農研機構研究報告
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短報
植物蛋白質を主原料とした高蛋白質・低糖質食品素材の開発
矢野 裕之
著者情報
キーワード: 麻蛋白質, 大豆蛋白質, 食品
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2022 年 2022 巻 12 号 p. 25-

詳細

本研究では,大豆蛋白質と麻蛋白質を主成分に,内部に空洞をもつ高蛋白質・低糖質な食品素材を開発した.蛋白質,糖質含量はそれぞれ 32~63%(w/w),0~0.1%(w/w)であり,食物繊維を 3.9~8.9%(w/w)含む.また,膨らみを示す比容積は 2.8~4.6 cm3/g である.製造工程に発酵を要せず,重曹やグルテンなどの小麦由来成分,添加物も使用しない.グルテンフリーのシュー皮や簡便に蛋白質を摂取できる菓子など,食品産業における幅広い利用が期待される.

緒言

サルコペニアや糖尿病など,生活習慣と関連した病態の改善・予防のために高蛋白質・低糖質食品の摂取が奨励されている (Yokoyama et al. 2021).一方,世界的な人口増加や地球温暖化,動物愛護の高まりなど様々な要因を背景に,蛋白質を畜肉ではなく植物に求める動きが高まりつつある (Yano and Fu 2022).そこで本研究では,高蛋白質,低糖質であり,かつ,植物性原料を主原料とする食品素材の開発について検討したので短報として報告する.

試料および方法

1. 製造法

 大豆蛋白質 Soy Protein Isolated (MP Biomedicals 製:以下,「SPI」と記載) と麻蛋白質 (有機ヘンププロテインパウダー,ヘンプフーズ製:以下,「ヘンプパウダー」と記載) ,およびミネラル水 (南アルプス天然水, サントリー製) を家庭用フードプロセッサー YFA-201 (山善製) で 40 秒攪拌し,生地を調製した.SPI とヘンプパウダーの蛋白質含量はそれぞれ 92% (w/w) および 50% (w/w) である.攪拌後の生地 20 g を採取し,直径 5 cm,高さ 1 cm 程度の円柱形に成型した後,家庭用オーブン RE-S205 (シャープ製) で 220℃,25 分間焼成した.

2. 比容積の測定

 焼成後の試作品を室温で放冷した後,重量計測,および菜種法 (長尾ら 1994) による体積測定に供した.菜種法では容量 200 cm3 のメスシリンダーに試作品を入れ,乾燥種子を 200 cm3 の目盛まで注いだ.次にメスシリンダーから試作品を除去して,乾燥種子だけの体積 (X cm3)を計測した.試作品の重量 (g) と体積 (200 cm3 - X cm3) から,膨張性の指標となる比容積 (cm3/g) を試作品 1 g 当たりの容積 (cm3) として算出した.

3. 微細構造の観察

試作品の微細構造観察は株式会社東海電子顕微鏡解析に委託した.試料を液体窒素で冷凍した後,-20℃で真空乾燥した.オスミウム・プラズマコーター (日本レーザー電子株式会社製,NL-OPC80NS) を使用して,乾燥した試作品を厚さ 50 nm のオスミウム膜でコーティングし,観察用サンプルを作製した.走査型電子顕微鏡 JSM-6340F (日本電子株式会社) を使用し,加速電圧 5.0 kV で観察した.

4. 栄養成分分析

 栄養成分分析は一般財団法人日本食品分析センターに委託した.水分は常圧加熱乾燥法,蛋白質はケルダール法,脂質は酸分解法,灰分は直接灰化法,ナトリウムは原子吸光光度法による. 

結果および考察

1. 高蛋白質・低糖質食品素材の作製

SPI 40 g,ヘンプパウダー 24 g,および水 146 g をミキサーで混合し生地を作製した.そのうち 20 g を採取し,直径 5 cm,高さ 1 cm 程度の円柱形に成型したものをオーブンで 220 ℃,25 分間焼成すると,球状に膨らんだ.これを鉛直方向に切断したところ,中空部の存在が認められ,底部には肉厚な内相が形成されていた (図1 A,B).生成物の比容積は 2.87 ± 0.13 cm3/g (N = 5) であった.SPI とヘンプパウダーに含まれる蛋白質の含有量はそれぞれ 92% (w/w),50% (w/w)であることから,本試作品では,焼成前の生地は大豆蛋白質を 40 g × 92% = 36.8 g,麻蛋白質を 24 g × 50% = 12 g 含む.また,生地の総量が 40 g + 24 g + 146 g = 210 g であることから,それぞれ 36.8 / 210 = 17.5%,12 / 210 = 5.7% の大豆,麻蛋白質を含む.またこの時,大豆蛋白質に対する麻蛋白質の比率は 5.7 / 17.5 = 0.326 である.

 

生地を 1 g に減量し 220℃,25 分間焼成した場合にも生地は球状に膨らみ,中空構造が確認できた (図1 C,D).生成物の比容積は 4.61 ± 0.86 cm3/g (N = 5) を示した.

2. 微細構造の観察

生地 20 g を焼成して得た生成物の外皮断面および内相断面について電子顕微鏡下で微細構造を観察した (図 2).低倍率 (× 50) では両者に目立った違いはないが,倍率が大きくなるに従って,外皮 (A) より内相 (B) の方がより細かい多孔構造をもつことが示唆された.外皮と内相を構成する成分がそれぞれ異なると推測される.構成成分や詳細な微細構造について筆者らが継続して解析を進めている.

3. 栄養成分分析

生地 1 g および生地 20 g を焼成した生成物 (以下,それぞれ小球,大球と呼ぶ) の栄養成分分析の結果を表 1 に示す.小麦粉と鶏卵を主原料とする一般的なシュー皮では,蛋白質および糖質の含量はそれぞれ 6.5%,26.4%程度である (Santoso et al. 2022).一方,本試作品では蛋白質の含量が大球,小球でそれぞれ 32.3%および 63.8%,糖質の含量が大球,小球でそれぞれ 0%および 0.1%であることから,高蛋白・低糖質であることが明らかである.また,ヘンプパウダーは食物繊維含量が 21.5%と高く (SPI は 0.25%),これを主原料の一つとする大球,小球でそれぞれ 3.9%,8.9%の食物繊維が検出された要因と考えられる.一方,小球では大球と比較して水分が少なく,相対的に蛋白質,脂質および炭水化物の割合が大きかった.これは生地量の異なる両者を同じ条件 (220℃,25 分)で焼成したため,小球の方が水分の消失割合が増加したためと考えられる.

表 1. 生成物の成分分析
大球 小球
水分 (g/100 g) 57.8 12.9
蛋白質 (g/100 g) 32.3 63.8
脂質 (g/100 g) 3.5 8.9
灰分 (g/100 g) 2.5 5.4
炭水化物 (g/100 g) 3.9 9.0
糖質 (g/100 g) 0 0.1
  食物繊維 (g/100 g) 3.9 8.9
エネルギー (kcal/100 g) 169 354
食塩相当量 (g/ 100 g) 0.87 1.56
大球,小球はそれぞれ20 gおよび1 gの生地を焼成した試作品.

4. 大豆蛋白質と麻蛋白質、水の比率の検討

次に大豆蛋白質と麻蛋白質,水の比率を変化させて生地を調製し,上記と同じ 220℃,25 分間の条件で焼成した (図 3 ).図 1,2 および表 1 に示した生成物では,生地中での大豆蛋白質に対する麻蛋白質の比率は 0.326 であったが,ここでは麻/大豆蛋白質比が 0~1.63,および、麻のみの 9 種類の比率で両蛋白質を混合し,さらに加水率を変えて生地を調製した.グレーのスポットは試作した各条件を示す.図 3 上の同じ並びのプロット (0.163, 0.326 など,麻/大豆蛋白質比が同じもの) では,グラフの原点から外側に離れるほど水の比率が低くなる.焼成後の生成物が球形であり,かつ,中空部が存在したものを □ で囲った.□ で囲っていないスポットは球形でない,または中空部が明瞭に存在しないものである.麻/大豆蛋白質の比率が 0.163~0.652 の範囲で球状,かつ中空部が明瞭に存在する生成物が得られた.この麻/大豆蛋白質の範囲を満たしても,生地の蛋白質含量が多い (水分量が少ない) と中空部が減少する (A),蛋白質含量が少ない (水分量が多い) と底部が平らになるなど球形が崩れる (B) 傾向がみられた.一方,Xは水分量が少な過ぎて生地を作製できなかった条件を示す.麻/大豆蛋白質の比率が 0.163, 0.326, 0.489, 0.652 の場合,生地中の水分がそれぞれ 69-71%, 65-71%, 64-66%, 62-64%のものを焼成すると図 1 A, B で示されるような球状でかつ中空部が明瞭に存在する生成物が得られた.

5. 生成物が膨らむメカニズムについて

著者は前報で,大豆蛋白質と卵白で高蛋白質・低糖質なパンを作製できることを報告し (矢野 2021),このパンが油揚げと似たメカニズム (橋詰ら 1984a1984b) で膨らむことを考察した.すなわち,オーブンによる加熱下,大豆蛋白質と卵白蛋白質がジスルフィド (S-S) 結合で相互作用して延伸性を有する皮膜 (Kinsella 1979) を形成し,これが気泡を保持することで焼成時に膨らむと考えられる (Yano and Fu 2022).大豆蛋白質と卵白蛋白質が S-S/SH 交換反応で相互作用すること,また,その際に卵白蛋白質は SH 基のドナーとして作用することが報告されている (Zhang et al. 2020).麻蛋白質は遊離の SH 基を多く含む (Tang et al. 2006) ことから,今回報告した生成物では麻蛋白質が SH 基のドナーとして作用し,大豆蛋白質との S-S 交換作用が促進されることで皮膜を形成した可能性がある.メカニズムの解明については筆者らが研究を進めている.

結語

大豆蛋白質と麻蛋白質を主原料として簡便に高蛋白質・低糖質な食品素材を作製できることを見出し,本稿で短報として紹介した.大球は中空部分に他の食品を詰めることで詰め物料理やグルテンフリーシュー皮など,また,小球は手軽に蛋白質を摂取できるスナック菓子として幅広い利用が期待される.

謝辞

本研究で実験を補助いただいた契約職員田中梨花氏に感謝いたします.

利益相反の有無

 著者は開示すべき利益の相反はない.

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