農研機構研究報告
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原著論文
作物育種で本格運用するための電子野帳の開発と効率化の検証
寺沢 洋平 伊藤 美環子八田 浩一川口 謙二鈴木 雄大兼光 宏学田引 正岡田 昌宏
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2021 年 2021 巻 9 号 p. 1-10

詳細

 本研究では,近年急速に発達したデジタルデバイスを用いた小麦育種の効率化,データの集約・省力化を目的として,既成ソフトである FileMaker をベースとした電子野帳の開発を行った.また,この電子野帳と様々なデバイスを用いてデータ取得の効率性を検証した結果,作業時間の短縮および人的エラーの軽減を実現し,正確かつ大量のデータを簡便に扱うことが可能となった.本研究で開発した様々なプログラムはデジタルデバイスの操作に不慣れな職員でも抵抗感なく取り扱うことができた.以上の成果は,今後の系統選抜の正確性と育種の効率化に大きく寄与する.

緒言

小麦育種の行程は,大きく分けて,播種,栽培,収穫,品質試験およびこれらのデータによる選抜の 5 つに分かれており,この作業をほぼ 1 年通して行っている.そのため,1 か所で人的エラーが発生すると,後の行程に大きく影響してしまい,多大な損失を被ることとなる.特に寒地秋まき小麦研究では,収穫から播種までが 1 か月半と短く,その間に収量調査および栽培成績を取りまとめ,選抜を行った後に播種準備作業を進める必要があり,すべての作業において迅速性と正確性が必要である.一方で近年は研究費削減に伴う事業の効率化を求められており,研究員,技術職員,契約職員,各々の負担が増し,人的ミスが多発している傾向にあった.また,作業に従事する職員の高齢化に伴い,細かい文字の書き込みが難しくなると共に,記載に要する時間が大幅に増え,仕事の正確性,効率性が落ちる傾向にあった.さらに,圃場での形質データの記録には紙野帳が用いられており,系統数や調査項目が増加している状況のなか,葉緑素計(SPAD)等の機器による測定,野帳への書き込み,データ入力などの一連の煩雑な作業が困難になってきている.

一方で近年はゲノム情報の解読や様々な解析機器の発達によって膨大な量の遺伝子データや形質データが得られるようになった.そのため,これらのデータを圃場で簡便に参照した上で,農業特性に優れた系統を選抜することが必要不可欠となってきている.

そこで,以上の問題の解決を目指し,私たちは研究室内で育種に関わる全てのデータのクラウド化とデジタル化を進めるため,2014 年から電子野帳とバーコードシステムの導入に取り組み始めた(図 1).育種研究におけるバーコードシステムの利用(山崎ら 2012岩田 2014山田ら 2015)や電子野帳やデジタル機器を用いた形質調査( 山崎ら 2012岩田 2014Utsumi et al. 2015)については現在までに様々な報告がされている.また,多数の企業が農業ソフトウェア(AgriEXPO 2020)を提供しているが,多くのソフトで不必要な項目が多数存在し,作物の育種,作況調査,形質調査向けのソフトは存在しなかった.

本研究では現在までに報告されているバーコードシステムや農業ソフトウェアを参考に小麦育種に特化したシステムの開発を進めた(表 1).まず,2015 年には,FileMaker Pro 13 を用いて,系統情報と 8 つの農業特性の入力欄のみで構成される iPod 専用の電子野帳を開発した.この電子野帳を,圃場調査に導入し,紙野帳と電子野帳の利便性および正確性の比較検証を行うと同時に電子野帳の改良を進めた.2016 年の圃場調査から,北農研小麦育種グループに所属している 3 名の育種研究員が電子野帳と紙野帳を併用し,電子野帳に関する問題点を洗い出した.その結果,iPod に比べてディスプレイが大きく,文字入力が容易な iPad の方が効率的に作業を行うことができると判断し,iPad への移行を進めることとした.同年,稈長,穂長,Bluetooth SPAD を用いた葉緑素の調査項目を電子野帳に直接入力するデバイスの開発を開始するとともに,収量試験,製粉試験に関しても電子野帳を作成し,効率化および人的ミスを軽減する取り組みを始めた.2017 年の圃場調査から紙野帳を廃止し,稈長・穂長の計測に関するデバイスを導入することにより省力化を図ると同時に,Bluetooth SPAD を完全導入し,効率よく正確なデータを取得することが可能となった.これらの電子野帳とデバイスは技術職員,契約職員でも簡単に入力できるように電子野帳のレイアウト等を改良した.また,屋内での収量調査や製粉試験にも電子野帳を活用した結果,紙野帳の使用割合が減少した.2018 年には,圃場調査における紙野帳の全面廃止,品質試験での電子野帳の活用を進めた.2019 年には,系統ごとの遺伝子情報,品質情報を加えた統合型電子野帳を作成し,圃場で様々な情報を簡便に閲覧でき,系統選抜を効率よく行える利便性の高い電子野帳を開発した.2020 年には,上記の統合型電子野帳を麦類育種研究向けに特化した電子野帳システムとして農研機構職務作成プログラム(機構-K21)に登録した.

本稿では,2019 年に開発した小麦育種のための電子野帳の開発についての詳細および電子野帳導入による効率化の検証に関し報告する.

機器および方法

【電子野帳プログラムの開発】

【使用機器】

(1)特性評価プログラム:2015 年に開発した特性評価プログラムは,2014 年播種小麦育種試験設計書(北海道農業研究センター畑作物開発利用研究領域 麦育種版 内部資料「以下」麦育種内部資料 非公開)を基に FileMaker Pro 13 を用いて開発し,改良を重ねた(表 1).本研究で用いた特性評価プログラムは,2018 年版秋まき小麦特性評価プログラム(非公表)を基に FileMaker Pro 16を用いて開発した.本プログラムの調査項目,調査方法などは,小麦調査基準(農業研究センター 1986)に則して作成し,遺伝子情報および品質評価項目は,北農研小麦育種グループで調査している項目を基に開発した.

(2)SPAD プログラム:2016 年播種秋まき小麦栽培調査用に SPAD プログラムを開発し,改良を重ねた(表 1).本研究で用いた SPAD プログラムは,当グループで調査している項目を基に開発した.

(3)製粉プログラム:2016 年産製粉野帳(麦育種内部資料 非公開)を基に製粉プログラムを開発し,改良を重ねた(表 1).本研究で用いた製粉プログラムは,当グループで調査している項目を基に開発した.

(4)品質評価プログラム:2016 年産品質評価野帳(麦育種内部資料 非公開)を基に品質評価プログラムを開発し,改良を重ねた(表 1).本研究で用いた品質評価プログラムは,当グループで調査している項目を基に開発した.本研究で用いた使用機器・ソフトウェアの一覧を表 2 に示した.

【穂長および稈長の測定作業効率化の評価】

2013 年~ 2019 年の穂長および稈長の測定に要した調査人数,日数は芽室研究拠点作業予定表(北農研芽室拠点内部資料 非公表)から引用した.これらのデータを基に調査に関わった合計人数,調査時間,1 区当たりの調査時間を算出した.2013 年~ 2016 年:30 cm の直線定規および 1 m の竹定規を利用して,対象を測定したデータを紙野帳に記録した後,パソコンでデジタルデータに変換した.2017 年~ 2019 年:穂長測定には人員1人にデジタルノギスから特性評価プログラム中の穂長調査プログラムにデータを入力した.稈長測定にはバーコードリーダと 1 cm ごとのバーコードシートを張り付けた 1 m の竹定規を用いて特性評価プログラム中の稈長調査プログラムにデータを入力した.芽室研究拠点作業予定表より作業時間は人員 1 人当たり 1 日 7 時間とした.調査方法は,面積 4.8 m2,播種量 255 粒/m2,ドリル播きの栽培試験区中で,平均的な 10 穂の稈長および穂長を測定した.

【SPAD 値の測定作業効率化の評価】

2015 年および 2019 年の SPAD 値の測定に要した調査人数および日数は芽室研究拠点作業予定表(北農研芽室拠点内部資料 非公表)を参照した.これらのデータを基に調査に関わった合計人数,調査時間および 1 区当たりの調査時間を算出した.2015 年および 2019 年に SPAD-502 Plus(コニカミノルタ)を用いて,出穂期前,出穂期後,成熟期の 3 生育ステージで SPAD 値を測定した.1 系統当たり止葉と上位第二葉のそれぞれ 10 葉で SPAD 値を測定した.2015 年は,SPAD-502 Plus を 8 台用いて SPAD 値を測定し,1 人の記録担当者が 8 人の調査者からデータを聞き取り,紙野帳に記録した後,3 名がパソコンでデジタルデータに変換した.2019 年は,Bluetooth SPAD を用いて調査を行い,得られたデータを 2019 年版 SPAD プログラムに入力した.

【製粉作業効率化の評価】

2015 年~ 2019 年度の製粉(ビューラー製粉機使用)は農林水産技術会議事務局(1968)乙部ら(2013)に基づいて行った.試験用製粉作業が 1 日 6 時間であることから,人員 1 人当たりの 1 日の作業時間を 6 時間とした.効率性の検証を調査するため,2015 年および 2016 年の紙野帳を用いた製粉時と同様の製粉作業を行い,製粉後の記録およびデータ入力に要した時間(入力時間)を測定した.製粉作業は,所定の粒流量で製粉を行い,小麦粉{図 6-A:ブレーキ粉:1B,2B,3B,ミドリング粉:1M,2M,3M,ふすま(大,小)}を得るとともに,掃除および調整等を行う作業である.入力時間は,担当者が製粉した小麦粉入り容器重(図 6-A:1B,2B,3B,1M,2M,3M,大ふすま,小ふすま)を電子はかりで計量し,紙野帳への記録,小麦粉の重さおよび製粉歩留(%)の計算に費やした時間を測定した.紙野帳に記録された値を Excel(Microsoft)に入力するのに要した時間も測定し,製粉時の入力にかかった時間と合算した.一方で電子野帳への入力に関しては 2017 ~ 2019 年の電子野帳を用いた製粉時と同様の作業を行い,製粉担当者が製粉後の小麦粉入り容器重を電子はかりで計量し,タブレットへの入力に要した時間(入力時間)を測定した.小麦粉の重さおよび製粉歩留(%)の計算は,電子野帳に容器重を入力することで自動的に行われるように設定した.紙野帳および電子野帳への入力時間は,担当者 2 名が各々 5 回の入力作業を行い,平均値を入力時間とした.本研究で製粉を行った担当者は日頃から製粉を行い製粉作業に慣れている.

結果

(1)プログラムの開発

(A)特性評価プログラムの開発

2019 年 3 月から本プログラムを用いて圃場調査を行った.圃場での調査時は,iPad のバッテリー消費に備えてモバイルバッテリーを携帯した.また,夏季は iPad 本体の蓄熱によるシャットダウンを防ぐために冷却パットを iPad に張り対応した.図 2 に示した特性評価プログラムは,圃場での系統選抜と圃場調査用に開発した電子野帳プログラムで,圃場や温室で研究員が簡便に系統ごとの情報を閲覧できると同時に,入力も可能にしたプログラムである.トップメニュープログラムを作成することで,目的試験区の検索画面から系統ごとの情報閲覧画面およびデータ入力画面への簡便な移動を可能にした.圃場入力画面では,叢生,冬損,出穂期,うどんこ病,赤さび病,葉枯れ,赤かび病,縞萎縮病,倒伏,成熟期の調査値および選抜結果を入力でき,これらの形質を調査した日付けは自動的に入力される.また,レイアウト変更メニューで目的の形質を選択することで,系統ごとの入力画面から形質ごとの入力画面に移動できる設定にした.入力されたデータは,系統ごとおよび形質ごとの両画面に反映される.さらに,系統ごとの詳細情報を閲覧および入力可能な統合レイアウト画面を作成した.この統合レイアウト画面は,7 つのタブ(系統,播種,農業特性,収量,特検,品質,MAS:遺伝子情報)で構成されており,系統タブでは交配番号,母,父,育種目標など系統の基本情報が盛り込まれているほか,選抜結果等を入力できる画面になっている.播種タブでは 14 形質(穂型,播性等),特性タブでは 14 形質(出穂期,成熟期等)に関し入力および閲覧ができる.また,収量タブでは前年度の収量に関する 9 つの調査結果,特検タブでは前年度の病害抵抗性・環境適応性に関する 11 の特性調査結果,品質タブでは前年度の品質に関連する 26 の特性(製粉性,生地物性,製パン性等)調査結果を閲覧できる.MAS タブでは系統ごとの農業および品質に関わる 37 の遺伝情報が閲覧できる.この統合レイアウトを作成したことにより,膨大な情報を簡便に圃場で確認することが可能となった.特に,2019 年に開発した本プログラムから遺伝子情報,品質情報を加えた統合型特性評価プログラムを導入したことにより,圃場調査の段階でこれらの情報を選抜に反映でき,より精度の高い系統選抜を可能にした.

(B)稈長・穂長プログラム開発

トップメニュープログラムから,穂長調査,稈長調査を選択するとそれぞれの調査画面に移動する.穂長および稈長調査のプログラムは,岩田(2014)を参考に開発した.穂長調査は,Bluetooth アダプタを取り付けたデジタルノギス( 図 3-A)を用いて図 3-B のように行った.稈長調査は,岩田(2014)を参考に稈長測定用バーコードリーダ(図 4-A)と 1 m 竹尺に 1 cm ごとに数値のバーコードを張ったもの(図 4-B)を作成し,図 4-C のように調査した.

(C)SPAD プログラム開発

2015 年~ 2016 年まで SPAD 値を圃場で紙野帳に記録する必要があり,1 系統の調査が終わるごとに紙野帳へ記録した.8 人全員が各々の SPAD を用いて一斉に調査を行い,1 人の記録係が聞き取りで記録を行ったため,書き写しミスが頻発した.また,紙野帳に記録したデータをパソコンでデジタルデータに変換する作業の際にも入力ミスが頻発した.そこで,2016 年に無線通信システムを搭載した SPAD-502 Plus を導入した.Utsushi et al(2015) を参考に図 5-B に示したように無線通信システムを搭載した SPAD-502 Plus に HID 変換アダプタと Bluetooth アダプタを取り付けた.その結果,FileMaker Pro 16 をベースとした本プログラム(図 5-A)にも対応可能となった.図 5-C は,圃場にて Bluetooth SPAD を用いて止葉の SPAD 値を測定する様子である.入力方法は,調査する系統を選択し,入力欄にカーソルを合わせた後,SPAD で測定すると自動的に測定値が端末へ送信される.また,サンプルがセンサー位置からずれるなどして,20 以下 90 以上の測定値を得た場合は,外れ値として自動的に平均値算出から除外される設定とし,入力欄に 10 個の測定値が揃うまで測定を行う調査方法とした.このことにより,測定のミスがなくなると同時に,経験のない職員でも簡単に扱えるプログラムとなった.

(D)製粉および品質評価プログラム開発

製粉プログラムは,主に技術職員が扱うことを前提としたレイアウトにした(図 6-A).長時間の製粉作業は疲労感や,集中力の低下を訴える作業者が多い.安衛研ニュース No. 86(労働安全衛生総合研究所 2015)によると,低周波音は心理的不快感,集中力の低下などの影響があると報告されている.製粉作業時は粉を圧送するための送風機が常時稼働しており,低周波音の発生源の筆頭に送風機が挙げられていることからも,一つの可能性として低周波音の影響が考えられ,誤記入,誤操作など人的なミスが発生しやすい.そこで,数値の計測や記入などの一連の作業を簡便化するため,試験サンプルをバーコードで管理し,人的ミスを最小限に抑える設計にした.また,製粉に使用する容器重などもバーコードで管理することにより,製粉後の小麦粉の重量および製粉歩留の値を迅速に算出できるプログラムとした.このことにより,大きな測定ミスおよび計算ミスは解消された(表 5).図 6-B は,製粉時にバーコードリーダを用いて容器重の値を入力する様子である.

図 7-A に示した品質評価プログラムは,レイアウトの変更タブから品質に関わる計 13 調査項目を入力できるプログラムとした.製粉プログラムと同様にバーコードによるサンプル管理を行い,サンプルの取り違いをなくすプログラムとした.図 7-B は,製パン調査結果を本プログラムに入力する様子である.このプログラムを品質評価試験に導入することにより,製粉および品質データを同時に閲覧できるようになり系統選抜を効率よく進められるようになった.

(2)効率化の検証

(A) 稈長および穂長調査の効率化の検証

表 3 に 2013 年~ 2019 年に稈長および穂長の調査に費やしたおおよその作業時間を年次ごとに示した.その結果,電子野帳およびデジタルデバイスを全く用いていない年に比べ 1 区当たりの調査時間は平均で約 79%削減した.また,作業に費やす人数は1 日当たり平均で 75%削減し,作業に費やした合計人数も平均で約 70%削減した.

(B)SPAD 値の測定およびデータ入力の効率化の検証

表 4 では,SPAD 値の測定に関し,紙野帳でデータを取りまとめた 2015 年と電子野帳でデータを取りまとめた 2019 年での作業効率を比較した.2015 年の圃場調査では,計 6 日間,合計調査員数 62 名が 8 台の SPAD-502 Plus を用いて,1 系統当たり 10 葉で SPAD 値を測定した.紙野帳にデータを記入した結果,24,000 か所中記入ミスが 660 か所,データ入力ミスが 121 か所確認された.一方,2019 年の圃場調査では,計 10 日間,合計調査員数 20 名で 2015 年と同様の調査を行った結果,24,000 か所中機器からの入力ミス(原因不明)が 12 か所のみであった.これにより,1 区当たりの調査時間は 70%,合計調査時間は約 75%,調査に要した合計人数は 68%削減された.また,紙野帳から機器への入力ミスは 98%,パソコン入力ミスは 100%削減された.

(C)製粉試験およびデータ入力の効率化の検証

製粉試験において,2015 年および 2016 年に紙野帳に入力した場合と 2017 年~ 2019 年に本研究で開発した電子野帳に入力した場合に費やした時間の比較換算した結果を表 5 に示す.本研究のために製粉担当者が清掃作業および入力作業に要した時間を測定し,これらの時間から 2015 年~ 2019 年の製粉試験にかかったとされる清掃時間,入力時間,合計製粉時間を算出した.その結果,入力時間は,2015 年および 2016 年の紙野帳では平均で 22 時間要したのに対し,電子野帳では平均で 5 時間と 17 時間減少し削減率は 76%であった.1 日の作業時間を 6 時間とした場合,作業日数を約 3 日削減できると算出される.また,実際の作業時間から合計製粉時間を引くと,紙野帳では平均 90 時間であったのに対し,電子野帳では平均 30 時間であり,削減率は 67%であった.この時間は,製粉作業で製粉,清掃,入力以外に費やした時間(製粉機の調整,製粉野帳の準備等:「以下」製粉以外の時間)を示す.電子野帳では紙野帳に比べて製粉以外の時間が 60 時間削減されたことを示し,作業日数で 10 日削減できると算出された.本研究で電子野帳を導入することにより,入力時間と製粉以外の時間が大幅に削減できることが分かった.

考察

2015 年以降,本プログラムを取り入れることにより,膨大なデータを効率よく扱えることが可能となった.近年まで,圃場において紙野帳を見ながら系統の選抜を行ってきたが,2019 年に開発した特性評価プログラムの導入により,耐病性,製粉データ,遺伝データ等の膨大なデータから必要なデータのみを圃場で簡便に検索し,閲覧することが可能になり,系統選抜の正確性と効率化に大きく寄与したと考えられる.

本プログラムの大きな特徴として,2 つ挙げられる.1 つ目は,これらのプログラムは 2014 年から育種現場に即した形で改良を重ねてきたため,育種現場では非常に使いやすいシステムになったことである.特に,機械操作に不慣れな職員でも簡便かつ抵抗感なく使用できることにより,データ収集の効率化および正確性が増したと考えている.

2 つ目は,本プログラムは特殊な機器を使わず,簡便に導入できることである.現在までの様々な報告(山崎ら 2012Utsushi et al. 2015AgriEXPO 2020 )による方法では,専用のアプリ,専用モバイル端末を使用するため汎用性が低く,育種現場への電子野帳の導入が困難であった.本プログラムはどの育種現場でも簡便に導入可能な汎用品を用いてシステムを構築した.また,FileMaker Pro をベースのプログラムとして用いることで,研究者自身で簡便にアレンジできることも特徴である.そのため,本プログラムを必要に応じてアレンジすることにより,大きな労力をかける必要なく,小麦以外の作物の調査に即したプログラムに変更可能である.

本プログラムの大きな開発目標は,系統選抜の効率化および人的ミスの軽減である.表 3 ~表 5 で示した通り,電子野帳を導入することによりすべての調査時間および製粉に要した作業時間が減少した.また,表4 では電子野帳の導入により入力ミスが 100% 近く削減された.これらの結果から,電子野帳を導入することにより,人的ミスの軽減と系統選抜の効率化および省力化を進めることができると考えられる.さらに,研究室内で図 1 のような取り組みを行うことにより,データの一元化およびバックアップ体制の構築など研究員間のスムーズな情報共有や安全なデータ管理が可能になり,より正確かつ迅速に品種育成に取り組めると考えている.

本プログラムは,小麦育種,麦栽培,小麦品質に関わる調査のみならず,他作物の育種,栽培,品質調査にも幅広く応用が可能である.特に,人員不足による省力化が必要とされている各都道府県の公設試,普及センター,地域の農業協同組合における作況調査,形質調査,収量調査や人件費の高騰による省力化を求められている海外の農業研究機関において本プログラムは有効活用できると考えられる.以上のように今後は,国内外の様々な研究機関において,本プログラムをベースとしたシステムが,用途に即した形で改良され,広く普及することが期待される.

謝辞

本研究を進めるにあたりご尽力頂いた栽培管理・品質試験に携わった農研機構北海道農業研究センター芽室拠点職員各位に深く感謝の意を表する.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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