2025 年 2025 巻 20 号 p. 11-
メタン発酵は,嫌気性微生物の働きを利用して,家畜排せつ物,食品廃棄物,汚泥等の有機物から再生可能エネルギー源であるメタンを主成分とするバイオガスを取り出す技術である.得られるバイオガス(メタン)を回収し,化石燃料の代替として発電機やボイラーの燃料に利用することにより,電気や熱を生み出すことができ,温室効果ガス(GHG)の排出抑制に寄与する.一方,発酵残渣である消化液は窒素,リン酸,カリ等の肥料成分を含むため,化学肥料の代わりに利用できる.本報では,消化液の肥料としての特徴や現在の研究動向等について整理する.
Methane fermentation is a technology used to produce biogas, a renewable energy source mostly containing methane, from organic matter such as livestock waste, food waste, and sludge through biological activity in an oxygen-free environment. The obtained biogas can be used as a fossil fuel alternative fuel for generators and boilers to generate electricity and heat, thereby contributing to reducing greenhouse gas (GHG) emissions. Additionally, the digestate can replace chemical fertilizers because they contain components such as nitrogen, phosphorus, and potassium. This paper summarizes the characteristics of digestate as a fertilizer and the current research trends.
メタン発酵は,嫌気性微生物の働きを利用して,家畜排せつ物,食品廃棄物,汚泥等からメタンを主成分とするバイオガスを取り出す技術である.得られるガスを発電機やボイラーの燃料に利用することにより,化石燃料使用量を削減し,温室効果ガス(GHG)の排出抑制に寄与する.また,メタン発酵では,バイオガスを回収した後に,図1に示すような消化液が原料とほぼ同量生成される.消化液は,窒素,リン酸,カリ等の肥料成分を含み,化学肥料の代わりに利用できる有機質肥料であることから,近年では「バイオ液肥」とも呼ばれている.消化液を地域で適切に利用することができれば,図2(中村 2020)に示すように,再生可能エネルギーの生産に加え,地域に賦存する資源を有効利用する循環型社会の形成や温室効果ガス排出量の削減に貢献できる持続可能性の高い取組となる.また,消化液を液肥として利用することは排水処理することに比べて低コストである(浅井 2020)ため,消化液を散布可能な農地が多い農村地域においては,液肥利用は有力な選択肢である.
このように消化液の利用は様々な利点があるが,化学肥料に比べて濃度が薄く,嵩張るため,消化液の耕種農家への普及は難しいと考えられてきた.また,1970年代のオイルショック時など何度かメタン発酵ブームは起こるものの,普及が進まなかった要因の一つは,消化液の利用が進まなかった点にあると言われている.
しかしながら,2000年以降,メタン発酵の環境保全効果が評価され始め,消化液を液肥として有効活用するための取組が各地で行われるようになってきた.その動きに併せて,消化液に関する研究も行われ,消化液の肥料としての特徴や環境保全的な利用方法,消化液のメタン発酵施設から圃場までの輸送や圃場での散布作業のモデル化など,実践的な研究も行われ,その成果が取りまとめられている(畜産環境整備機構 2013,中村 2013,農研機構 2014,一般社団法人日本有機資源協会 2023).また,消化液を現場で利用するための様々なノウハウの蓄積が進んできた.さらに,近年では,脱炭素社会実現を目指す,世界的な動きの中で,農林水産省が策定し,地域資源の最大活用,脱炭素(温暖化防止),化学肥料使用の抑制を目指す,みどりの食料システム戦略(農林水産省 2021)の具体的な取組の一つとして,「バイオ液肥(消化液)の活用による地域資源循環の取組推進」が記載されている.
本報では,消化液の肥料利用について,肥料としての特徴,現場での利用状況,現在の研究動向等について述べる.
近年,メタン発酵施設の導入件数が増加し,それに伴い,乳牛ふん尿だけでなく,食品廃棄物や汚泥など,多様な原料の消化液の利用が進んでいる.また,乳牛ふん尿を原料とした消化液については,近年,北海道を中心に消化液を固液分離して,固形分(麦稈が主体)を家畜飼養の敷料として利用し,液分を液肥利用する事例が多くなっている.それらを踏まえ整理された,13種類の消化液の肥料成分濃度等を表1に示す(中村ら 2024).
消化液の全窒素濃度,アンモニア態窒素濃度はそれぞれ0.23~0.48%,0.14~0.26%の範囲で,全窒素の50~62%が速効性の肥料成分であるアンモニア態窒素で,残りが有機態窒素である.消化液によって濃度に多少の違いがあるが,窒素の組成については原料の種類による明確な傾向は見られない.消化液の全窒素やアンモニア態窒素に大きな差がない要因としては,原料そのものの窒素濃度の影響に加えて,メタン発酵の運転管理の影響もあると考えられる.メタン発酵に関与する微生物は,アンモニア態窒素が高まると活性が低下し,発酵が不安定化する(野池 2009)ため,発酵槽内はアンモニア態窒素が高濃度にならないようにコントロールされている.そのため,一般的には,消化液のアンモニア態窒素も通常は0.3%を超えるような高濃度にはならないことが多い.一方,近年,アンモニア態窒素が0.4%に近い消化液の事例も報告されており(国内肥料資源流通促進支援事業 2023),液肥利用の効率性を優先し,高めのアンモニア態窒素濃度で運転しているメタン発酵施設もあるようである.
また,消化液に含まれる窒素の約半分を占める有機態窒素は,土壌施用後に無機化し,肥料効果を発現する可能性がある.土壌施用後の有機態窒素の無機化特性を把握するため,原料の異なる4種類の消化液に対して行った培養試験(供試土壌:アロフェン質黒ボク土を用いた畑地条件,土壌水分:最大容水量の60%,温度:30℃)の結果を図3に示す(中村ら 2024).図3は,消化液由来窒素の無機態窒素率(消化液由来全窒素に占める無機態窒素の割合)の推移である.消化液により多少の違いがあるが,全体的な傾向として,時間が経過しても無機態窒素率の上昇幅は小さいことがわかる.また,宮城県農業・園芸総合研究所,宮城県古川農業試験場(2024)は,食品廃棄物を原料とした消化液について同様の無機化試験を実施し,同様の結果を報告している.以上のことから,消化液由来有機態窒素の土壌施用後の無機化量は限定的であると言える.
消化液由来全窒素に占める無機態窒素の割合を示している.
メタン発酵過程では有機物分解が進み,それに伴いタンパク質等の有機態窒素の無機化が進む.消化液はメタン発酵過程を経ており,含まれる有機態窒素は難分解性のものが主体となるため,土壌施用後の無機化量が限定的となると考えられる.以上より,原料の違いによって,消化液中の窒素の組成や窒素肥効に大きな差はなく,消化液は共通して,アンモニア態窒素基準での施肥設計が可能であると考えられる.
また,消化液に含まれるリン酸は,原料を問わず,その8割は作物にとって利用可能なリン酸の指標であるク溶性リン酸,6割は水溶性リン酸という結果が報告されている(坂本ら 2022).
一方,原料による違いが見られるのは,窒素,リン酸,カリのバランスである.乳牛ふん尿を原料とした消化液は窒素,リン酸に対して,カリ濃度が高い.そのため,十勝地方では,土壌中の交換性カリが70 mg/100gを超えた場合には消化液の使用を控えることなどが提案されている(北海道十勝総合振興局産業振興部農務課十勝農業改良普及センター 2023).食品廃棄物を原料とする消化液については,窒素(アンモニア態窒素)に対して,リン酸,カリ濃度が低め,また,汚泥を原料とする消化液については窒素,リン酸に比べてカリ濃度が特に低いという特徴が見られる.
有機物についても原料による差が見られる.乳牛ふん尿を原料とする消化液,特に,固液分離を行っていない消化液はVS(600℃で揮散する物質の割合(有機物含有率の目安))が高く,有機物施用による土壌改良効果が相対的に大きい.それに対して,食品廃棄物や汚泥を原料とした消化液は相対的に有機物含有量が少なく,有機物施用の効果が小さいと言える.
前述の通り,消化液に含まれる窒素の約半分がアンモニア態窒素,残りが有機態窒素である.消化液中のアンモニア態窒素は,条件によっては施用後,その一部がアンモニアとして揮散する.アンモニア揮散とは,液相(土壌溶液,地表水,あるいは固形物に含まれる水分)中のアンモニア態窒素の一部が水素イオンアンモニアに解離し,そのアンモニアが界面を通じて液相から気相に拡散する現象である.アンモニア揮散速度は,液相のアンモニア態窒素濃度,液相のpH,温度,風速等多くの因子の影響を受ける(林 2011).消化液のように,アンモニア態窒素を多く含み,pHがやや高い液体は,アンモニアとして揮散しやすい.また,アンモニアは悪臭物質であるとともに,呼吸器疾患の原因物質や水域の富栄養化・酸性化を引き起こす環境負荷物質であり,多量に揮散すると,環境に負荷を与えるとともに,肥料成分である窒素分のロスにつながる.
消化液を土壌表面に施用すると,アンモニア態窒素の一部が揮散し,速効性の肥料成分が損失し,揮散量は施用後数時間が特に多いことが報告されている.一方,消化液施用後速やかな土壌との混和(耕起),溝切り施用(溝を掘って消化液を施用し覆土する方法)では表面施用に比べてアンモニア揮散量がはるかに少ないことを報告している(徳田ら 2010,中村ら 2012).また,スラリーインジェクターによる土中施用もアンモニア揮散を抑制できることが報告されている(住田,澤村 2003).これらの方法を採用することにより,消化液中のアンモニア態窒素の大部分が肥料として利用可能である.
一方,消化液施用直後の混和や土中施用を行わない場合には,揮散による窒素の損失が多いことを考慮した施肥設計が必要である.ただし,アンモニア揮散量は,液相のpH,温度,風速等多くの因子の影響を受けるため,揮散量の予測が難しい(図4).
表面施用時のアンモニア揮散量は風速,気温,施肥から耕起までの時間等により左右される.
黒ボク土の畑地に消化液を表面施用した時の様子を図5に示す.消化液を多量に施用すると,消化液が土壌に浸透し切らずにくぼ地に流れて施肥ムラを生じたり,施用後の耕起作業に支障をきたしたりするため,一度の施用量は5~6 t/10a程度が上限であると言われている(中村 2013,宮城県農業・園芸総合研究所,宮城県古川農業試験場 2024).アンモニア態窒素が0.2%の消化液の場合,5 t/10a施用すると10aあたり10 kgの窒素が施用されることになる.水稲や麦などの施肥量の少ない作物の場合には,その量を一度の施用することができるが,野菜などの施肥量が多い作物は,消化液に加えて,不足分を化学肥料等で補充する対応が必要となる.
施用後のアンモニア揮散と施用上限を考慮すれば,化学肥料代替肥料として利用可能であり,栽培試験により消化液の肥効を確認した報告も多い(例えば,徳田ら 2010,上岡,亀和田 2011,義平ら 2011).
左:4 t/10a,右8 t/10a 施用.
消化液は,化学肥料とは異なり,肥料成分濃度が低く,液状であるため,一般的な耕種農家が所有している機材では散布を行うことができない.そのため,多くのメタン発酵事業者は,消化液輸送・散布用の機材を用意して,散布サービス込みで消化液を耕種農家に提供している.
消化液の一般的な利用プロセスを図6に示す.北海道とその他の地域で,異なる機械が使用されている.北海道ではタンク容量が20~30 m3程度のスラリータンカーを大型のトラクターで牽引してメタン発酵施設から圃場まで消化液を輸送し,そのまま散布を行うことが多い.一方,北海道以外の地域では,消化液はバキュームカーなどで圃場まで輸送し,液肥散布車に移し替えて,液肥散布車が散布を行う方法が一般的に採用されている.1台の液肥散布車に対して複数のバキュームカーを用意して,消化液をピストン輸送する体制がとられる.
消化液は,消化液貯留槽で一度貯留された後,地域の需要に合わせて利用される.北海道では雪解け後の春先,本州の水田地帯では水稲の基肥時期に需要が多い.また,寒冷地では冬季に散布することが不可能なため,半年分の容量の貯留槽を有する施設もある.また,消化液を広域に散布している地区では,圃場が集中する地区に何か所か中間貯留槽を設置している事例もある.散布が少ない時期には中間貯留槽に消化液を運搬しておいて,散布が集中する時期の消化液輸送距離を短縮することにより,散布効率の向上を実現している.
現在,全国的に実施されている消化液の散布方法は,専用の散布機械を使用する機械施用と,主に水稲の追肥として行われる流し込み施用(かんがい水とともに水口から流し込む)の2つが挙げられる.専用の散布機械としては,北海道ではトラクター牽引方式のスラリータンカーが,本州では改良型のスラリースプレッダー(スラリースプレッダーの液肥吐出口に塩ビパイプを加工したものを接続し,下向きに均等に液肥を吐出させる方式)がよく用いられ,いずれも消化液を土壌表面に施用する方式である.
流し込み施用は,圃場や用水の条件に影響を受ける.田面が均平でない圃場や用水量が少ない圃場では消化液が均等に広がらない.また,流し込み施用に必要な時間は用水量に依存する.水路が広く,用水量が十分に確保できる場合には,バキュームカー1台分の消化液を流し込むのに必要な時間は15分程度であるが,水路が狭く十分な水量が確保できない場合,3時間以上かかるような事例もある(大土井 2021).
消化液の利用は,2000年頃までは牧草地への散布を中心として取り組まれている例が多く,水田や畑地での利用は限定的であり,一般的に耕種農家の消化液に対する認知度が低い.そのため,利用促進には丁寧な対応が必要となる.消化液の利用の先進地域においては,普及促進のための様々な取組が行われてきた.例えば,消化液に特化した栽培暦の作成,栽培試験及び見学会の開催,サンプルの配布,パンフレット等による情報発信,液肥利用者協議会(消化液の利用技術の普及や利用調整等を行う組織)の設立など,耕種農家が消化液を利用しやすくする工夫が行われている.また,近年では,消化液を地域で有効利用するための取組を支援する農林水産省の事業もあり,栽培試験や研修会のための経費が補助の対象となる.
消化液は,メタン発酵施設ごとに生産されるので,その普及促進のための取組もメタン発酵施設の運営をしている事業者,市町村ごとに実施されることが多かったが,メタン発酵施設が増えて,消化液が一般的になってきた地域においては,普及組織や公設試験場が農家向けに資料(例えば,北海道十勝総合振興局産業振興部農務課十勝農業改良普及センター 2023,宮城県農業・園芸総合研究所,宮城県古川農業試験場 2024)を作成するなど,地域としての取組が行われ始めている.また,消化液の液肥利用の先進事例を紹介した資料(国内肥料資源流通促進支援事業 2023)も作成され,従前よりは消化液利用に取り組みやすくなってきている.
消化液は,現在表面施用が主流であり,施肥量の少ない,牧草や水稲では大きな問題なく活用されている.一方,みどり戦略で示されている通り,将来的にメタン発酵施設が増加し,消化液の発生量が増加すると,より積極的に畑作での利用を進める必要性が生じてくる.多様な種類・作型があり肥料施用時期の分散が図れる畑作への利用を進めることで年間を通じた消化液の利用を平準化することができ,一部の農地への過剰施用を回避し,地域の窒素循環の健全化にも貢献できる.
しかしながら,すでに述べたように,従来の表面施用では消化液の肥料成分であるアンモニアの揮散率が高いため,窒素施肥量を多くすることができず,牧草や水稲などと比較して施肥量が多い畑作物に対しては十分な窒素を施用できなかった.このような状況を受け,筆者らは,アンモニアの揮散を抑制して,消化液を土中に施用でき,低コストで導入できるスラリーインジェクター2機種(大型,小型)を開発した.
大型インジェクターは,北海道の畜産農家が一般的に所有している,スラリータンカーに後付けするタイプのインジェクターである.トラクター後部の三点リンクに本機を接続して,その後方にスラリータンカーを配置して挟む形で利用する(図7左).消化液を土中施用する部分は,土中に空洞を形成する刃(空洞形成刃),消化液注入部,土壌を転圧するローラーから構成される(図7右).大きな空洞を成形する改良された刃により,多量施用時でも安定的に施用可能である.
大型インジェクターは,空洞形成刃の種類を変え,土中に大きさや形状の異なる空間を形成することにより,消化液を施用量3~8 t/10aの範囲で土壌中に施用することができる設計となっている.実際に5 t/10aの条件で消化液を施用して,想定通り,深さ10~20 cmの位置を中心に施用できることが確認できた.また,インジェクターで消化液を土中施用した場合,消化液が表面に露出することなくほぼ全量を土中に施用できるので,アンモニア揮散量はほぼゼロになる.
小型インジェクターは,既存の農地排水改良用全層心土破砕機(北川 2020)をベースとしたインジェクターである.機械上部に約200または300 L容量のタンクを2基積載し,機械下部に1~3連で配置したV字の心土破砕刃で作成した溝内にタンク内の消化液を注入できる構造を有する(図8).小型インジェクターでは,破砕刃の後方の土中に空間を作り,消化液を表面露出させずに施用することができる.土中に空間が作られることや土壌を破砕することで土壌が膨軟化して吸水性が高まることにより,施用量3~10 t/10aの範囲で消化液を土中施用できる.既存の農地排水改良用全層心土破砕機にタンクと配管を追加した構造のため,一般的なインジェクターと比較して低コストである.また,同機をベースにしているため,消化液の施用を行わないときは,農地の排水改良用機械として利用することも可能である.
小型インジェクターを用いて10aあたり8.85 t消化液を土中施用した場合と表面施用した場合の施用直後の様子を図9に示す.表面施用区では土壌表面に水たまり状に消化液の液面が露出しているのに対して,インジェクターを用いた土中施用区では,消化液の大部分が土中に施用できた.土中施用区では極力土壌表面に近い作土層への施用を試みたため消化液の一部が表面に染み出ているが,表面施用区とは異なり消化液の液面が露出しておらず,施用後のアンモニア揮散が抑制できている.
左:小型インジェクターによる土中施用施用,右:従来の表面施用.
土中施用区の土壌断面における土壌の電気伝導度(EC,消化液の施用位置の指標)の分布(無施用区の同深度の数値を差し引いた消化液由来のECの値)を図10に示す.上が施用直後,下が施用11日後である.なお,施用5日後に耕起作業を行っており,施用後11日間の降雨量は73 mmであった.施用直後はV字刃の下端周辺を中心にECが高くなっており,施用された消化液がV字刃によって形成された空洞に沿って土壌層内に入り,V字刃下端の深さに多くの消化液が施用されたことが示された.また,施用11日後では,一部で高いECを示す部分があるものの,極端に低い値を示す部分もなく,施用直後より作土層内のEC値のばらつきが小さかった.つまり,インジェクターでの施用とその後の耕起作業により,消化液を作物が利用しやすい作土層内で比較的均一に施用できることが示された.一方,深さ20 cmより深い位置では一部を除きECが低かった.このことは施用後に70 mm程度の雨が降ったとしても,施用された消化液由来成分が表層にとどまっていることを示唆している.
一方,簡易型の散布車両で低コスト化を目指す研究も行われている.レンタルが可能な建設機械のキャリアダンプや中古の農業機械のクローラー部分に樹脂製のタンクを設置した散布車両(大土井 2021),畝間に施肥可能な運搬車にローリータンクとエンジンポンプによる散布装置を載せて,遠隔操縦で散布できる安価な装置(古橋 2023)等の開発も行われている.
数値は,施用区の値から無施用区の同深度の値を差し引いた値,すなわち消化液由来と推定される値を示している.
消化液は,化学肥料に比べて肥料成分濃度が低く,貯留や運搬の負担が大きいため,濃縮技術への期待も大きい一方,実現に向けては課題も多い.例えば,前述の通り,排水処理であれば5000円/tで処理できるので,それ以上のコストをかけることができない.また,単純に濃縮して減容化できればいいというわけではなく,生成された肥料が使いやすいものでなければならない.生成された濃縮肥料に対応可能な散布機械があるか,濃縮肥料の窒素,リン酸,カリのバランスなどが重要な視点となる.さらに,濃縮技術には副生成物が発生する場合があり,それが現実的なコストで処理・利用できるかもポイントとなる.
このように課題もあるが,液分に蒸留処理を適用して凝縮水を時間差で回収することで液分中のアンモニア態窒素を濃縮した凝縮液と清浄な水に分離する方法(山岡ら 2007),消化液を固液分離した後の液分から全還流蒸留によってアンモニア態窒素を抽出してバイオガス中の二酸化炭素と化合させて固形物として回収する技術(山岡ら 2010),メタン発酵施設からの余剰廃温水活用と消泡剤添加量抑制により効率化した減圧式濃縮技術(シン・エナジー株式会社 2024),膜分離,電気透析等を組み合わせて窒素・リン・カリウムの肥料成分を分離濃縮回収する技術(矢部 2022)などの技術開発が進められている.
3.消化液の肥料以外の利用上記のように,様々な工夫により消化液の利用拡大に向けた取組が行われているが,地域によっては消化液量に対して農地面積が小さい場合もあるため,液肥以外の利用方法も検討されている.その一例としては,微細藻類の増殖に必要な栄養塩として利用する研究(佐藤ら 2019,遠藤 2021))や消化液とセメントを混合した「海洋肥沃化ペレット」により,近年,貧栄養化により,漁獲量が減少している海域の肥沃化方法の開発を目指す研究などが行われている(広島大学 2022).
本報では,消化液の肥料利用について,肥料としての特徴,現場での利用状況,現在の研究動向等について整理した.消化液の肥料効果は明らかになっており,現場での利用も少しずつ進んでいる.一方,現状では牧草地や水田(基肥としての利用が主)での利用が中心であり,畑地や追肥の場面では効率的な利用に課題がある.そのため,それに対応した技術が開発・実用化され,消化液利用がさらに拡大すれば,地域の健全な資源循環が実現するとともに,メタン発酵の導入も進み,地域の脱炭素化につながる.
本研究は,農林水産省農林水産技術会議事務局の農林水産研究推進事業(脱炭素型農業実現のためのパイロット研究プロジェクト)(JPJ009819)の成果の一部です.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.