2 月の果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,2018 年 5 月 29 日に第 26828 号として種苗法に基づき品種登録された.系統適応性検定試験の結果では,樹勢の強弱は中,樹姿は直立と開張の中間である.雌花の満開日は 6 月 3 日で‘丹沢’ や‘ぽろたん’ と同時期である.収穫盛期は 9 月 2 日であり,‘丹沢’ と同時期で,‘ぽろたん’ より早い.若木の収量は‘丹沢’ や‘ぽろたん’ と同程度である.双子果,腐敗果,虫害果の発生率は‘丹沢’,‘ぽろたん’ と同程度,裂果の発生率は‘丹沢’ と同程度で,‘ぽろたん’ より高い.果実重は約 19 g で‘丹沢’,‘ぽろたん’ より小さい.果実の揃いは良好で,比重は‘丹沢’,‘ぽろたん’ と同程度である.果肉の色は黄色で肉質はやや粉質,甘味や香気は中程度であり,食味は‘丹沢’ や ‘ぽろたん’ と同程度である.渋皮剥皮性は‘ぽろたん’ と同様に容易である.また,‘ぽろたん’ と交雑和合性を示すため,両品種を植栽する園地では渋皮剥皮が容易な果実のみ生産可能である.‘ぽろすけ’ は渋皮剥皮が容易な果実の供給期間を拡大可能な品種として普及が期待される.

緒言

ニホングリは一般にチュウゴクグリ等他の種と比較して大果であるが渋皮の剥皮が困難であるため(志村 1970, Tanaka et al., 1981, Kotobuki et al., 1999), 易渋皮剥皮性と大果性を兼ね備えたクリ品種が加工・利用場面において求められてきた.易渋皮剥皮性育種については,明治時代後半からの民間におけるチュウゴクグリの実生の選抜(猪崎, 1978)から始まり,大正時代からは公的機関における主に日中種間雑種からの選抜によって進められた(梶浦, 1978兵庫県農業試験場,1951田野,1954).しかし,チュウゴクグリ品種はいずれも後年出現したクリタマバチへの感受性が高かったために普及に至らず,一方の日中雑種第1代では剥皮容易な品種の出現は認められなかった(金戸, 1973).1947 年に組織的なクリ育種を開始した園芸試験場(現:農研機構果樹茶業研究部門)では,1950 年代からクリタマバチ抵抗性育種に重点を置くようになった中で,1966 年から日・中クリ雑種第1次育種試験を開始した(町田,1984). Tanaka and Kotobuki(1992)は日中雑種第1代を素材として,その系統間の交雑やチュウゴクグリとの戻し交雑により,渋皮剥皮性が容易でかつクリタマバチ抵抗性の品種育成が可能であることを示唆したが,品種育成には至らなかった.その後,育種選抜に利用可能な簡易かつ迅速な渋皮剥皮性の評価法が開発された結果(正田ら,2006), 2006 年にニホングリ由来の大果で易渋皮剥皮性を有する‘ぽろたん’ が育成され(齋藤ら,2009),現在普及が進んでいる.今後易剥皮性品種の普及を促進する上では,早生から晩生までの易剥皮性品種を育成することが必要である.今回,‘ぽろたん’ より早生の‘ぽろすけ’を育成したので,育成の経緯と特性の概要について報告する.

育成経過

‘ぽろすけ’ は,2004 年に農研機構果樹研究所遺伝育種部(現 農研機構果樹茶業研究部門品種育成研究領域)において,易渋皮剥皮性を有する個体の獲得を目的として,‘ぽろたん’ と同様の交配組合わせである,早生の大果系統の 550-40 と‘丹沢’ との交雑を行って得られた実生から選抜した品種である.播種後1年間苗圃で養成し,2006 年に選抜圃場に定植した.個体番号は 568-41 である.渋皮剥皮が容易であり,‘ぽろたん’ より早生で食味が良好であったため,2008 年に一次選抜した.2009 年より開始されたクリ第7回系統適応性検定試験にクリ筑波 41 号の系統名で供試し,全国 14 カ所の公立試験研究機関でその特性を検討した.その結果,‘丹沢’ と同時期に成熟する,渋皮剥皮が容易で,食味良好な特性を有する系統で品種として有望であると判断され,2016 年 2 月の平成 27 年度果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会(落葉果樹)で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,同年 5 月の果樹研究所職務育成品種審査会において,新品種候補として品種登録出願することが決定された.2016 年 6 月 9 日に‘ぽろすけ’ と命名して種苗法に基づき品種登録を出願し,2018 年 5 月 29 日に第 26828 号として登録された.本品種の系統図を Fig.1 に,本品種の樹姿および果実の写真を Fig.2Fig.3 にそれぞれ示した.

 

農研機構以外の系統適応性検定試験の参加場所および本品種の育成担当者は以下のとおりである.

茨城県農業総合センター園芸研究所,栃木県農業試験場,埼玉農林総合研究センター園芸研究所,神奈川農業技術センター北相地区事務所,新潟農業総合研究所園芸研究センター,石川県農林総合研究センター農業試験場,岐阜県中山間農業研究所中津川支所,京都府森林技術センター,兵庫県立農林水産技術総合センター農業技術センター,島根県農業技術センター,山口県農林総合技術センター,愛媛県南予地方局鬼北農業指導班,高知農業技術センター果樹試験場,熊本農業研究センター果樹研究所,宮崎総合農業試験場(系統適応性検定試験開始時の名称).

神奈川農業技術センター北相地区事務所は 2013 年をもって試験を中止した.

育成担当者

平林利郎(2004 年 4 月~ 2008 年 3 月),佐藤明彦(2004 年 4 月~ 2008 年 3 月),澤村豊(2004 年 4 月~ 2010 年 3 月),高田教臣(2004 年 4 月~ 2016 年 3 月),齋藤寿広(2008 年 4 月~ 2016 年 3 月),西尾聡悟(2008 年 4 月~ 2016 年 3 月),尾上典之(2011 年 4 月~ 2012 年 3 月),加藤秀憲(2012 年 4 月~ 2016 年3 月),内田誠(2004 年 4 月~ 2006 年 3 月)

特性の概要

1.育成地での成績に基づく特性

農研機構において 2013 ~ 2016 年の 4 年間,2016 年次に 8 年生の複製樹 2 樹を用い,同樹齢の‘丹沢’ と‘ぽろたん’ を対照として,育成系統適応性検定試験・特性検定試験調査方法に従って特性を調査した.主要な樹体特性を Table 1 に,果実特性を Table 2 に示した.連続的変異を示す形質については,年次を反復として品種間の平均値の差を5%水準の Tukey HSD test により検定した(Table 1,2).また,食味形質および果肉色については各年の官能評価の結果を順位尺度として,Kruskal-Wallis 検定を行い,各品種間の差を5%水準の Steel-Dwass test により検定した(Table 2).また,本品種と‘ぽろたん’ との交雑和合性を確認するために相互交配を行った.2012 年と 2013 年に各組合わせ 45-90 雌花を用い,開花直前に雌花に袋掛けを行って外部の花粉を遮断しておよそ 2 週間後に相互の花粉を受粉し,収穫果実数/ 雌花小花数× 100 から結実率を求めた(Table 3).

1)樹性および生理・生態的特性

樹勢は「中」で(Table 1),樹姿はやや開張性を示す. 枝梢の発生は中程度で,赤褐色を呈する.毛じの発生は無い.葉は楕円状披針形を呈する.雄花穗の長さは極短で,姿勢は直立を呈する.展葉期は早く,雄花の開花期は早い.雌花の開花期は‘丹沢’ より有意に早く,‘ぽろたん’ と同時期である.収穫期は 8 月下旬~ 9 月上旬で,平均は 8 月 30 日で‘ぽろたん’ より有意に 8 日早く,‘丹沢’と同時期である.1 樹当たりの収量は 5 ~ 8 年生時の 4 年間の平均値が 4.2 kg で‘丹沢’ や‘ぽろたん’ と同程度である.双子果率は 1.5% で‘丹沢’ や‘ぽろたん’ と同程度に少ない.裂果率は 14.8% で‘丹沢’ よりやや少ないが差は有意でなく,‘ぽろたん’ より有意に多い.腐敗果率は 0.8%と少なく,‘丹沢’,‘ぽろたん’ と同程度である. モモノゴマダラノメイガによる虫害果の発生率は 11.0%で‘丹沢’,‘ぽろたん’ より若干少ないが,差はいずれも有意ではない.これまでにクリタマバチの虫えいはその他の主要品種と同様に観察されていない. 

2)果実特性

果実は三角形と帯円三角形が混在し,果皮は褐色を呈する.座の大きさは中程度で,接線は直と湾の中間を呈する.一果平均重は 21.9 g で‘丹沢’との差は有意でなく,‘ぽろたん’より有意に小さい(Table 2).果実の揃いは良い. 比重は 1.08 で‘丹沢’,‘ぽろたん’ と同程度である.食味に関する尺度値は,肉質はやや粉質,甘味は中程度で,香気はやや高く,いずれも‘ぽろたん’ よりは低いものの,‘丹沢’ と同等である.果肉の黄色味も同様に‘ぽろたん’よりは低いものの,‘丹沢’と同等である.渋皮剥皮性は‘ぽろたん’ と同程度に容易である(Fig.4). 

3)‘ぽろたん’ との交雑和合性

本品種と‘ぽろたん’ の相互交配の結果,結実率はいずれも 70%以上であった(Table 3).この値は「ぽろたん」と他の主要なニホングリ品種との結実率(Takada et al.,2010)とほぼ同程度であり,また両品種の開花期がほぼ同時期であることから,相互に受粉樹として利用可能である.

2.系統適応性検定試験の結果

2009 年から全国 15 カ所の試験研究機関で実施されたクリ第 7 回系統適応性検定試験での各場所の 2014 年~2015 年の平均値について,樹性に関する特性は Table 4 に,果実特性に関する特性は Table 5 にそれぞれ示した. 品種間差異については,場所を反復として1と同様の手法で検定した(Table 6, 7).

樹勢はほとんどの場所において「中」と判定され(Table 4),樹姿は直立と開張の中間であると評価した場所が多かった.雌花の満開期は 5 月 23 日(熊本)から 6 月 14 日(石川)まで変動し,全国平均は 6 月 3 日であった.‘丹沢’より 2 日,‘ぽろたん’ より 1 日早かったが,両品種との差は有意ではかった(Table 6).収穫盛期は 8 月 24 日(熊本)から 9 月 12 日(石川)まで変動した.全国平均値は 9 月 2 日であり,‘丹沢’ と同日で,‘ぽろたん’ より 9 日有意に早かった.1 樹あたり収量の平均値は 4.5 kg で,‘丹沢’,‘ぽろたん’ と有意な差は認められなかった.したがって,若木での収量は,概ね‘丹沢’,‘ぽろたん’ と同程度であると思われる.双子果の発生率は,島根県と愛媛県において 10%以上であったが,それ以外の場所では低く,全国平均 4.2% で‘丹沢’,‘ぽろたん’ との差はいずれも有意ではなかった.裂果の発生は場所による変動が大きく,0.9%(石川)から 25.9%(宮崎)まで変動した.全国平均は 13.0%で,‘丹沢’(20.3%)との差は有意でなく,‘ぽろたん’(3.8%)より有意に高かった.実たんそ病をはじめとする腐敗果の発生率は,島根県と宮崎県において 10%以上であったが,それ以外の場所では低く,全国平均は 3.3%で‘丹沢’ や‘ぽろたん’ と同程度に低かった. 虫害果の発生は,場所による変動が大きく,1.5%(兵庫)から 34.6%(島根)まで変動した.全国平均値は 10.7%で,‘丹沢’,‘ぽろたん’ との差は有意でなかった.

1果重は 14.3 g(栃木)から 23.2 g(京都)まで変動した(Table 5).全国平均は 18.7 g で,‘丹沢’(23.4 g)や‘ぽろたん’(25.8 g)より有意に低く,両品種より小果であると考えられる(Table 7).果実の比重はいずれの場所においても 1.06 以上と高く,全国平均が 1.08 で,‘丹沢’,‘ぽろたん’ と比較して同程度以上の値を示した.果実の揃いは,「良」と評価した場所が最も多く,‘丹沢’,‘ぽろたん’ と比較すると,同等以上の評価が得られた.果実の肉質は「やや粉質」と評価した場所が最も多く,次いで「粉質」との評価が多かった.概ね‘丹沢’,‘ぽろたん’と同程度と評価する場所が多かった.甘味は「少」から「多」まで評価が分かれたが,‘丹沢’,‘ぽろたん’ と同程度と評価する場所が多かった.香気も‘丹沢’,‘ぽろたん’と同様に「中」と評価した場所が最も多かった.果肉色は「黄」と評価した場所が多く,概ね‘丹沢’ や‘ぽろたん’と同程度とする評価が多かった.これら食味や果肉色に関するいずれの順位尺度値も,‘丹沢’,‘ぽろたん’ との間に有意な差は認められなかった.以上のことから,本品種の果実品質は‘丹沢’ や‘ぽろたん’ とほぼ同程度であると考えられ,多くの場所から食味良好であると評価された.渋皮剥皮に関しては,困難との指摘はみられず,大部分の場所から容易であると評価された.

3.適応地域及び栽培上の留意点

系統適応性検定試験の試験参画場所であった関東地方以西のクリ栽培地域には適応すると考えられる.系統適応性検定試験においては,場所や年次により虫害果率が高くなる傾向が認められた.虫害果は,その多くがモモノゴマダラノメイガによるものと考えられる.毬(いが)を園外へ持ち出す等の耕種的防除とともに,適期防除を行うことが望ましい.農薬を用いる栽培においては,発生予察等により的確な防除に努める.

本品種は,渋皮の剥皮が‘ぽろたん’ と同様に容易で,‘ぽろたん’ より早生である.このため,易渋皮剥皮性品種の供給期間の拡大を図れる品種として普及が見込まれる.また,‘ぽろたん’ と開花期がほぼ同時期で,相互に交雑和合性を示すことから,‘ぽろたん’ の受粉樹としても利用可能である.特に,両品種のみを植栽した園地では渋皮剥皮が容易な果実のみを安定して収穫することが可能となると考えられる.植栽方法については,両品種を隣接する列に植えることで安定結実が期待出来る(Nishio et al., 2019

謝辞

本品種の育成にあたり,系統適応性検定試験を担当された関係公立試験研究機関の各位ならびに多年にわたり実生育成,特性調査などにご協力を寄せられた歴代の職員,研修生諸氏に心から謝意を表します.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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