2025 年 2025 巻 20 号 p. 31-
畑土壌可給態窒素は微生物による分解を介して徐々に作物が利用できる無機態窒素を供給することから重要な土壌肥沃度の指標である.生産現場での施肥設計の際,可給態窒素の肥効を可視化できれば,その肥効を考慮した適正施肥の実現が可能となる.可給態窒素の肥効を可視化するためには,土壌の可給態窒素量はもとより,土壌の種類,土壌温度等の土壌情報が必要である.日本土壌インベントリーには,「畑土壌由来の可給態窒素見える化アプリ」が実装されている.本アプリでは,アプリ利用者が指定する位置情報,圃場土壌および地域の標準的な可給態窒素量,作物栽培期間および標準窒素施肥量からデジタル土壌図を用いて土壌の種類および作物栽培期間の土壌温度データを自動的に取得し,可給態窒素の肥効を算出するとともに,標準窒素施肥量から可給態窒素の肥効相当量を差し引くことで,適正な窒素施肥量を算出することが可能である.本アプリを利用し,可給態窒素の肥効可視化による適正施肥実証試験を全国13県の公設試験場と連携して行っている段階である.
Available soil nitrogen is an important indicator to understand the soil fertility of upland fields. Visualization of the fertilization effect of available soil nitrogen is essential for planning the appropriate fertilization. Soil type and soil temperature are required to visualize of the fertilization effect of available nitrogen. These soil data can be searched from the digital soil map, which is stored in the Japanese Soil Inventory system. The visualization application tool for the fertilization effect of available soil nitrogen in the Japanese Soil Inventory system can calculate the fertilization effect using the input data of the test site location, standard fertilizer recommendation rate, and the content of available soil nitrogen. Using this application, we are in the process of conducting a demonstration test of appropriate fertilizer application by visualizing the fertilizer effect of available soil nitrogen in collaboration with public research institutes in 13 prefectures across the country.
化学肥料か有機質肥料かを問わず,農地への肥料成分の過剰施用は無駄に生産コストを引き上げるばかりでなく,過繁茂等による生産性低下,温室効果ガスの過剰排出,肥料成分の地下水溶脱等を介した水圏生態系への悪影響を引き起こすことが知られている.そのため,コスト削減を含めた生産性向上および環境負荷の低減を図るためにも,生産現場では土壌診断に基づく適正施肥が求められている.
土壌診断の重要項目の一つとして可給態窒素が挙げられる.可給態窒素は主に微生物による分解(無機化)を経て植物に吸収される有機態窒素が主体であり,土壌の作物生産力を左右する重要項目であることから,所謂地力窒素ともよばれている.この可給態窒素は従来から土壌肥沃度の指標値として用いられ,地力増進基本指針においては普通畑の場合,乾土100 g当たり5 mg以上という目標値が設定されている.
畑土壌中の可給態窒素の分析方法が簡便・迅速化され(上薗ら 2010, 2012),生産現場においても土壌中の可給態窒素レベルに応じた窒素施肥量が自治体などによって設定される事例が増えてきた(北海道農政部 2020,鹿児島県農業開発総合センター 2020).また,肥料原料価格の高騰に伴い化学肥料を削減するための方策として,可給態窒素の肥効効果を可視化する需要が増えており,鹿児島県農業開発総合センターでは,秋冬露地野菜に対する土壌の可給態窒素レベルに応じた窒素施肥量を簡易算出するための「窒素施肥量算出シート(パックちゃん)」を2020年に公開した.2021年に農研機構は鹿児島県農業開発総合センターと連携して,パックちゃんのWEB型アプリである「畑土壌由来の可給態窒素見える化アプリ」を開発して「日本土壌インベントリー( https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/)」上で公開した.本ミニレビューでは,このWEB型アプリの可給態窒素の肥効可視化スキームおよびアプリ使用法について紹介し,今後の研究展開の一例として,可給態窒素の肥効可視化による適正施肥実証試験の内容についても紹介する.
土壌中の可給態窒素の大部分は有機態窒素であるため,作物は可給態窒素を直接的に利用することができない.そこで,可給態窒素の肥効を計算するためには,先ず有機態窒素が微生物によって無機化される速度を下記の式に当てはめて算出することから始める.
可給態窒素の無機化量(N)は単純型反応速度式(古江,上沢 2001)により算出される.
N=N0{l-exp(-k*t)} + A
k=B・exp(-Ea/RT)
(N0:可給態窒素量,k:無機化速度定数,t:時間,Ea:活性化エネルギー,R:気体定数,T:絶対温度,AおよびB:定数)
なお,無機化速度定数(k)は無機化の速さを示し,活性化エネルギー(Ea)は無機化速度の温度依存性を示す.なお,鹿児島県農業開発総合センターが公開している「パックちゃんVer. 6.3」では,土壌の種類を黒ボク土か非黒ボク土かの二通りに分けて活性化エネルギー(Ea)が設定されている.
上記の式から土壌中での可給態窒素の無機化は,土壌の種類によって2パターンに分けられるが,土壌温度が高くなると可給態窒素の無機加速度は速くなるということが示されている.
WEB型アプリによる畑土壌中の可給態窒素の肥効可視化および適正施肥量算出スキームを図1に示した.アプリ利用者が準備するデータは「調査地点の位置情報」,「作物栽培期間」,「圃場の可給態窒素量」である.また,標準施肥量を考慮する上で参考とされている「標準的な可給態窒素量」として3 mg/100g乾土がアプリのデフォルト値として設定されており,利用者側でその数値についても編集可能である.
1)調査地点の位置情報から,アプリ内のデジタル土壌図を用いて,その地点に分布する土壌が黒ボク土なのか非黒ボク土なのかが判定され,可給態窒素の無機化量算出のための活性化エネルギーが決定される.
2)調査地点の位置情報と作物栽培期間から,アプリ内にデータベースとして格納されている土壌温度推定値(農研機構 2019)が抽出される.
3)「圃場の可給態窒素量」と活性化エネルギーおよび土壌温度情報から圃場の窒素無機化量が算出される.同時に「標準的な可給態窒素量」と活性化エネルギーおよび土壌温度情報からその地域の標準的な窒素無機化量が算出される.
4)圃場の窒素無機化量と標準的な窒素無機化量との差し引きから減肥可能な窒素量(図1下段左の緑色で示した窒素量),もしくは増肥が必要な窒素量(図1下段右のオレンジ色で示した窒素量)が計算される.
日本土壌インベントリー上のアプリでは,操作画面を2つに分け,左画面にデジタル土壌図,右画面に計算条件を入力する操作パネルが配置されている(図2).
1)土壌図上で可給態窒素の肥効発現を予測したい地点を選択する.
2)選択地点の緯度経度情報から,その地点に分布する土壌が黒ボク土なのか非黒ボク土なのかが土壌図により判定される.
3)選択地点の緯度経度情報から,土壌温度を推定するために用いた気象官署もしくはアメダス地点の内,選択地点に近接するものが検索・表示される(地温・土壌分類として用いる地点).
4)標準窒素施肥量(目標収量を確保するために必要な窒素施肥量)を入力する.
5)圃場の可給態窒素量を入力する.
6)圃場中での窒素無機化量を面積あたりに換算するため,圃場の根域の深さを入力する.
7)標準的な可給態窒素量を入力する.
8)作物栽培期間(播種日と収穫日)を入力し,計算ボタンをクリックする.
9)肥効の計算結果は「あなたの圃場で畑土壌由来の可給態窒素を考慮した推奨施肥窒素(化学肥料窒素)量は,およそ○○㎏/10aです」と表示される.なお,推奨施肥窒素量は標準窒素施肥量から可給態窒素による肥効を差し引いた値として計算される.そのため,圃場の可給態窒素量が標準的な可給態窒素量を上回る場合は減肥,下回る場合は増肥として計算される.
2023年度から全国13県(岩手県,秋田県,茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,神奈川県,愛知県,兵庫県,山口県,長崎県,鹿児島県,沖縄県)の公設試験場と連携して,畑土壌の可給態窒素の肥効可視化による適正施肥実証試験と有機質資材の肥効可視化による化学肥料削減の実証試験とを同一圃場で並行して進めている.本実証試験の目的は,有機質資材の連用により可給態窒素量が増加するという仮説の下,有機質資材の投入により過剰な窒素溶脱が生じないレベルで化学肥料の使用量を持続的に低減できることを示すことである.また,本実証試験を通して得られるデータを解析することで,有機質資材の連用による畑土壌中の可給態窒素量の増減を予測するモデルの開発も進めている段階である.
本研究は生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」(JPJ007097)および生研支援センター「オープンイノベーション研究・実用化推進事業」(JPJ011937)において行った.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.