2021 年 2021 巻 8 号 p. 43-54
東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質放出事故に伴う水系における放射性セシウムの動態と農業用水への影響について,農研機構で実施した調査研究を中心にレビューを行った.その内容は,水中の低濃度放射性セシウムの分析法や用水路の堆積物に含まれる放射性セシウムの実態,農業用水中の放射性セシウム濃度のリアルタイム把握手法,用水に含まれる放射性セシウムの除去の試み,農業用水を通じて水田に流入する放射性セシウムの定量化などである.
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災に起因する原発事故に伴って,多くの放射性物質が福島県を中心に沈着した.2011 年の水稲作では,放射性セシウム(以下,RCs とする)が土壌から玄米へ移行する割合と玄米中の RCs 濃度の許容値から逆算した土壌の RCs 濃度から作付制限区域が設定されたものの,作付制限区域外の一部で暫定規制値を超えるコメが見つかった.そのため,2012 年より,農業用水を通じて水田に流入する放射性物質による影響が調べられることになった.本稿では,水系における RCs の特徴について概要を記すとともに,農業用水を通じて農業水利施設や水田に流入する RCs の動態など,関連する取り組みを紹介する.
環境水中の RCs は,その存在形態によりいくつかの画分に分類される(図1).まず,フィルター通過の可否により溶存態 RCs と懸濁態 RCs に分けられる.フィルターには,孔径 0.45 μm のメンブレンフィルターが用いられることが多いが,他にも 0.025 μm 等のメンブレンフィルターや 1.0 μm のガラス繊維フィルターが用いられることもある.フィルター通過分は,溶存態として扱われ Cs+イオンの他,一部にコロイド態や溶存有機物へ付着した画分なども含まれる.溶存態 RCs はイネへの移行が高いことが知られている(Suzuki et al. 2015).
一方,フィルター上に補足される RCs は,懸濁態画分である.懸濁態 RCs は,さらに交換態や有機結合態,強固結合態などの画分に分類される(塚田 2019).このうち交換態 RCs は,土粒子や有機物の表面に存在する負電荷に吸着されるもので,イオン交換反応により脱着し溶存態に移行しやすい形態である.また,有機結合態 RCs は有機物の内部に取り込まれたものなどである.有機結合態 RCs は,有機物の分解に伴って溶出し植物等へ吸収されるリスクを有すると考えられる.強固結合態は,2:1 型層状ケイ酸塩鉱物などの粘土粒子に強く固着されるもので,溶存態への移行や植物に吸収されるリスクは小さいものと考えられている.
水試料中の RCs の分析では,環境水中の RCs 濃度は全般に低いため,分析には高感度の Ge 半導体検出器が用いられ,試料を 2 L や 0.7 L のマリネリ容器ないしは U8 容器に充填し分析する.水中の RCs を懸濁態と溶存態に分けずに全量を分析する場合,試料をそのままマリネリ容器等に充填して分析を行うが,試料中の懸濁物質(SS)が多い場合,測定中の SS 沈降に伴うジオメトリの変化による測定値への影響が指摘されている.多くの懸濁物質を含む水試料をそのままマリネリ容器で測定した場合,SS 濃度が 100 mgL-1 以上で測定結果が設定濃度の 120%以上となる(北島ら 2013).そのため,水試料にポリアクリル酸ナトリウムやシサンタンガムなどの吸湿性樹脂や増粘剤を加えてゲル化することにより水中の SS を固定する手法が有効である(北島ら 2013, 松波ら 2015).ゲル化により SS 濃度が 100 ~ 10,000 mgL-1 の範囲において,測定誤差が 15% 以内での測定が可能となる(北島ら 2013).
また,低濃度試料の分析では,相対効率が 40% の Ge 半導体検出器と 2 L マリネリ容器で Cs-137 の分析を行った場合,分析時間が 3 万秒(8.3 時間)で検出限界は 0.1 BqL-1,30 万秒(約 3.5 日)で検出限界は 0.03 BqL-1 程度となる.このように,低濃度試料の分析には機器の長期占用が必要となり,かつ相対標準偏差も大きくなるため,効率化のため濃縮などの前処理が行われることが多い.
溶存態 RCs の濃縮手法には,蒸発乾固法,蒸発濃縮法,リンモリブデン酸アンモニウム(AMP)法,固相ディスク抽出法(藤村ら 2013),プルシアンブルーフィルターカートリッジ法(保高ら 2013)などがある.これら環境水中の低濃度溶存態 RCs の前処理や分析法の詳細は技術資料(環境水等の放射性セシウムモニタリングコンソーシアム 2020)にまとめられている.
前処理を含む低濃度 RCs 試料の分析には,測定値の信頼性確保のため,クロスチェックが重要である.保高ら(2017)は,0.01 ~ 1.0 BqL-1 の溶存態 Cs-137 を含有する陸水を対象として濃縮法の違いによる分析値の差異を検討した.蒸発濃縮法,AMP 法,プルシアンブルーフィルターカートリッジ法,固相ディスク法,イオン交換樹脂法を対象に,農研機構内の 3 内部研究所を含めた国内 18 機関と国際原子力機関において 3 種の試料の前処理と分析が行われ,各前処理方法は一定以上の精度が確保されていることが確認された.その後も多くの機関の参加で定期的なクロスチェックが行われている(例えば,Kurihara et al. 2019).
チェルノブイリの事故では,集水域において長期的な動態が問題となった表流水中の核種は,主に Sr-90 と Cs-137 であった(IAEA 2006)のに対して,福島のケースでは,Sr-90 はほとんどみられず,Cs-137 による汚染が主体である.福島の事故後数年間は,Cs-137 に加えて半減期が約 2 年の Cs-134 も検出されていたが,事故後 10 年近くを経てその濃度は大きく減少している.そのため,事故後の数年間を除くと扱われる放射性核種は,半減期が約 30 年の Cs-137 に限られることが多い.
本節では,河川水,用水路および貯水池における RCs の状況について記す.
1.河川水
チェルノブイリ事故に関連する調査研究を通じて,河川水系による放射性核種の流出は,集水域に沈着した総インベントリのごく一部であることが知られている(IAEA 2006).同様の傾向は,これまでの福島における多くの研究において確認されている.Hayashi(2017)によれば,主に森林に覆われた河川流域における Cs-137 の流域平均沈着量に対する年間流出量の比は,0.05 ~0.5% の範囲にある.福島県飯舘村の比曽川流域内の森林集水域における調査では,2014 年から 2016 年の 3 年間の Cs-137 の流出率は総沈着量に対して1年当たり 0.03~ 0.10% にあり,大きな降雨イベントの有無により年間の流出率が大きく左右した(久保田ら 2018).出水時の RCs の流出の特徴を明らかにするため,Shinomiya et al(2014)は,台風の通過に伴う豪雨時の森林集水域からの RCs の流出観測を行った.その結果,降雨強度が最高のときに,流出ピークと最大の RCs, SS 濃度が観測され,同時に溶存態 RCs は極めて低いことから,増水時に RCs は主に懸濁態として流出することが確認された.また,このときの RCs の総流出量は,調査地点周辺の沈着量の 0.07% に相当した.
以上のように河川を流下する RCs は流域に存在する RCs のごく一部であるものの,豪雨増水時を中心として,SS とともに河川水系に流出する.そしてそれは河道や農業用水路,貯水池等に RCs が集中して流下するため,局所的な堆積などで問題を生じる懸念がある.
また,河川水の RCs 濃度には季節変動が認められている.Tsuji et al.(2016)は,高線量率の森林流域の河川水では,平水時は夏季に溶存態 Cs-137 濃度が高くなり,懸濁態 Cs-137 濃度より高いこと,そして,洪水時の溶存態 Cs-137 濃度は平水時よりも高くなるものの懸濁態 Cs-137 濃度が支配的であるとした.Nakanishi & Sakuma(2019)は,福島第一原発に近い河川水中の Cs-137 のモニタリングにより,溶存態 Cs-137 濃度は水温に関連して夏に高く冬に低い変動があり,その温度依存性は時間経過とともに弱まっていることを示した.
2.農業用水路
農業用水は,河川や貯水池から水を運搬し水田に配水する機能を有するため,集水域から流出する RCs も用水路を通じて水田に流入する.例えば,福島県中通り北部の阿武隈川から取水する幹線用水路において,2013 年の灌漑期間に水路を通過した RCs の量は約 4.9 GBq(申ら 2015)であり,通過する RCs の一部は水路内に堆積物として蓄積することが考えられた.通常,水路への堆積物は,土地改良区による土砂上げなどの維持管理活動で取り除かれ,多くは周辺に拡散する.水路堆積物中の RCs 濃度が高いと水路周辺に 2 次的な汚染が生じることが懸念された.そのため,被災地では 2012 年に放射性物質の拡散防止のため土砂上げを制限する通知がされ(村松 2013),多くの水路で放射性物質はそのまま残された状態であった.このような状況の元で,前述の福島県中通り北部の用水路において, 2012 年の灌漑期間後,上流の幹線水路から支線水路の末端までを含むひとつの水路システムを対象として水路への RCs の堆積状況が調べられた(久保田ら 2014).その結果,水路勾配が比較的大きい幹線水路上流では,掘込み部を中心として砂質堆積物がみられ,その RCs 濃度は 1 ~ 5 kBqkg-1 と比較的低かった.一方,水路勾配が緩やかで流速が低下する支線水路では,泥状物の堆積が卓越し,その RCs は 3~ 28 kBqkg-1 と全般に高い傾向が認められた.また,水路内の単位面積当たりの Cs-137 の堆積量は,同地点周辺への Cs-137 の平均沈着量と比較すると,下流の支線水路の一部を除いて小さかった.
さらに,同地区において,毎年土砂上げが行われる幹線水路の余水吐と土砂上げが行われていない支線水路下流の合計2ヶ所において,堆積土砂の RCs 濃度について,2012 年 11 月から 2015 年 12 月まで経年変化を調べたところ,どちらの地点においても RCs 濃度は自然減衰を超えて大きく低下していることがわかった(久保田ら 2016).
水路除染は,環境省通知(環境省 2013a)に基づいて,福島県の指導のもと(福島県農林水産部 2013),2013 年の水稲作付け前から進められることになった.除染ガイドライン(環境省 2013b)の改訂は 2013 年5 月であった.当初の対象は避難区域外の 40 市町村であったが,2013 年 10 月までに RCs の沈着量が比較的多い中通り北部を中心とした 8 市町村で先行して着手された.
南相馬市内の新田川下流の用水路では,水路除染が行われた後の用水路への新規堆積物の RCs 濃度が調べられた(久保田ら 2016).2015 年 5 月の灌漑期前に水路除染が行われた用水路において,2015 年の灌漑終了後に水路堆積物の RCs 濃度を調べたところ,取水堰直後の沈砂地では,RCs 濃度は 2 ~ 4 kBqkg-1 と低かったが,下流では徐々に濃度が上昇し,水路末端では指定廃棄物の基準となる 8 kBqkg-1 をやや下回る 7.5 kBqkg-1 であった(図 2).水路内では,RCs を含む懸濁物質が用水路を流下する過程で,主に流速条件によって,粒径や比重の違いによる分級が生じ,RCs 濃度の違いに反映されたものと考えられた.
以上のように,農業用水路に生じる堆積物は,流量が多く流速が確保されている上流側では粗粒質でその RCs 濃度は低く,一方,流量が少なく流速も落ちる下流の水路では,RCs 濃度が高い傾向が確認された.調査水路では,支線水路の一部を除いて,指定廃棄物となる 8 kBqkg-1 を超える堆積物はみられなかった.ただし,髙汚染地域を中心として今も SS の RCs 濃度が数 10 kBqkg-1 に達することは珍しくないので,そのような地域では留意が必要である.
3.貯水池
一般に,豪雨時や融雪期に集水域で発生した土砂は,貯水池や底に流入して堆積するとともに,特に貯水池の貯水操作は土砂の堆積を強く促進する.チェルノブイリ事故後の研究では,土壌粒子の流入に伴う RCs の大部分が貯水池の底に堆積した(Hayashi 2017).福島の事故後,Tsuji et al.(2015)は,浜通り地方北部の松ヶ房ダム(宇多川)と横川ダム(太田川)において RCs の年間収支を検討した.その結果,流入水がダムを通過することにより懸濁態 RCs は 1 割未満へと大幅に減少し,溶存態 RCs もやや減少した.このことからダム集水域から流入する RCs の 9 割以上はダムに堆積したことになる.
浜通り地方中部の浪江町や葛尾村を主な集水域とする請戸川に約 3,500 ha の農地の用水源として重要な役割を担っている大柿ダムがあるが,ここでは東北農政局により 2012 年2 月から水質調査が実施されている.2014 年の台風 18 号時には,ダムへの流入水の RCs 濃度の最大値が 53 ~ 810 BqL-1 であったのに対して,ダムからの流出水では最大 18 BqL-1 であったことから,流入した懸濁態 RCs のほとんどがダム湖内に沈殿していることが推察された(高橋ら 2015).大柿ダムの水と堆積物に含まれる RCs の濃度の推移は,東北農政局(2018)により示されており,流入水とダム表層の貯留水の溶存態 RCs 濃度は 2013 年 9 月より 2017 年末にかけて長期的に漸減傾向にある.
先にみたように河川水中の RCs は,低濃度の場合を除いて,その多くの割合が懸濁物質として存在している.そのため,溶存態 RCs 濃度が相対的に十分小さければ,RCs 濃度は懸濁物質(SS)や濁度と高い相関を持つことになる(図 3).この関係を利用すると,濁度または SS の測定によって,RCs 濃度の推定が可能になる.多くの被災地周辺の河川や貯水池等において,濁度の連続観測による RCs 濃度やフラックスの連続推定が行われている.
申ら(2015)は,幹線用水路において遠隔で濁度や流量を 10 分毎で観測し,その情報を水路の管理者と情報共有することで,濁度が高く RCs 濃度も高い時期の取水を避ける試みを行った(図 4).福島県中通り北部の幹線用水路のシステム設置地点において(図 5),2013 年 4 月から 9 月までの灌漑期間の水質調査(n=22)から項目間の重相関係数をみると,濁度と SS で 0.96,濁度と RCs では 0.77 と比較的高かった.この関係を利用して用水路を通じて灌漑期間に地区に流入した RCs の量を推定すると約 4.9 GBq となり,水田へは平均 0.54 kBqm-2 ・year-1 が流入した.この値は,受益地周辺の RCs の沈着量(120 ~210 kBqm-2 ・year-1)と比べて十分小さく,これは,土壌中に存在する RCs 量に比べて用水を通じて一作期に圃場に流入する RCs 量が 0.5% 未満と限定的であることを示している.
ここで使用した水質水文遠隔観測システム(久保田ら 2015)は,濁度や水位センサーの他にも様々なセンサーを接続でき,パルス入力を含めて 9 項目を同時に測定できる(図 6).さらに,外部制御信号を用いて,ISCO 製の自動採水器を遠隔制御することが可能である.これにより,帰還困難区域のように立入制限がされていても,各種センサー値の条件により自動で,または PC やスマートフォンから指示を送り任意のタイミングで遠隔採水することが可能である.本システムは,2020 年以降も引き続き東北農政局による原発被災地の水の調査の一部で使用されている.
その後,申ら(2018)は,土地改良区等との情報共有を円滑に進めるため,Web 画面をグラフィカルに改良するとともに,遠隔カメラを追加するなどシステムの改良を図った.これを大柿ダム下流の水路や河川などの複数箇所に設置し,土地改良区との情報共有を試みた結果,特にカメラによる遠隔監視が今後の水管理上,活用できると高く評価されたが,一方で携帯回線やサーバの費用,センサーのメンテナンス,故障対応などによる維持/更新費が負担になる可能性が指摘された.
1.潅漑水中の RCs とイネの吸収リスク
水中の RCs のうち溶存態画分は,作物に吸収されやすいとされる.それでは,溶存態 RCs はどれくらいの濃度でイネに影響するのだろうか? Suzuki ら(2015)は,溶存態 Cs-137 が 0.1, 1.0, 10 BqL-1 の 3 種類の濃度の灌漑水を用いて水稲栽培を行い,収穫された玄米の Cs-137 濃度を比較した.その結果,玄米の Cs-137 濃度は,水の Cs-137 濃度に比例して増加したが,Cs-137 が 0.1 BqL-1 の灌漑水では,玄米中の RCs の暫定規制値(500 Bqkg-1)に対して,玄米への移行は無視できる程度であった.そして,1 BqL-1 の灌漑水では影響がみられ,10 BqL-1 の灌漑水では土壌の種類によって玄米中の RCs 濃度は 65 ~ 341 Bqkg-1 となり顕著な影響が確認されている.なお,この結果はカリ施肥が行われない条件(供試土の交換性カリ含量は 3.7 ~ 14 mg 100 g-1 乾土)で得られたものである.
一方,懸濁態 RCs からイネへの移行は限定的であるとされる.Tsukada and Ohse(2016)は,伊達市小国地区で 6 ~ 8 月に遠心分離により潅漑水から懸濁物質を採取し RCs を存在形態別に分析した結果,約 95% がイネへ移行しにくい強固結合態として存在することを明らかにしている.
2.用水中の RCs を除去する試み
用水への緊急的な対応が求められた 2012 年度を中心として,モミガラなどの資材を用いて用水中の RCs の除去を行う試験が実施された.まずは,経緯について述べる.
2011 年 3 月 11 日に発生した原発事故により,農地や農産物の汚染が懸念されたことから,厚生労働省では,2011 年 3 月 17 日に玄米などの穀類中に含まれる RCs の暫定規制値を 500 Bqkg-1 と定めるとともに(高橋 2013),原子力災害対策本部では 2011 年 4 月 8 日に稲の作付制限についての考え方を公表した(原子力災害対策本部 2011).その際,既往の知見から RCs の玄米への移行係数は最大 0.1 とされ,それにより,土壌中の RCs 濃度が 5,000 Bqkg-1 以下であれば,暫定規制値超えは発生しな いとの判断から,制限区域が設けられ(図 7),2011 年度は,制限区域外における水稲作付が行われた.
ところが,2011 年産の玄米に含まれる放射性物質を調べた結果,福島市の一部(旧福島市,小国村),伊達市の一部(月舘町,小国村,掛田町,富成村,柱沢村,堰本村),二本松市の一部(渋川村)の 3 市(9 旧市町村)では,暫定規制値の 500 Bqkg-1 を超過する玄米が見つかり,12 市町村(56 旧市町村)では,区域内の最高値が 100 Bqkg-1 超過~ 500 Bqkg-1 以下の玄米が見つかった(福島県水田畑作課 2012).このように作付制限区域以外において,暫定規制値を超える RCs 濃度が検出されたことから,2012 年度は,作付制限区域の見直しが行われるとともに,用水の影響などの土壌以外の要因についても調べられることになった.
福島県農地管理課では,2012 年の水稲作に向けて,2012 年 2 月末に用排水路の土砂上げ時の留意点と堆積した土砂が用水路や農地に流入しにくい施設運用法について各農林事務所に指示を行った(久保田ら 2013).それを受けて県北農林事務所では,3 月に管内の自治体や土地改良区に対して農業用排水路とため池の堆積土対策に関する留意事項を伝えるとともに,水田の取水口に土砂溜めを設けて上澄みを水田に取り入れるなど土砂流入防止への配慮を求めた.さらに,4 月には,農業用水の管理に関する当面の留意事項について JA を通じて農家に通知を行ったが,その中で水田水口や沢水,ため池掛かりの用水路にモミガラをフィルター材とした対策を推奨した.これは,福島県生活環境部が 2011 年に実施した除染技術実証事業の中で安価で入手容易なモミガラに着目し,それを吸着資材として水中の放射性物質を低減する技術として検討されたものである(庄建技術 2012).以上のような背景から,モミガラやゼオライト,プルシアンブルーシート等の濾過・吸着資材(図 8)を用いた用水中の RCs 除去が試みられた.
久保田ら(2013)は,モミガラ,くん炭,ゼオライト,プルシアンブルー不織布等の資材について溶存態 Cs-133 の吸着を実験的に調べた.モミガラとくん炭では吸着試験前後で液相の K+ 濃度が上昇したことから,陽イオン交換による吸着の可能性が示唆された.また,Miura et al.(2016)は,くん炭,ブナおよびオークのおがくず,ならびに木炭(スギ)の 4 つの自然素材の Cs-133 の吸着特性を調べた.その結果,くん炭とブナおがくずが有効な Cs 吸着材として選定された.これらの物質は,異なる初期 Cs 濃度に対して連続的かつ安定した Cs 吸着率を示し,併せて吸着等温線はフロイントリッヒモデルに従うことが示された.水田の水口に吸着資材を設置した用水中の RCs の除去試験(久保田ら 2013)では,モミガラとゼオライト(細粒および粗粒の 2 種)およびくん炭が比較された.その結果,単位体積当たりの回収効率で比較するとゼオライトの効果が最も高く,次いでモミガラ,くん炭の順であった.
その後,現地では,使用済みのモミガラなどの吸着資材の処分方法や引受先がないことが支障し,福島では広く農家に普及することはなかった.国内では,使用済み資材の処分方法の行き詰まりのため実施できなかったが,使用済み資材を圃場に埋めたり作土にすき込むことが許容できれば,緊急時に実質的な効果が得られる可能性がある.
3.水田に流入する RCs とその動態(久保田ら 2020a)
前節で述べたように,2012 年以降,水稲作における RCs 吸収のリスク要因の一つとして,用水を通じて水田に流入/流出する RCs の定量的把握とその動態に関する調査が行われた(図 9).2012 年には福島市大波において,また 2013 年には川俣町山木屋の日向および細田,飯舘村草野,小宮,長泥の合計 5 地区の除染水田において水稲試験栽培と併せて RCs の動態や用水水質が調べられた.このうち帰還困難区域内に立地する飯舘村長泥地区では用水源としてため池を利用していたため水稲への影響が懸念されたが,調査の結果,用水中の平均 RCs は 2.0 BqL-1,溶存態 RCs は 0.05 BqL-1,用水を通じて水田に流入する RCs は一作期当たり 1.2 kBqm-2 であり,同地点で農地除染後に土壌内に留まる RCs の 580 kBqm-2と比べると,僅か 0.2% と小さく,かつ玄米への影響も小さいことが明らかになった(Shin et al. 2015).なお,ここで紹介する試験は,すべてカリ増肥によるイネの RCs 吸収抑制対策を施した条件で実施されたものである.続く 2014 年には飯舘村草野(2 圃場)と飯舘村小宮ならびに川俣町山木屋の日向と細田において試験が行われ,2013 年と同様に灌漑水からの RCs の流入が少ないことが確認された(Shin et al. 2019). 図 7 に主な調査地の位置,表1に各調査地における用水の RCs 濃度や RCs の流入量,収支等を示す.
さらに,2014 年には原発からの直線距離が約 10 km と近く,当時居住制限区域に指定されていた浪江町酒田の除染水田において,放射能汚染の影響がより小さいと考えられる地下水を用いた水稲の試験栽培が実施された(久保田ら 2020a).酒田地区は請戸川下流に位置するが,請戸川の集水域は,福島第一原発から北西方向に帯状に延びる RCs が濃く沈着した範囲と概ね重なり,かつ大柿ダムの受益地でもあることから,原発被災地の中でも水利用の可否への感心が高い地域であった.2013 年 11 月に浪江町が実施した農業者意向調査(浪江町 2014)によれば,当時,支援策・施策の中でも,「試験栽培・モニタリング・放射性物質の影響確認」や「大柿ダム・水利施設等の早期復旧」に高い期待が寄せられていた(図 10).
2014 年の地下水利用による試験栽培で問題が見られなかったことを受けて,翌 2015 年には同地区で請戸川の水を用いた水稲の試験栽培が実施された.当地では,震災の影響で用水を取り入れる頭首工や用水路が使用できなかったので,2015 年の栽培試験では請戸川から直接ポンプで水をくみ上げて用水を供給した.本試験の結果から,用水を通じて水田に流入した RCs による水田の再汚染の可能性は低く,カリ増肥を適切に行うことで,食品の基準値と比べて十分に RCs 濃度が低い玄米生産が可能であることが実証された(申ら 2021).
この試験において,2015 年の灌漑期の用水中の平均 RCs 濃度は 0.47 BqL-1,このうち溶存態は 0.25 BqL-1 と比較的低かったが,請戸川では増水時の濁水で RCs 濃度が最大約 120 BqL-1 まで上昇した.被災地の水管理ではこのような濁水を取水しないことが重要である.浪江町酒田における一連の試験は 2016 年以降,内容を少しずつ変えながら東北農政局の事業の一環として,農研機構と新潟大学等との共同研究として 2020 年まで継続して実施されている(NTC コンサルタンツ 2018,2020;日水コン 2019).なお, 2018 年まではポンプを用いた河川水の直接利用であったが,2019 年からは頭首工や用水路の復旧により本来の用水系統を利用した試験栽培が実施された.
なお,用水を通じて流入する RCs に関連して,水田の水口付近においては,それ以外の部分に比べて,玄米の単位面積当たりセシウム移行量がやや高いことが観測されている(宮津ら 2017,吉川ら 2020)が,浪江町酒田の試験から,カリ増肥による吸収抑制対策を行う限り,玄米の RCs 濃度は食品基準値との比較において十分に小さいことが示された.少なくとも当面の間は,カリ増肥を適切に行うことが重要であると考えられる.酒田地区を含む浪江町の避難指示解除準備区域と居住制限区域では,2017 年 3 月末に避難指示が解除となり,平行して用水復旧が進むなど徐々に条件も整ってきており今後の営農再開の進展が期待される.
4.代かき時期の水田排水に伴う RCs 流出の制御
代かき時期には,代かき濁水の排水に伴って懸濁物質とともに水田からRCs が流出する.人見ら(2013)は,代かき濁水の流出制御に伴う RCs の流出削減効果について検討した.灰色低地土の水田圃場で,① 荒代かき後1日湛水,② 荒代かき+植代かき後1日湛水,③ 荒代かき+植代かき後3日湛水の3条件で表面排水に伴う RCs 流出負荷量を調べると,負荷量の比は,①:②:③ = 1:12.9:5.6 となり,荒代かき1回による負荷量が少なく,植代かきを行う場合は,代かき後 3 日湛水を続けることで1日湛水した場合より RCs の流出負荷量を約 6 割削減できることを示した.
5.水田に流入するカリウムとその動態
灌漑を通じて水田に流入するカリウムはどれくらいあって,それらは,RCs 吸収抑制対策に効果がある土壌中の交換性カリの補給に役立っているのだろうか.そのような問題意識から,2018 年以降,福島県内の水田を対象として用水を通じたカリウム供給の定量化や水田土壌からのカリウム溶脱のメカニズムについて研究が進められている.
Nishikiori et al.(2020)は,福島県内の土壌が異なる 2 ヶ所の水田圃場において,水の出入りとそれに伴うカリ収支を詳細に調べた.その結果,用水を通じたカリウムの流入量は,施肥されたカリに対して田越し灌漑を行う圃場(大熊町大川原,黒ボク土)で 440%,通常の灌漑を行う圃場(浪江町酒田,粗粒質灰色低地土)で 38% と多かったが,前者は表面流出で用水供給量を超えるカリが流出し,後者では土壌浸透により多くのカリが失われており 2 圃場ともにカリ収支は負であった.また,福島県内の 3 種類の水田土壌を対象としたカラム試験により浸透水の水質や浸透量の違いによるカリ溶脱への影響が調べられた(久保田ら 2020b).それによると,これまでに,浸透水量がほぼ等しいときは浸透水の塩濃度が濃いほど交換性カリの溶脱が進むことや,交換性カリの溶脱や蓄積に浸透水中のカリ濃度だけでなく陽イオン組成も影響することなどがわかってきた.
これまで原発事故に関連して,農業用水と水中の RCs の関係について,緊急的な対応も含めてさまざまな角度から取り組みを行ってきた.水稲作に関して,その結論について総じて言えば,2012 年以降実施されたカリ増肥等によるイネによる RCs の吸収抑制対策の実施のもとで,水からの影響はほとんどみられなかったといえる.
塩沢(2012)は,調査地域の用水の RCs 濃度は最大でも 1 Bqkg-1 のレベルで低濃度であること,ならびに,用水の RCs 濃度と灌漑水量ならびに移行係数の想定から,多めに見積もっても玄米の RCs 濃度に与える影響は問題にならないとした.その後,用水を通じた水田への RCs の動態調査の結果は,概ね塩沢の予測に沿ったものになっている.これは,増水時などの SS 濃度が高い時期を除くと用水中の RCs 濃度が低いこと,そして福島の中通りや浜通りの水田では河川沿いの一部を除くと細~中粒質のグライ土を含む低地土が広く分布しているため,減水深が限定的で灌漑水量が多くないことも要因となっている.
一方,帰還困難区域内のため池の一部では,事故後9年を経てもなお,1 BqL-1 を超える溶存態 Cs-137 が検出され続けている(東北農政局 2020).環境水中で溶存態 RCs が経年的に数 BqL-1 の濃度で存在し続けることは,当初の予想とは異なるものである.これは,高濃度の RCs を含むため池の底質除去を進めることで解消するものと考えられるが,この現象に関する科学的な理解が十分に進んでいるとはいえない.
また,水稲の現地実証試験において,水に含まれる RCs が玄米にほとんど影響しないように見えるのは,カリ増肥による RCs 吸収抑制対策の効果である. これまでのところ,カリ増肥に要する経費は復興庁の東日本大震災復興特別会計に基づいた福島県営農再開支援事業により賄われているが,将来的な支援の打切りも想定される.RCs の沈着量の多い集水域を持つ地域では,当面の間,カリ増肥を適切に実施するとともに,濁水流入防止など用水管理に注意を払うことが必要である.
今後,これまでに得られた農業水利系におけるRCsの動態と影響について科学的知見を整理し,国際的に発信していくことが重要であると考えられる.
本稿のとりまとめは,農林水産省委託プロジェクト研究「営農促進」の一環として実施した.また,様々な関連研究の実施にあっては,同僚研究者や契約職員に加え,農村工学研究部門ならびに東北農業研究センター福島拠点の業務科・支援チーム,企画管理部等の各員によるサポートに負うところが非常に大きい.また,農林水産省,福島県,市町村の担当者,土地改良区,農家,共同研究機関,民間企業等のご理解,ご協力とご支援に深く感謝する.
著者には開示すべき利益相反はない.