2021 年 2021 巻 8 号 p. 13-18
農地の除染の効果を確認するためには,除染前後で放射能モニタリングが必要である.本稿では,農地の除染前後の放射性セシウムの分布状況を迅速・高精度で把握する空間ガンマ線測定システムと,システムをラジコン制御可能な移動走行車に搭載したモニタリング技術を紹介する.NaI(Tl)シンチレーション検出器を使用した本測定システムの全体の重量は 5 kg 程度であり,ここで紹介する移動走行車以外にも,無人ヘリや気球等への搭載も可能である.高感度の検出器を用いることで 10 秒間の測定で十分な測定精度が得られ,移動しながらの測定が可能であることが示された.本システムでは測定と同時に測定地点の位置情報が記録されるため,ガンマ線強度の空間分布を把握できる.また,得られた測定結果は空間線量率に換算可能であることが示され,二つのモニタリング試験では,いずれの圃場においても除染前後で空間線量率が低下していることが確認できた.農地の除染効果の確認という観点からは,本システムは十分な解像度を有しており,除染前後のガンマ線強度を容易に可視化することが可能である.
2011 年 3 月の東京電力福島第一原子力発電所の事故により大量の放射性物質が環境中に放出された.放出された放射性核種のうち量的に卓越していたのは放射性ヨウ素(131I)と放射性セシウム(134Cs と137Cs)である.このうち 131I は半減期が約 8 日と短く,長期的に農地に蓄積されるのは半減期が約 2 年の 134Cs と半減期が約 30 年の137Cs である.放射性セシウムは地表面近傍の土壌に吸着されており(例えば,塩沢ら 2011,奥島ら 2012),除染後の営農再開という観点から,作物の根域に放射性物質をなるべく残存させないことが,農作業中の外部被ばく線量の低減とともに求められる.農地を除染するためには,表土削り取り,水による土壌攪拌・除去,反転耕等の手法があり,農林水産省ではこれらの技術の評価を行い(農林水産省 2012),技術書としてとりまとめている(農林水産省 2013).また,圃場だけではなく法面や畦畔といった周辺域の除染のための技術も開発されてきた(Hachiya et al. 2016).これらの除染の実施前後には空間線量率を測定し,除染の効果を確認することが重要である.また,農地の土壌中の放射性セシウム濃度と空間線量率の間には正の相関が認められ(農業環境技術研究所 2012),空間線量率は土壌中の放射性セシウム濃度の推定への活用も期待できる.除染後に継続的に空間線量率の測定を行うことで,再汚染の有無の確認も可能である(木村ら 2015).しかし,空間線量率を測定するためには,携帯用測定器を用いて 1 地点あたり 1 分程度の測定時間が必要であり,多地点での作業および作業による被ばく線量の低減のためにも,効率的な測定技術が求められていた.
本稿では,高濃度の放射性セシウムを含む農地において,除染前後の放射性セシウムの分布状況を迅速・高精度で把握するための高感度な NaI(Tl)シンチレーション検出器と周辺機器から成る空中ガンマ線測定(AGRS;Airborne Gamma-Ray Spectrometry)システムとそれらを市販されている地上走行車に搭載したモニタリング技術を紹介する.
測定システムの構成
開発した AGRS システムは,NaI(Tl)シンチレーション検出器,MCA(マルチチャンネルアナライザ)ボード,レーザー高度計,GPS 受信機,データ収録用パソコンから構成される(図 1).検出器で検出したガンマ線入力信号を MCA ボードでカウントし,パソコン内のソフトウェアで一定時間の入射信号を積算する.本測定システムでは,直径 3 インチの NaI(Tl)シンチレーション検出器を使用している.ガンマ線検出器の感度はその体積に比例するため,携帯用測定器によく用いられる直径 1 インチの検出器と比較して,迅速な測定が可能である.後述するモニタリング試験では 10 秒間の測定で十分な測定精度が得られた.これは,高感度の検出器を用いることで,移動しながらの測定が可能であることを示している.また,ガンマ線の測定と同時に,位置と高度の情報をパソコンに記録するため,連続的に測定しながらどの地点で取得したデータかを判別することが可能である.システム全体の重量は 5 kg 程度で,電源はパソコンの USB 端子から供給される.測定装置の制御はパソコンから行う.
ゲルマニウム半導体検出器と異なり,NaI(Tl)シンチレーション検出器は冷却する必要がなく,常温で検出効率が良いという特徴がある.このため,野外での放射能探査に用いられてきており,気球や無人ヘリに搭載したモニタリングが可能である(例えば,今泉ら 2016).開発した測定システムは,比較的広範囲な測定を行うことを想定し,気球や無人ヘリに搭載できるように設計されている.しかし,圃場内における除染前後の空間線量率を高解像度で比較するためには,検出器と地表面との距離を短くする必要がある.また,気球による測定は,風が強いときには測定できず,天候が急変して落雷が発生した場合,気球を安全な場所に避難することが困難である.このため,AGRS システムを,圃場内を走行できるクローラー運搬車に搭載し,ラジコンを使用した遠隔操作により圃場の放射能を測定するシステムを構築することとした.具体的には,AGRS システムについて,クローラー運搬車に積載するための振動防止機構,システム構成,データ転送方法等を設計・製作するとともに,検出器を地表面近くの任意の位置・角度に固定するためのアームを取り付けた(農研機構 2018).アームの方向を変えて検出器の位置を変更することで,畦畔や法面のモニタリングも可能となる.また,AGRS システムをクローラー運搬車に搭載するための架台および防水用の透明カバーを取り付けた.測定システムを搭載するクローラー運搬車として,ラジコン制御が可能な EVATECH 社製 SUMO ROBOT(図 2)を選定した.
ガンマ線スペクトル解析手法
NaI(Tl)シンチレーション検出器により測定されたガンマ線スペクトルから,134Cs と 137Cs の計数を自動で計算するため,以下の 3 点の改良を加えて,解析ソフトの解析精度を向上させた.① 標準線源として 60Co(1170 keV と 1330 keV)を採用した.② スペクトルの移動平均平滑化スペクトルと 2 次微分スペクトルでピーク位置と関心領域を自動で設定できるようにプログラムを設計した.③ コンプトン散乱ベースラインの設定を 137Cs の 662 keV と 134Cs の 796 keV ピークの谷(極小点)を ② の方法でサーチし,この位置を固定してここからの上下エネルギー側に各チャンネル点を結ぶ直線を発生させ,スペクトルと接する直線をサーチし,134Cs の 605 keV ピーク下限と 796 keV ピーク上限を決定した(図 3)(吉本ら 2013).
試験概要
ARGS システムによるモニタリングを福島県飯舘村西部の須萱地区と南相馬市南部の小高地区の圃場およびその周辺で実施した.図 4 に試験を実施した圃場の概要を示す.飯舘村の圃場 A,B は表土削り取りによる除染,南相馬市の圃場 C は水による土壌攪拌・除去による除染を実施しており,それぞれ除染前後でモニタリングを行った.除染前の圃場 A,B およびヤードは未耕起,圃場 C は耕起された状態にあった.除染後には,圃場 A,B は客土を実施,圃場 C は水稲作付を行っている.圃場 A,B は 2013 年 8 月(除染前),2013 年 10 月(除染後),圃場 C は 2013 年 5 月(除染前),2013 年 12 月(除染後)にモニタリングを実施した.いずれの試験でも,測定時間間隔は 10 秒,検出器の設置高は地表から 30 cm とし,クローラー運搬車で移動しながら圃場を連続測定した.また,付近の水面上に検層器を置き,バックグラウンド測定を行い,その値を測定値から差し引くことでバックグラウンドの影響を除外した.なお,試験では対象とする圃場だけでなく,隣接する圃場,畦畔,法面,農道のモニタリングも行った.
AGRS システムで測定した 134Cs +137Cs の積算カウント数を空間線量率(高さ 1 m)に変換するため,同じ地点で携帯用測定器により測定した空間線量率との比較を行った.この比較には,モニタリングを実施した圃場に加え,飯舘村小宮地区・八和木地区の圃場での測定結果も用いた.空間線量率の測定は ALOKA 社製サーベイメータ TCS-172 を用い,1 地点あたり 1 分間の測定を行った.
試験の結果および考察
図 5 に AGRS システムによって測定した 134Cs +137Cs の積算カウント数と携帯用測定器によって測定した高さ 1 m の空間線量率との関係を示す.両者は正の相関関係にあり,決定係数 R2 は 0.92 と高い値を示した.携帯用測定器も開発したシステムも同じ空間ガンマ線を測定しているので当然の結果であるが,本システムによる 10 秒間といういう短い測定間隔での積算カウント数を空間線量率に換算することが可能であることを示している.
図 6 は各圃場のモニタリング時の測定点およびクローラー運搬車の走行軌跡を示している.GPS による位置情報が測定結果と同時に記録されため,測定地点の確認が行える.本試験では,圃場の長辺方向に移動し,短辺で折り返すことを繰り返して測定を行った.農地における測定時間は,約 18 分/ 1,000 m2 であった.
図 7,8 に AGRS システムの測定によって得られた飯舘村および南相馬市の圃場での除染前後の空間線量率の分布をそれぞれ示す.飯舘村での測定では,除染前の段階で圃場 A と圃場 B で空間線量率に違いがあったが,表土の削り取り除染実施後は両圃場において同程度の低いレベルまで空間線量率が低下していることが確認できる.また,除染後に空間線量率が高い地点がなく,一様に低下していることから,除染が問題なく実施されたことも確認できる(図 7).
南相馬市での測定では,除染前に耕起した圃場 C,未耕起のヤード,農道等で明瞭な空間線量率の差が確認できた(図 8).また圃場 C の除染後の空間線量率は除染前の 3 分の 2 程度まで低下していることが確認できた.水による土壌攪拌・除去による除染において,表層に集まっていた放射性セシウムが土壌攪拌によって拡散し,表土の遮蔽によってガンマ線強度が低下したことを示していると考えられる.除染および作付けを行わなかったヤードでも,空間線量率がやや低下しているが,その理由は除染作業中の重機等の往来によって表層の放射性セシウムが削剥されたことによるものと考えられる.このように,本システムの測定によって除染作業時の放射性物質の移動状況が推定可能である.
以上の 2 地区でのモニタリング試験事例より,除染効果の確認という観点からは,今回の測定条件(検出器の設置高 30 cm,10 a あたり 20 分弱の測定速度)で本システムは十分な解像度を有しており,図 7,8 で示すような空間線量率の分布の可視化が可能である.
農地の除染には様々な手法があるが,いずれの手法を用いたとしても除染前後でその効果を確認することが不可欠である.本稿では,除染前後の農地の放射性セシウムの分布状況を,迅速・高精度で把握する空間ガンマ線測定(AGRS)システムとシステムを移動走行車に搭載したモニタリング技術を紹介した.本モニタリング技術を用いることで,除染前後のガンマ線強度を可視化し,除染の効果を詳細に把握できることが示された.AGRS システムはここで紹介したクローラー運搬車以外にも無人ヘリや気球等の他の移動媒体への搭載も可能である.本技術は,複数の除染技術の比較・検討する上でそれらの効果の検証に用いられ,農地の除染技術の確立に貢献した.
本稿で紹介した研究は,農林水産省委託プロジェクト研究「農地等の放射性物質の除去・低減技術の開発」の支援を受けて実施された.また研究推進にあたっては,農研機構農村工学研究所(当時)および農村工学研究部門関係各位の支援,クリアパルス株式会社関係各位の協力を受けた.ここに記し謝意を表す.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.