カンキツ栽培では,果汁中の酸度が 1% を下回ることが収穫時期の目安として用いられている.このため,高い酸度は収穫時期の遅れをもたらし,出荷・販売計画に影響する.そこで本研究では,適期に収穫するために低い酸度の果実を生産する技術を開発することを目的とし,3 種類のカンキツ(‘ 青島温州’,‘ 不知火’および‘ せとか’)を用いて,発芽前から開花期まで透明のポリエチレンシートで樹冠を覆ったときの着花性および収穫時の果実品質に及ぼす影響を調査した.調査されたすべての品種で,樹冠被覆により発芽日および開花盛期は早まった.樹冠被覆が収穫時の果実重に及ぼす効果は品種によって異なり,‘ 青島温州’および‘ せとか’ では被覆あり区で 1 果実の重量が高く,‘ 不知火’では樹冠被覆の有無で果実重に差はなかった.果汁中の酸度は, ‘ 青島温州’において被覆の有無で差はなかったが, ‘ 不知火’および‘ せとか’において被覆あり区で被覆なし区よりも有意に低かった.このことから,樹冠被覆は‘ 不知火’および‘ せとか’における酸の低減に有効であることが示唆された.
カンキツでは,果実の生長にともなって酸度が低下する.通常,酸度が 1%を下回ることが収穫あるいは出荷時期の目安にされる.しかし,環境あるいは栽培条件により減酸が進まず,高い酸度で収穫時期を迎えると,貯蔵中の減酸に時間を要し,早期の出荷が妨げられる.このため,減酸が速いカンキツ品種の育成が期待されているが,カンキツの品種育成は長期間を要する.そこで,栽培面からこの問題の解決が求められている.
カンキツ果汁中の有機酸の大部分はクエン酸で構成される(久保田,赤尾 1987).ウンシュウミカンにおいて,酸濃度は 7 月から 8 月にかけて高く,その後減少する(八巻 1990).カンキツ果実中の酸濃度はヒ酸化合物の散布や水分ストレス,開花の早晩によって変化することが知られている(八巻 1990,Sadka et al. 2000, Hockema and Etxeberri 2001,薬師寺 2001,Kubo et al. 2002).かつて減酸剤として使われていたヒ酸鉛はクエン酸縮合酵素の活性を阻害することが明らかになっている(八巻 1990).乾燥ストレス下では果実の肥大が抑えられるために果汁が濃縮され,酸度が高くなりやすい.また,同じ大きさの果実を比較した場合でも,乾燥ストレスを与えた樹の果汁の酸度は高いことが報告されている(薬師寺 2001).ウンシュウミカンにおいて,開花が早い果実では,収穫時の酸度が低く,また,果形指数(横径/縦径× 100)が高くなる(立川ら 1974;植田ら 1974;岩垣,広瀬 1980).一方,‘ 川野なつだいだい’では,開花が早いほど成熟時の果実重が高くなるが,開花時期と酸含量との関係は認められていない(夏見,富田 1978).しかし,これまでの著者らの研究から,ウンシュウミカン以外のカンキツにおいても開花の早晩が酸度に影響することが明らかになっている(西川,深町 2021).そこで本研究では,酸を低減するための栽培管理について検討することを目的に,‘ 青島温州’,‘ 不知火’および‘ せとか’を用いて,発芽前に樹冠を透明のプラスチックシートで覆い樹冠周辺の温度を上げて開花を早めたときの果実品質を調査した.また,発芽前からの樹冠被覆は着花数や結実率に影響を及ぼす可能性が考えられた.そこで,酸の低減を目的とした樹冠被覆が果実品質以外の樹体生育に及ぼす影響を明らかにすることを目的に,樹冠被覆時の発芽数,発育枝数,直花数,有葉花数および結実率を調査した.
本研究では,農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域(静岡県静岡市)に植栽されている 9 ~ 11 年生の‘ 青島温州’(Citrus unshiu),‘ 不知火’(‘ 清見’(C. unshiu × C. sinensis) ב 中野 No.3’ポンカン(C. reticulata))および‘ せとか’(‘KyEn No.4’(‘ 清見’(C. unshiu × C. sinensis)ב アンコール’(C. reticulata))ב マーコット’(C. reticulata))をそれぞれ 20 樹使用した.使用した品種のうち,‘ 青島温州’のみヒリュウ台で,その他はカラタチ台を使用した.摘果や施肥などの栽培管理は,同じ品種内で同一とした.摘果はすべての品種で間引き摘果とし,葉果比は‘ 青島温州’で 30 程度,‘ 不知火’および‘ せとか’で 100 程度に調整した.‘ 青島温州’を 12 月上旬に,‘ 不知火’および‘ せとか’を 1 月上中旬に収穫し,果実品質の分析に使用した.
2.樹冠被覆
ウンシュウミカン‘ 青島温州’,‘ 不知火’および‘ せとか’の各 0 樹のうち 10 樹を被覆あり区に,10 樹を被覆なし区に使用した.被覆あり区の 10 樹において,発芽前の 2 月下旬から満開期の4 月下旬まで樹冠を厚さ 0.03 mm の透明のポリエチレンシート(アイアグリ株式会社,茨城)で覆った(図 1).設置は,愛媛県で開発されたぶらぶらハウスを一部改良して行った(菊池 2009).試験は 2019 年と 2020 年に実施した.2019 年は,塩ビパイプの支柱最上部に塩ビパイプで各辺 1 m として加工した H 字の中央を支柱に対して垂直に取り付け,樹高と同程度の高さとなるように支柱を株元に縛り固定した.2020 年は支柱を設置せずに被覆した.2 年目の試験でも各品種において 20 樹ずつ使用し,そのうち 10 樹を被覆あり区,10 樹を被覆なし区とした.前年の影響を均一にするために 2 年目の試験で被覆あり区および被覆なし区に用いられた 10 樹は,1 年目の試験で用いた 20 樹から無作為に選び供試した.このため,2 年目の被覆あり区および被覆なし区の樹は 1 年目の被覆あり区と被覆なし区の両方が含まれた.いずれの年も被覆したビニールの端をマイカー線でコンクリートブロックあるいは株元に縛り付け,固定した.覆ったビニールの側面に換気のための孔(直径 30 cm 程度の半円)をビニール 6 m2 当たり一か所を目安に開けた.樹冠下部は 50 cm 程度の開放部を設けた.被覆しなかった各品種 10 樹を対照区(被覆なし区)とした.被覆あり区および被覆なし区の 2 あるいは 3 樹に,地上部 1 m の高さで樹冠外周と中心の中間部におんどとり(株式会社ティアンドデイ,長野)を設置し,毎時の温度を測定した.
3.発芽および着花の調査および果実品質の分析
萌芽した芽の 50%が 3 mm 以上伸びた日を発芽日,花蕾の 80% 程度が開いた日を開花盛期として記録した.開花直前に各樹 20 ~ 30 本の結果母枝にラベリングし,節,発育枝,直花および有葉花数を調査した.生理落果後の 7 月下旬に着果数を調査し,総花数(直花数と有葉花数の和)で割って結実率を算出した.‘ 青島温州’は 12 月上旬に,‘ 不知火’および‘ せとか’では 1 月上中旬に各樹から 10 個の果実を収穫し,果実品質を分析した.収穫された果実は室温を調整していない倉庫に静置し,収穫後 10 日以内に分析した.それぞれの果実について,果実重,横径,縦径,果肉重,糖度,酸度を調査した.横径を縦径で割った値に 100 を乗じた値を果形指数とした.また,果皮をむいた後の重量を果肉重とした.果肉をハンドジューサーで搾汁し,果汁糖度と酸度を,酸糖度分析装置(NH-2000,(株)堀場製作所)で測定した.甘味比は糖度を酸度で割った値とした.1果に含まれる糖あるいは酸含量は,糖度あるいは酸度を果肉重で乗じて算出した.2019 年,2020 年とも同じ項目について調査した.
1.樹冠周辺の温度変化
2019 年および 2020 年における樹冠内の温度変化を表 1 に示す.2 月下旬から 4 月下旬までの樹冠内における全日の平均気温は,被覆あり区で被覆なし区よりも高く,平均気温の差は 2019 年で 1.2 ℃,2020 年で 0.8 ℃だった(表 1).昼間の平均気温においても,被覆あり区は被覆なし区と比較して高く,平均気温の差は両年とも約 4 ℃だった.一方,被覆あり区の夜間の平均気温は被覆なし区と比べて 2019 年で 0.5 ℃,2020 年で 1.1 ℃低かった.
被覆なし区における樹冠内の気温は 2020 年と比較して 2019 年で高く,平均値の差は全日で 0.5 ℃,昼間で 0.7 ℃,夜間で 0.3 ℃だった.
2.樹冠被覆が発芽,着花および着果に及ぼす影響
2 月下旬から開始した樹冠被覆による発芽,着花および着果への影響を品種ごとに各年で比較するとともに,年次と被覆の有無について二元配置分散分析を行った(表 2).発芽日および開花盛期は,すべての品種において被覆あり区が被覆なし区よりも有意に早かった.節当たりの発芽数はいずれの品種でも年次で有意差が認められたが,被覆の有無では差がなかった(表 2).節当たりの発育枝は,いずれの品種においても 2019 年では被覆あり区で被覆なし区より有意に多かったが,2020 年では被覆の有無で有意差は検出されなかった.節当たりの直花数はすべての品種において被覆の有無で有意な差はなかった.節当たりの有葉花数は,すべての品種において被覆あり区で被覆なし区より有意に少なかった.結実率は,‘ 青島温州’において被覆あり区で被覆なし区よりも低く,‘ 不知火’では被覆の有無で有意差は認められなかった.また,‘ せとか’では 2019 年において被覆あり区で被覆なし区よりも結実率が低かったが,2020 年においては被覆の有無で差がなかった.
3.被覆の有無が果実品質および収量に及ぼす影響
被覆の有無が 12 月あるいは 1 月における果実品質に及ぼす影響について,品種ごとに年次と被覆の有無で分散分析を行った(表 3).その結果,‘ 青島温州’および‘ せとか’では被覆あり区で被覆なし区と比較して果実が有意に重かったが,‘ 不知火’では被覆の有無で果実重に有意差は検出されなかった.果実の横径について,‘ 青島温州’では被覆あり区で大きかったが,‘ 不知火’では被覆なし区で大きかった.また,‘ せとか’では横径において被覆の有無で差はなかった.果径指数については,すべての品種において被覆あり区で低かった.糖度は,すべての品種において被覆あり区で被覆なし区よりも高くなることはなかった.酸度は,‘ 青島温州’において被覆の有無で差はなかったが,‘ 不知火’および‘ せとか’において被覆あり区で被覆なし区よりも有意に低かった.甘味比の傾向は酸度と逆のパターンを示し,‘ 青島温州’では被覆の有無で甘味比に有意差はなく,‘ 不知火’および‘ せとか’において被覆あり区で甘味比が高かった.1 果実当たりの糖含量は, ‘ 青島温州’および‘ せとか’において被覆あり区で,‘ 不知火’では被覆なし区で高かった.1 果実当たりの酸含量は,‘ 青島温州’において被覆あり区で高く,‘ 不知火’においては被覆なし区で高かった.‘ せとか’では,被覆の有無で 1 果実当たりの酸含量に差はなかった.
1 樹当たりの果実数および果実重は,‘ 青島温州’および‘ 不知火’において被覆の有無で差はなかったが,‘ せとか’では被覆あり区で少なかった(表 4).
本研究では,収穫時の酸の低減に対する樹冠被覆の効果を検討するため,樹冠被覆試験を 2 か年行い,各年における生育を調査した.1 年目の試験では支柱を用いて樹冠を被覆し,2 年目の試験では支柱を用いずに樹冠を被覆した.被覆の有無による樹冠周辺の温度変化は,2か年の試験において同じ傾向を示しており(表 1),支柱の有無が樹冠内の温度に及ぼす影響は小さいと考えられた.樹冠被覆の有無における温度の違いから,樹冠被覆により昼間は温度が上がり,夜間は下がることが示された(表 1).これは,昼間はビニール内の温度が日射により暖められるが,夜間は放射冷却の影響を受けてビニール内が冷やされたためと考えられる.一方,樹冠被覆は樹冠内の温度とともに湿度にも影響すると考えられる.本試験では樹冠内の湿度を調査していないため,樹冠被覆が湿度に及ぼす影響を明らかにできなかった.これまでの研究から,発芽や開花時期は気温に影響されることが明らかになっており(榊原,鈴木 1968;岡田ら 1984),気温と比較して湿度の影響は小さいと考えられるが,発芽から開花期における湿度の変化が果実品質に及ぼす影響については今後の研究で明らかにする必要がある.
カンキツでは,一般に,有葉花由来の果実は,直花由来のものと比べて果実サイズが大きくなり,それにともなって果汁が希釈されて糖度および酸度が低くなる.本試験の結果から,樹冠被覆は発芽日および開花盛期を早めるとともに,有葉花を減らすことが明らかになった(表 2).カンキツでは,樹の着花数が多くなるほど,直花が増え,有葉花は減る.本試験では樹冠被覆の有無で直花数に差がないことから,有葉花の生育ステージの後期に樹冠被覆が影響したものと考えられた.すなわち,樹冠被覆による樹冠内の温度上昇は発芽した有葉花の蕾の発育を妨げる効果があると思われた.また,直花と比べて有葉花の結実率が高いことが報告されており(佐金 1979),‘ 青島温州’の被覆あり区では有葉花が減少したために直花の割合が増加し,その結果,結実率が低下したと思われた(表 2).‘ 青島温州’では樹冠被覆により結実率が低下したが,供試した樹に十分な花が着いていたために,樹冠被覆の有無による収量の違いが見られなかったと考えられる.しかし,着花数が少ない樹に樹冠被覆した場合は,樹冠被覆によって結実率が低下し,その結果,収量を低下させる可能性があると思われる.
開花日が早まると,収穫までの着果期間が長くなるため,果実の肥大や成熟が進むと考えられる.樹冠被覆により開花を早めた場合の果実重に及ぼす効果は,品種によって異なった(表 3).‘ 青島温州’および‘ せとか’の被覆あり区における果実重の増加は,着果期間の長期化,発育枝数の増加,あるいは結実率の低下によるものと思われる.また,‘ せとか’の収量は被覆あり区で少なく,着果負担の減少が果実重増加の要因の一つになっていると考えられる.一方で,‘ 不知火’では被覆あり区と被覆なし区との間に果実重の差が検出されないことから,春季の気温上昇は‘ 不知火’の果実重に影響しないと思われる.また,果形指数は3 品種とも共通して被覆あり区で低かった(表 3).自然条件下において開花が遅かった果実では果形指数が低くなるのが観察されており(西川,深町 2021),本試験では逆の結果となった.高木ら(1982)は開花期前後の気温が高いと果形指数が低くなることを報告しており,本試験の被覆あり区では開花が早いものの開花期の樹冠周辺の温度が被覆なし区のものよりも高かったために果形指数が低くなったと考えられた.
一般に,カンキツでは果実サイズが大きいと果汁が希釈され,果汁中の糖度および酸度は低くなる(久松ら 2005,静岡県経済農業協同組合連合会 2012,谷村 1997).本研究では,樹冠被覆の有無における糖度あるいは酸度の差が果実サイズによるものかどうかを調査するため,糖度あるいは酸度に果肉重を乗じて 1 果当たりの含量を算出した.その結果,‘ 青島温州’および‘ せとか’の被覆あり区では,果実重および 1 果当たりの糖含量(全可溶性固形物量)が高かったことから(表 3),果実サイズが大きくなって果汁が希釈されたことにより被覆あり区の糖度が低かったと考えられた.このことから,これらの品種において,樹冠被覆は 1 果当たりの糖含量を増加させる効果があるが,果実サイズも大きくする効果があるため,果汁中の糖度が減少したと考えられた.一方,‘ 不知火’では,1 果当たりの糖含量が被覆あり区で低いことから(表 3),樹冠被覆は糖含量を下げる効果があり,このことが果汁中の低い糖度の要因になっていると考えられた.‘ 青島温州’において,被覆の有無で酸度に差はなかったが,1 果当たりの酸含量では被覆あり区で高かったことから(表 3),被覆は酸含量を増加させる効果があるが,同時に果実重を高める効果もあるため,果汁中の酸度に有意な差が検出されなかったと考えられた.‘ 不知火’では,被覆あり区で 1 果当たりの酸含量および果汁中の酸度が低く,樹冠被覆が 1 果当たりの酸含量を低下させることにより果汁中の酸度が低下したと考えられた.‘ せとか’では,被覆の有無で 1 果当たりの酸含量に差がなかったが酸度は被覆あり区で低かった.‘せとか’では,被覆により果実重が高くなり,果汁が希釈されたために酸度が低かったと考えられた.
以上の結果から,樹冠被覆が樹体生育に及ぼす影響と品種による違いが明らかになった.調査された 3 種類のカンキツのうち,‘ 不知火’では,樹冠被覆が収穫期の酸度を 0.17 ~ 0.2%低下させることが示唆された.糖度も被覆により低くなるものの被覆の有無による差は 1°以下であり,甘味比は被覆あり区で高いことから,樹冠被覆は果実の商品価値を損なわないと思われる.また,樹冠被覆が果実重や収量に影響しないことから,樹冠被覆による酸の低減と安定生産が両立できると考えられた.‘ せとか’では,‘ 不知火’と同様に樹冠被覆が収穫期の酸度を 0.15%程度低下させることが示唆された.しかし,樹冠被覆した‘ せとか’樹では長大な夏枝が発生し,また,一部の果実にネックが現れるのが観察されている.さらに,被覆あり区と被覆なし区で同じ摘果程度に設定しているも関わらず被覆により収量が減少することから(表 4),被覆あり区において摘果後に多く落果する可能性が考えられる.このため,‘ せとか’における樹冠被覆は注意が必要である.一方,‘ 青島温州’では,樹冠被覆の有無による酸度の違いは観察されず,酸の低減を目的とした樹冠被覆の効果は期待できないと思われた.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.