農研機構研究報告
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短報
雰囲気の低酸素条件が切り花の呼吸速度に及ぼす影響
湯本 弘子
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キーワード: 切り花, 呼吸, 酸素, 貯蔵
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2023 年 2023 巻 15 号 p. 83-

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Abstract

青果物の呼吸を抑制することは,体内の代謝とそれに伴う内容成分の消耗を抑えることにより収穫後の品質保持に有効である.本研究では切り花の貯蔵技術開発のため,輪ギク,小ギク,バラ,カーネーション,トルコギキョウ,エゾリンドウ,ササリンドウ,ユリ,チューリップ切り花を用いて,低酸素環境が呼吸速度に及ぼす影響について調査した.その結果,輪ギク,小ギク,ササリンドウ,ユリでは酸素濃度 10 %以下で,トルコギキョウ,エゾリンドウ,チューリップでは酸素濃度 5 %以下で通常酸素濃度(21 %)区に比べて呼吸速度が低下した.一方,バラとカーネーションでは酸素濃度 2 %区と通常酸素濃度(21 %)区の間に呼吸速度の有意な差がみられなかった.このように,呼吸の抑制に有効な酸素濃度は切り花品目によって異なることが明らかになった.

緒言

青果物の貯蔵技術として雰囲気のガス環境(酸素および二酸化炭素濃度)を制御し呼吸を抑制する手法がある.酸素濃度を低下させる,二酸化炭素濃度を高めるあるいはその両方を組み合わせて呼吸を抑制し,体内の代謝とそれに伴う内容成分の消耗を抑えることにより,品質保持につながると考えられる.気密性の高い貯蔵庫とガス制御装置を用いた CA 貯蔵(controlled atmosphere storage)やプラスチックフィルムで青果物を包装し青果物の呼吸作用とフィルムのガス透過性によって雰囲気内を適切なガス環境に制御する MA 包装(modified atmosphere packages)が,流通過程での品質低下抑制や長期貯蔵を目的として利用されている.青果物ではガス環境による貯蔵の研究が進んでおり,主要な品目で貯蔵に適した酸素および二酸化炭素濃度が明らかにされている(Beaudry 1999今堀 2007椎名 2021).また,青果物では低酸素,高二酸化炭素あるいはその両方を制御することによる呼吸速度の低減効果は品目によって異なること(本多,石黒 1967)や,6 種類の野菜において酸素濃度の低下による呼吸速度の低減のパターンに差異がみられることが明らかにされている(壇ら 1995).切り花類では主要な品目において周年栽培やリレー出荷が進んでいるが,異常気象などにより需給のバランスが崩れることがあるため,その貯蔵技術の開発が望まれる.ガス環境による貯蔵技術については,グラジオラス,スプレーギク,ユリ,バラ,ガーベラ切り花の MA 包装(Merodio and De la Plaza 1989, Meir et al. 1995, 山下ら 1999, De Pascale and Maturi 2005, Shimizu-Yumoto and Ichimura 2016)やアンスリウム切り花の CA 貯蔵(Akamine and Goo 1981)などが報告されているが,青果物と比較して体系化が進んでいない.そこで,切り花のガス環境による貯蔵技術開発の基礎として,切り花 9 品目において 10 ℃ 条件下で雰囲気中の酸素が呼吸速度に及ぼす影響について明らかにしようと本研究を行った.

材料および方法

1.供試切り花

輪ギク(Chrysanthemum × molifolium)‘神馬’,小ギク(C. × molifolium)‘みやび’,バラ(Rosa spp.)‘サムライ08’,カーネーション(Dianthus caryophyllus)‘マーロ’,トルコギキョウ(Eustoma grandiflorum)‘エグゼラベンダー’,エゾリンドウ(Gentiana trilora)‘安代の夏(中)’,ササリンドウ(G. scabra)‘安代の夕映’,ユリ(Lillium hyb.)‘イエローダイヤモンド’,チューリップ(Tulipa cvs.)‘イルデフランス’ 切り花を仲卸業者経由で購入した.カーネーションとバラはスタンダードタイプ,ユリはロンギフローラム・アジアンティック・ハイブリット系の品種である.農研機構に到着当日に切り花の茎下部 5 cm を切り戻して 4~5 ℃の低温庫で水道水を一晩吸収させた.

2.切り花の呼吸速度測定

切り花の呼吸速度の測定には図1に示した装置を酸素濃度 2 %(酸素濃度 2 % 区),5 %(酸素濃度 5 % 区)および 10 %(酸素濃度 10 % 区)の酸素濃度調整空気(いずれも窒素ベースで 0.03%二酸化炭素を含む)ごとに計 3 台用いた.本装置は酸素濃度調整空気が入った高圧ボンベにガス調整器(日酸 TANAKA(株),B1-1NR-1G6G-B1N1)と流量計(コフロック(株),RK-1250)をつなぎ,9 L のアクリルチャンバーに酸素濃度調整空気を一定速度で流すことができる.水道水を一晩吸収させた切り花を全長 40 cm に調整し,5 本(輪ギク,トルコギキョウ,ユリ),7 本(小ギク,バラ,カーネーション,チューリップ)または10本(エゾリンドウ,ササリンドウ)の新鮮重を測定後にアクリルチャンバーに入れた.10 ℃,暗黒条件下でアクリルチャンバーの上下のコックを開放し,酸素濃度 2 %,5 %および 10 %の酸素濃度調整空気を 500 mL/minで 75 分流した.75 分後に上下のコックを閉めて密封した.対照区である通常酸素空気区については 9 L のアクリルチャンバーに上記本数の切り花を入れて 75 分間上下のコックを開け,その後に上下のコックを閉じた.さらにチャンバー内の空気を 1 mL 採取し,ガスクロマトグラフィー((株)島津製作所,Shimazu GC2014)にて酸素濃度を測定した.測定条件は以下の通りである.

カラム:WG-100(GL サイエンス(株)),50 ℃

キャリアガス:ヘリウム

検出器:熱伝導型検出器(TCD),50 ℃

流速:40 mL/min

酸素濃度はピーク面積の比率により以下の式で求めた.

ピーク1(RT 0.42):酸素+窒素(面積値 A)

ピーク2(RT 1.175):二酸化炭素(面積値 B)

ピーク3(RT 3.430):酸素(面積値 C)

ピーク4(RT 5.198):窒素(面積値 D)

ガス封入 23 時間(±2 時間)後に,アクリルチャンバーの上下のコックを開いて同一のガスを 500 mL/min で 60 分流した.60 分後に上下のコックを閉めて再度密封した.通常酸素空気区はアクリルチャンバーの上部の蓋を開放して 60 分間放置した後,再度密封した.再密封直後にアクリルチャンバー内のガスを 1 mL 採取した(0 時間).1,2 および 3 時間後にチャンバー内のガスを 1 mL 採取した.採取したガスはガスクロマトグラフィー((株)島津製作所,Shimazu GC2014)にて二酸化炭素濃度を測定した.測定条件は以下のとおりである.

カラム:PorapakQ 80/100(GLサイエンス(株)),80 ℃

キャリアガス:ヘリウム

検出器:熱伝導型検出器(TCD),120℃

流速:30 mL/min

1,2,3 時間後の二酸化炭素実測値から 0 時間の実測値を引いた値を縦軸に,時間を横軸に取り,近似直線の傾きを単位時間当たりの二酸化炭素増加量とした.その値を基に切り花 1 kg 当たり,1 時間あたりの二酸化炭素増加量を算出して呼吸速度とした(mg CO2/kg/h).品目につき 3 回(エゾリンドウのみ 4 回)切り花を購入し,上記の手順で呼吸速度の測定を繰り返した.

3.統計処理

通常酸素空気区から酸素濃度 10 %区,酸素濃度 5 %区,酸素濃度 2 %区と酸素濃度が低下するに伴い切り花の呼吸速度が単調に減少することが想定されるため,エクセル統計 2015 ((株)社会情報サービス)を用い Williams の多重検定を行った.本実験では最も酸素濃度が高い通常酸素空気区を対照群と想定して,片側 2.5 %の有意水準にて酸素濃度が低い群から順に対照群との間に有意差が検出されなくなるまで比較した(中西ら 2014).

結果および考察

酸素濃度 2 %の酸素濃度調整空気を封入した時の酸素濃度の測定値は 2.3~2.7 %,酸素濃度 5 %の時は 5.0~5.4 %,酸素濃度 10 %の時 9.7~9.8 %であった.空気を封入した時の酸素濃度測定値は 20.6~20.7 %であった.このことから密封時の各処理区の酸素濃度は適切であったと考えられる.

各種切り花の呼吸速度と封入時酸素濃度実測値の関係を図 2 に Williams の多重検定結果を表に示した.輪ギク,小ギク,ササリンドウ,ユリでは酸素濃度 10 % 以下で通常酸素空気区に比べて呼吸速度が低下した.トルコギキョウ,エゾリンドウ,チューリップでは酸素濃度 5 % 以下で通常酸素空気区に比べて呼吸速度が低下した.また,輪ギク,エゾリンドウおよびササリンドウでは酸素濃度 2 % 区の呼吸速度は通常酸素空気区の 52 %,50 %および 46 % と著しく低下した.スプレーギク‘サーモン’切り花は 2 % 酸素条件で呼吸速度が空気に比べて約 50 % に低下すること,酸素濃度 2 %の窒素富化空気を封入する Active MA 包装は貯蔵中の品質低下を抑える効果が高いことが明らかにされている(山下ら 1999).このことから雰囲気中の低酸素条件により呼吸の抑制が顕著な品目では,積極的に酸素濃度を低下させることにより貯蔵中の品質を保持できることが示唆される.一方で,青果物では雰囲気中の酸素濃度が 1~3 % になると嫌気呼吸になり異臭や変色といった障害が発生すること(今堀 2007)や,バラ切り花で貯蔵時の酸素濃度が低いと,観賞時に花径が小さくなり開花率が低下する障害が発生すること(Devecchi and van Meeteren 2003)から,貯蔵中の雰囲気を低酸素にする場合は,障害の発生に注意を払う必要がある.

バラとカーネーションでは酸素濃度 2 % 区においても通常酸素空気区との間に呼吸速度に有意な差がみられなかった.スタンダードタイプのバラ‘First Red’切り花では 1 kPa 以下の酸素分圧では嫌気呼吸により呼吸速度が上昇する(Devecchi and van Meeteren 2003).このことから,これらの品目では酸素濃度を 2%からさらに下げても呼吸速度の低減効果は低い可能性が示唆される.果実と野菜 12 品目では,酸素濃度の低下でのみ呼吸速度が低下する品目,二酸化炭素濃度の上昇のみ呼吸速度が低下する品目,どちらでも呼吸速度が低下する品目に分けられる(本多,石黒 1967).そのため,バラやカーネーション切り花は雰囲気中の高二酸化炭素条件により呼吸が抑えられる可能性がある.

通常酸素空気区の呼吸速度はササリンドウが 141 mg CO2/kg/h と最も高く,小ギク,エゾリンドウ,トルコギキョウ,ユリ,カーネーション,チューリップ,バラと続いて,輪ギクが 55.9 mg CO2/kg/hと最も低かった.青果物では品質保持期間が短い品目はおおむね通常酸素空気条件での呼吸速度が高いという関係がある(馬場 2021).切り花を蒸留水に生けて 23 ℃,相対湿度 70 %,12 時間日長で観賞期間の調査を行った結果によると,輪ギクおよび小ギク切り花は観賞期間が長く,バラやチューリップは観賞期間が短く,カーネーション,トルコギキョウ,ユリはその中間程度となっている(市村ら 2011).また,上記と同様の環境条件において,エゾリンドウ‘Koharu’はササリンドウ‘Yuki-Hotaru’よりも切り花の観賞期間が短い(Shimizu-Yumoto and Ichimura 2012).本実験の通常酸素空気条件での呼吸速度の測定結果と文献から得られる観賞期間の情報を考慮すると,切り花においては青果物のような呼吸速度が高い品目で観賞期間が短い,という関係性はないように思われる.通常酸素空気区の呼吸速度が高かったササリンドウ,小ギク,エゾリンドウ切り花は複数の花(小ギクは頭状花序),呼吸速度の低いチューリップ,バラ,輪ギク切り花は 1 個の花(輪ギクは頭状花序)が切り花についており,花数の違いが呼吸速度の高低に影響を及ぼす可能性がある.シンビジウム花序において花蕾の呼吸量は花茎や苞葉に比べて多い(大野,榊原 1981)が,バラ切り花 11 品種を用いた実験では花の呼吸量が葉よりも多い品種は3品種程度と限られる(伊藤 2006).そのため,花数の違いが切り花の呼吸速度に影響を及ぼすかについては,他を含めて多くの品目を測定しかつ茎葉の呼吸量や花器の大きさ等も考慮した検証を行う必要がある.

本実験では,酸素濃度調整空気をチャンバー内に一定期間密封した後,酸素濃度調整空気にて再置換してから切り花の呼吸速度を測定する方法を用いた.同様の手法は CA 環境でのリンゴの有機酸代謝を調査する実験で用いられている(Murata and Minamide 1970).雰囲気の酸素および二酸化炭素濃度を変化させて青果物の呼吸速度を測定する手法は様々で,例えば容器内に所定の酸素濃度に調整した空気をかけ流し,容器から排出される二酸化炭素濃度を測定する方法(Robinson et al. 1975; 磯辺,井尻 1994)もある.一定期間酸素濃度調整空気を封入する方法は容器内の空気組成が経時的に変化するため,厳密には一定の酸素濃度環境での呼吸速度を示していない.しかし,本実験で供試した品目において呼吸速度低減に有効な酸素濃度に違いがみられたこと(図 2)から,本手法でも低酸素による呼吸速度の低減効果が高い品目を判別することが十分に可能と考えられる.また,1 回の試験で使用する酸素濃度調整空気量はかけ流しに比べて少量で,かつ大規模な装置を用いなくてもガス組成が呼吸速度に及ぼす影響を調査できる手法であると考えられる.

謝辞

本研究は農林水産省委託プロジェクト研究「収益力向上のための研究開発」のうち,「国産花きの国際競争力強化のための技術開発」(課題番号 15650941)(2015~2019 年)により実施した.

利益相反の有無

著者には開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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