農研機構研究報告
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5章 営農再開のための獣害対策と雑草管理の省力的技術
原発事故に伴い発生した雑草問題
好野 奈美子
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2021 年 2021 巻 8 号 p. 157-162

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Abstract

東日本大震災にともなう原発事故によって放射性物質が広範囲に拡散した. その結果,住民の避難による営農の中断や農地除染など,栽培そのものに加え雑草の発生や管理を含むさまざまな農地環境や農作業にも大きな影響を与えた.原発事故に伴い発生した雑草問題の中で農研機構東北農業研究センターが中心になって調査や対応をした課題について,放射性物質に関する問題,農地除染に伴う問題,そして雑草管理の中断に伴う問題に整理して紹介する.

はじめに

2011 年 3 月に発生した東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故(以下,「原発事故」という.)は,農業に限らずさまざまな産業,生活,その他多方面にわたって甚大な被害を与えたが,雑草の発生や雑草管理についても影響を与えた.原発事故が与えた雑草の発生や管理への主な影響として,以下の 3 項目が挙げられる.

・ 放射性物質が雑草に付着したり吸収されたりしたことによる影響

・ 農地除染が雑草の発生に与えた影響

・ 営農者の避難などで営農や雑草の管理を中断したことによる影響

これらのことが雑草の発生や管理に与えた影響について,それぞれ調査や結果を紹介しつつ解説する.

なお,震災による農業への,もうひとつの大きな被害として津波があるが,津波被災と雑草の発生に関しては宮城県を中心に行われた調査を参照いただきたい(小林ら 2018嶺田・友正 2012).

雑草の放射性物質汚染

雑草の放射性物質濃度

原発事故以降,放射性物質の拡散に関する調査は多数行われた.そのうち,雑草における放射性物質濃度については,後述の雑草の飼料利用や野焼きの再開を検討するための基礎資料としてのほか,刈り取った雑草の処理方法やファイトレメディエーションとしての利用可能性の検討のために調査が行われた(好野ら 2018a小林ら 2015農研機構 2015).その結果,雑草の放射性セシウムの移行係数は概して農作物より高い傾向にあった.これは雑草採集地の土壌における交換性カリ濃度が,作物が栽培されている農地の土壌に比べて低いことが要因の一つである.ただし,雑草の種類によって放射性セシウムの移行係数は大きく異なる.この違いは分類学的な違いによるものなのか,生活環や繁殖型の違いなのか,あるいは水分適応性や養分など好む生育環境の違いなのか,など検討しなければならない要因が多岐にわたる.さらなる調査や解析が待たれる.

一方,スギナ(Equisetum arvense L.)は農地において最も地中深くまで根茎を伸長させる雑草のひとつであるが,深層におけるスギナ根茎の放射性セシウム濃度は表層よりも土壌の放射性セシウム濃度との差が小さくなった(好野ら 2017).これは表層のスギナ根茎が土壌から吸収した放射性セシウムを深層へ移動させているためと推察されるが,雑草が放射性セシウムを吸収するだけでなく,拡散させる一例である.

雑草の飼料利用

農地に自然に発生する雑草は多くの場合防除すべき対象として刈り取りなどの除草作業が行われるが,畦畔や法面などに発生する雑草を「畦畔草」「あぜ草」と呼び家畜への補助的な飼料として用いられることもある.雑草であっても家畜へ給餌する場合には他の農作物や飼料と同様に放射性セシウムのモニタリングが必要になることから,畦畔土壌や畦畔草における放射性セシウムの分布状況や適切なモニタリング方法を検討するために 2014 年と 2016 ~ 2018 年に調査が行われた.

2014 年の調査によって雑草は作物や牧草よりも放射性セシウムの移行係数が高い傾向にあること,雑草の種類によって移行係数に大きな差があること,畦畔土壌や法面土壌の交換性カリ濃度は場所によるばらつきが大きいことなどが明らかになった(農研機構 2015).

2016 ~ 2018 年の調査では,一般的な畦畔の雑草刈り取り管理のように刈払機と熊手を用いて雑草を採集した場合,草刈り鎌で地上から一定の高さで刈り取った雑草に比べて放射性セシウム濃度が大幅に上昇した.また,畦畔土壌や法面土壌は水田や畑地のように耕起によって表層と深層が混和されないため,放射性セシウムの多くが表層に分布していた.つまり,その地域の耕作地土壌に比べて高い濃度の放射性セシウムを含む土壌が混入するため,雑草の放射性セシウム濃度が大幅に上昇することが明らかになった(農研機構 2019).付着土壌由来の放射性セシウムは経根吸収由来の放射性セシウムに比べて家畜への吸収割合が低いことが明らかになっているが,刈り取った雑草にどの程度土壌混入しているか判定することは難しく(図 1),また,検出器では付着土壌由来か経根吸収由来かを区別できない.したがって,雑草を飼料利用する際には,利用前のモニタリングによる安全確認に加えて採集時に土を巻き込まないよう注意することが不可欠であると考えられる.

野焼き

畦畔草の飼料利用と同様に,春先に畦畔や農地法面にある雑草を野焼きする行為は原発事故前には普通に行われていたが,原発事故後は燃焼による放射性物質の濃縮や飛灰による放射性物質再拡散の懸念から野焼きは自粛されていた.しかし,野焼きは他の除草方法に比べて省力,省コストであるため住民からの野焼き再開の要望が高いことから,再開希望地域で採集した雑草を灰化させ放射性セシウムの消長について調査を行った(図 2).

その結果,再開希望地域で採集した雑草を燃焼させた灰に含まれる放射性セシウム濃度は燃焼前の雑草の約 7~ 19 倍であった(好野ら 2018a).これらの灰が混入した土壌で農作物を栽培しても農作物へは移行しなかったが,灰が飛散して農作物に直接付着する影響については判然としなかった(万福ら 2018).

雑草の飼料利用と野焼きに関する調査結果は,雑草であっても放射性物質に汚染されることは農業に直接の影響を与えるとともに,原発事故前と同じ利用や作業を再開するためには多くの影響を考慮しなければならないことを示しているといえる.

農地除染

農地除染にはさまざまな方法があるが,避難指示地域の田や畑では高濃度の放射性物質を含む表土を剥ぎ取ることによる除染と,除去された表土に相当する深さ分を汚染されていない土壌で客土する方法が採用された.

客土の流亡

まず,表土剥ぎ取りと客土が行われた直後の除染農地は裸地になることから,傾斜地を中心に土壌流亡が発生したが(図 3),その対策としてカバークロップによる植被が有効であることが示された(若林ら 2018農研機構 2018).

除染直後の雑草発生

2013 年に農林水産省によるモデル除染が実施された当初,剥ぎ取り除染によって表土に含まれている雑草の種子や根茎などの繁殖体も同時に除去され,除去されなかった繁殖体が残っている下層の土壌はその後の客土によって被覆されるため,除染直後の農地では雑草の発生は少ないと考えられていた.しかし,耕起によって客土と下層の土が混和されていない除染後農地においても除染翌年にはイヌビエ(Echinochloa crus-galli (L.) P. Beauv. var. crus-galli)などの一年生の畑雑草が繁茂した(好野ら 2014).また,客土前には雑草の埋土種子はほとんど含まれていない畑土由来あるいは山土由来の客土材であっても,客土した当年には客土層に一定数のイヌビエ埋土種子が含まれていた(好野ら 2015).これらのことから,除染農地では客土直後から農地周囲などから雑草種子が移入し,翌年に雑草が繁茂したと推察された.

除染時期と雑草発生

2014 年から開始した環境省主体の農地の本格除染については,対象となる農地面積が広かったことから同じ自治体内でも除染実施の時期に数年間のばらつきがあった.除染の時期がその後の雑草発生に与える影響について調査したところ,除染する時期が遅いほど,除染直後からヨシ(Phragmites australis (Cav.) Trin. ex Steud.)などの大型になる多年生雑草が繁茂する圃場がみられた(好野・浅井 2017).その原因は,剥ぎ取りされる表土より下層に根茎が分布し,さらに,営農中断している期間が長いほど耕起などで防除されなかった根茎が増殖したためと推察された(図 4).この種の雑草問題は 2013 年以前の比較的早い時期に実施され,かつ単年の除染で営農を再開した圃場では顕在化しなかったものであり,多年生雑草の繁茂には除染作業の内容だけでなく除染の実施時期と営農再開までの期間が重要な要因であることを示している.

営農中断から営農再開に向けて

営農再開を待機している農地の雑草管理

農地除染から営農再開まで,住民の避難指示解除や帰還だけでなく水路など農業施設の復旧整備を待つ必要が生じた.その間にも雑草は発生し繁茂するため,農地を省力的に管理する必要が生じていた.特に,畦畔や法面は耕地に比べて大型機械を導入しにくく,その管理に労力がかかるため,畦畔等を省力的に除草し管理する技術の比較検討を行った.

具体的には,ワラ芝(わらをシート状に編み込んだ中にクリーピングベントグラスの種子が入っている資材)の施工,防草シートの施工,除草剤の散布,刈払のみの 4 つの雑草管理技術についてコストおよび労力を比較した.その結果,ワラ芝および防草シートの施工による管理では初期にコストや労力を重点的に投入する必要があるのに対し,除草剤の散布及び刈払のみによる管理では実施に係る継続的なコストや労力が必要になると試算された.また,除草剤散布による管理は刈払のみの管理に比べて維持コストに差はない上に,心拍数などの負荷は低かった.これらのことから,初期コストを負担できるのであればワラ芝や防草シートの施工がその後の維持管理がしやすく,維持コスト等を負担するのであれば除草剤散布の方が労力を軽減でき省力的に維持管理できるといえた(好野ら 2018b日本植物調節剤研究協会ら 2018).また,雑草抑制効果の維持確認を目的に旧避難指示区域において前述の 4 つの雑草管理技術の現地実証試験を行ってきたが,約 4 年間,4 技術とも雑草抑制効果は概ね維持された.また,実証試験地においては 2020 年から水稲栽培が再開されたが畦畔法面では問題なく雑草管理がなされている(図 5).

営農再開した際に起こる雑草問題

原発事故から年数が経ち営農再開した農地が増加してきたが,除染を待機する期間が長かったり除染実施から営農再開までの雑草管理が不十分であったりした農地を中心にヨシなどの雑草が繁茂して営農再開の支障となった.一方で,これらの雑草は営農再開する前年の除草剤散布により抑制可能であることを現地試験で実証している(農研機構 2021).

なお,これらの雑草管理技術は原発事故被災地の農地だけでなく,同様な問題を抱える全国各地の農地でも使える技術であるので,人手不足などで雑草管理に困っている農業関係者の参考となれば幸いである.

おわりに

原発事故から 10 年以上が経過し,その間,旧避難指示区域では,住民避難,営農中断,剥ぎ取り等による農地除染の実施,除染後農地の保全管理,営農再開のそれぞれの段階によって農地の風景は大きく変化した.雑草の植生や繁茂状態もそれぞれの段階で大きく変化したが,逆に雑草が原発事故後の農地を特徴づけていたといえるかもしれない.

一方で,帰還困難地域を中心に管理されず荒廃が進む農地は数多くある.それらの農地が住民や営農者の納得がいく形で維持されること,その維持管理にこれまで現地実証してきた雑草管理に関する知見や技術が生かされることを期待したい.

謝辞

本研究の一部は平成 28 ~ 30 年度畜産振興事業(耕起困難草地等利用再開技術確立調査事業,JRA)および農林水産省委託プロジェクト(農地等の放射性物質の除去・低減技術の開発 汚染地域の農地から放出される放射性セシウム動態予測技術の開発(H 25 ~ H 26),営農再開のための放射性物質対策技術の開発 除染後農地の省力的維持管理技術の開発(H 27 ~ H 29),食料生産地域再生のための先端技術展開事業 原発事故からの復興のための放射性物質対策に関する実証研究(H 30 ~ R 2))の助成を受けて実施した.ここに深く感謝申し上げます.

利益相反の有無

著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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