農研機構研究報告
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原著論文
ポテトチップ加工用バレイショ新品種「しんせい」の育成とその特性
下坂 悦生 田宮 誠司浅野 賢治津田 昌吾西中 未央森 元幸小林 晃向島 信洋赤井 浩太郎岡本 智史高田 明子
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2024 年 2024 巻 17 号 p. 23-37

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Abstract

「しんせい」は,ともにジャガイモシストセンチュウ抵抗性でポテトチップ加工適性のある系統「98009-8」を母,「00045-4」を父として,2005 年に北海道農業研究センターにて交配採種し,2006 年に播種した実生集団より育成されたポテトチップ加工用品種である.ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を有し,枯ちょう期は,「スノーデン」よりも早く,「トヨシロ」よりやや遅いが「トヨシロ」と同様の中早生であり,ポテトチップ規格内いも重は「トヨシロ」並みで「スノーデン」より少ない.でん粉価は「トヨシロ」よりやや高く,「スノーデン」より高い.収穫時から翌年 6 月までの長期貯蔵を行なっても「スノーデン」より焦げにくく,チップカラーが優れ,エチレン貯蔵への適性も有することから,国産原料が不足する 2 月から 6 月のポテトチップ原料の安定供給への寄与が期待でき,北海道を中心にポテトチップ加工用バレイショの生産地において「トヨシロ」や「スノーデン」の一部置き換えとして普及することが見込まれる.

Translated Abstract

“Shinsei” is a new potato chipping variety that was bred by the Hokkaido Agricultural Research Center, National Agriculture and Food Research Organization (NARO). This variety was selected from a population derived from the cross between the female parent “98009-8” and the male parent “00045-4” conducted in 2005. Both parent lines were with good chipping quality and resistance to the golden potato cyst nematode. “Shinsei” also shows resistance to the golden potato cyst nematode. The senescence date of “Shinsei” is slightly later than that of “Toyoshiro” and earlier than that of “Snowden”. Its maturity is classified into “medium early”, in the same category as “Toyoshiro”. The marketable yield of “Shinsei” is almost the same that of “Toyoshiro” and less than that of “Snowden”. Its starch value is slightly higher than that of “Toyoshiro” and higher than that of “Snowden”. Chip quality of “Shinsei” is better than that of “Toyoshiro” and “Snowden” after harvest until June with long-term storage under low temperature. In addition to, “Shinsei” is suitable for the storage under ethylene. Therefore, “Shinsei” is expected to contribute to the stable supply of raw materials for the processing chip from February to June when domestically produced potato materials shortage occurs. It is also expected that “Shinsei” can be widespread mainly in Hokkaido area replacing “Toyoshiro” and “Snowden”.

緒 言

バレイショの国内生産量は,作付面積の減少に伴い減少傾向が続き,近年は 220〜240 万トンで推移しており,ピークであった 1986 年に比べて都府県産は半減,北海道産も 3 分の 2 程度に減少している(農水省 2022a).対して,バレイショの国内需要は,近年,320〜340 万トンであり,不足分は,主に冷凍加工品の輸入によって補われている.バレイショの用途別の供給量の構成比は,国産バレイショに限ると,2020 年産では生食用 26%,加工食品用 26%,でん粉原料用 34%,その他用 14%となっている(農水省 2022b).用途別の国内消費量は生食用とでん粉原料用の減少が続く中,加工食品用は増加傾向にあり,この 30 年間に約 1.7 倍に伸びている.国産バレイショの加工食品用途の中では,ポテトチップ加工用の割合が高く,2005 年の約 30 万 t から 2020 年には約 41 万 t まで増加し,加工食品用途の約 70%に達しており,国産バレイショ全体の需要の内,約 18%を占めている.国内のポテトチップ用バレイショの生産量は,近年増加しているが,年間を通じて全量をまかないきれず,ポテトチップ加工メーカーは,国産原料が不足する 2 月から 7 月にかけて,米国からの輸入により不足分を補っている(農水省 2022b).国内のポテトチップ用バレイショの主要品種は,「トヨシロ」であり,主産地である北海道の他,関東や九州地域でも作付されており,比較的熟期の早い中早生品種として,広く普及している(坂口ら 1976).しかしながら,バレイショの重要害虫であるジャガイモシストセンチュウ(Globodera rostochiensis)に対する抵抗性を持たないため,発生地帯の拡大が続くジャガイモシストセンチュウ対策として,抵抗性品種への転換が望まれている.また,安定的な原料の周年供給のためには,北海道産バレイショの長期貯蔵が必須であり,そのためには長期貯蔵性を持つ品種が必要とされる.「トヨシロ」は長期貯蔵には適さず,現在,長期貯蔵用品種としては,「きたひめ」と「スノーデン」が主に用いられているが,原料が不足する期間,特に 4 月以降の原料供給に大きな役割を果たす「スノーデン」は,「トヨシロ」と同様にジャガイモシストセンチュウに対して,感受性であり,熟期もやや遅い中晩生品種である(入谷 2005).そこで,国内産ポテトチップ原料の安定供給を図るため,長期貯蔵性に優れ,「トヨシロ」並の中早生のポテトチップ加工用品種の開発を行い,バレイショ新品種「しんせい」を育成した.本稿では,「しんせい」の育成経過や品種特性について報告する.

来歴および育成経過

「しんせい」は,ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を有し,長期貯蔵が可能なポテトチップ加工用品種の育成を目標として,ジャガイモシストセンチュウ抵抗性でチップ適性のある「98009-8」を母,ジャガイモシストセンチュウ抵抗性でチップ,フライ適性のある「00045-4」を父として 2005 年に農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター芽室研究拠点にて交配採種し,2006 年に播種した実生集団より選抜された品種である(図 1).

2007 年に第二次個体選抜試験を行い,2009 年より「05071-8」の系統名で生産力検定予備試験に供試し,2010,2011 年の生産力検定試験の結果,有望と判断されたことから「勝系 33 号」の育成地番号を付与した(表 1).2012,2013,2014 年の生産力検定試験,系統適応性検定試験,特性検定試験等により,長期貯蔵用のポテトチップ原料として優れていると評価されたことから 2015 年に「北海 108 号」の地方番号を付与し, 2016 年から北海道における奨励品種決定調査に供試して実用性を検討した.これらの試験や実需者による加工適性試験(ばれいしょ加工適性研究会)等により,優良性が認められたため,2020 年に品種登録出願を行い,同年 6 月に出願公表された.(出願番号 第 34569 号)なお,「しんせい」は,北海道農業研究センター芽室研究拠点が所在する育成地名「新生」とバレイショ新品種として,輝く「新星」となることを願って命名した.

特性の概要

1.形態的特性

「しんせい」の特性を,チップ加工用標準品種「トヨシロ」,長期貯蔵性に優れたチップ加工用対照品種「スノーデン」と比較して整理する(表 2).「しんせい」の幼芽の形は「スノーデン」の “広円筒” に対して,「トヨシロ」同様の “球形” である.幼芽の基部のアントシアニン着色の強弱及び青色の割合は「スノーデン」の “かなり弱” および “無又は低” に対して,「トヨシロ」同様の “中” および “中” である.幼芽の基部の毛の多少は「スノーデン」の “無又は極少” に対して,「トヨシロ」同様の “少” である.幼芽の頂部のアントシアニン着色の強弱は「トヨシロ」,「スノーデン」の“無又は極弱” に対して,“弱” である.幼芽の根端の数は「トヨシロ」の “少”,「スノーデン」の “中” に対して,“やや多” である.植物体の草型は「スノーデン」の “葉型” に対して,「トヨシロ」同様の “中間型” である.草姿は「スノーデン」の “直立” に対して,「トヨシロ」同様の “やや直立” である(図 2).茎のアントシアニン着色の強弱は「トヨシロ」,「スノーデン」の “無又は極弱” に対して,“弱” である.複葉の大きさは「トヨシロ」,「スノーデン」と同様の “中”である.複葉の緑色の濃淡は「トヨシロ」,「スノーデン」と同様の “中” である.草高は「トヨシロ」の “中”,「スノーデン」の “高”,に対して,“やや高” である.花の数は「トヨシロ」,「スノーデン」と同様の “やや多” である.花房の大きさは「トヨシロ」の “中”,「スノーデン」の “やや小”,に対して,“やや大” である.花冠の大きさは「トヨシロ」,「スノーデン」の “中”,に対して,“やや大” である.花冠内面のアントシアニン着色の強弱は「トヨシロ」,「スノーデン」と同様の “無又は極弱” である.花冠内面のアントシアニン着色の青色の割合は「トヨシロ」,「スノーデン」と同様の “無又は低” である.

塊茎の形は「トヨシロ」の “卵形”,「スノーデン」の“円形”に対して,“卵〜長卵形” である(図 3).目の数は「トヨシロ」の “やや少”,「スノーデン」の “中” に対して,“少” である.目の深さ は,「トヨシロ」の “やや浅”,「スノーデン」の “やや深” に対して,“浅” である.皮色は「トヨシロ」,「スノーデン」同様の “淡べージュ” である.目の基部の色は「トヨシロ」,「スノーデン」と同様の “白” である.表面のネットは「スノーデン」の “やや多” に対して,「トヨシロ」同様の “微” である.肉色は「トヨシロ」,「スノーデン」同様の “白” である.

2.栽培特性

(1)収量特性

「しんせい」の枯ちょう期は,「トヨシロ」より 3 日遅く「スノーデン」より 14 日早い “やや早” であり,「トヨシロ」と同様の中早生に属する(表 3).上いも数は,10 ヵ年平均で 9.8 個/株で「トヨシロ」,「スノーデン」よりやや少ない.上いも平均重は,104 g であり,「トヨシロ」より重く「スノーデン」よりやや重い,やや大玉である.上いも重は,トヨシロ比で 97%の「トヨシロ」並で「スノーデン」より少ない.ポテトチップ規格内いも重はトヨシロ比で 102%の「トヨシロ」並で「スノーデン」よりも少ない.でん粉価(坂口 1977)は,「トヨシロ」よりやや高く「スノーデン」より高い.規格別収量では,「トヨシロ」,「スノーデン」より L 及び 2L サイズの割合が高い(表 4).

(2)生育経過追跡試験

「しんせい」の地上部は,初期生育が「トヨシロ」「スノーデン」よりも早く,7 月中旬以降の主茎長は「スノーデン」と同様に推移し,生育期間を通じて「トヨシロ」より常に長い(図 4).株当たりの上いも数は,7 月中旬以降「トヨシロ」,「スノーデン」よりも少なく推移し,上いもの平均重は「トヨシロ」,「スノーデン」よりも重く推移する.上いも重は 8 月下旬まで「トヨシロ」より少なく推移するが,8 月下旬以降は「スノーデン」よりも重くなり,「トヨシロ」と同等となる.ポテトチップ規格内いも重は,7 月下旬まで「トヨシロ」よりも軽く「スノーデン」より重く推移するが,8 月中旬以降は「トヨシロ」を上回って推移する.でん粉価は生育期間を通じて「トヨシロ」と同等で「スノーデン」よりも高く推移する.早期肥大性は「スノーデン」より優れ,「トヨシロ」と同等である.

(3)施肥量および栽植密度反応試験

「しんせい」の施肥量試験においては,多肥による増収効果が総じて認められ,上いも重及びポテトチップ規格内いも重でも,標肥に比べて多収となった(図 5).栽植密度の影響を加味した場合の反応は,上いも平均重は疎植および多肥によって重くなり,ポテトチップ規格内いも重は密植および多肥で多収となった.でん粉価は「トヨシロ」,「スノーデン」と同様に多肥で低下する傾向にあった.

3.品質特性

「しんせい」の休眠期間は「トヨシロ」の “長” に対して,「スノーデン」同様の “やや長” である.打撲黒変耐性は,スノーデンの “中” に対し,トヨシロと同様の “やや強” である.生理障害の発生は,二次成長,褐色心腐,中心空洞の発生は「トヨシロ」と同程度の“微”であり,裂開は「トヨシロ」より少ない “無” である(表 5).

4.ポテトチップ加工適性

「しんせい」は,収穫後,貯蔵前のポテトチップ加工試験での褐変程度が「トヨシロ」より少なく,「スノーデン」と同程度であり,ポテトチップカラーを表すアグトロン値は,「トヨシロ」,「スノーデン」よりも高く,高いポテトチップ適性を有する(表 6).なお,アグトロン値は,アグトロン社製の食品用分光光度計を用いて測定した食品の色調を示す指標であり,値が高いほど白く,低いほど焦げ色が強い.測定帯(光質)は 4 種あり,ポテトチップでは通常レッドあるいはグリーンがよく使用されるが,グリーンはレッドに比べ約 10 程度,値が低い.長期貯蔵試験においては,8℃貯蔵で「トヨシロ」,「スノーデン」よりも褐変程度の増加が少なく,アグトロン値の高い状態を維持しており,グルコース含量の増加も「スノーデン」よりやや低い.一方,「トヨシロ」,「スノーデン」よりも芽の伸びが大きい(表 7図 6図 7).また,6℃貯蔵においては褐変程度の増加,アグトロン値の低下,グルコース含量の増加は 「トヨシロ」,「スノーデン」に比べて少ない,芽の伸びも 8℃貯蔵よりも短いが,「トヨシロ」, 「スノーデン」に比べると長い.8℃貯蔵および 6℃貯蔵ともに,6 月 まで貯蔵しても,良好なチップカラーを示し,外観に優れ,長期貯蔵性に優れる.ばれいしょ加工適性研究会における実需者試験を実施し,A 社試験では,食感についての基準の面で A 社の求める品質とは異なり,総合評価が下がっているが,外観やチップ加工適性については,ほぼ「スノーデン」並と判定された(表 8).B 社および C 社で実施された萌芽の伸長抑制に用いられるエチレン貯蔵試験では,処理を行っても,アグトロン値の低下が少なくポテトチップカラーが良好で,芽がやや伸びるものの取れやすく,エチレン貯蔵適性があると判定され,“良” 以上と評価された(表 9表 10).また,C 社における工場ラインテストでもポテトチップ原料として使用可能と評価された(表 11).

5.病虫害抵抗性

「しんせい」はジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子 H1 を有しており,抵抗性は「トヨシロ」,「スノーデン」の “無” に対して “有” である(表 12).疫病抵抗性は「トヨシロ」,「スノーデン」同様の “弱” である.塊茎腐敗抵抗性は「トヨシロ」より強く,「スノーデン」より弱い “中” である.そうか病抵抗性は,「トヨシロ」 と同等で,「スノーデン」より弱い “弱” である.Yウイルス抵抗性は上位葉へのウイルスの移行が少ないながら認められ,「トヨシロ」,「スノーデン」同様の “弱” である.青枯病抵抗性は “中” である.

配布先における試験成績

北海道内の試験研究機関における評価では,「トヨシロ」比では,収量性は差が大きく,道総研十勝農試ではやや優り,北見農試ではやや劣り,栽培地域で差が見られるが,「スノーデン」対照では,並かやや優る以上の結果であった.でん粉価は安定して高かった(表 13).現地試験における評価では,でん粉価は安定して高いが,「トヨシロ」対照での収量性について,地域差や年次間差が見られた(表 14表 15).しかしながら,十勝管内(更別村,士幌町,芽室町)では,概ね並以上の収量であり,「トヨシロ」よりでん粉価は安定して高く,ポテトチップ規格内いも重(芽室町現地試験)が優り,現地導入が可能と考えられる(表 15).

「しんせい」の育成地における生産力検定試験及び配布先における試験の耕種概要を表 16表 17 に示した.

考察

ジャガイモシストセンチュウは,バレイショ栽培上の最重要害虫であり,世界中のバレイショ生産に深刻な被害を与えている.日本国内では,1972 年に発生が確認されて以降,その発生地域は徐々に拡大を続けている(稲垣 1980).ジャガイモシストセンチュウはバレイショの根に寄生して,養分吸収を阻害するため,大幅な減収を引き起こす.更に,数百の卵を内包したシストを形成し,土壌中で 10 年以上も休眠状態で生存するため,防除あるいは根絶が容易ではない.また,ジャガイモシストセンチュウは植物防疫法上の種バレイショ検疫規定において有害動物に指定されており,発生が確認された圃場では,種いもの生産が許されないため,発生地域の拡大は採種可能な圃場の減少に繋がり,種いもの安定供給への影響も懸念される.ジャガイモシストセンチュウの拡大防止の有効な手段の一つは,抵抗性品種の作付けである.ジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子 H1 を有する品種は,栽培後にはシストの付着はほぼ認められず栽培前と比べ,大幅な密度低減効果を発揮する(Gebhardt et al. 1993串田,百田 2005).また,2019 年に国が策定した「ジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種の作付拡大のための目標」においては,加工用品種について,2028 年度までにジャガイモシストセンチュウの発生が確認されている圃場については抵抗性品種の作付割合を 100%とし,その他の圃場については,抵抗性品種の作付割合を 80%とすることを目指すとしており,抵抗性品種への転換が強く奨励されている (中井 2019).加えて,国内最大手ポテトチップ加工メーカーが,2030 年に使用原料のジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種への全量切り替えを表明しており,ポテトチップ加工用途の抵抗性バレイショ品種の普及と増産が求められている.

現在、最もポテトチップ原料として用いられ、需要が高い品種は「トヨシロ」であり、2019 年における国内の作付面積は,約 8,920 ha(内,北海道 6,045 ha)である。主産地である北海道の輪作体系においては,秋播き小麦の前作として栽培されることが多いバレイショにとって,熟期の早さは重要な要素である。「しんせい」は,「トヨシロ」と同様の中早生の熟期に属し,ポテトチップ規格内収量は,「トヨシロ」並の水準であり,でん粉価は「トヨシロ」よりやや高い(表 3表 13表 14表 15).加えて,ジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子 H1を保有し,ほぼ完全な抵抗性を示すとともに,他の病害抵抗性も塊茎腐敗については「トヨシロ」より高い “中”,青枯れ病抵抗性も “中” を示し,他の疫病,そうか病及び Y モザイク病については「トヨシロ」と同等であり(表 12),食品加工用原料として,製品歩留り等の重要な要素である収穫塊茎の障害発生度合,特に,打撲黒変耐性も「トヨシロ」並であることから(表 5),「トヨシロ」の置き換え品種としての水準を満たしていると考えられる.

高温による油加工を行うポテトチップでは,メイラード反応により茶褐色の色素が生成され,チップカラーが低下し,外観を損なうとともに,焦げによる苦味も生じさせるため,その原因である還元糖(グルコース及びフルクトース)の少ない品種が求められる.加えて,北海道産バレイショは,8 月の早期収穫から暖地産原料の供給が始まる 5 月末まで,周年供給の原料として貯蔵されるが,塊茎の呼吸による損耗や萌芽を抑制するため,低温での貯蔵が望ましく,8℃〜10℃付近での貯蔵が実施される場合が多い.しかしながら,低温貯蔵が長期に及ぶと糖含量が増加し,チップ品質の低下を引き起こすため,長期貯蔵中に糖の増加程度が低い難糖化性を示す品種が必要とされる(Matsuura-endo et al. 2004, Matsuura-endo et al. 2006).また,2002 年に還元糖とアミノ酸(アスパラギン)から高温加熱調理により発がん性が疑われるアクリルアミドが生成されることが報告され,還元糖が増加しづらい品種がさらに求められている(Eriksson 2005).難糖化性品種として 1999 年に導入されたスノーデンは,2019 年の作付面積は,約 1,871 ha であり,チップ加工用品種としては,「トヨシロ」,「きたひめ」に次ぐ面積であり,北海道のみで作付けされている.長期貯蔵性について高い優位性を示し,翌春 4 月以降の長期貯蔵原料として重要な役割を担うが,熟期はやや遅い中晩生に属し,ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を有していない.2001 年に長期貯蔵性を有するジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種として育成された中生品種「きたひめ」は,北海道のみで作付けされており,2019 年度の作付面積は,約 2,539 ha であり,普及が進んでいる.しかしながら,長期貯蔵後半のチップ品質やエチレン貯蔵への適性等,「スノーデン」の完全な代替にはならず,「スノーデン」の作付面積がピークであった 2008 年(約 2,148 ha)から,2019 年比較で微減に留まっている点からも,ポテトチップ原料の供給量の増加に対応した増産が求められる中にあって,「スノーデン」との置き換えには至っていない.

「しんせい」は,8℃あるいは 6℃の低温貯蔵条件下で,6 月まで貯蔵しても,良好なチップカラーを示し,還元糖のグルコース含量も「スノーデン」よりも低く推移し,6℃貯蔵の 6 月時点でも 0.8 mg/g と低く,結果,「スノーデン」の 31.0 に対して,42.3 と高いアグトロン値を示した(表 7図 6図 7).

また,貯蔵中の塊茎の萌芽伸長を抑制するため,エチレンガスを使用する貯蔵技術も広く導入されているが,エチレン処理直後のチップカラーの低下程度や回復度合,芽の取れやすさには品種間差がある(遠藤ら 2017).「しんせい」は,「トヨシロ」,「スノーデン」よりも芽の伸びが大きいが,芽が取れやすく,高いエチレン貯蔵適性も有するため,長期貯蔵向け品種として優れる(表 9表 10表 11).

そこで,「しんせい」を「トヨシロ」及び「スノーデン」に一部置き換えて栽培することにより,重要害虫であるジャガイモシストセンチュウについて,汚染圃場においては 10 センチュウ密度を大幅に低減し,未発生圃場においては,その侵入を防止するとともに,国内のバレイショの安定生産,特にポテトチップ加工原料の周年安定供給に寄与することが期待される.

適地および栽培上の留意点

「しんせい」は,北海道の一部のポテトチップ加工用バレイショ生産地帯への普及が見込まれている.栽培にあたっては,除草剤の薬害による葉の黄変が見られる場合があるため,除草剤の散布は適切に行う.低温による葉の黄化が見られる場合がある.

(育成従事者)

「しんせい」の育成従事者は,表 18 の通りである.

謝辞

本品種の育成の一部は農研機構生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097):実需者ニーズに対応した病害虫抵抗性で安定生産可能なバレイショ品種の育成」(課題番号:26090C)の助成を受けて実施した.また,本品種の系統適応性検定試験,特性検定試験および奨励品種決定調査および現地試験等の実施にあたり,関係道県の各農業試験場,農業改良普及センターおよび農業協同組合の関係各位に多大なご協力をいただいた.加工適性の評価には,ばれいしょ加工適性研究会関係各位にご協力いただいた.これらの関係者の皆様に対し,厚くお礼申し上げる.また,本品種の育成にあたり,栽培管理や調査等において多大なるご尽力をいただいた北海道技術支援センター北海道第 3 業務科の各位には,深く謝意を表する.

利益相反の有無

全ての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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