農研機構研究報告
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ミニレビュー
農地の生物多様性と生態系サービスを保全するための管理手法
片山 直樹 馬場 友希池田 浩明
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2025 年 2025 巻 20 号 p. 89-

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要旨

農業と生物多様性の関係は,地域や気候,栽培管理の在り方に応じて複雑に変化するが,その実態は近年の研究によって初めて明らかになったものも少なくない.そこで本論文では,農地で生物多様性および生態系サービスを高めることのできる取組についてのミニレビューを行った.水田では生物多様性を保全できる取組についての研究事例が豊富であり,有機栽培,特別栽培,冬期湛水,ビオトープや江の設置などが生物の種数や個体数を高めることが明らかになった.これらの成果にもとづいて,農研機構は生物多様性を調査・評価するためのマニュアルを開発した.畑地や果樹園では日本の研究事例は少ないが,世界的には有機栽培などで生物の種数が増えることが示された.しかし,有機栽培をはじめとする生物多様性を保全できる取組の一部は,収量とのトレードオフが見られた.近年では生物の持つ生態系サービスを強化することで,収量を減らさないもしくは増やす取組についての研究も増えつつあり,農業の持続可能性を高めるための研究が今後さらに必要である.

Summary

The relationship between agriculture and biodiversity is complex and varies according to region, climate and management practices, some of which have only been revealed by recent research. This paper presents a mini-review of initiatives that can enhance biodiversity and ecosystem services in agricultural lands mainly in Japan. There are many examples of research on initiatives that can increase species richness and abundance of wildlife in rice paddies, including organic farming, low-input farming, winter flooding, and the establishment of biotopes and small ditches. Based on these findings, the National Agricultural Research Organisation (NARO) has developed a manual for surveying and assessing biodiversity. Although there are much fewer cases of research in other croplands and orchards in Japan, global studies have shown that species richness can be increased by organic farming. However, organic farming and some of the initiatives have a trade-off with yield. In recent years, more research has been conducted on initiatives that do not reduce or even increase yields by enhancing ecosystem services provided by biodiversity, and more research is needed in the future to improve the sustainability of agriculture.

はじめに

農業は人類の食糧生産のために不可欠な営みであるが,農業の拡大と集約化は世界の生物多様性にとって最大の脅威となっている(Tilman et al. 2017).今後,人類が農業を含む土地の開発や気候変動への対策を取らない場合,2050年までに生物多様性の4~7割が消失し,生物多様性がもたらす生態系サービスも低下すると予測されている(Pereira et al. 2024).生態系サービスの貨幣価値は年間125兆ドルと推計されており(Costanza et al. 2014),天敵による生物防除や送粉などの調整サービスが低下することで食糧生産に悪影響をもたらす可能性が高い.日本での送粉サービスの貨幣価値は約4700億円と推計されており,これは日本の耕種農業産出額の8.3%に相当する(小沼,大久保 2014).生態系サービスを持続可能な形で利用し続けるため,私たち人類は持続可能性の高い農業や社会の実現を目指す必要がある.

農業と生物多様性の関係を正しく理解することは,持続可能な農業を実現するための重要な一歩である.一口に農業と言っても,生物多様性に与えるインパクトは多種多様である.例えば大規模集約的なアブラヤシの植林は,地域の種多様性を著しく損なう(Grass et al. 2020).一方,伝統的な農業は種多様性の維持に貢献しうる(Fischer et al. 2012).例えば,日本やアジアの中山間地で展開される小規模な水田農業は,生物多様性の維持に貢献してきた可能性がある(Koshida and Katayama 2018).このように農業と生物多様性の関係は,地域や気候,栽培管理の在り方に応じて複雑に変化するが,その実態は近年の研究によって初めて明らかになったものも少なくない.

そこで本論文では,農地で生物多様性および生態系サービスを高めることのできる取組についてのミニレビューを行った.研究事例の豊富な水田を中心としつつ,畑地と果樹園での事例も紹介した.日本の事例を中心としながら,海外の興味深い事例も紹介した.本論文はナラティブレビューであり,システマティックレビューではないが,日本の重要な事例をできるだけ紹介した.さらに水田については,農研機構が開発した生物多様性マニュアルについての解説も行った.

水田の生物多様性と生態系サービスを高める取組

水田は,日本を含むアジアを代表する農地である.日本の水田に出現する生物種は5000種以上も記録されており(桐谷編 2010),本来は自然湿地に生息していた種の代替的な生息地となっていることから,生物多様性の保全に関する研究が盛んに行われてきた.近年の日本中の文献を網羅したシステマティックレビューによると,農地の生物多様性を高めることができる取組は複数存在する(片山ら 2020).具体的には,有機栽培,特別栽培,冬期湛水,江の設置,休耕田ビオトープ,中干しの遅延(タイミングを後ろにずらすこと),魚道の設置,そして畔の粗放的な管理などである(図1).これらの取組は,在来植物,無脊椎動物,両生類,魚類および鳥類の種数や個体数を高めたというエビデンスが存在する.中でも,ビオトープと江の設置のような作付けをしない水域を設ける取組が,最も多くの分類群を増やすことができる.さらなる詳細は,片山ら(2020)をご覧いただきたい.現在,この成果は農林水産省による生物多様性保全の「見える化」の検討資料として活用されている( https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/c_bd/attach/pdf/231121-22.pdf,2024年11月8日参照).

図1. システマティックレビューによって明らかになった生物多様性保全に有効な八種類の取組と,5種類の生物群への保全効果

空欄は事例不足を示す.上向きの矢印は,取組によって種数や個体数が増えることを示す.濃い青色は,事例数が多く,十分に信頼できることを示す.

水田の生物多様性マニュアル開発とその経緯

農林水産省の「みどりの⾷料システム戦略」では,食料システム全体での環境負荷低減の取組や国民理解の醸成を促進するため,環境負荷低減の取組の「見える化」を推進している(農林水産省大臣官房 2021).その中で,「生物多様性の保全」の取組を等級ラベルで表示することで,生産者の環境負荷低減の努力が消費者に伝わり,消費者が農産物を選択できるようにしようとしている.このためには,農地における生物多様性の「見える化」を図る必要がある.また,水田景観における生物多様性は,農家がどのような栽培管理方法を採用するかによって大きく影響されることが知られている(片山ら 2020).したがって,生物多様性の「見える化」は,環境に配慮した農業の取組による生物多様性の保全効果を定量的に評価することで,農家が自らの取組による生物多様性の保全効果を実感できるようにする必要がある.

この考えに基づき,農業環境技術研究所(現:農研機構農業環境研究部門)が主導して,平成20-23年度に全国スケールで農地の生物調査を実施するプロジェクト研究を実施した.当時は,水田の生物多様性研究は調査地点数の少ない事例研究に留まっており,日本全国を網羅できる標準的な評価手法がなかった.全国を網羅する標準的な評価手法を開発するためには,全国スケールで同一の方法による調査を行う必要がある.また,水田に出現する生物種全種を調査するのは困難である.そのため,調査対象の生物を絞り込む必要がある.検討の結果,作物害虫の天敵生物など,農業に有用な生物を生物多様性の指標生物として選択し,それらについて同一の調査方法で全国スケールの調査を行った.調査結果に基づき,農家の取組による生物多様性の保全効果を指標生物によって評価する手法を開発し,その調査や評価の方法を「農業に有用な生物多様性の指標生物調査・評価マニュアル」(以降,旧マニュアル)にまとめ(農林水産省農林水産技術会議事務局ほか 2012),ウェブ公開した( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/shihyo/,2024年8月2日参照).本マニュアルは,取組ベースではなく,結果ベースの評価法である.このマニュアルは,三重県御浜町尾呂志地区の農業生産団体によって活用され,特別栽培米(化学農薬,肥料の半減を基本とする栽培)について生物多様性を評価し,その結果を示すシールを貼付して販売された(田中,馬場 2016).また,国(農林水産省 2019)や滋賀県(塚本ら 2016)の環境施策の効果検証にも活用された.

一方,この評価手法は指標生物がクモ類,昆虫類,カエル類で構成されるため,その訴求力に乏しい,調査の難易度が高いなどの問題点が指摘された.生物の保全をアピールして販売される米である「生きものマーク米」(農林水産省大臣官房政策課環境政策室 2010)のモチーフには様々な生物種が取り上げられているが,鳥類をモチーフとした米の小売価格が最も高く,事例数も多い(田中,林 2010田中,大石 2017).このことは,鳥類の訴求力が高いことを示している.また,鳥類の中でも水田を利用する鳥類はサギ類など大型の捕食性鳥類が多く,水田生態系における食物連鎖の上位に位置する(藤岡 1998亀田 2012).食物連鎖の上位種は,食物連鎖の下位種の安定な存続によって維持される.すなわち,水田の食物連鎖の頂点に位置するサギ類を指標生物とすることで,水田を利用する広範囲の動植物が維持されているかどうかを包括的に評価することが可能になる.したがって,鳥類を保全する効果を評価する手法が開発できれば,より訴求力は高く,より包括的な評価が実現し,前述の評価手法を発展させることができる.このような考えで,平成25-29年度に新たな全国スケールのプロジェクト研究を実施し,鳥類を指標化して水田の生物多様性保全効果を評価する新手法を開発した.この評価手法も,調査方法と合わせて「鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル」(以降,新マニュアル)として刊行し(農研機構農業環境変動研究センター 2018),ウェブ公開( http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/080832.html,2024年8月2日参照)している(図2).

本稿では新マニュアルの特徴を紹介するが,マニュアルにおける指標生物の選定方法,過程などの詳細は池田(2020)で解説しているのでそちらを参照していただきたい.

図2. 新マニュアルの表紙

新マニュアルの特徴

指標生物の選定については,プロジェクト研究を開始する前から「鳥類を指標化するのであれば,鳥類のみを指標生物として調査・評価する手法が適切ではないか」という議論があった.しかし,鳥類は行動範囲が広く,水田の利用は採餌や休憩など,一時的な利用に留まるため(Tojo 1996藤岡 1998片山ら 2015),鳥類のみの調査・評価では不確実性が高いと考えられた.このため本手法では,鳥類より行動範囲が狭く,水田に安定して生息する生物を指標生物の候補に含めて調査することとした.具体的には,捕食性鳥類であるサギ類,サギ類の餌となる魚類,旧マニュアルの指標生物であるクモ類,昆虫類,カエル類,新マニュアルで新たに指標生物とされた植物(水田内と畦畔)を指標生物候補種として調査した.

新マニュアルでは,環境に配慮した農業の取組によって増えることが統計的に確認できた生物を積極的に指標生物として選択した.環境に配慮した農業の取組の中でも,栽培方法(慣行,特別,有機栽培)の変更を伴う取組を重視した.多くの生物種で,栽培方法が個体数や種数に対して有意な影響を及ぼすことが報告されている(Katayama et al. 2019a).したがって,栽培方法によって変動しやすい生物種の多寡が生物多様性(個体数の多さや種多様性)の指標になると考えた.また,生物多様性条約事務局が全球的な生物多様性の状況をまとめた最新の報告書「Global Biodiversity Outlook 5」(Secretariat of the Convention on Biological Diversity 2020)では,農地における生物多様性の減少傾向が現在も継続していることが報告されているため,新マニュアルでは絶滅危惧種などの希少種を加点する仕組みを導入した.

生物調査は,全国の水田地帯の中から気象条件と景観構造を考慮して,山形県(これ以降,山形),石川県,福井県(これ以降,北陸),茨城県,栃木県(これ以降,関東),愛知県,滋賀県(これ以降,滋賀),兵庫県(これ以降,兵庫),福岡県(これ以降,九州)からなる6地域で実施した(図3).これらのうち,兵庫は低山地台地景観の水田を主体とするが,それ以外は平野部平地景観の水田である.これらの地域で,地域ごとに環境保全型農業(有機,特別栽培)の水田が卓越する「保全地区」と,慣行栽培が卓越する「慣行地区」とがペアになるように調査地区を選定し,各区から複数の水田を選び,調査地とした.調査は指標生物候補種について,統一した方法で3年間実施し,その統計解析の結果に基づいて地域別に指標生物を選定した.統計解析の結果は地域によって異なったため,地域ごとに指標生物も異なる評価手法となった.また,調査の難易度を改善するため,生物種を同定する知識がなくても調査できるように識別点をわかりやすく図解するとともに近縁種を含む指標生物にした.クモ類は旧マニュアルで調査対象であったコモリグモ類を指標生物から外し,アシナガグモ類のみで評価するようにした.

図3. 調査地域とその景観タイプ

図4は関東地域の指標生物とその調査方法を示している.関東地域の指標生物は,サギ類または魚類のどちらか1種類(個体数),アシナガグモ類またはトンボ類のどちらか1種類(個体数),指標植物(種数)の3種類を調査する.サギ類はフィールドスコープを用いた見取り調査,魚類はペットボトル製トラップを水田内に一昼夜設置する捕獲調査である.アシナガグモ類は圃場ごとに捕虫網による20回のすくい取り調査を2か所で行う.トンボ類は圃場ごとに畦畔ぎわ20 mの羽化殻または成虫の見取り調査を4か所で行う.植物は,圃場を1周する本田と畦畔の見取り調査を行う.以上を,推奨される時期に定められた回数の調査を行って,観察された個体数の合計値や出現種数に基づいてスコア(0点~2点)を求める(表1).このスコア化は生物多様性を評価する必須の作業で,このスコアが基礎点となる.次に,生物調査の過程で鳥類,カエル類,植物の希少種(国が指定した希少種だけで無く,調査を行った都道府県が指定する希少種を含む)が発見された場合,生物群それぞれでスコアに1点ずつ加点できることとした.この加点は,希少種の同定がある程度の専門的知識を要するため,必須ではない任意の作業である.また,同一の生物群(鳥類など)で希少種が多種発見されても,加点は1点までとした.したがって,希少種による加点は最大で3点となる.

図4. 関東地域の指標生物とその調査方法
表1.関東地域の水田における指標生物とその調査方法・評価スコア(基礎点)


これらの指標生物の中から1 種類を選んで調査する. §クモ類とトンボ類を合わせた指標生物の中から1 種類を選んで調査する.

新マニュアルでは,指標生物のスコアと希少種のスコアを合計した総スコアで生物多様性を総合評価する(表2).評価結果は,生物多様性の高い方からS,A,B,Cの4ランクとなり,ランクSとAの圃場は生物多様性が豊かで,現在の取組を維持することが推奨されるが,ランクBとCの圃場は生物多様性が低い状況にあるため,取組を改善することを推奨している.この評価方法を,プロジェクト研究の調査データに適用したところ,評価ランクによって有機栽培,特別栽培,慣行栽培という取組の違いを良好に判別できることが確認された(池田 2020).また,希少種についても,有機栽培と特別栽培の圃場の方が慣行栽培よりも希少種の出現する圃場の割合が高いことも確認された.さらに新マニュアルでは,生物群ごとに具体的な取組の改善策を示し,生産者や自治体が評価ランクを改善できるように配慮している.

表2.総スコアに基づく環境保全型農業の取組による保全効果の評価


水田の生態系サービスを強化する必要性

前述の生物多様性マニュアルを含めて,水田では生物多様性を計測し,保全するための様々な取組が既に実践されている.しかし,生物多様性を保全できる取組の多くは収量とのトレードオフが生じやすい.特に有機栽培は希少種を含む在来植物,クモ,トンボ,カエル類や水鳥類を増やす有効な手段だが,同時に稲の収量を減らす強害雑草や病気も増やしてしまう.その結果,慣行栽培と比較して収量が平均30%ほど低下することが報告されている(Katayama et al. 2019a).一方,特別栽培は在来植物とクモ類など保全できる種が有機栽培よりも限定されるが,収量減は平均15%程度である(Katayama et al. 2019a).その他の取組についてもデータを集める必要はあるが,多くの場合は収量が低下するか,収量を維持するための追加の手間がかかる.このため,有機栽培などの生物多様性を保全できる取組を普及させることは容易ではない.

収益面では,まず取組の実施そのものに必要な手間や経費については,環境保全型農業直接支払制度の係り増し経費を利用することが可能である.さらに生物多様性に配慮した取組を「生きものマーク米」として販売することで,平均20%の付加価値がつくことが知られる(Mameno et al. 2021, Tokuoka et al.2024).このような価格プレミアムによってある程度の収量減は補うことができるが,販売価格が高くなるために販路の確保などの課題もある.

そこで近年では,生物多様性の保全そのものを目的とする取組だけでなく,生態系サービスを強化することで生産性を維持もしくは高めることを目的とする取組にも注目が集まっている(Bommarco et al. 2013).そのような取組を「生態学的強化」という.例えば中国,タイ,ベトナムの水田では,畦に在来の蜜源植物を植えて寄生者を誘引し,害虫を防除させることで殺虫剤の使用量を70%に減らし,収量を5%増加,収益も8.5%増加させた(Gurr et al. 2016).日本でも,畦の草丈を10cmほど維持する高刈りや畦を麦わらで被覆することで,イネ科雑草およびそれを好む斑点米カメムシ類の密度を抑制し,天敵クモ類の個体数が増えることが報告されている(稲垣ら 2012).ただし高刈りは,セイタカアワダチソウなどの雑草を温存するデメリットもあるため,これらが優占する地域では注意が必要である(岩田ら 2021).またフィリピンの水田では,畦に鳥の止まり場を作ることで,捕食性の鳥類(モズやカワセミの仲間)を誘引できた事例もある(Horgan et al. 2017).このように農業に有用な生物を増やしつつ,農業に害をもたらす生物を低密度に抑える取組の有効性は,近年になって検証が進みつつある.しかし,まだ日本の水田生態系とその地域性を考慮した生態学的強化の手法は十分に検証されていない,もしくは知見が整理されていない.生きものに詳しくない農業者が活用するためには,今後さらに知見の集積と統合が必要である.

畑地と果樹園の生物多様性と生態系サービス

畑地や果樹園には,水田に生息する水鳥類,魚類,両生類や水生昆虫などの湿地性生物がほとんど生息していない.一方,畑地はヒバリなどの草原に暮らす種の一部が生息している(久野,出口 2021Kitazawa et al. 2022).果樹園は,果樹を栽培することで立体的な環境が形成されるため,森林や里山に生息する種の一部が生息している(Katayama et al. 2022).果樹園は,一般的には自然林や二次林よりも種多様性の低い環境であるが(Katayama et al. 2019b),剪定や草刈りなど一定のかく乱によって維持される環境を好む種の生息地になっている場合がある.例えば長野県内の一部のリンゴ園は,日本全体で400個体以下にまで減少してしまった絶滅危惧種アカモズの貴重な繁殖地となっている(Kitazawa et al. 2022).

欧州や北米の事例を中心とした全球規模のメタ解析によると,畑地や果樹園での有機栽培は生物の種数を30~40%ほど増やすことが示されている(Katayama et al. 2019b, Tuck et al. 2014).一方,日本の畑地や果樹園では生物多様性,特に希少種に配慮した栽培管理の有効性を検証した事例は少ない(Katayama et al. 2022).この主な理由は,水田と比較して日本の畑地や果樹園に生息する希少種が少なく,種多様性も低いためだと考えられる.ただし例えば露地ナス畑での有機栽培は,ヒメハナカメムシ類と植物上クモ類の生息数を増加させた(岩橋,山田 2013).ただし,ヒメハナカメムシ類の個体数には農薬などの局所的管理よりも景観要因が大きく影響している可能性もあり,必ずしも有機栽培によって個体数が増えるわけではない(馬場ら 2016).青森県のリンゴ園では,有機栽培によって昆虫食鳥類やササラダニなどの節足動物の多様性が高いことが報告されている(金子ら 2018Katayama 2016).岡山県のモモ園でも,有機栽培や特別栽培によって昆虫の種多様性が高まり,特にトビイロシワアリが栽培管理に対して敏感な指標種として有効だった(Sonoda et al. 2011).

しかし水田同様,畑地と果樹園での有機栽培も収量の低下や手間の増加により,普及は容易ではない.さらに希少種が少ないこともあり,日本の畑地や果樹園では生物多様性の保全よりも,生態学的強化のための研究が進められてきた.岩手県のキャベツ畑では,麦の間作と圃場の縁に花を植える取組を組み合わせた結果,ハナアブ幼虫などの天敵を増やし,モモアカアブラムシなどの害虫を減らすことに成功した(Uesugi et al. 2024).同県の玉ねぎ畑でも,麦の間作によってホソヒメヒラタアブ幼虫などの天敵を増やし,ネギアザミウマの個体数を抑制した(Uesugi et al. 2023).日本だけでなく全球規模のメタ解析でも,間作や圃場周辺の生息地の確保によって天敵や寄生者が増え,害虫が減ることは示されている(Rakotomalala et al. 2023, Yousefi et al. 2024).また別のメタ解析では,間作を含む作目の多様化によって,収穫量を明確に減らすことなく農業資材の投入量を減らせることも示されている(Tamburini et al. 2020).間作には草丈管理などの実践的課題はあるものの,地域の生物相次第では有力な手段である.

果樹園でも生態学的強化の研究は進んでおり,例えばカンキツでは特別栽培と草生栽培を組み合わせることで害虫ミカンハダニの密度が低く抑えられ,カブリダニ類やクモ類などの天敵が機能していると考えられる( https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/04_kankitsu_tayosei_201803.pdf,2024年11月8日参照).青森県のリンゴ園では,果樹にフクロウの巣箱を設置することで,果樹に被害を与えるネズミの個体数を減らすことが報告されている(Murano et al. 2019).フクロウは小鳥類も捕食するため在来鳥類への影響は考慮する必要があるが,適切に活用することで有効な取組となり得る.また世界的な昆虫食鳥類のカラ類などを巣箱で誘引したガ幼虫の防除なども明らかにされており,日本でもシジュウカラの活用について検証する余地が十分にあると考えられる.

景観スケールの土地利用の重要性

多くの生物種は,生活史の中で一枚の圃場よりも広い範囲を移動する.このため,生物の種数や個体数は圃場内の取組だけでなく,より大きな空間単位の要因にも影響される.特に景観スケールと言われる数百メートルから数キロ範囲の土地利用の影響は,これまで多くの生態学的研究が行われてきた.例えば全球規模のメタ解析では,単一の作物が優占する農地景観より,多様な作物または非農地を含む多様な土地利用を有する農地景観のほうで種多様性が高い(Priyadarshana et al. 2024).ただし種によっても影響が異なり,脊椎動物と植物には非農地の多様性が重要だったが,無脊椎動物には作物と非農地の多様性がどちらも重要だった.これらの結果は,圃場単位で同じ取組を行ったとしても,周辺の農地・非農地の配分や空間配置が異なる他の地域では,圃場内の生物多様性や生態系サービスに与える影響が異なることを示している.このような状況依存性に関する知見は日本でも少しずつ増えているが,さらに蓄積し,農業生産に活用するための非専門家向けのガイダンスを作ることも今後の重要な課題である.

おわりに

本総説では水田を中心に,畑地と果樹園における生物多様性を高めるための取組や,生態系サービスを強化するための取組について紹介した.これらの知見をさらに発展させ,農業生産と生物多様性保全の両立を実現することは今世紀における最も重要な課題の一つであり,農研機構にはこうした研究を推進する国際的な責務がある.

具体的な今後の課題として,有機栽培や特別栽培(などの生物多様性に配慮した栽培管理)の枠組みで生産性をどう向上させるか,という視点はもちろん重要である.しかしそれだけでなく,慣行栽培の枠組みで生物多様性や生態系サービスの強化をどのように実現するかという視点をもつことで,新たなイノベーションが生まれる可能性もある.

謝辞

本稿で紹介した「鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル」は,農林水産省委託プロジェクト研究「生物多様性を活用した安定的農業生産技術の開発」(平成25-29年度)の成果です.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
著者は自身の論文の著作権を保持し、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構に対し農研機構研究報告からの論文の出版を許諾する。
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