農研機構研究報告
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原著論文
カドミウム吸収性が極めて低い水稲新品種「ふくひびき環1号」・「えみのあき環1号」の育成
津田 直人 太田 久稔横上 晴郁藤村 健太郎石川 覚安部 匡福嶌 陽梶 亮太黒木 慎
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2024 年 2024 巻 17 号 p. 39-52

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Abstract

「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は,「コシヒカリ環1号」由来のカドミウム(Cd)低吸収性を東北農業研究センターが育成した水稲品種である「ふくひびき」,「えみのあき」に導入するため,「lcd-kmt2」(後の「コシヒカリ環 1 号」)と「ふくひびき」もしくは「えみのあき」を戻し交配し,東北農業研究センターで選抜,育成した同質遺伝子系統である.それぞれ「奥羽 IL1 号」,「奥羽 IL3 号」の地方名で栽培特性・品質特性を検討し,Cd 低吸収性と原品種との同質性が確認されたため,2021 年に品種登録出願を行った.育成地(秋田県大仙市)での標肥移植栽培における特徴は,出穂期,成熟期,稈長,穂長,穂数,収量性,食味,耐病性等の主な農業特性は,いずれも原品種である「ふくひびき」,「えみのあき」と同程度であった.また,現地栽培試験や Cd 汚染土壌を用いたポット試験の結果から,Cd 吸収性は「コシヒカリ環 1 号」と同程度に極めて低かった.「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は,「コシヒカリ環 1 号」では熟期や耐病性等が問題となる東北地域中部以南の Cd 吸収抑制対策が必要な地域において普及が期待される.

Translated Abstract

Two novel rice cultivars, ‘Fukuhibiki Kan 1’ and ‘Eminoaki Kan 1,’ were developed through backcrossing using ‘lcd-kmt2’ and ‘Fukuhibiki’ or ‘Eminoaki,’ started in 2012. In 2019 and 2020, the resultant lines, ‘OuuIL1’ and ‘OuuIL3,’ were evaluated to confirm their remarkably low cadmium absorption and high homogeneity. In 2021, the lines were officially registered as ‘Fukuhibiki Kan 1’ and ‘Eminoaki Kan 1’ by the Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries. ‘Fukuhibiki Kan 1’ and ‘Eminoaki Kan 1’ exhibit identical characteristics to ‘Fukuhibiki’ and ‘Eminoaki,’ respectively, including heading date, harvesting time, culm length, panicle length, panicle number, grain yield, eating quality, and disease resistance. Notably, the cadmium concentrations in the grain and straw of ‘Fukuhibiki Kan 1’ and ‘Eminoaki Kan 1’ were substantially lower than those of ‘Fukuhibiki’ and ‘Eminoaki’ respectively, and comparable to that of ‘Koshihikari Kan 1’ in field and pot tests. These cultivars are expected to contribute to the southern Tohoku region, where requiring cadmium mitigation countermeasures are needed.

緒 言

我が国ではコメ中のカドミウム(Cd) 濃度の規格基準が玄米および精米で 0.4 mg/kg 以下と食品衛生法で定められていることから,一部の水田では基準値以下にコメ中のCd濃度を抑制するため,客土や湛水管理等による Cd 濃度の抑制対策を行っている(厚生労働省 2010農林水産省消費・安全局 2018).コメ中の Cd 濃度が農用地の土壌の汚染防止等に関する法律に基づく指定要件を超過する高濃度汚染地域では客土による抑制対策が実施され,平成 27 年度時点では対象地域全体の 93%(6,569 ヘクタール)で対策事業が完了している(農林水産省消費・安全局 2018).しかし,それ以外の地域における対策として,客土による対策には 300~600 万円/10 a 程度の多大なコストがかかり,客土として使用する非汚染土の確保が近年難しくなってきている.また,山土等の肥沃度の低い土壌を客土として使用した場合は土壌改良資材の投入が必要となり,生産力の回復に何年もかかる等,客土による Cd 吸収抑制対策を今後も継続することは困難である(農業環境技術研究所 2011農林水産省消費・安全局 2018).湛水管理による抑制対策を導入した水田作付面積は平成 23 年において全国で約 4 万ヘクタールに達している(農林水産省消費・安全局 2018).しかし,湛水管理による Cd 吸収抑制対策には出穂期前後に多量の用水を確保する必要があり,用水費および水管理に伴う人件費が負担になる上,農業従事者の減少による人手不足が続く状況で今後も現在と同様の抑制対策が継続できるかは不透明である(農林水産省消費・安全局 2018).また,湛水管理による抑制対策は湛水条件の長期化によりコメ中のヒ素(As)濃度が高まる新たな問題が浮上する(Arao et al. 2009). このように客土および湛水管理による Cd 抑制対策には様々な問題点がある状況で Ishikawa et al.(2012)は「コシヒカリ」のイオンビーム照射により極めて Cd 濃度が低い突然変異系統(lcd-kmt2)を見いだし, 2015 年に lcd-kmt2 は「コシヒカリ環 1 号」として品種登録された(安部ら 2017).「コシヒカリ環 1 号」は,土壌中の Cd 濃度に関係なく,コメ中の Cd 濃度を非常に低く抑制することができる(石川ら 2014安部ら 2017).客土や湛水管理による従来の対策に比べ,作付けする水稲品種を変更するだけで,コメ中の Cd 濃度を抑制できるため,客土や湛水管理に関わる費用および作業負担の削減が期待され,消費者の Cd 摂取量の抑制に大きく貢献すると期待される.しかし,「コシヒカリ環 1 号」は Cd 低吸収性以外の品種特性は「コシヒカリ」とほぼ同様であるため,東北地域では熟期が “晩” となる.熟期が遅い影響で秋田県等の東北中部以北では登熟不良によって収量や品質に問題が生じる可能性がある.また,「コシヒカリ環 1 号」は「コシヒカリ」と同様にいもち病抵抗性や耐倒伏性が弱いため,いもち病多発地帯や倒伏が問題となる地域において「コシヒカリ環 1 号」の普及を進めるのは難しい.東北中部以北における Cd 低吸収性品種の普及拡大を進めるため,また,今後も需要の高まりが期待される加工用米・新規需要米用途向けの Cd 低吸収性品種の育成を目指すため,東北農業研究センターでは,「コシヒカリ」よりも早生でいもち病抵抗性や倒伏性に強く,生産コストの抑制を目的とした多肥栽培や直播栽培に導入可能な水稲品種に「コシヒカリ環 1 号」由来の Cd 低吸収性遺伝子 osnramp5-2 の導入を進めた.育成地である秋田県大仙市における熟期が"やや早"で耐倒伏性が強く,かなり多収で加工用米・新規需要米用途として適する水稲品種「ふくひびき」(東ら 1994)と熟期が"中"でいもち病抵抗性や倒伏に強く,コメ生産の低コスト化を狙った直播栽培にも導入可能な良食味水稲品種である「えみのあき」(梶ら 2017)に「コシヒカリ環 1 号」由来の Cd 低吸収性を導入した同質遺伝子系統「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環1号」を開発した(津田ら 2021).

来歴および育成経過

「ふくひびき環 1 号」は,東北地域向けの Cd 吸収性が極めて低い多収品種を育成することを目標として,多収品種の「ふくひびき」と Cd 吸収性が極めて低い「lcd-kmt2」を交配し,その後「ふくひびき」を 3 回戻し交配して育成された品種であり,「えみのあき環 1 号」は,東北地域向けの Cd 吸収性が極めて低く,いもち病に強い良食味品種を育成することを目標として,いもち病に強く,良食味の「えみのあき」と Cd 吸収性が極めて低い「lcd-kmt2」を交配し,その後「えみのあき」を 4 回戻し交配して育成された品種である(図 1図 2).「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」のいずれも遺伝的背景を迅速かつ効率的に原品種に近づけるために,戻し交配前に毎回 DNA マーカーによる遺伝背景調査を行った(図 3図 4).

「ふくひびき環 1 号」は 2012 年に作物研究所(現作物研究部門)において人工交配を行った後,2013 年~2015 年に東北農業研究センター大仙研究拠点にて戻し交配を進め,2015 年冬季に温室内で BC3F1 を養成した.2016 年(F2世代)に単独系統選抜を行い,以後,系統栽培により選抜・固定をはかった.2017 年(F3世代)より「羽系 2458」の系統番号で生産力検定試験,特性検定試験に供試し,生産力,耐病性等に見通しを得たので「奥羽 IL1 号」の地方系統名を付し,2019 年から関係各県に配付した.2023 年で雑種第 9 代である.

「えみのあき環 1 号」は 2012 年に作物研究所(現作物研究部門)において人工交配を行った後,2013 年~2016 年に東北農業研究センター大仙研究拠点にて戻し交配を進め,2016 年冬季に温室内で BC4F1 を養成した.2017 年(F2世代)に単独系統選抜を行い,以後,系統栽培により選抜・固定をはかった.2018 年(F3世代)より「羽系 2586」の系統番号で生産力検定試験,特性検定試験に供試し,生産力,耐病性等に見通しを得たので「奥羽 IL3 号」の地方系統名を付し,2020 年から関係各県に配付した.2023 年で雑種第 8 代である.

「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」を育成地や現地栽培試験,系統適応性試験および奨励品種決定基本調査,Cd 汚染土壌を用いたポット試験に供試し,原品種との同質性および Cd 吸収性を評価した結果,いずれの系統も「ふくひびき」,「えみのあき」との同質性が高く,「コシヒカリ環 1 号」と同程度に Cd 吸収性が極めて低いことから,いずれも Cd 低吸収性同質遺伝子系統として有用と認められため,2021 年に「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環1号」として品種登録出願(出願番号: 第 35392 号,第 35393 号)を行った.

なお,「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は,「コシヒカリ環 1 号」から Cd 低吸収性を導入した同質遺伝子系統であることを示すため,それぞれの原品種名に「環 1 号」を付与し,命名した.

特性の概要

1 形態特性および生態特性

ふくひびき環 1 号

「ふくひびき環 1 号」の葉色は「あきたこまち」よりやや淡く,「ふくひびき」と同程度の “中” である.稈長は「あきたこまち」(“やや長”)より 9 cm~12 cm 程度短く,「ふくひびき」と同程度の “短” であり,穂長は「あきたこまち」よりやや長く,「ふくひびき」と同程度の “中”,穂数は「あきたこまち」より少なく,「ふくひびき」と同程度で “穂重型” に分級される.芒が有り,最長芒の長さは “極短” である.ふ先色は “白”,ふ色(頴の色)は “黄白”,脱粒性は “難” である(表 1表 2写真 1写真 2).

「ふくひびき環 1 号」の移植栽培における出穂期は標肥区および多肥区のいずれも「あきたこまち」より 1 日程度遅く,「ふくひびき」と同程度であり,成熟期は「あきたこまち」よりも 1~2 日遅く,「ふくひびき」と同程度~1 日早かった(表 2). 直播栽培における出穂期は標肥区および多肥区いずれも「ふくひびき」よりも 1 日遅く,成熟期は標肥区で 1 日遅く,多肥区で 1 日早かった(表 2).これらの結果から出穂期,成熟期とも「ふくひびき」と同程度の“やや早”に属する.耐倒伏性は「ふくひびき」と同程度の “強” である(表 2写真 3).

精玄米重は標肥移植栽培において「あきたこまち」よりも多収で,「ふくひびき」と同程度であり,多肥移植栽培では「あきたこまち」より多収で「ふくひびき」よりやや少収である.直播栽培では標肥区および多肥区いずれも「ふくひびき」と同程度の収量である.玄米千粒重は標肥移植栽培および多肥移植栽培において「あきたこまち」より重く,「ふくひびき」と同程度である(表 2).

えみのあき環 1 号

「えみのあき環 1 号」の葉色は「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度の “中” である.稈長は「ひとめぼれ」(“やや長”)より 17 cm~20 cm 程度短く,「えみのあき」と同程度で,“短” であり,穂長は「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度の “中”,穂数は「ひとめぼれ」と同程度かやや少ないが,多肥直播栽培でのみ「ひとめぼれ」よりも多い.「えみのあき」と比較して穂数は同程度であり,“偏穂数型” に分級される.芒が有り,最長芒の長さは “短” である.ふ先色は “白”,ふ色(頴の色)は “黄白” で,脱粒性は “難” である(表 1表 3写真 4写真 5).

「えみのあき環 1 号」の出穂期は「ひとめぼれ」より 1 日程度遅く,「えみのあき」と同程度,成熟期は「ひとめぼれ」より 3 日程度遅く,「えみのあき」と同程度で,熟期は「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度の “中” に属する.多肥移植栽培,直播栽培とも倒伏は「えみのあき」と同様にほとんど認められず,耐倒伏性は “強” である(表 3写真 6).

精玄米重は標肥移植栽培において「ひとめぼれ」よりやや少収で,「えみのあき」と同程度であり,多肥移植栽培では「ひとめぼれ」と同程度で,「えみのあき」よりやや少収である.標肥直播栽培では「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度であり,多肥直播栽培では「ひとめぼれ」より多収で,「えみのあき」と同程度の収量である.玄米千粒重は標肥移植栽培では「ひとめぼれ」と同程度で「えみのあき」よりも重く,多肥移植栽培および標肥直播栽培では「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度である.多肥直播栽培においては「ひとめぼれ」よりも重く,「えみのあき」と同程度である(表 3).

2 玄米品質および食味特性

ふくひびき環 1 号

「ふくひびき環 1 号」の玄米の外観品質は「あきたこまち」より劣り,「ふくひびき」と同程度である(表 2写真 2).玄米の粒形は粒長と粒幅の比(粒長/粒幅)が「ふくひびき」よりもやや大きく,粒厚分布は「ふくひびき」と同様に 2.2 mm 以上の割合が最も多い.しかし,「ふくひびき環 1 号」は「ふくひびき」に比べて 2.2 mm 以上の割合がやや低く,2.1 ㎜~2.2 mm 割合がやや高くなっており,「ふくひびき」よりも粒厚がやや薄い傾向がみられた(表 4写真 2). 炊飯米の食味は,光沢,味,粘り,総合評価とも「あきたこまち」よりも劣り,「ふくひびき」と同程度であり,玄米のタンパク質含有率は「あきたこまち」よりやや低く,「ふくひびき」と同程度で,白米のアミロース含有率は「あきたこまち」よりもやや高く,「ふくひびき」と同程度である(表 5).

えみのあき環 1 号

「えみのあき環 1 号」の玄米の外観品質は「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度である(表 3写真 5).玄米の粒形は粒長と粒幅の比(粒長/粒幅)が「ひとめぼれ」よりも高く,「えみのあき」と同程度である.粒長は「ひとめぼれ」よりやや長く,「えみのあき」と同程度である.粒厚分布は「えみのあき」と同様に 2.0~2.1 mm の割合が最も多い(表 4写真 5).炊飯米の食味は,光沢,味,粘り,総合評価とも「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度であり,玄米のタンパク質含有率は「ひとめぼれ」,「えみのあき」と同程度で,白米のアミロース含有率は「ひとめぼれ」よりやや低く,「えみのあき」と同程度かやや低い(表 5).

3 病害抵抗性および障害耐性

「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」の病害抵抗性および障害耐性を表 6 に示した.「ふくひびき環 1 号」のいもち病真性抵抗性遺伝子型は「ふくひびき」と同様に “Pia,Pib ”と推定され,葉いもち圃場抵抗性および穂いもち圃場抵抗性はともに “不明” である.白葉枯病抵抗性は “やや弱”,縞葉枯病抵抗性は “罹病性”,穂発芽性は “やや易” であり,障害型耐冷性は “弱” であり,いずれの特性も「ふくひびき」と同程度である.「ふくひびき環 1 号」の Cd 吸収性は「ふくひびき」より極めて低く,「コシヒカリ環 1 号」と同程度の “極低” である(表 6表 7表 8).

「えみのあき環 1 号」のいもち病真性抵抗性遺伝子型は「えみのあき」と同様に “Pia,Pii ” と推定され,葉いもち圃場抵抗性および穂いもち圃場抵抗性は“かなり強”である.白葉枯病抵抗性は “中”,縞葉枯病抵抗性は “罹病性”,穂発芽性は “難” であり,障害型耐冷性は “やや強” である.「えみのあき環 1 号」の Cd 吸収性は「えみのあき」より極めて低く,「コシヒカリ環 1 号」と同程度の “極低” である(表 6表 7表 8).

配付先の試験成績

1 系統適応性試験および奨励品種決定基本調査

「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は系統適応性試験をそれぞれ 2 ヶ所(2 試験),1 ヶ所(1 試験),奨励品種決定基本調査をそれぞれ 2 ヶ所(2 試験),1 ヶ所(1 試験)実施した(表 9).系統適応性試験および奨励品種決定基本調査において「ふくひびき環 1 号」の対照品種に対する出穂差は「あきたこまち」よりも 2 日遅く,「ふくひびき」とは差が無く,「ひとめぼれ」よりも 3 日早かった.また,「ふくひびき環 1 号」の収量は対照品種である「あきたこまち」,「ひとめぼれ」よりも多く,「ふくひびき」と同程度であった.「えみのあき環 1 号」の対照品種に対する出穂差は「ひとめぼれ」よりも 1~2 日早く,「えみのあき」とは差が無いか 3 日遅かった.また,「えみのあき環 1 号」の収量は対照品種である「ひとめぼれ」よりも劣るが,「えみのあき」と同程度の収量であった.「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は育成地以外においても原品種の「ふくひびき」,「えみのあき」と同様の熟期と収量性を示した(表 9).

2 現地栽培試験

2018 年から現地栽培試験に「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」を供試した.「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」の熟期,玄米品質,玄米千粒重は試験年次および試験地に関係なく原品種である「ふくひびき」および「えみのあき」とほぼ同程度であった.また,玄米もしくは稲わら中の Cd 濃度は原品種に比べて極めて低く,「コシヒカリ環 1 号」と同程度であった.また,玄米もしくは稲わら中のマンガン(Mn)濃度は原品種よりも低かった(表 7).収量は試験年次によって原品種に比べ,低い場合があり,ごま葉枯病の発病程度は原品種よりもやや大きい傾向がみられた(表 10).

栽培適地および栽培上の留意点

1 栽培適地

「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」はそれぞれ熟期が「ふくひびき」,「えみのあき」と同じく “やや早”,“中” であり,東北地域中部以南の Cd 吸収抑制対策が必要でかつ,いもち病抵抗性や耐倒伏性が強い品種が求められる地域において普及が見込まれる.

2 栽培上の留意点

1)「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」ともに Cd 低吸収性遺伝子 osnramp5-2 により,Mn の吸収も抑制されるため,特に砂質等の地力の低い圃場ではごま葉枯病の発生に注意を要する.

2)成熟期以降は止葉の枯れが早いため,適期刈りを行う.

3)「ふくひびき環 1 号」は耐冷性が"弱"であるので,冷害の常発地域では栽培を避ける.

考察

「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」の主な農業特性は原品種である「ふくひびき」および「えみのあき」と高い同質性を示し,かつ「コシヒカリ環 1 号」由来の Cd 低吸収性遺伝子 osnramp5-2 を保有するため,「コシヒカリ環 1 号」と同程度の Cd 低吸収性を示す品種である.

「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」は「lcd-kmt2」(「コシヒカリ環 1 号」)にそれぞれ「ふくひびき」を 3 回,「えみのあき」を 4 回戻し交配して育成した品種である.水稲では SNP マーカー等の DNA マーカーによる遺伝的背景調査を行いながら 1~2 つの目的遺伝子を導入し,同質・準同質遺伝子系統を育成することが近年行われている.遺伝的背景調査を全く行わずに戻し交配を行い,同質・準同質遺伝子系統を育成するには理論上では少なくとも 5~6 回の戻し交配が必要である.しかし,「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」の育成では戻し交配の実施前に SNP マーカーによる遺伝的背景調査を行い,原品種である「ふくひびき」,「えみのあき」と比較したうえで,より原品種と遺伝的背景の同質性が高い個体を選抜し,戻し交配を行った.これにより,戻し交配回数をより少なく,早期に Cd 同質遺伝子系統を開発することに成功した(図 3図 4).「ふくひびき環 1 号」は BC3F1 世代時まで,「えみのあき環 1 号」は BC4F1 世代時まで SNP マーカーによる遺伝的背景調査を行った.「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」のいずれも F2 世代以降は圃場に展開し,出穂期や成熟期,収量性等の主な農業特性について原品種との同質性を調査することで有望系統の選抜を進めた.「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は原品種である「ふくひびき」,「えみのあき」と同様に育成地における熟期がそれぞれ “やや早”,“中” であり,熟期が “晩” の「コシヒカリ」よりも早生で,耐倒伏性やいもち病抵抗性が優れるため,東北地域中部以南の「コシヒカリ環 1 号」では熟期や耐倒伏性,いもち病抵抗性が問題となる地域において普及が可能であり,コメ生産の低コスト化・省力化を狙った多肥栽培や直播栽培に利用可能である.また,「ふくひびき環1号」および「えみのあき環 1 号」は現地試験や Cd 汚染土壌を用いたポット試験の結果から,土壌中の Cd 濃度や水管理の影響を受けず,安定して玄米中および稲わら中の Cd 濃度がかなり抑制されており,育種目標通りの品種を育成することができた(表 7表 8).

育成地での生産力検定試験および特性試験,現地栽培試験,系統適応性試験,奨励品種決定基本調査の結果から,出穂期,成熟期,稈長,穂長,穂数,玄米千粒重,食味,耐倒伏性,いもち病抵抗性等については「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」いずれも原品種との高い同質性を示した(表 1表 2表 3表 5表 6表 9表 10).その一方で精玄米収量および玄米外観品質については「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」はいずれも原品種よりもやや劣る傾向がみられ,これらの原因は屑米歩合の増加と玄米の粒厚がやや薄くなったことが影響していると考えられる(表 2表 3表 4表 10).2019 年に育成地で実施した多肥直播栽培区において成熟期前後に「ふくひびき」と「ふくひびき環 1 号」にごま葉枯病の発生がみられ,「ふくひびき環 1 号」に止葉の葉先枯れが認められた(写真 7写真 8).また,現地試験栽培における「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」はいずれも原品種よりもごま葉枯病の発生が多い傾向がみられた(表 10).「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」が有する「コシヒカリ環 1 号」由来の osnramp5-2 は Mn 吸収に関わるトランスポーター遺伝子 OsNRAMP5 に生じた一塩基欠損に起因するものであり,Cd の吸収が抑制される一方で,Mn の吸収も抑制される(Ishikawa et al. 2012).また,osnramp5-2 を保有する「コシヒカリ環 1 号」はosnramp5-2 を有しない一般品種に比べ,Mn の吸収が抑制される影響でごま葉枯病に罹病しやすいとされる(本間ら 2017).現地栽培試験,Cd 汚染土壌を用いたポット試験の結果から「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は「コシヒカリ環 1 号」と同様に原品種よりも Cd および Mn の吸収が抑制されていたことから,ごま葉枯病の発生要因は osnramp5-2 を導入した影響と推察される(表 7表 8).ごま葉枯病は砂質土壌で地力の低いいわゆる秋落田で発生しやすく,新潟県(2015)の報告では Mn 欠乏によるごま葉枯病の発生を抑制するため,土壌中の易還元性 Mn 濃度が 50 mgkg-1以上を保つことを目標とし,50 mgkg-1 未満の圃場には Mn 過剰症に注意しながら,Mn 含有が 20~30%の肥料を 10 a 当たり 40 kg の割合で 3 年程度連用する対策と示している.「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」は土壌中の易還元性 Mn 濃度の影響を一般品種よりもさらに受けやすいため,「ふくひびき環 1 号」,「えみのあき環 1 号」を栽培する際は土壌中の易還元性 Mn 濃度に留意し,土壌中の易還元性 Mn 濃度が低い場合には,新潟県の指針を参考にした Mn 資材施用や薬剤防除によってごま葉枯病の発生を未然に防ぐことが重要である(表 11).

また,2014 年と 2016 年にコーデックス委員会(CAC)においてコメ中の無機 As 濃度に関する国際基準値(精米:0.2 mgkg-1,玄米:0.35 mgkg-1)が策定された(CAC 2014, CAC 2016安部ら 2017).日本国内におけるコメ中の無機 As 濃度に関する基準値は未だ策定されていないものの,今後コメ中の Cd 濃度だけでなく,無機 As 濃度についても抑制対策が求められる.しかし,Cd は好気的な条件においてイネへの吸収が促進される一方で,As は嫌気的な条件において吸収が促進され,両元素間にはトレードオフの関係が成り立っている.そのため,水管理などの耕種的方法のみによる両元素の吸収抑制は難しい(Arao et al. 2009安部ら 2017).Ishikawa et al. (2016)の報告では「コシヒカリ環 1 号」と水管理の組み合わせによって Cd と As の吸収を同時に抑制する栽培方法を紹介している.水管理に関しては中干し以降,落水期間(2~7 日間,土壌の性質による)を長めにしながら土壌の乾湿を繰り返す間断灌漑法を基本とし,この水管理を出穂後 10 日間以外は収穫 1 週間前まで繰り返すことで,As が低減できる。このような土壌が酸化的になる水管理では土壌からの Cd 溶出が促進されるが,「コシヒカリ環 1 号」は過去の試験では Cd をほとんど吸収しなかったため,慣行栽培に比べ,より好気的条件でイネを生育させることができ,さらに無機 As の吸収を抑制することが可能となる.「ふくひびき環 1 号」および「えみのあき環 1 号」は「コシヒカリ環 1 号」と同様に osnramp5-2 を保有するため,「コシヒカリ環 1 号」の普及が難しい地域における代替品種として導入が可能であり,Cd だけでなく,コメ由来の As 摂取量の抑制にも貢献することが期待できる.

謝辞

本品種の育成は主に農業・食品産業技術総合研究機構の運営費交付金,農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業,生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」(JPJ007097)の支援を受けて行った.本品種の育成にあたっては,耐病性等の特性検定試験,系統適応性試験および奨励品種決定基本調査,現地栽培試験の実施について農研機構の関係機関並びに府県の関係者のご協力をいただいた.東北第 3 業務科の各位には圃場管理,調査にご尽力いただいた.深く感謝する.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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