2022 年 2022 巻 10 号 p. 21-32
「イタリアンライグラス中間母本農 3 号(以下,「農 3 号」)」は「タチムシャ」等の既存品種や農研機構畜産研究部門育成系統から幼苗および成植物における硝酸態窒素濃度等に基づく表現型循環選抜を 5 回おこなって育成された二倍体早生品種で,2011 年に品種登録された. 出穂期の硝酸態窒素濃度は「優春」より 30 % 以上低い. 出穂始日は「はたあおば」とほぼ同日である. 収量性は「優春」や「はたあおば」と同程度である.「 農 3 号」と既存品種との単交配後代の硝酸態窒素濃度は,両親のほぼ中間の値を示し,「農 3 号」との交配により硝酸態窒素濃度が低い品種・系統を効率的に育成できる.「 農 3 号」と選抜第 1 世代の幼苗を水耕栽培し,体内の窒素動態を比較した.「農 3 号」では導管を介して根部から地上部へ輸送される硝酸態窒素量が減少する一方,アミノ酸態窒素量が増加した. また,根における硝酸態窒素の取り込み量は変わらなかった. さらに切断地上部を培養液に浸して根部の影響を除外した場合でも,「農 3 号」の硝酸態窒素濃度は低かった. これらのことから「農 3 号」における低硝酸化機構は,地上部へ輸送される硝酸態窒素量の減少と,地上部の硝酸態窒素の蓄積能力の低下と考えられた.
イタリアンライグラスは日本における主要な冬作飼料作物であるが,土壌の窒素肥沃度が高い場合,硝酸態窒素を高濃度に蓄積しやすい.高濃度の硝酸態窒素を含む飼料は牛に対して硝酸塩中毒を引き起こす(Bradley et al. 1939, Murphy and Power 1995).飼料畑に施用する堆肥やスラリー,窒素化学肥料の量を減らすことは,イタリアンライグラスにおける硝酸態窒素濃度の低減に効果的である.しかしこれらを多量に施用し続けた飼料畑では,既に土壌の窒素肥沃度がかなり高くなっている場合があり,これらの施用量を減らしても,イタリアンライグラスに高濃度の硝酸態窒素が蓄積されやすい.一方,イタリアンライグラスの硝酸態窒素濃度には品種間差異が存在し,「ワセアオバ」が最も低かった(Harada et al. 2003).しかし「ワセアオバ」は重要な農業特性である耐倒伏性がやや劣る品種であり,また「ワセアオバ」における硝酸態窒素濃度の低減程度は大きくない(Harada et al. 2003).そこで, Harada et al.(2003)は耐倒伏性に優れる「ニオウダチ」を選抜親として,幼苗期の硝酸態窒素濃度に基づく表現型循環選抜により,出穂期の硝酸態窒素濃度が「ニオウダチ」より 40 %低下したイタリアンライグラス系統 P3 を育成した.この成果をもとに,今回著者らは複数のイタリアンライグラス品種・系統を育種素材として,幼苗期の硝酸態窒素濃度に加えて,出穂期の硝酸態窒素濃度や耐倒伏性,乾物重,出穂始日,草型等の特性も評価した新たな選抜方法により,硝酸態窒素濃度が低い品種「イタリアンライグラス中間母本農 3 号」(以下,「農 3 号」)を育成した.「農 3 号」は 2010 年に出願・公表され,2011 年に品種登録されている(品種登録番号第 21168 号).ここでは「農 3 号」の育成経過と農業特性について報告する.
また,「農 3 号」の育成に関わる一連の研究では,その低硝酸化機構に関する調査も行った.イタリアンライグラス等の畑作物は窒素源として主に土壌中の硝酸態窒素を利用する.土壌中の硝酸態窒素は主に硝酸トランスポーターにより能動的に根部に取り込まれる.根に取り込まれた硝酸態窒素は,根の細胞に蓄積されるか,根の硝酸還元酵素(NR)により同化される.硝酸態窒素はまた,導管を介して地上部に輸送される.地上部に輸送された硝酸態窒素は,地上部の細胞に蓄積されるか,地上部の NR により同化される.地上部の硝酸態窒素濃度が低い「農 3 号」では,このような窒素の体内動態に変化が生じていると推測されることから,これらについて調査した.
堆肥やスラリーには窒素以外にカリウムが多量に含まれている.一方,硝酸態窒素濃度が低いイタリアンライグラス系統 P3 や品種「優春」はカリウム濃度が既存品種より低い(Harada et al. 2003,深沢ら 2007).そのため硝酸態窒素濃度が低い「農 3 号」について,育成過程におけるカリウム濃度の変化および「農 3 号」と既存品種のカリウム濃度を調査した.
「農 3 号」の育成および特性評価は農研機構那須塩原事業場(栃木県那須塩原市)においておこなった.
1.育成経過
「農 3 号」の育成経過を Fig. 1 に示した.2000 年秋に P3(「ニオウダチ」より幼苗期の硝酸態窒素濃度を指標とした循環選抜を 3 回行い,得られた系統)および既存品種「ワセアップ」「タチムシャ」「タチマサリ」「ワセユタカ」「タチワセ」について,合計 800 個体を育苗して幼苗検定に供試した.育苗および幼苗検定は Harada et al.(2003)の方法に従った.まず 200 穴の育苗トレイのセルに 15 cm 程度の長さのジュート麻ひもを通してから育苗用培土を詰め,麻ひもを通じて水(水道水)を張ったトレイから水を供給した.1 セル当たり 2 粒播種し,温室内で育苗した.播種 9 日後に生育が劣る苗を間引きした.播種 14 日後から水の代わりに 50 mmol L-1 硝酸カリウム溶液を供給した.蒸発による溶液中の硝酸態窒素濃度の変化や藻類の増殖を防ぐために,溶液は 2 ~ 3 日ごとに交換した.播種 28 日後(乾物重 30 ~ 40 mg)に,地際から 2 cm 程度の位置で苗を切断し,プラスチックチューブに入れて 70 ˚C で一晩以上乾燥させた.乾燥重を測定後,チューブに脱塩水を加え,4 ˚C で一晩静置して硝酸態窒素を抽出した.
地上部の硝酸態窒素濃度が低い 345 個体を圃場に定植した.基肥として窒素,リン酸,カリそれぞれ 15 g m-2施用した.2001 年春,地上部に硝酸態窒素を確実に蓄積させるために,収穫日の 3 週間前と 2 週間前に追肥として窒素とカリをそれぞれ 7.5 g m-2 施用した.出穂期に地上部を収穫した.70 ˚C で3 日間以上乾燥させた後,地上部をまずウイレー式粉砕器(1029-JC,吉田製作所)で 2 mm の篩を用いて粗粉砕した後,振動式粉砕器(TI-100,シー・エム・ティ)で微粉砕した.粉砕試料に脱塩水を加えて 4 ˚C で一晩静置し,硝酸態窒素を抽出した.硝酸態窒素濃度が低い 57 個体(P3 が 28 個体,「タチムシャ」が 25 個体,「タチマサリ」が 3 個体,「ワセユタカ」が 1 個体)と,隣接圃場の「ニオウダチ」と P1(「ニオウダチ」より幼苗期の硝酸態窒素濃度を指標とした循環選抜を 1 回行って得られた系統で,P3 の 2 世代前)を 1 個体ずつ,合計 59 個体を選抜した.選抜個体は 1/5000 a ワグネルポットに移植した後,隔離交配および採種をおこなった.この集団を第 1 世代(LNG1)とした.以後,各世代約 800 個体の幼苗検定により,硝酸態窒素濃度が低い約 200 個体を選抜して圃場に定植した.翌春に早晩性,草勢,草型,耐倒伏性等により 100 個体を選抜した後,その中から硝酸態窒素濃度が低い 30 ~ 50 個体を選抜し,隔離交配および採種をおこなった.最終的に第 5 世代(LNG5,農 3 号」)種子を得た.選抜強度は 0.074(選抜 1 回目),0.063(選抜 2 ~ 4 回目),0.040(選抜 5 回目)であった.
2.「農 3 号」の農業特性と形態特性
「農 3 号」の品種登録申請に必要な農業特性と形態特性を評価するために,イタリアンライグラス亜種審査基準(農林水産省 2014)に従い,「農 3 号」を条播と個体植えで栽培した.条播では出穂始日,乾物率,乾物収量,草丈,倒伏程度を評価した.個体植えでは出穂始日,草型,葉色,穂数,初期草丈,葉身長,葉幅,稈長,穂長,茎の太さ,小穂数を評価するとともに,各特性の標準偏差や変動係数を算出し,均一性を評価した.
1)条播
2008 年秋から 2009 年春にかけて,堆肥の施用履歴がない圃場において,施肥量 2 水準(1 倍施肥区および 2 倍施肥区)の条件で生産力検定試験をおこなった.1 倍施肥区では「農 3 号」と対照 6 品種(「優春」「はたあおば」「タチワセ」「いなずま」「ニオウダチ」「ワセユタカ」),2 倍施肥区では「農 3 号」と対照 2 品種(「優春」「はたあおば」)を条播した.基肥として窒素,リン酸,カリをそれぞれ 14 g m-2(1 倍施肥区)または 28 g m-2(2 倍施肥区)施用した.収穫の約 1 ヶ月前に追肥として窒素,リン酸,カリをそれぞれ 9 g m-2(1 倍施肥区)または 20 g m-2( 2 倍施肥区)施用した.試験区は畝間 0.3 m,1 区 3.6 m2 で,4 反復の乱塊法とした.出穂期に試験区を全て収穫した.
2)個体植え
2008 年秋から 2009 年春にかけて,「農 3 号」と対照 2 品種(「優春」「はたあおば」)を個体植えした.200 穴の育苗トレイに育苗用培土を詰め,1 穴当たり 1 粒播種し,播種後約 1 ヶ月間温室内で育苗した.畝間 0.8 m,株間 0.4 m とし,1 区 20 個体,3 反復で苗を定植した.定植した圃場は堆肥の施用履歴がなく,1 個体あたり窒素,リン酸,カリとしてそれぞれ 0.24 g ずつ,定植後と出穂約 1 ヶ月前に施用した.
3) 硝酸態窒素濃度の選抜効果および「農 3 号」と既存品種の硝酸態窒素濃度の比較
2005 年秋から2006 年春にかけて,第 2 世代から第 5 世代(「農 3 号」)までの種子を圃場に条播した.また 2005 年秋から 2009 年春にかけて,「農 3 号」と対照 4 品種(「優春」「ワセアオバ」「ニオウダチ」「ワセホープⅢ」)を条播した.「優春」「ワセアオバ」は硝酸態窒素濃度が低い品種,「ワセホープⅢ」は高い品種,「ニオウダチ」は中間の品種である(Harada et al. 2003,深沢ら 2007).これらは全て同じ圃場で栽培した.この圃場は 1998 年から牛糞堆肥を年 2 回,播種前に 15 kg m-2 施用した二毛作圃場で,夏作として飼料用トウモロコシやソルガム類を栽培した.基肥として窒素,リン酸,カリをそれぞれ15 g m-2 施用した.地上部に確実に硝酸態窒素を蓄積させるために,収穫の 3 週間前と 2 週間前に追肥として窒素とカリをそれぞれ 7.5 g m-2 施用した.試験区は畝間 0.45 m,1 区 1.35 m2 で,4 反復の乱塊法とした.出穂期に試験区中央の 0.45 m2 を地際から 10 cm の高さで収穫し,新鮮重を測定した後,70 ˚C で 3 日間乾燥させた.乾燥重を測定後,乾燥試料をウイレー式粉砕器と振動式粉砕器で粉砕した.粉砕試料に脱塩水を加えて一晩,4˚C で静置して硝酸態窒素を抽出した.
4)「農 3 号」における低硝酸性の遺伝性検定試験
2008 年春に,圃場から無作為に「農 3 号」22 個体と既存品種「いなずま」「タチワセ」それぞれ 11 個体を 1/5000 a ワグネルポットに移植し,温室で栽培した.出穂期以降,1 個体あたり 10 本の穂を残して残りの穂は切除した.「農 3 号」と「いなずま」または「農 3 号」と「タチワセ」の穂を合わせた後,交配袋を掛け,外からの花粉の混入を防いだ.「農 3 号」と「いなずま」,「農 3 号」と「タチワセ」それぞれ 11 組み合わせの単交配種子を得た.2008 年秋にそれぞれ 150 個体ずつ上記 1.の幼苗検定と同じ手順で 50 mmol L-1 硝酸カリウム溶液を与えて育苗,収穫,乾燥,硝酸態窒素の抽出をおこなった.幼苗の再生個体を畝間 0.3 m,株間 0.15 m で圃場に移植した.この圃場は 2005 年から播種前に牛糞堆肥を 4.5 kg m-2 施用している二毛作圃場で,夏作として飼料用トウモロコシを栽培した.試験は 7 反復の乱塊法とした.基肥として窒素,リン酸,カリそれぞれ 15 g m-2 施用した.2009 年春,地上部に確実に硝酸態窒素を蓄積させるために,収穫の 3 週間前と 2 週間前に追肥として窒素とカリをそれぞれ 7.5 g m-2 施用した.出穂期に各畝の中央 10 個体を地際から 10 cm の高さで収穫し,新鮮重を測定後,70 ˚C で 3 日間乾燥させた.乾燥重を測定後,乾燥試料をウイレー式粉砕器と振動式粉砕器で粉砕した.粉砕試料に脱塩水を加えて一晩,4 ˚C で静置して硝酸態窒素を抽出した.
5)「農 3 号」における低硝酸化機構の解明
脱塩水を浸した濾紙上に第 1 世代と第 5 世代(「農 3 号」)の種子を播種し,23 ˚C の恒温室で発芽させた.発芽種子それぞれ 30 個体をプラスチックネットに移植し,根を培養液(1.5 mmol L-1 リン酸二水素カリウム, 0.25 mmol L-1 リン酸水素二カリウム,1.5 mmol L-1 硫酸マグネシウム,2.5 mmol L-1 硝酸カルシウム,67 μmol L-1 EDTAナトリウム,9 μmol L-1 硫酸鉄,10 μmol L-1 硫酸マンガン,30 μmol L-1 ホウ酸,1 μmol L-1 硫酸亜鉛,1 μmol L-1 硫酸銅,0.02 μmol L-1 モリブデン酸アンモニウム,0.1 μmol L-1 硫酸コバルト)に浸し,人工気象器(23 ˚C,連続光(200μmol m-2 s-1))で 14 日間,通気しながら栽培した.培養液は1 日おきに交換した.収穫後,地上部と根部に分けて新鮮重を測定した.その後,70 ˚C で一晩以上乾燥させ,乾燥重を測定した.乾燥試料は振動式粉砕器で粉砕した.粉砕試料に脱塩水を加えて一晩,4 ˚C で静置して硝酸態窒素を抽出した.NR 活性の測定には,上記と同様に栽培し,収穫後速やかに -20 ˚C で保存した地上部と根部を用いた.導管浸出液は次の方法で採取した.上記と同様に幼苗を水耕栽培し,子葉鞘の上を鋭利なハサミで切断した.刈株を相対湿度 90 % 以上の暗所に移し,30 分後に切断面からの浸出液をマイクロピペットで回収し,液量を測定した.浸出液は-20 ˚C で保存した.根部から地上部に輸送される硝酸態窒素量やアミノ酸態窒素量,全窒素量は,浸出液中の濃度と浸出液量の積で算出した.
15N ラベルされた硝酸イオンを供与した試験について,上記と同様に幼苗を水耕栽培した.15 日目に幼苗を 31.3 atom% の 2.5 mmol L-1 硝酸カルシウム(Ca(15NO3)2)を含む同じ組成の培養液に浸した.24 時間後に地上部と根部をまとめて収穫し,70 ˚C で一晩乾燥させた.乾燥サンプルは,ハサミで細断(長さ 1 mm 以下)した.15N量の測定は(株)昭光サイエンスに委託し,安定同位体比質量分析計(DELTA plus Advantage, サーモフィッシャーサイエンティフィク社)と元素分析計(EA1110,サーモフィッシャーサイエンティフィク社)を用いて測定した.
切断地上部を用いた試験について,上記と同様に幼苗を 14 日間,水耕栽培した.ただし 2.5 mmol L-1 硝酸カルシウムの代わりに 2.5 mmol L-1 塩化カルシウムと 2.5 mmol L-1 硫酸アンモニウムを加えた培養液で栽培した.地上部を鋭利なカミソリで切断した.導管浸出液中の硝酸態窒素濃度が約 30 mmol L-1 であったため(Table 2),地上部を速やかに 30 mmol L-1 硝酸カリウム溶液に浸け,人工気象器(23 ˚C,連続光(200 μmol m-2 s-1))内に静置した.24 時間後に収穫した地上部は新鮮重を測定後,70 ˚C で一晩以上乾燥させ,乾燥重を測定した.乾燥試料は振動式粉砕器で粉砕した.粉砕試料に脱塩水を加えて一晩,4 ˚C で静置して硝酸態窒素を抽出した.NR 活性の測定には,上記と同様に栽培して,収穫後速やかに -20 ˚C で保存した地上部を用いた.
6)分析
抽出液はフィルター(0.45 μm,DISMIC-25, アドバンテック社)濾過後,分析に供した.硝酸態窒素濃度について,幼苗検定の試料はカタルド法(Cataldo et al. 1975),それ以外の試料についてはイオンクロマトグラフィー(ICS-1500,ダイオネクス社)を用いて測定した.作物体および浸出液の全窒素濃度は大山ら(1991)の方法に従い,粉砕試料を 3.3 g L-1 サリチル酸を含む濃硫酸と過酸化水素で分解した後,インドフェノール法によりアンモニア態窒素濃度として測定した.導管浸出液中のアミノ酸態窒素濃度は Moore and Stein(1954)によるニンヒドリン法を改良して測定した.導管浸出液にクエン酸バッファー(5.6 % クエン酸,2.1 % 水酸化ナトリウム)とニンヒドリン溶液(0.96 % ニンヒドリンと0.033 % アスコルビン酸のメチルセロソルブ溶液)を加えた.混合液を沸騰水中で 20 分間加熱した.混合液に 60 % エタノールを加えて室温まで冷却した後,570 nm の吸光度を測定した.予備試験の結果,イタリアンライグラス幼苗の導管浸出液に含まれるアミノ酸の約60 % がグルタミンであったため,グルタミンを標準アミノ酸として検量線を作成した.NR 活性は Kawachi et al.(2002)の方法で測定した.-20 ˚C で保存した試料に抽出バッファー(50 mmol L-1 トリス- 塩酸(pH 8.5),1 mmol L-1 EDTA(pH 8.5),5 μmol L-1 FAD,10 μmol L-1 ロイペプチン,10 mmolL-1 2- メルカプトエタノール,0.1% BSA)を加えてすりつぶした.4 ˚C で 15 分間,13,200 g で遠心し,上澄み液を回収した.上澄み液に反応バッファー(50 mmol L-1 リン酸カリウムバッファー(pH 7.8),1 mmol L-1 EDTA(pH 7.8),5 μmol L-1 ロイペプチン,2 mmol L-1 硝酸カリウム,10 μmol L-1 FAD,200 μmol L-1 NADH)を加え,30 ˚C で 15 分間反応させた後,1 mol L-1 酢酸亜鉛を加えて反応を停止させた.反応液を 15 分間,13,200 g で遠心し,上澄み液を回収した.上澄み液に 0.02 % N-1- ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩と 1 % スルファニルアミドを加えた.1 mol L-1 酢酸亜鉛を先に反応液に加えた試料をコントロールとした.カリウム濃度は,粉砕試料を濃硝酸と過塩素酸で分解した後,原子吸光光度計(Z-2300,日立ハイテクノロジーズ)を用いて測定した.
統計解析は R(version 3.0.2,R Core Team 2013)を用いた.世代間比較と品種間比較試験は Tukey 法により解析し,p < 0.05 を有意と判定した.「農 3 号」と第 1 世代の比較試験は分散分析により解析し,p < 0.05 を有意と判定した.
1.「農 3 号」の農業特性と形態特性
「農 3 号」の農業特性について,施肥量 2 水準の条播で評価し,早生品種群と比較した結果を Table 1 に示す.「農 3 号」の形態特性について,個体植えで評価し,「優春」「はたあおば」と比較した結果を Table 2 に示す.供試品種の出穂日は各試験でほぼ同じであった.
1)条播
1 倍施肥区において,出穂始日は「優春」より 6 日,その他の品種より 1 ~ 3 日遅く,乾物率は全ての品種と同程度,乾物収量は「ワセユタカ」より 15 % 高く,その他の品種と同程度,草丈は全ての品種と同程度,耐倒伏性は「タチワセ」「いなずま」「ワセユタカ」よりやや強く,「優春」「はたあおば」と同程度,「ニオウダチ」よりやや弱い傾向が見られた.2 倍施肥区において,出穂始日は「優春」より 6 日,「はたあおば」より 1 日遅く,乾物率は「優春」と同程度で,「はたあおば」より 12 %高く,乾物収量と草丈,耐倒伏性は「優春」「はたあおば」と同程度であった.
2)個体植え
出穂始日は「優春」より 5 日遅く,「はたあおば」より 1 日早かった.草型と葉色,穂数は「優春」「はたあおば」とほぼ同程度であった.形態特性では,初期草丈が「はたあおば」より約 5 cm 高かった.その他の特性は全て変わらなかった.また各特性の標準偏差や変動係数は「優春」「はたあおば」と同程度であった.
2.硝酸態窒素濃度の選抜効果
植物体地上部全体の乾物あたり硝酸態窒素濃度は世代が進むにつれて直線的に低下(第 2 世代 6.16 g kg-1 乾物重,第 3 世代 4.71 g kg-1 乾物重,第 4 世代 4.33 g kg-1 乾物重,第 5 世代(「農 3 号」)3.72 g kg-1 乾物重)し,第 5 世代は第 2 世代より 40 % 低かった(Fig. 2A).新鮮重あたり硝酸態窒素濃度も直線的に低下(第 2 世代 0.790g kg-1 新鮮重,第 3 世代 0.650 g kg-1 新鮮重,第 4 世代 0.597g kg-1 新鮮重,第 5 世代 0.537 g kg-1 新鮮重)し,第5 世代は第 2 世代より32 % 低かった(Fig. 2B).乾物率は世代が進むにつれて増加する傾向(第 2 世代0.128 kg kg-1,第 3 世代 0.138 kg kg-1,第 4 世代 0.138 kg kg-1,第 5 世代 0.145 kg kg-1)があり,第 5 世代は第 2 世代より 13 % 高かった(Fig. 2C).一方,乾物収量は世代間で変わらなかった(Fig. 2D).
3.「農 3 号」における低硝酸性の遺伝性検定試験
「農 3 号」と「いなずま」の単交配後代における乾物あたり硝酸態窒素濃度は幼苗 18.9 g kg-1 乾物重,成植物 1.26 g kg-1 乾物重であった(Table 3).「農 3 号」と「いなずま」の乾物あたり硝酸態窒素濃度の平均値は幼苗 19.9 g kg-1 乾物重,成植物 1.32 g kg-1 乾物重であり,単交配後代の濃度とほぼ等しい値であった.「農 3 号」と「タチワセ」の乾物あたり硝酸態窒素濃度の平均値は幼苗 20.8 g kg-1 乾物重,成植物 1.30 g kg-1 乾物重であり,こちらも単交配後代の濃度(幼苗 19.6 g kg-1乾物重,成植物 1.22 g kg-1 乾物重)とほぼ等しい値であった.
4.「 農 3 号」と既存品種の硝酸態窒素濃度の比較
乾物あたり硝酸態窒素濃度は作付け年により最大 10 倍程度(「農 3 号」では最小 0.47 g kg-1 乾物重(2007 年),最大 4.73 g kg-1 乾物重(2008 年))の違いが見られた(Table 4).しかし品種の序列はほぼ同じで,低い順に「農 3 号」「優春」または「ワセアオバ」「ニオウダチ」「ワセホープⅢ」であった.4 作の平均値は「農3 号」2.63 g kg-1乾物重,「 優春」3.79 g kg-1 乾物重,「ワセアオバ」3.99 gkg-1 乾物重,「ニオウダチ」4.49 g kg-1 乾物重,「ワセホープⅢ」5.19 g kg-1 乾物重で,「農 3 号」は既存品種よりも3 0 % 以上低かった.一方,乾物収量は有意な品種間差異が見られなかった.
5.「農 3 号」における低硝酸化機構の解明
水耕栽培した「農 3 号」幼苗における生育と体内窒素動態を第 1 世代と比較した(Table 5).乾物重は地上部と根部ともに変わらなかった.乾物率は地上部で第 1 世代より 10 % 高く,根部で有意差がなかったが 9 % 高い傾向が見られた.乾物あたり硝酸態窒素濃度は地上部で第 1 世代より 26 % 低く,根部で 9 % 低かった.新鮮物あたり硝酸態窒素濃度は地上部で第 1 世代より 18 % 低く,根部は変わらなかった.導管浸出液中の硝酸態窒素量は第1 世代より12 % 低く,アミノ酸態窒素量は 21 %高かった.導管浸出液中の全窒素量は変わらなかった.NR 活性は地上部と根部ともに変わらなかった.根からの硝酸態窒素の取り込み量は変わらなかった.
切断地上部を用いた試験において,「農 3 号」と第 1 世代で NR 活性は変わらなかったが,「農 3 号」の新鮮物あたり硝酸態窒素濃度は,第 1 世代より 18 % 低かった(Table 6).
6.カリウム濃度の世代間比較試験および品種比較試験
乾物あたりカリウム濃度は世代が進むにつれて低下し,第 5 世代(「農 3 号」)の濃度は第 2 世代と比べてそれぞれ 18 % 低かった(Fig. 3A).新鮮物あたりカリウム濃度も有意に低下し,第 5 世代は第 2 世代より 7 % 低かった(Fig. 3B).乾物あたりカリウム濃度の品種による序列は作付け年で変わらず,低い順に「農 3 号」「優春」「ワセアオバ」「ニオウダチ」「ワセホープⅢ」で,硝酸態窒素濃度の序列とほぼ同じであった(Table 7).乾物あたりカリウム濃度の 4 作の平均値は「農 3 号」39.3 g kg-1乾物重,「優春」42.1 g kg-1 乾物重,「ワセアオバ」44.4 gkg-1 乾物重,「ニオウダチ」45.8 g kg-1 乾物重,「ワセホープⅢ」49.6 g kg-1 で,「農 3 号」は「優春」と同程度かやや低く,「ワセアオバ」「ニオウダチ」「ワセホープⅢ」より概ね 10 % 以上低かった.
「農 3 号」「優春」「はたあおば」の農業特性と形態特性を評価するにあたり,条播と個体植えで出穂始日がほぼ同じであることから,条播と個体植えの栽培環境に違いは無いと考えられる(Table 1, Table 2).「農 3 号」は出穂始日や乾物率,乾物収量,草丈,耐倒伏性といった主要な農業特性について既存の二倍体早生品種と概ね同程度であり,またこれら農業特性について施肥量の違い
による影響は見られなかった(Table 1).他殖性であるイタリアンライグラスは個体ごとに農業特性や形態特性が異なるが,個体植え試験におけるこれら特性の平均値や標準偏差,変動係数は既存の二倍体早生品種とほぼ同程度であった(Table 2).これより「農 3 号」は主要な農業特性や形態特性について既存の二倍体早生品種と同程度の品種であるといえる.
「農 3 号」を新規の低硝酸品種の育種素材として利用する場合,低硝酸性の次世代への遺伝性は重要である.「農 3 号」と既存 2 品種との単交配後代の乾物あたり硝酸態窒素濃度は,両親の平均値と同程度であった(Table 3).また,「農 3 号」における収量性等の農業特性は既存品種と概ね同程度であることから(Table 1),「農 3 号」との交配により,収量性等の農業特性に影響を与えることなく,効率的に低硝酸性を付与できると考えられる.
「農 3 号(第 5 世代)」において,乾物あたり硝酸態窒素濃度が第 2 世代より 40 % 以上低いことは(Fig. 2A),新鮮物あたり硝酸態窒素濃度の低下(第 2 世代より 32% 低下,Fig. 2B)と乾物率の増加(同 13 % 増加,Fig. 2C)の両方に由来していた.またその変化の程度は新鮮物あたり濃度の方が大きいため,「農 3 号」は主に正味の硝酸態窒素の蓄積能力が低下していると考えられた.その原因を解明するために,「農 3 号」と第 1 世代の幼植物を水耕栽培し,硝酸態窒素の根からの取り込みや体内移行,同化能等を測定して体内窒素動態を比較した(Table 5).その結果,導管浸出液中の全窒素量は変わらなかったが,導管浸出液に含まれる窒素化合物の割合が異なり,「農 3 号」では第 1 世代と比べて硝酸態窒素量が 12 % 低下し,アミノ酸態窒素量が 21 % 増加していた.一方,シロイヌナズナにおける硝酸トランスポーター NRT2.4 と NRT2.5 の二重変異体では師管液中の硝酸態窒素濃度が大きく低下するが,アミノ酸態窒素濃度は変わらないことが報告されている(Lezhneva et al. 2014).導管や師管を経由して輸送される窒素の形態や量の制御機構は不明であるが,導管輸送では硝酸態窒素量とアミノ酸態窒素量のバランスを調節して全窒素量を一定に維持する機構が示唆される.このため導管へ硝酸態窒素やアミノ酸態窒素を送り出す,根部の導管の周りに存在する木部柔組織における NR 活性等の硝酸同化能力が増加している可能性がある.これを検証するため山本(2013)の方法に従い,木部柔組織を含む中心柱の外科的単離を試みたが,幼苗の根が細いため成功しなかった(詳細は省略).根部全体の硝酸態窒素濃度や NR 活性は「農 3 号」と第 1 世代で変わらなかったが(Table 5),トウモロコシの根において,表皮,皮層,中心柱は根の細胞のそれぞれ 7,72,22 % を占める一方,in vitro NR 活性はそれぞれ76,11,13 % であることから(Rufty et al. 1986),NR 活性が中心柱のみで増加したとしても,根部全体のNR 活性には影響を与えないことは考え得る.また,地上部においても「農3 号」において硝酸態窒素の蓄積能力を低下させる,地上部全体の NR 活性に依存しない機構の存在が示唆されるが(Table 6),その詳細は不明であった.今後は「農 3 号」を利用した,高等植物における硝酸態窒素の蓄積機構の解明が期待される.
施肥条件が同一であるが,硝酸態窒素濃度には年次間差異が認められ,最も高い 2008 年と最も低い 2007 年では最大で約 10 倍異なった(Table 4).2007 年は乾物収量が 4 年間で最も高かったため,乾物収量の増加による希釈の影響が考えられるが,それだけでは説明できない.カリウム濃度も硝酸態窒素濃度と類似した年次間差異が認められたが(Table 7),硝酸態窒素濃度より差は小さかった.今後は硝酸態窒素濃度の年次間差異の解析も進め,遺伝的改良と合わせて硝酸態窒素を蓄積しにくいイタリアンライグラスの栽培方法の開発が期待される.
イタリアンライグラスを高乾物率で選抜すると,乾物率が増加することが報告されており(久保田ら 2013),乾物率の増加には糖を主成分とする非繊維性炭水化物の増加が関与しているとされている.「農 3 号」における乾物率の増加も,非繊維性炭水化物(糖)濃度が関係している可能性が考えられる.また,ホウレンソウにおいて単少糖と硝酸イオンの新鮮物あたり濃度には負の相関関係が認められ(岡﨑ら 2006),さらにオーチャードグラスにおいて水溶性炭水化物(糖)濃度が既存品種より高い新品種はサイレージ発酵品質に優れることが報告されている(眞田ら 2020).これらのことから,本研究では主に乾物あたり硝酸態窒素濃度に基づく選抜を行ったものの,この選抜は乾物率の増加や硝酸態窒素濃度の低下をもたらすだけでなく,糖濃度の増加やサイレージ発酵品質の向上といった効果をもたらすことも期待される.
さらに,カリウムイオンは硝酸イオンの主要なカウンターイオンであり(Marschner 1995),これまでに硝酸態窒素濃度が低いイタリアンライグラス系統 P3 や品種「優春」はカリウム濃度が低いことが報告されている(Harada et al. 2003,深沢ら 2007).今回の試験において,乾物あたり硝酸態窒素濃度とカリウム濃度について品種の序列はほぼ同じであったため(Table 4,Table 7),「農 3 号」におけるカリウム濃度の低下が期待された.乾物あたりのカリウム濃度は,Harada et al.(2003)の結果と同様に,世代が進むにつれて低下し(Fig. 3A),「農 3 号」のカリウム濃度は既存品種で最も低い「優春」と同程度かやや低かった(Table 7).新鮮物あたりのカリウム濃度も低下していることから(Fig. 3B),「農 3 号」では地上部における正味のカリウム蓄積能力も低下していると考えられた.飼料に含まれる高濃度のカリウムは乳牛に対して乳熱や尿量の増加を引き起こす (Horst et al. 1997,大谷ら 2010).今後は「農 3 号」等の低硝酸品種を育種材料とした,カリウム濃度が既存品種より大幅に低いイタリアンライグラスの開発が期待される.
圃場管理や分析作業をサポートしていただいた農研機構那須塩原事業場の業務科職員および契約職員の方々に謝意を表する.本研究は,農林水産省委託プロジェクト「粗飼料多給による日本型家畜飼養技術の開発」の支援を受けておこなったものです.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.