農研機構研究報告
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1章 農耕地の除染と農業用水の放射性物質への対応
水田の表土剥ぎ取りによる放射性物質除去技術の開発
若杉 晃介
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2021 年 2021 巻 8 号 p. 29-34

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Abstract

放射性物質が堆積された水田において,作付け制限により耕耘されていない場合,表層 2 ~ 3 cm に放射性物質が多く蓄積しているため,表土の剥ぎ取りは早期かつ確実な除染対策とされる.一方で,大量の汚染土壌の発生してしまうことに加え,一般的な建設機械では剥ぎ取り厚さを数センチで制御することは難しいため,十分な除染効果の発揮に懸念がある.そこで,本研究では除染事業で使用される建設機械を用いて剥ぎ取り厚さを 2 ~ 3 cm に制御することで,発生する汚染土壌を最小限にし,かつ確実に剥ぎ取る工法の開発を行った.本工法では,表土剥ぎ取り前に土壌固化材を散布することで,汚染された土壌を固化し,さらには白色にマーキングすることで取り残しの発生を防ぎ,確実に除染することができる.また,油圧ショベルの旋回駆動を活用し,表土剥ぎ取りに特化した操作方法やバケットの改良を行うことで,効率的かつ確実な除染が可能となった.

はじめに

東日本大震災を起因とする東京電力福島第一原子力発電所の事故により,広範囲にわたる地域が放射性物質により汚染され,政府は平成 23 年 4 月 8 日時点の暫定基準値として,土壌中の放射性物質濃度が 5,000 Bq/kg 以上(地表から地下 15 cm の平均値)の約 8,300 ha の農地で稲の作付けを制限した(原子力災害対策本部 2011).しかし,被災地のほとんどの地域が農林水産業を基幹産業としていることから,作付け制限による被害は大きく,予測される風評被害も合わせると甚大な被害となる.そこで,営農再開と安全な生活空間の確保に向け,早期の除染が求められているが,農地の除染方法についてはこれまでに前例のないことであり,迅速かつ確実な除染技術の開発が求められていた.

農林水産省は,内閣府総合科学技術会議,文部科学省,経済産業省と連携して,平成 23 年度科学技術戦略推進費「放射性物質による環境影響への対策基盤の確立」により,農地土壌等における放射性物質除去技術の開発に取り組んだ(農林水産省 2011).作付けが制限された農地では耕起・作付けが行われていないことから,放射性物質は土壌のごく表層に蓄積しており,この部分の選択的な剥ぎ取りは,早期かつ確実な除染対策と考えられている.本研究では,表土剥ぎ取り技術の開発,及び福島県飯舘村における実証試験を実施しており,ここではその成果を中心に解説をする(若杉・原口 2012).

物理的除去による農地除染

耕起していない農地では表面から 2.5 cm の深さに放射性セシウムの約 95%が存在していることが報告されている(図 1)(農林水産省 2011).これまでの研究等からもセシウムは,土壌の粘土分と強く結びつき,降雨などによって深部に移行しないとされている.物理的手法は表層に蓄積したセシウムを土壌ごと処理する手法で,客土や天地返し(反転耕),表土の剥ぎ取りといった工法がある.これらの手法は生物学的手法や化学的手法と異なり,迅速かつ確実に放射線量の低下や土壌中のセシウム濃度を低下させることができる.中でも,表層土の除去は放射性物質を農地から搬出するため,確実に除去ができ,風評被害も起きにくい.特に農地は空間線量を下げるだけでなく,農作物に放射性物質が吸収されないようにして,安全・安心な農作物を生産することが求められている.一方で,表土除去は大量の汚染土壌が発生してしまうことが懸念される.特に,一般的な建設機械を使用した場合,剥ぎ取り厚さの制御が困難で,安全側に厚く剥ぎ取ると処理する土量や施工費が増加し,薄く剥ぎ取ろうとすると取り残しが発生する.そこで,厚さを 2 ~ 3 cm 程度に制御し,かつ確実に剥ぎ取る工法が不可欠である.

土壌固化剤の散布による新たな表土剥ぎ取り工法

(1)固化剤の散布

表土の剥ぎ取りによる除染は確実な除染効果が期待される一方で,取り残しは除染率の低下につながり,剥ぎ取り厚さの増加は排土量の増加につながることから,放射性物質が最も蓄積している表層 2 ~ 3 cm を確実に剥ぎ取る必要がある.そこで,本研究では土壌固化剤をスラリー状にして散布することで地表から 2 ~ 3 cm 程度の汚染土壌を固化し,確実性,施工性,安全性を向上させながら除染する工法を開発した(若杉ら 2013).

固化剤を土壌と攪拌・混合するにはロータリー状の攪拌作業機が必要となるが,5 ~ 10 cm 程度攪拌してしまうため,汚染土壌層を深くしてしまい処理土も増加する.そこで,固化剤を添加したスラリーを散布し,表層のみに浸透させることで汚染土壌を固化させた(写真 1).固化剤はマグネシア系及びカルシウム系固化剤,または石灰やリグニン系の固化剤などがあるが,特に農地での施工は地表面の亀裂に固化剤が流れ込み,汚染土壌を剥ぎ取った後にほ場内に残る可能性があるため,環境に負荷を与えない資材の使用が望ましい.マグネシア系固化剤は酸化マグネシウムを主成分とし,マグネシアを固化させる反応性物質としてケイ酸カルシウム,塩基性炭酸カルシウム,炭酸マグネシウムなどを配合したもので,pH 9 ~ 11 の中性域から弱アルカリ性域で固化し,六価クロムなど環境に負荷を与えるものを含まない資材である(藤森・小堀 2000).なお,スラリーの散布は吹き付け機や動力噴霧器などによって行う.また,固化剤の配合量は 1 m2 あたり 1 kg では部分的に行き渡らないことがあったが,2 kg では十分に散布されていた(写真 2).

(2)固化剤の浸透・固化

スラリーが浸透する深さは現地の透水係数や粒径,土質などによって異なるが,固化剤の粒径やスラリーの粘性によって調整することが可能である.砂質土が多く含まれて透水性が高い土壌は増粘剤を用いて浸透層を調節する.また,粘土が多く含まれて透水性が低い土壌では,粒径の小さい固化剤を使用し,状況に応じて分散剤を用いる.なお,マグネシア系固化剤の粒径はブレーン比で 3000 ~ 8000 cm2/g の資材がある.固化までの日数は使用する固化剤や天候などによって異なるが,マグネシア系固化剤では散布から 6 時間後には固化が開始し,十分な強度が発現するまで約 1 週間の養生期間を要する.また,以下に本工法のメリットを挙げる.

① 表層が固化しているため,降雨による流出や風による飛散が起こらないことから拡散防止になる.

② 固化した汚染土壌は,固化していない土壌と異なる物性をしているため容易に剥ぎ取りができ,取りこぼしが発生しにくい.

③ 固化剤によって汚染土壌が白色化しているため,目視で汚染土壌が分かり,施工管理がしやすい.

④ 汚染土壌の粉塵巻き上げも起こりにくいことから,施工時の安全性が向上する.

建設機械を用いた新たな施工工法

(1)一般的な表土剥ぎにおける問題点

ほ場整備事業などで表土扱いなどを行う場合,レーザーブルドーザーなどを用いて行うが,一般的に扱う表土厚は 10 cm 以上であり,多少の心土の混入は問題視されていない.しかし,除染における表土の剥ぎ取りは 5 cm 以下の厚みで制御する必要がある.また,水田の多くはグラウンドなどと異なり,地面が軟弱で田面に稲株や轍などの小さな凸凹が存在するため,放射性物質が蓄積する表層 2 ~ 3 cm のみを剥ぎ取るのは困難である.

ブルドーザーなどを使用した表土剥ぎの場合,10 cm 程度の作業誤差があり,近年はレーザー光線や GPS によって制御された作業機も存在するが,精度は ± 2 ~ 3 cm である(写真 3).以下に表層を剥ぎ取る際の建設機械の問題点を挙げる.

① ブルドーザーやグレーダーは土を押し運ぶ機械であり,容量を超えた土は横からこぼれ落ちるため取り残しが出やすい.

② 作業機のバケットやブレードが邪魔をして,地面との接地点が死角になっているため,どれくらいの深さで剥ぎ取っているかオペレーターが目視で確認できない.

③ 集めた土が抵抗や重みとなってバケットの先端部分が徐々に深く入ってしまう.

④ 水田などの農地の場合,地面は平らではなく小さな凸凹があり,車体の揺れに連動して掘削部分も上下左右に揺れるため,剥ぎ取り厚さが安定しない.

(2)新たな施工工法(ワイパー工法)

一般的な油圧ショベルの作業ではアームの関節を支点に振り子のような動き方で掘削していくため,地面に対して水平にバケットを動かし,一定の深さで剥ぎ取るのは非常に難しい(写真 4).そこで,新たに油圧ショベルのバケット底面を掘削面に押し当て,旋回駆動によって左右にスイングし,バケットの側面を使って横方向に剥ぎ取っていく工法を開発した(写真 5)(若杉ら 2016).なお,剥ぎ取りは油圧ショベルの車両幅分行い,徐々に前方へ移動しながら,汚染土壌を筋状に集める.

走行しながら剥ぎ取るブルドーザーやローダーでは,地面の凹凸により剥ぎ取り厚さの管理が難しいが,油圧ショベルの本体は動かずにアーム部分のみ動くため剥ぎ取り厚さが安定しやすい.また,油圧ショベルは複数関節のアームを持つことから,地面に凹凸があってもそれに合わせて高さの調節が容易にできる.特に,オペレーターは目視で剥ぎ取り厚さを確認しながら操作できるため,施工管理がしやすいといったメリットを有する.

また,より確実に剥ぎ取るため,バケットの側面に剥ぎ取り厚さと同じ高さのエッジ板を取り付けることで,バケットを地面に置くとエッジ部が地面に入り込むため,ワイパー工法による旋回駆動で目標とする厚さが容易に剥ぎ取れる改良をした(写真 6).

(3)ワイパー・バキューム工法

ワイパー工法では一般的なバケットや法面バケットなどの側面を使って剥ぎ取りのみを行う.筋状に集めた汚染土壌は別途集積して,搬出する必要がある.そこで,バケットの開口部に剥ぎ取り土が入るように 90 度回転させ,バケット内にバキュームのホースを取り付けられる吸引ダクトを設けることで,表土を剥ぎ取りながらバキュームで吸い出す連続的な作業を可能とするワイパー・バキューム工法を開発にした(写真 7)(若杉ら 2016).バケット内は油圧モーターでハンマーナイフカッター状の装置などによって砕土及び稲株などの植物残渣を粉砕し,吸引ダクトに誘導する機能も併せを持つ構造となっている.この手法を用いることで,剥ぎ取りと収集が同時に行うことができ,施工の効率性や安全性が向上する.さらに,地面が平らでない法面や急な傾斜地においても安全に土を剥ぎ取ることができる.

福島県飯舘村現地ほ場における実証試験

平成 23 年 4 月 22 日から計画的避難地域に指定されている福島県飯舘村の伊丹沢地区の水田(10 a)において,本工法の除染効果を検証した.

(1)配合試験

資材の配合は土壌状態によって検討する必要があるため,配合試験を平成 23 年 7 月 6 日(固化剤散布),7 月 15 日(剥ぎ取り)に実施した.その結果,固化剤と水の重量比が 1:6 の場合は,水量が多く,地表面が飽和状態となって資材が区画から流れ出てしまった.また,1:2 の配合では資材が地表面で膜を作ってしまい,資材が浸透していかない状況が確認され,1:4 の配合では問題なく資材が浸透していたことから,配合は 1:4 程度が適当であると判断した(表 1).

(2)実証試験

実証試験は 8 月 19 ~ 20 日(吹き付け),8 月 29 ~ 31日(剥ぎ取り)に行った.吹き付けは前日の降雨により土壌水分状態が高かったことから固化剤と水の比率を 1:3 とし,固化剤(マグホワイト)の散布量 2 kg/m2 とした.なお,吹き付けには 10 a あたり約 3 時間を要した.

剥ぎ取りはワイパー工法とワイパー・バキューム工法を併用し,剥ぎ取りと収集・搬出には 10 a あたり約 7 時間を要した(写真 89).なお,剥ぎ取った土壌は耐候性のフレコンパックに入れて,所定の仮置き場にて保管した.

除染試験の結果,剥ぎ取り土量は 32.0 m3/10 a,剥ぎ取り厚さは約 3.0 cm であった.また,大気中の放射線量を NaI 検出器によって計測した結果,除染前の 7.76 μSv/h から 3.57 μSv/h に減少した(図 2).線量はその場の放射性物質を除去しても周囲からの影響を受けるため,除染の目標とされる線量までは低下しなかったが,深さ 15 cm の土壌中の放射性物質量は除染前が平均 9,616 Bq/kg(乾土中)で,除染後が平均 1,721 Bq/kg(乾土中)まで低下し,低減率は 82%で,当時の作付けの暫定基準値である 5,000 Bq/kg を大きく下回る結果となり,高い除染効果が確認された(図 2).

おわりに

土壌固化剤を散布し,油圧ショベルの旋回駆動を使って剥ぎ取るワイパー工法の開発によって,放射性物質によって汚染された表層 2 ~ 3 cm の土壌を安全性や確実性,施工性を高めながら除去することが可能となった.なお,本工法は農地除染対策実証事業(平成 24 年度)に採用され,飯舘村,川俣町の約 40 ha の農地において現地実証試験が行われている(農林水産省 2012).また,これらの実績を重ね,施工に関わる手順や歩掛,詳細な施工方法などについて解説した手引きを作成した(原口・若杉 2013).

除染作業の課題としては,地域による放射性物質量のバラツキに加え,一筆のほ場内においてもバラツキが相当あり,一般的な土木工事とは異なった施工管理が必要である.特に,放射性物質は表層の非常に細かい土粒子に吸着されているため,運土作業をすると必ず取りこぼしが発生してしまう.また,取りこぼしが発生する方法で剥ぎ取ると,多くの土を剥ぎ取っても除染効果が高まらないこともある.そのため,なるべく土を動かさずに表土を剥ぎ取る工法や放射線量をモニタリングしながら緻密に施工管理する技術などの確立が重要である.さらに,営農再開に向けて表土を剥ぎ取った後の地力の回復に関する知見も不可欠となる.なお,耕耘などによって表土を攪拌してしまった農地や,作付け制限が長期間に亘った地域では雑草の繁茂によって表土を剥ぎ取るのが困難な場合がある.それらは,反転耕や深耕などの手法も活用することを検討する必要がある.

謝辞

本研究は,平成 23 年度科学技術戦略推進費「放射性物質による環境影響への対策基盤の確立」(内閣府)により行われた.また,現地実証試験を行うにあたり,飯館村役場や現地農家の方々に多大な協力を賜った.

引用文献
 
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