スマート技術を活用しつつ,無農薬・無化学肥料での持続的な放牧関連技術の導入実証を,島根県大田市の三瓶山の荒廃農地を含むエリアで行った.導入した技術は,荒廃農地再生技術,放牧期間延長技術,GPSガイダンスによる鶏ふん散布技術,放牧牛の位置看視技術,電気牧柵電圧監視技術であった.技術導入により,放牧地の面積は31 ha→64 haへ,放牧期間は182日→230日へ,放牧牛の頭数は30頭→53頭へ,それぞれ増加したが,放牧牛の位置看視技術等により,人員の増加無く2名で管理できた.これらスマート放牧体系は,荒廃農地の解消と農用地の省力的維持管理,自給飼料に基づく低コスト持続的家畜飼養体系に寄与できることから,今後さらなる技術発展と普及が期待される.
A field demonstration of sustainable grazing-related smart technologies without agrichemicals or chemical fertilizers was conducted in an area that included abandoned farmland on Mount Sanbe in Oda City, Shimane Prefecture, Japan. The technologies introduced include abandoned farmland restoration, grazing period extension, Global Positioning System (GPS)-guided chicken manure spreading, grazing cattle position monitoring, and electric fence voltage monitoring. As a result of the introduction of these technologies, the grazing area has increased from 31 to 64 ha, the grazing period has extended from 182 to 230 d, and the number of grazing cattle has increased from 30 to 53. Despite these increases, grazing management was maintained by only two individuals without having to increase personnel thanks to grazing cattle position monitoring technology and other innovations. Therefore, these smart grazing systems are expected to contribute to the resolution of abandoned farmland, improve labor-saving maintenance of agricultural land, and enable a low-cost sustainable livestock breeding system based on self-sufficient feed. Further technological development and dissemination are expected in the future.
島根県大田市の三瓶山麓では,古くから放牧による家畜生産と草地景観保全の取組が行われており,その取組が評価され1963年には国立公園に認定された.しかしながら役用から肉用への和牛飼養形態の変化,農家の高齢化や担い手不足等社会構造の変化により,過去に多数存在した,放牧を行う畜産農家が現在は1戸となり,放牧が継続できない区画が徐々に増え,荒廃が進行していた(図1左).さらに近年では,輸入飼料,化学肥料,燃料などの価格高騰も,畜産経営上の課題となっている.この状況に対し本稿で紹介する取組は,スマート技術等を活用し,荒廃農地を再生することにより放牧地面積の増加と放牧牛の増頭を行い,さらにその放牧管理を人員増加なく実現したものである(図1右).
本取組は,みどりの食料システム戦略(みどり戦略)を意識して,和牛子牛生産への放牧の活用,および放牧草地の整備を無農薬・無化学肥料で実施した.みどり戦略の実現には,持続可能な食料生産システムの構築と,生産力向上が必要であるが(農林水産省 2021),このような持続型農業に寄与する技術は,(1)農業生態系の活用や保全への配慮を踏まえる必要があるとともに,(2)農業者が実行可能で,経営的に継続可能であることも必要である(Callaway and Francis 1993).また,農業人口が減少している中での生産力向上にはスマート技術の活用が必須となるが,それは(3)大資本を持つ農業経営のみが実施可能な技術では無く,中山間地域等における小規模農家も実施可能な技術であることも合わせて必要である.これらは近年アグロエコロジーと呼ばれる持続可能型農業の総合的アプローチにおける,(1)生態学的健全性,(2)経済的実行可能性,(3)社会的公正性に該当し(スティーヴン 2023)(図2 ),本稿の取組は,みどり戦略の実現に必要となる,現場レベルへの総合的な持続可能型農業技術導入の一事例としての側面も持つ.
*「アグロエコロジーにおける農業の持続可能性の3 要素」の生体学的健全性,経済的実行可能性,社会的公平性は,スティーヴン (2023)に基づく.
そこで本稿では,農研機構およびその他研究機関において開発が進められてきたスマート放牧関連技術の,三瓶山麓で実施されたみどり戦略に配慮した導入事例等を紹介し,今後の技術開発の展望を述べる.
放牧による牛の飼養は,以下のとおり持続可能型畜産体系としての特徴を持つ.
このように放牧は,食料安全保障の点からも,農業生態系を活用した自給飼料生産・給与,価格が高止まりしている輸入飼料・燃料等の低減,人口減少下での農地保全に寄与が可能な飼養体系である.三瓶山麓の導入事例では,これら放牧の特徴を最大限引き出しつつ,農家が自ら費用を払い技術導入するか否かを考慮し,実証するスマート技術等の技術を選択した.
荒廃農地とは,長年の放置により木本が侵入し,通常の農作業では作物の栽培が難しくなった農地を指すが,家畜が可食できる植物も存在することから荒廃農地の状態でも放牧飼養は可能である.しかしながら,農業生態系の活用と,スマート技術等の農業機械を最大限活用した生産を考慮する場合,木本植物などを取り除き農地再生することが望ましい.放牧利用を想定した農地再生場面において,耕作休止直後の草本植物(ススキ,クズ,セイダカアワダチソウなど)が侵入した圃場では,牛の放牧による地上部植物の採食のみで再生が可能であるが,遷移が進み木本植物が増えると,牛が採食できないため放牧のみでは農地再生できず,木本植物による太陽光の地表面の庇蔭面積が増加し,放牧牛の可食草と家畜の生産性が下がる.この場合,荒廃農地の木本植物等を除去することにより,地表面まで太陽光が届くようになり,牛の採食可能な範囲に生育する草本植物の生産性を上げることができる(図1).また,木本植物の除去は,スマート機器等の農業機械を効率的に稼働させる上で必須である.
このような木本植物除去には,従来は人手による伐採・持ち出しが行われており,多大な労力が必要であった(図3下 ).それに対し本稿の取組では,3種のフレールモアを用いた(図3上 ).フレールモアは地面に対し垂直方向に回転する軸に前後に動く刃が多数ついた形状で,回転に伴い刃が植物を叩き付けて破砕し,チップ状にすることができるため,残枝などの持ち出し作業が省略でき,効率的な農地再生が可能となる.(1)乗用トラクタ装着型フレールモアは,TMC Cancela社のTGH-220(マルチャー)を用いた.本機は鋳物製の刃を持ち,カタログ値で直径18 cmの木本細断が可能である.85馬力以上のトラクタが必要で,処理速度は3機種の中で最も早いことが明らかにされた.(2)無線トラクタ装着型フレールモアは,キャニコム社のCG670(クロカンジョージ)を用いた.40度までの傾斜地で利用可能であり,乗用トラクタが入れない斜面での荒廃農地再生に適する.(3)油圧ショベル装着型フレールモアは,タグチ工業のKS-27(クサカルゴン)を用いた.棚田など,上記2機種が入れない地形で利用可能であり,処理速度自体は上記2機種より遅いが,多くのレンタル会社で取り扱いがあるため,利用が容易である.これら3種の処理速度は,(1)>(2)>(3)である(柿原ら 2025),これらフレールモアを実証地の地形・形状にあわせて選択しながら合計28.8 haの荒廃農地再生を行った.
フレールモアによる地上部除去作業後も,草本植物の一部は再生を開始する.薬師堂(2012)は荒廃農地再生の際に除草剤を利用したが,本取組では放牧牛の採食により,除草剤を利用せずに管理を実現できた.ただし,ノイバラなどの木本植物は牛が採食できないため,農地再生後も被度を回復することが判明し,今後,その対応技術の開発が必要である.また,トラクタの走行不可能な急傾斜地の直径10 cmを超える木本除去はできないことも課題として判明し,研究開発が必要と考えられる.
牧草には寒地型牧草(生育適温が約15~21℃)と暖地型牧草(生育適温が約25~30℃)があり,それらの季節生産性は,寒地型牧草では冷涼な春に多く,夏に少なく,秋に多くなり,暖地型牧草では春に少なく,温暖な夏に多く,秋に少なくなる(図4左上).この特長を活かし,暖地型牧草と寒地型牧草を組み合わせることにより,放牧草の生産量の季節毎の変動を平準化しつつ,放牧期間が延長できる技術が開発され,周年親子放牧標準作業手順書「山陰地方版」として公開されている(農研機構 2023).この放牧延長技術の現場への適用にあたり,牧草作付け計画支援システム(周年親子放牧コンソーシアム 2021)を利用した(図4右上).牧草作付け計画支援システムは,産地・経営により異なる条件(放牧可能面積,放牧地の状況(トラクタ走行・管理の可否、排水性の良否),気象条件,放牧可能頭数)下で放牧を活用し,経営内の購入飼料を最も少なくする牧草作付け計画の立案を支援するシステムである.
国立公園三瓶山に本技術を適用する上で,既存の在来野草種を最大限活用することとし,新規牧草導入は過去に牧草導入実績のあるエリアに留めた.具体的には,既存の在来野草種のシバ等が生育する21 haは,そのまま活用し,シバ等と同様の季節生産性(春少なく,夏に多く,秋に少なくなる)を示す暖地型牧草の導入は行わなかった(図4下 ).一方で,寒地型牧草の導入実績のあるエリア16 haについては,寒地型牧草として,標高約500 mで12月中下旬から根雪になる比較的冷涼な気象条件を配慮し,オーチャードグラス品種「まきばたろう」(2.0 kg/10a)を主体としつつ,高栄養のペレニアルライグラス品種「夏ごしペレ」(0.4 kg/10a),生産量は前2草種より少ないが永続性の高いケンタッキーブルーグラス品種「ラトー」(0.3 kg/10a),マメ科牧草であるシロクローバ品種「フィア」(0.3 kg/10a)を2022年9月に播種した.
なお,牧草・野草は草種により栄養価は大きく異なり,図5 に示したペレニアルライグラスなどの高栄養牧草はTDN(牛の栄養価)含量が高く(図5左),それら牧草を放牧等により短草で採食利用することにより牧草中のTDN含量は70%程度と一部の濃厚飼料と同等の水準まで高くなる(図5右).また,マメ科牧草導入により放牧草中のタンパク含量やカルシウム含量は増加する(平野 2021).
本研究の実証試験では,これら高栄養牧草の導入と短草での放牧利用により,放牧地における濃厚飼料給与量は,技術導入前(2021年)と比較し,技術導入後(2023年)は減少する傾向にあった(渡部,平野 2025).また,採食可能な草の生産量は,寒地型牧草導入前(2022年)と比較し,導入後(2023年)は約2倍に増加した.そして,放牧地で粗飼料無給与で放牧実施した期間は,技術導入前(2021年)の182日から技術導入後(2023年)の230日へ,48日間増加した.
左図:放牧草・牧草・野草のTDN 含量.右図:オーチャードグラスの放牧草の草高および採草生育ステージの推移に伴うTDN 含量の推移.「日本標準飼料成分表(2009 年版)」「日本飼養標準・乳牛(2006 年版)」より作図.
なお,永年生寒地型牧草の耐暑性は,トールフェスク>オーチャードグラス>ペレニアルライグラスであり,近年の温暖化に対応した地域ごとの適草種再評価研究が早急に必要であるとともに,従来オーチャードグラスを栽培していた地域では,耐暑性に優れるトールフェスク品種「ウシブエ」の導入を検討することが望まれる.
また,マメ科牧草導入は,その空中窒素固定能力の活用が可能で,北海道の施肥基準では,マメ科率が15~50%と適切に生育することにより,施用窒素量の減肥が可能とされており(北海道農政部 2020),本取組でも低窒素投入条件下での牧草生産性向上効果も期待した.
草地における牧草導入は,通常の完全更新の代表例では以下の過程を行う:除草剤散布→耕起,土壌改良剤施用,堆肥散布,砕土整地→基肥施用,牧草播種,覆土,鎮圧(日本草地畜産種子協会 2018).これに対し今回の取組では,トラクタに取り付ける簡易草地更新機(シードマチック,エイチゾン社グラスファーマー3014C)を用いた(図6 ).この機種では,地表面に15 cm間隔で円板により溝を切り,その溝の中に牧草種子を落とす形で播種ができ,完全更新と比較し土壌攪乱を最小限にした更新作業ができるとともに,約1 ha/時間の効率的な播種作業実施と,時間・燃料の節減が可能となる.なお,今回の簡易更新作業は,荒廃農地再生,雑草細断(マルチャー等)→簡易更新機による播種(シードマチック)→有機質肥料としての鶏ふん散布(GPSガイダンス+コンポキャスタ等)により,スマート機器も含めた作業効率化を図りつつ,無農薬・無化学肥料での肥培管理を実現した.
左上:シードマチック全景.左下:不耕起播種の様子,ディスクで溝を切り牧草種子を落とす.右上:作業の様子,約1 ha/ 時間の効率的な作業が可能.右下:高栄養牧草ペレニアルライグラスが,すじ状に出芽してきた様子.
なお,今回は簡易草地更新機を利用し,除草剤を利用しなかったが,土壌の物理性改善の必要性や,雑草の生育状況等により,除草剤を利用した完全更新の実施が適する場合がある.
化学肥料に対する代替肥料としての鶏ふんは,N成分あたりの単価が化学肥料より安く,牛ふん堆肥と比較し重量あたりのN含量が高いことから散布量を低減可能で,広域で入手が容易である.特に採卵鶏の鶏ふんは,Ca含量が高い傾向にあることから,石灰散布量の削減効果も期待できる.
散布作業に際し,鶏ふんは草地における散布軌跡が目視でわからないため,鶏ふん散布部の重複や無散布部分が生じ,ひいては牧草の生育ムラなどの要因となっていた.この問題に対し,GPSガイダンスを用いた効率的な鶏ふん散布を試みた.GPSガイダンスは農業情報設計社のシステムを活用し,GNSSレシーバ(AgriBus-GMiniR)+タブレット端末(Lenovo社TB-X6C6X)+GPSガイダンスソフトウェア(AgriBus-NAVI)により実現した(図7左 ).今回の実証地での鶏ふん散布に当たり,けん引式のマニュアスプレッダ利用が困難な地形が存在したため,鶏ふん散布が可能な直装式のブロードキャスタであるタカキタ社のCC8002D(コンポキャスタ)を用いた(図7右上 ).また,近隣の養鶏場からの発酵鶏ふん納入は600 kgのフレコンバックに入った形態であり,現地でコンポキャスタへの鶏ふん積み込みのため,トラクタに装着するフレコンハンガー(IHIアグリテック社FARB106SH)を用いた.今回の実証地は10 haを超える大面積で,さまざまな傾斜地形が含まれ,外縁形状も直線でない地形であるため,直進するには適切なハンドル操作が必要となるなどにより,鶏ふん散布のムラをなくすことは通常困難であるが,GPSガイダンスを用いることにより,散布ムラを最小限に抑えた鶏ふん散布が実現できた(図7右下 ).
また,本実証における肥料価格は,2022年10月時点で,鶏ふん価格/化学肥料価格(14-14-14)は15.8%であり,実証地(5 kgN/10a/回,2回/年,16 ha)では年間約200万円の肥料資材コストの削減が実現できた.鶏ふんは化学肥料より散布量は5倍に増えるが,散布時間は1.75倍に収めることができた.また,16 haの無化学肥料栽培管理も実現が可能であった.
なお,実際の鶏ふん散布にあたり,散布量決定においては鶏ふんの肥料成分が養鶏場ごとに異なる点に留意する必要がある.また,鶏ふん施用量や栽培植物の種類・利用方法の影響も受けるが,鶏ふんの長期連用により土壌中の肥料養分の偏りが生じる可能性も想定されるため,定期的な飼料成分分析と土壌成分分析等に基づく土壌中の過剰養分の施用量削減と不足養分の施用等を,通常の化学肥料と同様に実施する必要があると考えられる.
荒廃農地再生による放牧地面積増加と牧草導入による放牧地からの採食可能草量増加により,放牧頭数の増加が可能となるが,同時に放牧地での牛や電気牧柵等,人の管理作業も増加する.この増加する管理作業を,放牧牛管理システム「うしみる」(株式会社GISupply社)および電気牧柵電圧監視システム(エコマス株式会社)を活用することにより低減する試みを行った.
放牧牛管理システム「うしみる」は,放牧牛の位置をスマートフォン等で知らせるシステムであり,親牛に取り付ける首輪型の無線(LoRa)通信機能付きGPS端末と,ゲートウェイと呼ばれる中継装置,Web上で利用出来るソフトウエアから構成されている.首輪型の端末から,GPS位置情報(20分間隔で測位)がLoRa通信経由で,ゲートウェイに送られる.さらに,その情報がゲートウェイから携帯通信回線(SIM)経由でインターネットクラウドに送信・保管される.利用者は牛各個体の位置情報(居場所)をWebアプリを通じてみることができる.
電気牧柵電圧監視システムは,電気牧柵の電圧値,特に電圧低下をリアルタイムでスマートフォンに通知する技術で,電圧低下時の早期対策が可能となると共に,脱柵を未然に防止するための電圧監視作業を低減できる.
本実証に用いた放牧地は,2021年までは第1牧区の31 ha(草地21 ha,林地10 ha)であったが,荒廃農地再生技術などの導入により新たに第2牧区の33 ha(草地16 ha,林地17 ha)が加わり,2023年時点で合計64 ha(草地37 ha,林地27 ha)となった.
これにより,放牧牛は2021年の30頭から,2023年の53頭へ約1.8倍に増加し,放牧地面積も約2倍に増加した(図8 ).この大面積で,かつ地形も山麓のため傾斜地が多く,全体を占める林地の割合も多い放牧地では,放牧牛の居場所を探す事が大変な作業であった.特に,分娩前後や体調不良・事故等により,牛群と離れた行動をしている牛の発見は,困難な作業であった.また,電気牧柵の日々の電圧監視や電圧低下対応にも,労力が必要であった.このような状況であるが,放牧牛管理システムや電気牧柵電圧監視システム等を活用することにより,従業員2名で増員無く,放牧牛の増頭下での管理が実現できた.
現場では様々な営農形態があり,スマート放牧技術導入を考慮した際,大規模経営から小規模経営の間で,技術導入に利用可能な予算は異なる.そのため,各経営がスマート放牧技術の恩恵を受けるためには,場合によっては導入技術を限定し,各経営で捻出可能な予算内に収める必要がある.その際,多様な畜産経営への機器導入の参考資料とするため,「スマート放牧導入マニュアル」を作成した(西日本スマート放牧コンソーシアム 2024).本マニュアルは,放牧に関する各スマート機器等を紹介し,効果や導入費,維持管理費の目安を記載した.また,機器導入を検討する上で,小規模経営等で導入機器が限られる場合のスマート技術導入のため選定の考え方と計算方法を提示した.具体的な計算手順は以下の通りとなる:(1)導入可能費用の算出,(2)スマート機器購入目的の明確化,(3)導入を希望するスマート機器等の選定,(4)スマート機器等の優先順位設定,(5)スマート機器等の導入・維持可能に必要となる費用の計算,(6)導入費に対し購入・維持可能となるスマート機器等の選定.本マニュアルは他にも,スマート放牧導入の実例や,参考となる動画や資料等も記載し,幅広い経営における技術導入に貢献できる資料とした.
スマート放牧技術は進化を続けている.牛の位置看視装置の機種は,本課題開始時は「うしみる」のみであったが,近年SONY社のELTRES通信を用いる機種や,低軌道衛星を用いる機種などの販売が国内で始まっており,これらの評価が必要と考えられる(平野 2024).また,今回の取組を通じ,明らかになった課題解決が必要である.
放牧は様々な地目の農地で適用可能であり,水田・畑・果樹園・茶園・段々畑など,幅広い地目で実施した実績がある.また過去に水田で長年放牧した後に,水田稲作に戻した事例があり,本稿で紹介したスマート放牧技術は少人数で大面積の農地の省力保全管理を実現できることから,人口減少下での農地保全効果が高く,食料安全保障に貢献できる技術である.
本稿で紹介したスマート放牧技術は,農業生態系を活用した自給飼料増産や,価格が高止まりを続けている輸入飼料・燃料等を低減できる技術である.近年,畜産物生産コストは上昇しており,例えば子牛生産費(全算入生産費)は2020年から2022年にかけて664 026円から812 514円へ約15万円増加した(農林水産省 2022,2024).畜産経営が極めて厳しい状況にある中で,本稿のスマート放牧技術を中心とした持続型畜産関連技術のさらなる改善と普及を通じ,持続型畜産経営への転換を通じた日本の畜産経営の継続と発展に役立つことが期待される.
本稿におけるスマート放牧体系の実証は,農林水産省「スマート農業実証プロジェクト(スマート農業産地形成実証)(課題番号:畜4G2,課題名:荒廃農地の再生による環境保全効果と生産性の高いスマート放牧体系の実証)」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)の支援により実施した研究の成果を含めている.また,西日本スマート放牧コンソーシアム構成員(農研機構西日本農業研究センター,かわむら牧場,三瓶牧野委員会,島根県畜産技術センター,山口県農林総合技術センター 畜産技術部,島根県西部農林水産振興センター,島根県大田市,島根県農業協同組合石見銀山地区本部),特に農研機構西日本農業研究センター大田研究拠点の諸氏に多大なる協力を賜った.ここに謝意を表す.
著者は開示すべき利益相反はない.