農研機構研究報告
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原著論文
殺虫剤無散布カキ圃場におけるヒメクロイラガによる食害葉数
新井 朋徳 井上 広光
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2021 年 2021 巻 7 号 p. 89-93

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殺虫剤無散布カキ圃場におけるヒメクロイラガ幼虫によるカキ食害葉数を調査した. 捕食者不在のヒメクロイラガ 1 集団あたりの食害葉数は 211.1 葉となったが,捕食性天敵ヒラタアトキリゴミムシ幼虫が認められたヒメクロイラガ 1 集団あたりの食害葉数は 47.2 葉となり,捕食性天敵不在集団と比べて被害が 4 分の 1 未満に抑制された.

緒言

ヒメクロイラガ Scopelodes contractus Walker は年 2 回の発生で,若齢期には集団で加害し,その後の中~老齢期には広範囲の枝葉に分散するため(藤下ら 1962),発生を放置すると栽培管理作業の大きな支障になる.また本種は,有機合成殺虫剤の使用が普及する以前にはイラガ類の中でもカキ等での被害が大きいことが知られ(藤下ら 1962, 高橋 1930),カキの潜在的な食葉性害虫として重要と考えられる.農林水産省の「緑の食料システム戦略」(2021)では 2050 年までに化学農薬の使用量の 50% 低減や有機農業の取り組み面積の拡大を推進目標に掲げているが,今後カキ圃場で減農薬栽培や有機栽培が進められた場合,ヒメクロイラガによる食害が顕在化する恐れがある.カキでは春に伸長した葉が展葉伸長し,7 月下旬までに面積を増加して成葉となる(佐藤ら 1989).カキの摘果は 1 果あたりの生産に必要とされる葉数(15 ~ 25 葉,農業・生物系特定産業技術研究機構 2006; 20 葉,鈴木ら 2010)を考慮して,一般に 6 月の生理落果がほぼ終了した後から 7 月にかけて行われる(佐藤ら 1989)が,ヒメクロイラガは特に 7 月下旬以降発生が多くなり,果実生産に必要な多くの成葉を加害する.果樹において葉の食害面積が果実品質や果実収量に及ぼす影響を調査した報告は見あたらないが,イネではアワヨトウMythimna separata (Walker)(佐藤 1988)やイネドロオイムシOulema oryzae (Kuwayama)(高山ら 1977),ダイズではチョウ目害虫 5 種(齋藤,江口 1980)による葉への加害が収量等に影響を及ぼすことが報告されていることから,ヒメクロイラガの多発時にもカキの果実生産や果実品質への影響が考えられる.今回,殺虫剤無散布圃場のヒメクロイラガ多発条件下において,本種の食害葉数と,葉の被害から果実生産に及ぼす影響を推測した結果を報告する.

材料および方法

農研機構果樹茶業研究部門ブドウ・カキ研究拠点(広島県東広島市安芸津町)内のカキ 2 圃場で調査した.圃場 1 は 2012 年 6 月 13 日以降殺虫剤無散布としたカキ圃場で,面積 4 a,樹間 3.5 m,列間 3.5 m と 7 m の 3 列植えで,‘富有’ 10 樹と,‘平核無’ を高接ぎした‘富有’ 1 樹,‘禅寺丸’ 幼木 2 樹が栽培されていた.圃場 1 では‘禅寺丸’幼木を除く11 樹を調査樹とした.圃場 2 は 2016 年 5 月 12 日以降殺虫剤無散布としたカキ圃場で,面積 2 a,樹間 2 m,列間 5 m の 2 列植えで,‘甘秋’ と‘西条’ がそれぞれ 6 樹栽培されていた.圃場 2 では‘甘秋’ 6 樹を調査樹とした.2018 年 7 月 4 日から 9 月 18 日まで,1 日~1 週間間隔でヒメクロイラガ集団(1 卵塊から発生する幼虫集団)の発生を観察した.発生した集団の初観察部位近くには集団による食害葉数把握ができるように誘引テープ(マックス,光分解テープ, TAPE 100-R または 200-L)で目印を付け,初発日を記載した(Table 1).また,初発日から原則 1 週間間隔で集団ごとに食害葉数を調査し,幼虫が確認できなくなった日を調査終了日としたが(Table 1),ほとんどの場合,調査終了日の食害葉数が調査期間中の最大の食害葉数であったことから,調査終了日の食害葉数をその集団による被害葉数とした.調査にあたり,被害葉は葉面積に対する食害面積の割合に応じて,A(25% 未満),B(25% ~ 50%),C(50% 超)の 3 段階に分け(Fig. 1),食害程度別の葉数を調査した.集団ごとの幼虫数は,集団を最初に確認した際に撮影した画像から推測した.また,週 1 ~ 2 回の間隔で集団を観察し,捕食性天敵(以降,捕食者)が認められた場合には画像撮影を行い,種まで同定し,個体数を記録した.なお,調査圃場では単独で食害する他種イラガ類が認められたが,これらイラガ類は発見次第,除去した.

結果および考察

各調査圃場のヒメクロイラガ各集団における食害程度ごとの被害葉数および捕食者数をTable 2 に示した.各調査圃場で観察された主な食害はヒメクロイラガによるものであった.一部には,ヒメクロイラガに類似した被害の様態を示すヒロヘリアオイラガ Parasa lepida Cramer やアカヒトリ Lemyra flammeola (Moore) による加害も見られたが,ヒメクロイラガの食害調査部位と重複していなかったことから,ヒメクロイラガ食害葉数調査への影響はないと判断した.ヒメクロイラガは圃場 1では 8 樹に 13 集団,圃場 2 では 2 樹に 2 集団認められ,7 月中旬以降発生が多くなった.捕食者は圃場 1 の 5 集団で認められた.今回確認された捕食者幼虫(Fig. 2A,B)は,前年にもカキ圃場でヒメクロイラガ幼虫集団から採集されていたが,成虫まで飼育してアトキリゴミムシの1種であることを確認していた(Fig. 2C).幼虫の形態と吉富(2019)の幼虫検索表との比較から,この捕食者幼虫はヒラタアトキリゴミムシ Parena cavipennis (Bates) と判断した.また,10 番集団で認められた捕食性カメムシの1種(Table 2Fig. 2D)は,カメムシ科の中で強い捕食性を示すクチブトカメムシ亜科とみられ,安永ら(1993)を参考に,前胸背板の側角の後縁に小突起があることから,キュウシュウクチブトカメムシEocanthecona kyushuensis (Esaki et Ishihara) と判断した.キュウシュウクチブトカメムシは 1 個体しか観察できなかったことから,今回調査した圃場におけるヒメクロイラガ幼虫の主要な捕食者はヒラタアトキリゴミムシと判断した.ヒメクロイラガ集団ごとの食害程度別葉数から推測される被害果数を,捕食者の有無により分けた結果を Table 2に示した.11 番集団では捕食者が認められなかったが,天敵が存在するほぼ同サイズの集団(6 番,10 番,12 番集団)と同様に食害葉数が少なくなったこと,同じ樹に発生していたアカヒトリ幼虫 2 集団にヒラタアトキリゴミムシと思われる幼虫が確認されたことから,11 番集団も捕食者の影響を受けたと判断し,捕食者が認められた集団に含めた.捕食者不在の集団では平均で 211.1 葉が食害を受けた.この食害葉数から,食害程度別に設定した食害面積の割合の最小値(B:25%,C:50%)に相当する葉面積が失われると仮定し,カキにおける葉果比(15 ~ 25 葉/ 果)から推測される被害果数 を次式

(B の葉数× 0.25 + C の葉数× 0.5)/(15 または25).

から算出したところ,少なく見積もっても集団あたり 4.1~ 6.8 果の生産に相当する葉面積が失われたと推測された(Table 2).このことから,捕食者不在のヒメクロイラガ集団が認められた場合には,発生状況に応じて果実への影響を考慮し,早期に防除対策が必要になると考えられた.一方,捕食者が認められた集団では平均で 47.2葉が食害を受け,この食害葉数と食害程度別の最小食害面積,カキにおける葉果比から, 少なく見積もっても集団あたり 0.9 ~ 1.5 果の生産に相当する葉面積が失われたと推測され(Table 2),捕食者不在の集団と比べ被害は 4 分の 1 未満であった.ヒラタアトキリゴミムシはチャドクガ Euproctis pseudoconspersa (Strand) の天敵としても知られ,茶園における調査例から発生は密度依存的と考えられている(小俣 2009).圃場 1 では本調査の 6 年前から殺虫剤無散布であり,ヒメクロイラガ集団の多発生を受けてヒラタアトキリゴミムシも多く発生したと考えられたが,圃場 1 全体として考えた場合,本捕食者によりヒメクロイラガの被害を抑えることが可能かどうか,今回の調査結果だけでは判断できない.ヒラタアトキリゴミムシを含めた捕食者によるヒメクロイラガ被害の軽減効果を解明するためには,今後同様のデータを蓄積するとともに,収穫果の収量や品質の調査も行って判断する必要があると考えられた.

謝辞

本研究は,平成30 年度農林水産省戦略的プロジェクト研究推進事業「ドローンやほ場設置型気象データセンサー等センシング技術を活用した栽培管理効率化・安定生産技術の開発」のうちの「ドローンやセンシング技術を活用した果樹の病害虫防除管理効率化技術の開発」の助成を受け行われた.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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