農研機構研究報告
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巻頭言
発刊に寄せて
渡辺 満
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2021 年 2021 巻 8 号 p. 1

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2011 年 3 月 11 日,マグニチュード 9.0 の東北地域太平洋沖地震を起因とする津波により,東北地域から関東の太平洋沿岸部の広範囲,特に岩手県の三陸沿岸南部から福島県にかけては壊滅的な被害を受けました.この時,福島県大熊町,双葉町に位置する東京電力福島第一原子力発電所で発生した原子力事故は,国際原子力事象評価尺度において 1986 年のチェルノブイリ原子力発電所事故とともに深刻な事故に該当する“ レベル 7” に位置付けられています.この事故により大量の放射性物質が飛散し,農地土壌や森林,作物等に沈着しました.これに対し,政府策定による復興政策において復興の基盤として位置づけられ進められた除染は,帰還困難区域を除き 2017 年 3 月に終了しました.しかし農業復興の面では,半減期が 30 年と長い放射性セシウム(137Cs)の農作物への移行を低減する対策の確立が喫緊の課題であることから,農作物・食品の安全性を確保するための様々な取り組みが進められました.その結果福島県では,2015 年度以降基準値(100 Bq/kg)を超過する玄米は検出されていません.

農研機構は被災直後から関係機関,被災県などと協力し現地調査・研究を行い,2012 年には所在地が被災地に近い東北農業研究センター福島研究拠点(福島市)内に農業放射線研究センターを設置,福島県と連携協定を締結し放射線対策研究を強化しました.農林水産省委託プロジェクト研究等では,被災地の営農再開のための継続的な技術開発に取り組んでおり,2018 年から実施している「食料生産地域再生のための先端技術展開事業- 原発事故からの復興のための放射性物質対策に関する実証研究」(先端プロ「営農促進」)においては,除染後農地の地力回復技術,環境中放射性物質の動態解明及びモニタリング,水稲・大豆・ソバ・牧草等作物への放射性物質移行低減技術,営農再開のための省力的圃場管理技術の開発を実施しています.本プロジェクトを含め放射線対策研究の成果については,順次論文発表とともにマニュアル,技術成果集等として公表していますが,今回農研機構報告として,これまでに農研機構が農林水産省委託プロジェクト等で実施した被災地復旧・復興を目的とした農業現場での放射線対策研究の成果をとりまとめて発刊することになりました.

2021 年は震災後 10 年目の節目の年になります.復興庁の設置期限も当初予定から 10 年延長の 2030 年度末までとなり,帰還困難区域における特定復興再生拠点の設定に伴い避難解除に向けた集中的な除染やインフラ整備の取り組みも始まりました.また浜通り地域の産業再生のための福島・国際産業研究都市(イノベーションコースト構想)も進みつつあります.しかし依然,被災地域における農地の営農再開率は30% 程度にとどまっており(2020 年 7 月時点),営農再開に向け農業現場において継続的な取り組みが必要な状況は続いています.本報告により,これまでに農研機構が実施した被災地農業現場の復旧・復興の取り組み成果を紹介することで,現時点での課題を明らかにします.さらに 2021 年開始の先端プロ「特定復興再生拠点区域等の円滑な営農再開に向けた技術実証」において「特定復興再生拠点区域」を含む被災地域の問題解決にこれまでの開発技術を適用するとともに,新規開発技術も活用し営農再開を支援します.今後も農研機構は被災地における農業復興に取り組み,生業(なりわい)農業の再開進展,さらに産業としての農業の実現に貢献してまいります.本報告が今後の被災地農業復興の一助になれば幸いです.

 
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