農研機構研究報告
Online ISSN : 2434-9909
Print ISSN : 2434-9895
ISSN-L : 2434-9895
原著論文
四季成り性イチゴ新品種‘夏のしずく’
本城 正憲 塚崎 光濱野 惠由比 進片岡 園奥 聡史日浦 聡子細田 洋一對馬 由記子東 秀典山田 修鈴木 朋代大鷲 高志高山 詩織尾形 和磨鹿野 弘佐藤 友博山崎 紀子藤島 弘行
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー HTML

2023 年 2023 巻 15 号 p. 71-76

詳細
Abstract

‘夏のしずく’ は 2011 年に ‘みやざきなつはるか’ に,06sAB-4e(‘なつあかり’×盛岡30号)を交配して育成したイチゴ品種である.草姿は立性で,草勢は強く,ランナーの発生本数は多い.四季成り性であり,国産イチゴの端境期である夏秋期に収穫できる.‘なつあかり’ や ‘サマーベリー’ より収量が多く,夏期冷涼な立地では 3 t/10 a 以上の商品果収量が見込める.収穫期間を通じた商品果平均 1 果重は ‘なつあかり’ や ‘サマーベリー’ と同程度の約 10 g 前後である.果実は円錐形で,果皮色は赤,果肉色は淡赤である.痩果深度は果皮並で,夏秋どり栽培において問題となりやすい種子浮き(種子が表面に強く突出する状態)は生じにくい.輸送性・日持ち性に関わる果実硬度は ‘なつあかり’ や ‘サマーベリー’ より高く,夏秋期における業務需要に適する.糖度,酸度ともに高く,ケーキなどのスイーツに向く食味である.

緒言

我が国のイチゴの産出額は 1,809 億円(2020 年)で,コメや畜産を含む主要農産物のなかで 8 位,野菜のなかではトマトについで 2 位である(農林水産省 2022).イチゴは生食用やケーキ等の業務用として周年需要があるが,6 月から 11 月にかけての夏秋期は生産量が落ち込み,端境期となっている.需要に供給が追い付いていないため,夏秋期にはアメリカなどから約 3,000 トンが輸入されているが,洋菓子店等の実需者からは,新鮮で高品質な国産イチゴが求められている.これらの需要に応えるべく東北地方や北海道などの寒冷地・高冷地では,その冷涼な気候を活かして,四季成り性イチゴ品種を用いて夏秋期に果実を収穫する夏秋どり栽培が行われ,高単価・高収益経営が実現されている.四季成り性品種は,その名の通り,夏や秋でも花が咲き,果実を収穫できる.しかし,四季成り性品種の改良の歴史は浅く,収量性や日持ち性,輸送性などのさらなる改良が求められてきた(高橋 2006).例えば,農研機構東北農業研究センターが育成し,東北地方における夏秋どり栽培で使用されている四季成り性品種 ‘なつあかり’ は,糖度が高く食味は優れるが(沖村ら 2011),花房の連続出蕾性が劣り収量が少ない,果実が柔らかいなどの問題が指摘されている.そこで,東北農業研究センターは,収量性や果実特性を改良するとともに,多くの夏秋どり用四季成り性品種で設けられている栽培地や生産・販売に関する利用許諾上の制限がなく広域に普及可能な品種を育成することを目標として,地方独立行政法人青森県産業技術センター,岩手県農業研究センター,宮城県農業・園芸総合研究所,秋田県農業試験場,山形県(庄内総合支庁農業技術普及課産地研究室)と共同研究「寒冷地向けイチゴ品種の育成に関する研究」を行ない,6 月~11 月に収穫できる四季成り性のイチゴ新品種 ‘夏のしずく’ を育成したので,その経過と品種特性の概要を報告する.

育成経過

本共同研究では,東北農業研究センターで初期選抜した複数の系統を共同研究機関に送付し,それぞれの栽培条件下で選抜を行った.まず 2011 年に東北農業研究センターにおいて,収量が多い四季成り性品種 ‘みやざきなつはるか’ を種子親に,果実硬度が高い四季成り性の育成系統 06sAB-4e(‘なつあかり’×盛岡30号)を花粉親にして交配を行った(図 1).2012 年にそれらの実生集団から,露地栽培(収穫期間 6 月下旬)において果実形質に優れ四季成り性を示す 1 系統(11s C-f 1e)を選抜し,苗を増殖して 2013 年に露地栽培(収穫期間 6~7 月)において系統選抜予備試験を行った.その結果,収量が多く大果であったことから,本系統の苗を青森県,岩手県,宮城県,秋田県,山形県の各共同研究機関に送付し系統選抜試験(収穫期間 6~11 月)に供した.なお秋田県農業試験場は 2014 年までの参画であった.試験の過程において 11s C-f 1e の優良性が認められたため,2016 年にイチゴ盛岡 37 号の系統名を付与し,生産力検定試験を実施した.これらの試験の結果,イチゴ盛岡 37 号は,収量性が高く,糖度が高いなど果実特性が優れることが認められたため,2020 年 11 月 5 日に ‘夏のしずく’ として品種登録出願を行い,2021 年 3 月 4 日に出願公表された.出願名は,夏にとれるみずみずしいイチゴとのイメージに基づいて命名した.

特性の概要

1)植物体特性

‘夏のしずく’ の草姿は立性で,草勢はかなり強く(表 1),‘なつあかり’ や ‘サマーベリー’ などの既存品種より大きくなる(図 2).なお,本稿における各形質の特性の表現は,「農林水産植物種類別審査基準 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/hinshu/info/sinsa_kijun_jp.html」に基づく.ランナーの発生本数は多く,岩手県盛岡市において 9 月に露地圃場に定植して低温に遭遇させた場合,翌年 7 月上旬までに発生したランナー数は平均 13.4 本である.これは ‘なつあかり’ や ‘サマーベリー’ より多く,苗の増殖性は良い.季性は四季成り性であり,‘とちおとめ’ や ‘恋みのり’ など通常の一季成り性品種が開花しない夏秋期の高温長日条件下でも開花・結実することから,国産イチゴの端境期である夏秋期に収穫できる.

2)収量特性

‘夏のしずく’ の商品果収量(6 g 以上の正常果および乱形果の収量)は,いずれの試験地においても‘なつあかり’等の既存の四季成り性品種より多く,東北農業研究センター(岩手県盛岡市)では 3.32 t / 10 a,岩手県農業研究センター(岩手県陸前高田市)では 3.75 t / 10 a,6-8 月の夏季の平均気温がより低い青森県産業技術センター野菜研究所(青森県六戸町)では 5.57 t / 10 a と,東北地方北部の試験地では多収の一つの目安となる 3 t / 10 a 以上の高い収量が得られた(表 2).海岸地帯の平野部に位置し夏季の気温が高い宮城県農業・園芸総合研究所(宮城県名取市)や山形県庄内総合支庁農業技術普及課産地研究室(山形県酒田市)では,それぞれ 1.75 t / 10 a,1.63 t / 10a と収量水準は落ちるものの対照品種と同等以上の商品果収量が得られた.収穫期間を通じた商品果平均 1 果重は,各試験地において 8.1 g から 10.6 g であり,標準品種と同程度であった.商品果率は果数ベースでみた場合 39.0%から 69.8%,果重ベースでみた場合 56.5%から 85.6%までの値をとり,標準品種と遜色なかった.

以上の結果から,寒冷地や高冷地での夏秋どり栽培における ‘夏のしずく’ の収量は多く,夏期冷涼な立地(7~8 月前後の圃場の最高気温が概ね 30 ℃以下ならびに最低気温が 20 ℃以下)では,3 t / 10 a 上の商品果収量が見込めると期待される.

3)果実特性

果形は円錐形~長円錐形で,果皮色は赤,光沢は中程度,果肉色は淡赤~白であった(表 3図 3).痩果深度は果皮並で,夏秋どり栽培においてしばしば問題となる種子浮き(種子が果皮表面に突出する状態)は発生しなかった.空洞は小~中だった.果実硬度は,いずれの試験地においても対照品種より高い傾向が認められた.各試験地における平均糖度は 8.3 °Brix~10.4 °Brix であり,糖度が高く食味に優れる ‘なつあかり’(沖村ら 2011)などと同等の水準であった.酸度は 0.91%~ 1.10%と比較的高かった.‘夏のしずく’ は輸送性・日持ち性に関わる果実硬度が比較的高く,甘い生クリームを用いたスイーツに合う酸味もある爽やかな食味で,ケーキやパフェ等業務用需要に向くと考えられた.

4)病害抵抗性

(1)うどんこ病抵抗性(表 4

イチゴうどんこ病菌にはレース 0 とレース 1 が知られている(内田,井上 1998).このうち,レース 0 に対する抵抗性は,質的な真性抵抗性であり,1 つの主働遺伝子により支配されている.東北農業研究センターのイチゴ試験圃場において優占しているのはレース 0 である.東北農業研究センターにおいて,うどんこ病レース 0 に対する抵抗性を自然発病により評価したところ,抵抗性品種‘さちのか’ではうどんこ病の発生が認められなかったのに対し,‘夏のしずく’ ではうどんこ病の発生が認められたことから罹病性であると判定された.うどんこ病レース 1 に対する抵抗性は不明である.

(2)萎黄病抵抗性(表 5

萎黄病抵抗性について,野菜茶業研究部門(三重県津市)において接種試験により検定した.土耕栽培において 2014 年 10 月 29 日に各品種・系統 6 株に断根接種(5 ml × 2 か所/株,菌密度 1 × 107 個/ ml)し,12 月 19 日~2 月 23 日に発病度を調査した.発病度は,0:病徴が認められない,1:小葉の奇形,萎凋,維管束の褐変等の病徴が認められるが枯死には至っていない,2:枯死,とし,供試個体間での平均値を算出した.その結果,‘夏のしずく’ は,発病株率は 33.3%,発病度 0.50,枯死株率は 0.0%であった.発病株率が 66.7%の ‘Pajaro’ や ‘宝交早生’ に比べると抵抗性は高いと推測されるものの,病徴が認められることから,萎黄病に対して罹病性であると考えられた.

適応地域および栽培上の留意点

栽培適地は北海道や東北,関東・中部地方などの寒冷地・高冷地である.基本的な栽培管理は一般的な夏秋どり栽培向け四季成り性品種に準ずるが,いくつかポイントとなる点をあげると,(1)大株になるため,株間を少なくとも 20 cm 以上とする.株あたりの受光量や根圏を確保することで,高い収量が得られる.(2)草勢が強く水分要求量が多いため,水不足にならないよう注意する.葉の萎れが見られる場合は,給液回数を増やすなどの調整を行う.植物体の生育が不良な場合は果実肥大が劣るほか,特に着果負担がかかった場合には果形が長細くなりやすいため,草勢の維持に努める.(3)過繁茂になると風通しや日照条件が低下するため貧弱な腋芽は除去するが,旺盛な生育が見られる芽はすべて残すか少なくとも 3 芽以上残す.‘夏のしずく’ の場合,旺盛な花房を複数の芽に発生させることで株あたりの花房数を確保し,高い株あたり収量が得られる.生育が旺盛ではない細い花房や,直径が約 2 cm を下回り小さな果実にしかならない花,雌蕊の形が乱れており肥大すると奇形果になる花などは適宜除去する.芯止まりの発生は少ないが,複数の腋芽・花房を確保することで,より確実に芯止まりによる収量低下を回避できる.(4)病害に対する強度の抵抗性はもたないため,一般的な防除を確実に行う.

謝辞

本品種の育成にあたり,各試験機関における圃場管理・栽培管理等に多大なご協力を寄せられた職員諸氏に心から感謝する.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
feedback
Top