2025 年 2025 巻 22 号 p. 11-
近年,疲労感やイライラ感等で表される軽度な心身不調状態(軽度不調)にある人が増えている.我々は軽度不調の緩和が期待される栄養成分を一定量摂取可能な献立(7食分;一献立あたり主菜1つ,副菜1つ,汁物1つ)を作成した.健常者83名(24~76歳:男性:15名,女性:68名)を対象に,当該献立のレシピを配布し,1日1回7日間自炊してもらい(介入),介入試験開始前,開始1週間後及び1か月後に軽度不調状態,健康・食習慣に関するアンケートを実施した.軽度不調状態は職業性ストレス簡易調査票B領域(軽度不調判定項目である「活気」,「イライラ感」,「疲労感」,「身体愁訴」を含む質問票)により評価した.研究対象者のうち軽度不調と判定された者は54名であった.この54名において,「活気」の項目で介入前に比べて1か月後に有意な亢進,「イライラ感」で1週間後,1か月後に有意な低減が認められた.83名の全研究対象者のうち20~30代で,介入前に比べて開始1か月後に健康習慣が不良の者の割合が有意に減少し,また研究対象者全体で食事に対する意識の変化が見られた.軽度不調緩和,行動変容に献立提示法が有効である可能性が得られた.
Recently people with minor health complaints (MHC) (i.e. irritability and fatigue) have been increasing.We have made special menu which contains nutrients and functional compounds for improving MHC. A total of 83 healthy subjects (ages: 24–76 years) were received recipes of the menu and supposed to cook by themselves once a day for 7 days, and to answer several questionnaires concerning MHC and healthy habit. Those were analyzed at 0, 1 week and 1 month.MHC was assessed by the Brief Job-Stress Questionnaire that uses the items for liveliness, irritability, fatigue, and body complaints.Participants with MHC was 54 subjects and they significantly showed higher liveliness and lower irritability at 1 month compared with those at 0 week. Healthy habit with young people was significantly improved at 1 month. These indicate menu presentation would be useful for improving MHC and healthy habit.
現代社会はストレス社会と言われ,我々は日々,様々なストレスに晒されている.ストレスとは,外部から物理的,化学的,心理・社会的刺激を受けた時に生じる緊張状態のことであり,この刺激に対応しようとして心身に生じた様々な反応がストレス反応とされる.ストレス反応には,イライラ感等の心理的なものや,頭痛や便秘,不眠等の身体的なもの(身体愁訴)がある.このようなイライラ感や身体愁訴で表される軽度な心身不調(軽度不調)については,厚生労働省が作成している職業性ストレス簡易調査票B領域を用いる判定法が提案されている(Kagami-Katsuyama et al. 2023).この判定法は,対象者に過去1か月間の自身の状態について同調査票B領域の設問1-29まで回答させ,「活気」,「イライラ感」,「疲労感」,「身体愁訴」の項目について点数化するものであり,前述した1つ以上の項目が定められた点数以上であるときに軽度不調と判定される.彼らの報告では,「活気」,「イライラ感」,「疲労感」,「身体愁訴」の各項目についてそれぞれ参加者のうち全体の約20%,約18%,約18%,13%の者が軽度不調状態であり,加えて勤労者を対象とした木元ら(2024)の報告では,約6割の者に軽度不調状態が見られている.この軽度な不調の状態は,放置すると疾患になる可能性が高いが,食事,運動,睡眠への配慮等で健康な状態に戻る可能性があるとして(志村ら 2023),軽度不調緩和効果が期待される食品素材の探索も行われている.これまでに,軽度な不調を感じる対象者にアントシアニンが多いジャガイモである「シャドークイーン」もしくはアントシアニンを含まないジャガイモである「はるか」を8週間摂食させた介入試験で,「シャドークイーン」を摂食させた群についてのみ「イライラ感」が有意に改善されたとの報告がある(Maeda-Yamamoto et al.2022).また木元ら(2024)も,軽度な不調を感じる対象者について,高β‐グルカン,高GABA,高フルクタンの特徴をもつ大麦「北陸裸糯68号」を8週間摂食させた群は,標準的な大麦「イチバンボシ」を摂食させた群よりも「活気」の点数が高いとの結果を報告している.
一方でKagami-Katsuyama et al.(2023)は,788名の健康成人(20代~70代)の観察研究の食事調査の結果から,軽度不調判定項目の数値が中央値より高い群と低い群で,17種類(カリウム,マグネシウム,リン,鉄,亜鉛,銅,ビタミンA(VA),β‐クリプトキサンチン,ビタミンB1(VB1),ナイアシン,ビタミンB6(VB6),葉酸,パントテン酸,ビオチン,総食物繊維,不溶性食物繊維)の推定摂取栄養素の量に違いがあり,軽度不調判定項目の数値が高い群の方がこれらの栄養素の摂取量が有意に低いことを報告した.本研究では,この17種類のうち,令和元年度の国民健康・栄養調査より不足しがちな栄養成分等の観点から8種類の成分(カリウム,マグネシウム,β‐クリプトキサンチン,VB6,葉酸,パントテン酸,ビオチン,不溶性食物繊維)を軽度不調緩和候補成分として着目し,これら成分を一定量含む食材を使った食事の摂取が軽度不調状態へ及ぼす影響を調べることを目的とした.加えて,自身で体調に応じて食事への配慮を行う“セルフケア食”の概念も広まってきてはいるが,まだ十分に社会に浸透していない.セルフケア食の普及の前提となる食による行動変容への取り組みは,食育活動をはじめとした教育効果の実践により効果が得られているとの報告が多い(鈴木ら 2020,篠原 2022).本研究では,セルフケアシステム普及の観点から,軽度不調緩和が期待される献立をウェブサイトに提示し,不調を自覚する人が当該メニューを調理・喫食することで,軽度不調が緩和するか,かつ,どのような行動変容(健康習慣,食習慣への影響)が起きるかを検討した.
研究対象者は調査会社に登録している成人(20歳以上)で,良好な身体状況で試験を安全に実施できる者(提示された献立を調理・喫食できる環境にある者),自発的に書面での同意をもって調査に参加する者,疲労感やイライラ感,肩こり等,病院に行くほどではないが不調を感じている者とし,調査会社により試験概要を周知し募集した.試験参加にあたり,(1)妊娠中,妊娠の予定のある者,授乳中の者,(2)試験期間中にライフスタイル(引越し等)が大きく変化する者,(3)咀嚼・嚥下機能の低下が心配な者,(4)疾患による食事制限がある者,(5)食物アレルギーがある者,をスクリーニングの際の除外基準とした.ヘルシンキ宣言(1964年採択,2013年修正)の精神に則り,研究対象者に試験の趣旨,内容を十分に説明し,研究対象者より書面による自由意志に基づく同意書を得た.本研究は農研機構人対象倫理委員会にて審査,承認(令和4年9月6日付け,承認番号22-026.UMIN000049728)を受け実施された.
2.試験食軽度不調緩和が期待される献立を1日1回食べてもらうことを想定し,一週間分(7食分)の献立を準備した.表1 に試験食(主菜,副菜,汁物)のエネルギー,炭水化物,脂質,タンパク質,軽度不調緩和候補成分について,日本標準食品成分表(八訂)の数値を用いた計算値を示した.主食は指定しなかった.軽度不調緩和候補成分については,一日3食の1食分に相当する量として,Kagami-Katsuyama et al.(2023)の報告にある1日あたりの推奨値の1/3を含むように設計した.
3.試験デザイン試験方法はオープン試験とし,介入期間は1か月間とした(表2).試験責任者は調査会社を通じて軽度不調の概念を説明し,研究対象者を募集した.調査会社のウェブサイトに提示されている1週間分の献立とレシピに従い,1日に一つの献立を自身で調理・喫食すること,作成した食事の写真を調査会社に送るように指示した.調理・喫食する献立の順番や摂取時間は指定しなかった.なお研究対象者に試験期間中,制限する食品は示さなかった.
4.分析項目介入試験開始前,試験開始1週間後及び1か月後に次のアンケート調査を実施した.
1)軽度不調状態職業性ストレス簡易調査票( https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/dl/stress-check_j.pdf)を用い,軽度不調を判定する際に用いられる同調査票B領域の設問1-29まで回答させた.「職業性ストレス簡易調査票を用いたストレスの現状把握のためのマニュアル」( https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150507-1.pdf)に従い,各設問に対し,“ほとんどなかった”と答えた場合を1点,“ときどきあった”と答えた場合を2点,“しばしばあった”と答えた場合を3点,“ほとんどいつもあった”と答えた場合を4点とした.同マニュアルに従い,設問1「活気がわいてくる」,設問2「元気がいっぱいだ」,設問3「生き生きする」の合計点数を「活気」の点数,設問4「怒りを感じる」,設問5「内心腹立たしい」,設問6「イライラしている」の合計点数を「イライラ感」の点数,設問7「ひどく疲れた」,設問8「へとへとだ」,設問9「だるい」の合計点数を「疲労感」の点数とした.なお同マニュアルでは,「身体愁訴」は設問19-29の合計点数とされているが,本研究では,Kagami-Katsuyama et al.(2023)の報告に従い,設問27「食欲がない」及び設問29「よく眠れない」は「身体愁訴」の項目より除外し,「設問19「めまいがする」,設問20「体のふしぶしが痛む」,設問21「頭が重かったり頭痛がする」,設問22「首筋や肩がこる」,設問23「腰が痛い」,設問24「目が疲れる」,設問25「動悸や息切れがする」,設問26「胃腸の具合が悪い」,設問28「便秘や下痢をする」の合計点数を「身体愁訴」の点数とした.軽度不調状態は,同調査票B領域への回答から,次に示す項目のうち,1つ以上の項目が以下の点数のときに軽度不調と評価した(Kagami-Katsuyama et al. 2023).
「活気の低下」:男性,女性ともに5点以下,「イライラ感」:男性8点以上,女性9点以上,「疲労感」:男性8点以上,女性9点以上,「身体愁訴」:男性17点以上,女性18点以上
加えて,同マニュアルにより高ストレス者(B領域の合計が77点以上の者,不安感及び抑うつ感の項目が同調査票で定める「高い/多い」者)と判定された者は軽度不調者の解析より除外した.
2)健康習慣調査森本(1999)の調査票を用いた.すなわち,「毎日朝食を食べている」,「一日平均7~8時間は眠っている」,「栄養摂取バランスを考えて食事をしている」,「タバコは吸わない」,「運動や定期的なスポーツをしている」,「毎日,そんなに多量のお酒は飲んでいない.日本酒2合以下,ビール大ビン2本以下」,「労働時間は一日9時間以内に留めている」,「自覚的なストレスはそんなに多くない」の8項目から自身の該当項目を選択させ,森本(1999)の分類により選択項目数が4以下の者を健康習慣が不良の者の割合として示した.
3)成人一般食習慣調査成人一般向き食習慣判定表(鵜池ら 1977)に準じたものを使用した.すなわち,「食事はいつも腹一杯食べますか」,「食事をするとき食品の組み合わせを考えてたべますか」,「ふだん欠食することがありますか(1日3食を基準として)」,「野菜類は好きでよく食べますか」,「にんじん,ほうれん草など緑や黄色の野菜をよく食べますか」,「果物は食べますか」,「ほとんど毎食,肉か魚,卵,大豆製品などの蛋白性食品のいずれかを食べますか」,「牛乳を毎日飲んでいますか」,「油を使った料理をよく食べますか」,「こんぶ,わかめ,のりなどの海草類を沢山食べますか」の10項目について各設問に対し,“ほとんどなかった”と答えた場合を1点,“ときどきあった”と答えた場合を2点,“しばしばあった”と答えた場合を3点,“ほとんどいつもあった”と答えた場合を4点とし,それぞれの項目ごとに評価した.
5.統計解析試験を完遂した研究対象者のうち以下の基準に該当する研究対象者,即ち(1)被験食品の摂取率が80%を下回った者,(2)質問への回答率が80%を下回った者,(3)スクリーニングの除外基準に該当していたことが試験開始後に明らかになった者,(4)研究期間中に制限事項を遵守できないことが判明した者を有効性解析対象者から除外することとした.有効性評価項目それぞれについて介入試験開始前,試験開始1週間後及び1か月後の実測値について解析した.また,軽度不調の判定に使用する職業性ストレス調査票は男性と女性でストレスの評価点数が異なること,厚生労働省による平成28年度の「労働者健康調査」によれば,「仕事や職業生活でストレスを感じている労働者」の割合が20代では59.8%,30代で64.1%であり,全年代の平均(59.5%)よりも高くなっていることから,有効性評価項目それぞれの研究対象者のうち,介入前に軽度不調状態と判別された者,性別,年代(20~30代,40~50代,60~70代)について層別解析を行った.軽度不調状態を判定する質問項目(「活気」,「イライラ感」,「疲労感」,「身体愁訴」)及び健康習慣に対してはそれぞれクロンバックのα係数(内的一貫性係数)を求めた.軽度不調状態及び成人一般食習慣については,ノンパラメトリック検定のひとつで3水準以上の対応のある検定法であるフリードマン検定による時間(介入)の主効果で有意な差があった場合,ウイルコクソンの符号順位検定による2時点(介入試験開始前,試験開始1週間後,試験開始1か月後)間の比較後,ボンフェローニ法で多重比較の補正を行った.健康習慣については健康習慣が不良の者の比率について対応のある3水準の比率の検定であるQ検定により有意な差があった場合,マクマネー検定で2時点間の比較後,ボンフェローニ法で多重比較補正を行った.軽度不調状態,成人一般食習慣については効果量rを,健康習慣についてはφ係数を効果量として算出した.効果の程度は水本,竹内(2008)の報告に従い判定した(目安;0.1:小,0.3:中,0.5:大).統計解析はR(ver.4.4.2)を用いて行った.フリードマン検定およびQ検定にはrstatixパッケージ(ver.0.7.2)を,α係数およびφ係数の算出にはpsychパッケージ(ver. 2.4.6.26)を使用した.統計的有意水準は5%とした.
本試験は2023年1月~2月に実施した.調査会社に登録してある者のうち,選抜基準に合致し,試験参加に同意した者は531名(20~70代)であった.このうち調査会社により,(1)自宅での調理頻度が高い,(2)不調度合が高い者を優先して選抜し,83名が試験に参加した.試験開始後に同意を撤回した者はおらず,83名が試験を完遂した.また,有効性解析対象除外基準に該当する者はいなかった(図1).結果として,研究対象者全体で平均年齢は50.3 ± 14.5歳,男性は15名(平均年齢:51.1±18.3歳),女性は68名(平均年齢:50.1±13.6歳),20~30代は23名(男性5名,女性18名:平均年齢:32.0±5.2歳),40~50代は31名(男性3名,女性28名:平均年齢:49.1±5.0歳),60~70代は29名(男性7名,女性22名:平均年齢:66.2±5.2歳)であった.試験期間を通じて何らかの不調を感じた者は認められなかった.
調査会社が研究対象者から食事写真,職業性ストレス調査票B領域,健康習慣,一般成人食習慣への回答を収集した.食事写真の確認により,参加者による献立食材の入れ替えが見られた例があったが,いずれも軽微なものであった.
1)軽度不調状態介入前の時点において,研究対象者全体の軽度不調判定項目(「活気」,「イライラ感」,「疲労感」,「身体愁訴」)それぞれの項目に関するα係数はそれぞれ0.946,0.858,0.869,0.731であり,すべての項目においてパーソナル尺度で望ましいとされる0.7(小塩 2016)以上であったことから一貫性があると考えられた.Kagami-Katsuyama et al.(2023)による軽度不調の判定により,介入前に軽度不調状態と判別された者はエントリーした83名のうち54名であり,これらの者を軽度不調状態の解析対象とした.
図2 に献立提示が解析対象者の上述の軽度不調判定項目へ及ぼす影響を,全体(54名;平均年齢:50.6±13.5歳),うち男性(11名;平均年齢:54.9±16.2歳),女性(43名;平均年齢:49.6±12.7歳)に分けて示した.「活気」の項目では全体で,試験開始1か月後の値が介入前(P = 0.009, r = 0.512),試験開始1週間後(P = 0.046, r = 0.261)に比較して有意に高かった.同項目について,男性で,試験開始1か月後において介入前に比較して値が有意に高かった(P = 0.036, r = 0.824).女性においても試験開始1か月後において,介入前に比較して値が有意に高かった(P = 0.019, r = 0.427).「イライラ感」の項目では,全体では介入前に比較して試験開始1週間後(P = 0.002, r = 0.514)及び1か月後(P = 0.034, r = 0.393)で値が有意に低かった.女性の場合は試験開始1週間後で介入前に比べて「イライラ感」の値が有意に低かった(P = 0.036, r = 0.441).その他の項目については性別によらずいずれの調査時期においても値に差は認められなかった.
図3 に献立提示が解析対象者の軽度不調判定項目へ及ぼす影響を年代別(20~30代;全体13名うち男性2名,女性11名,40~50代;全体24名うち男性3名,女性21名,60~70代;全体17名うち男性6名,女性11名)に分けて示した.20~30代において,「イライラ感」の項目で介入前に比べて試験開始1週間後に値が有意に低かった(P = 0.044, r = 0.718).また60~70代で,「活気」の項目で介入前に比べて試験開始1週間後(P = 0.044, r = 0.598)及び1か月後(P = 0.020, r = 0.681)とも値が有意に高かった.その他の項目はいずれの年代,調査時期でも値に差は認められなかった.
箱は四分位範囲(25%–75%),箱の中の線は中央値を示す.ひげの両端は,それぞれ最小値と最大値を表す.「活気」以外は値が小さいほど良好な状態を表す.異なる文字間で有意な差あり;P < 0.05.
0w;介入前,1w; 試験開始1 週間後,1m; 試験開始1 か月後.
箱は四分位範囲(25%–75%),箱の中の線は中央値を示す.ひげの両端は,それぞれ最小値と最大値を表す.「活気」以外は値が小さいほど良好な状態を表す.異なる文字間で有意な差あり;P < 0.05.
図4 に研究対象者全体(83名)について,健康習慣が不良である者の割合を属性ごとに示した.介入前の時点において,設問8項目に関するα係数は0.555であり,やや低い値ではあったが既報(森本 1999)があることから信頼性を持つものと判断した.研究対象者全体,性別では調査時期によらず健康習慣が不良である者の割合に差が認められなかったが,年代別では20~30代で介入前(78%)に比べて試験開始1か月後(44%)に不良の者の割合が有意に低かった(P = 0.0399,φ= 0.462).
異なる文字間で有意な差あり;P < 0.05.
0w;介入前,1w; 試験開始1 週間後,1m; 試験開始1 か月後.
研究対象者全体(83名)の成人一般食習慣のうち,統計的に有意な差が見られた項目のみについて,食習慣に対する頻度の度数を中央値,最頻値とともに属性ごとに図5 ,6 に示した.研究対象者全体では試験開始1か月後に「食品の組み合わせを考えて食べた」の頻度が介入前(P = 0.044, r = 0.267)及び試験開始1週間後(P = 0.001, r = 0.360)に比べて有意に高くなった.また,「油を使った料理を食べた」の頻度は試験開始1週間後で介入前に比べて有意に低かったが(P = 0.034, r = 0.312),試験開始1か月後は1週間後に比べて有意に高くなり(P = 0.012, r = 0.314),介入前と同程度であった.「こんぶ,わかめ,のりなどの海藻類をたくさん食べた」の頻度は試験開始1か月後で1週間後よりも有意に高かった(P = 0.019, r = 0.289).女性では「食品の組み合わせを考えて食べた」(P = 0.001, r = 0.405),「油を使った料理を食べた」(P = 0.035, r = 0.307)の頻度が試験開始1週間後で1か月後よりも有意に低かった.年代別の解析(図6)では40~50代で「果物を食べた」の頻度が試験開始1週間後で介入前に比べて有意に低かったが(P = 0.023, r = 0.488),1か月後では差は見られなかった.60~70代では「食品の組み合わせを考えて食べた」の頻度が試験開始1週間後で1か月後よりも有意に低かった(P = 0.016, r = 0.500).また,「油を使った料理を食べた」の頻度は試験開始1週間後で介入前に比べて有意に低かったが(P = 0.023,r = 0.489),試験開始1か月後は1週間後に比べて有意に高くなり(P = 0.049, r = 0.444),介入前と同程度であった.
異なる文字間で有意な差あり;P < 0.05.
0w;介入前,1w; 試験開始1 週間後,1m; 試験開始1 か月後.
1;ほとんどなかった,2;ときどきあった,3;しばしばあった,4;ほとんどいつもあった.
異なる文字間で有意な差あり;P < 0.05.
0w;介入前,1w; 試験開始1 週間後,1m; 試験開始1 か月後.
1;ほとんどなかった,2;ときどきあった,3;しばしばあった,4;ほとんどいつもあった.
精神的健康度と食生活についてはこれまでにも加工食品の摂取量(樋口ら 2008)や,栄養バランスの乱れ等との関連が報告されている(関目ら 2020).最近,後藤,佐藤(2022)により栄養素摂取量と活力を「ポジティブな感情を感じ活動を生み出す力」と定め,これらの関連を探るため,宮城県在住の20歳以上の男女58人のデータにより統計解析が行われた.その結果,50歳以上では「活力」が高い人ほど,たんぱく質,セレン,ビタミンB6,ビタミンB12,ビタミンC,食物繊維(食物繊維総量,不溶性食物繊維)の摂取量が多い可能性が示唆された.一方,若い世代では,高野ら(2006)が中学生の主観評価による「根気のなさ」において,灰分,ナトリウム,ビタミンC,n‐6系脂肪酸,多価不飽和脂肪酸,n‐3系脂肪酸と小~中程度の有意な負の相関がみられたことを報告している.
Kagami-Katsuyama et al.(2023)により軽度不調と関係が深い栄養成分として報告され,本研究で注目した8種類の成分(カリウム,マグネシウム,β‐クリプトキサンチン,VB6,葉酸,パントテン酸,ビオチン,不溶性食物繊維)と不調との関係についてはこれまでに多くの報告がある.カリウム(成人の日本人食事摂取基準2020年度版目標量/日:男性3000 mg以上,女性2600 mg以上)は,動物性食品や植物性食品に豊富に含まれているので,通常の食事ではほとんど欠乏症はみられない.このカリウムはストレスや疲労に関係することが知られているが(南谷 1997),病的なものでない限りその変化は微量である.マグネシウム(同推奨量/日:男性320~340 mg,女性260~270 mg)については,日本を含む先進国で摂取不足と言われており(松井 2019),マグネシウムの主な供給源である食品(全粒穀類,緑黄色野菜,魚介類,果実類)の摂取が減少していることが一因と考えられている.また,軽度なストレスで尿中マグネシウムの排泄が促進される(西牟田ら 1988)との報告もあり,配慮が必要なミネラルである.ビタミンB群のうち,VB6(同推奨量/日:男性1.4 mg,女性1.1 mg)についても令和元年度の国民健康・栄養調査の結果から働き盛りの世代(20~59歳)で特に不足状態が大きくなっている.またVB6は精神的ストレスを緩和する作用のあるGABAの合成に必要であるため積極的に摂取を心掛けたいビタミンである.ビオチン(同目安量/日:50 μg)はアミノ酸,脂肪酸の代謝に関わり腸内細菌によっても作られるため不足はまれであるが,抗生物質の投与により腸内細菌に影響が出ると不足が問題となる.葉酸(同推奨量/日:240 μg)は赤血球の生成,核酸の合成,アミノ酸の代謝に関わり,若年層で不足がちである.特に妊娠期に摂取の推奨がなされる.パントテン酸(同目安量/日:5~6 mg)は食品に広く分布しているため,通常の食事を摂取していれば不足することはないが,ストレス応答で消費されること(木村 1997),また,上述の国民健康・栄養調査では,20~30代の女性でパントテン酸が不足しがちであることが示されている.不溶性食物繊維を含む食物繊維については,腸内環境改善をはじめとした保健効果が知られており(辻 1995),日本人の食事摂取基準2020年版では,一日あたりの摂取目標量は,18~64歳で男性21 g以上,女性18 g以上となっているが,平均的な日本人の食物繊維の摂取量は14 g程度であることから不足しがちな成分である.β‐クリプトキサンチンについては,生活習慣病リスク低減の報告が多いが(杉浦 2012),女性においてストレスを軽減する可能性も示唆されている(海野ら 2016).
上述のように,個々の栄養素と不調に関する報告に加えて,複数の栄養素と不調に関する報告もある.吉田ら(2010)によると,大学生の生活の満足度,生活意欲と有意な正の相関がある栄養素の報告があり,それらには上述の8種類のうち,VB6,カリウム,パントテン酸,食物繊維が含まれている.上述の生活の満足度,生活意欲を軽度不調判定項目のうちの「活気」と捉えると,本研究においても,60~70代の軽度不調者で試験開始1週間後に介入前に比べて「活気」の数値が高かったこと,またその効果量が「効果が大きい」とされる0.5以上であったことから,これら8種類の軽度不調緩和候補成分を含む1週間分の献立の摂取が対象者の「活気」に影響を与えた可能性が示唆された.加えて軽度不調者全体の「活気」の値が介入後は高い値を示し,その効果の程度が中~大であったことから,軽度不調者にとって同献立提示・喫食が軽度不調状態で認められる「活気の低下」を防ぐ可能性がある有効な方法として期待できる.またKagami-Katsuyama et al.(2023)によると,軽度不調な状態では,まず「活気の低下」が見られ,続いて「疲労感」「イライラ感」が表れ,その後「身体愁訴」の状態が見られる.本研究においても「イライラ感」について,軽度不調者全体,20~30代で介入前に比べて介入後(女性においては試験開始1週間後のみ)に値の低下が認められている.これらの効果の程度が中~大であったことから,上述のように「活気の低下」を抑制することにより,その後の軽度不調な状態への移行の抑制が期待できる.また,本研究では,介入効果が性別,年代,軽度不調の種類で異なっていた.例えば「イライラ感」の項目への影響は女性や20~30代で見られたが,栄養バランスの乱れと精神的,身体的な不調については若い世代に関する報告が多いことから(服部ら 2009,阪野ら 2020),本結果は本研究で使用した献立を若い世代に提示するといった,今後,ターゲットを絞ったセルフケア食普及の取り組みに利用できる可能性がある.
本研究は,主観評価を使ったオープン試験のため,提示した献立の摂取による軽度不調判定項目への有効性については,今後,試験デザイン,解析人数,生体ストレスマーカーや心拍数等の客観的な指標の追加等について検討する.特に,解析人数については,男性において介入前に比べて試験開始1週間後で「イライラ感」(P = 0.064, r = 0.706)や「身体愁訴」(P = 0.097, r = 0.658)の値が低くなる傾向が得られたが,それぞれ効果量が大きかったことから,これらの項目は解析人数を増やせば介入の効果が認められる可能性がある.また,職業性ストレス簡易調査票は最近1か月間の自身の状態を尋ねるものとなっており,試験開始1週間後の調査時点では,介入開始前3週間よりも直前の1週間の影響の方が大きいと考えられるものの,参加者の状態を正確に捉えていない可能性がある.今後,アンケートの調査時期によっては設問の文言の改変も検討する必要がある.
本研究はセルフケア食の社会実装化の一環として,献立提示法が研究対象者の行動変容に繋がる可能性を示し,食行動の変容におけるナッジ(望ましい行動を自発的に選択することを後押しする方法)として利用できる可能性がある.特に,健康習慣調査の結果から,研究対象者のうちの20~30代で介入前に比べて試験開始1か月後で健康習慣の改善が見られたことは,この効果量が中程度であったことを考慮に入れると献立提示という介入による結果の可能性が示唆され,そのことが20~30代の「イライラ感」の改善が1か月後も見られたことと関係しているかもしれない.加えて,成人一般食習慣のうち,効果の程度が中程度以上の質問項目に着目すると,研究対象者全体,女性,60~70代で試験開始1か月後に「食品の組み合わせを考えて食べた」の頻度が試験開始1週間後に比べて有意に高くなっていたが,試験開始1週間は提示された献立レシピ通りに作ればよいため,「食品の組み合わせを考える」必要がなかったが,1か月後では,献立レシピを使わなくなるため献立を考えねばならなくなり,献立提示による1週間チャレンジが1か月後の「食品の組み合わせを考えて食べた」ことへの行動変容を促した可能性が示唆された.また「油を使った料理を食べた」の頻度が研究対象者全体,60~70代において介入前に比べて試験開始1週間後で有意に低くなり,1か月後で1週間後よりも有意に高くなっていたが,このことから,献立提示期間中は油を使った料理を控えていたが,提示が終わると油を使う料理が増えたと考えられ,油を食事から減らすように行動を変えることは難しいことが推察された.一方40~50代において,「果物を食べた」の頻度が試験開始1週間後で介入前に比べて低くなっていた理由は不明だが,提示された献立に果物が少なかったためかもしれない.
最近では,食の情報をインターネットから得る人がテレビ,雑誌等の媒体から得る人よりも多くなっており(篠原 2022),本研究のように,特に若い世代には健康維持のためのセルフケア食献立をウェブサイト掲載し,消費者に提示する方法は行動変容への方法として有効と考えられた.林(2023)によると,メニュー名などの情報提供においては,「健康」よりも,味や見た目など「おいしさ」を表す方が,食物選択を促し,さらに食べた後の満足度が高いなど,影響が大きいことを報告しており,本研究でも献立提示の際に「おいしさ」についての説明を加えれば,健康習慣について行動変容が促進される可能性がある.当該事象はセルフケア食を普及するうえで重要な観点であり,今後の取り組みに活かす予定である.行動変容に関する支援プログラムでは,生活習慣の改善までの行動変容の過程は「無関心期」(6か月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がない時期)から「関心期」(6か月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期),「準備期」(1か月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期),「行動期」(明確な行動変容が観察されるが,その持続がまだ6か月未満である時期),「維持期」(明確な行動変容が観察され,その期間が6か月以上続いている時期)の5つのステージに分類されている(諏訪,酒井 2019).行動変容に関し各ステージの特徴に合わせた介入が求められるが,本研究では提示された献立を自身で調理する必要があることから食に対する関心が高い層,上述の「準備期」にあたると考えられるため,試験期間を1か月間とした.本研究により食による軽度不調状態の緩和,行動変容の一例,課題を示したことから,本取り組みが「準備期」以外の行動変容ステージにおいて有効であるかを検討する等,今後,有効な介入研究の作出に役立つことを期待する.
本研究は戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(2B)「食を通じた健康システムの確立による健康寿命の延伸への貢献」に基づき行われた.
著者のうち,山本(前田),河合については軽度不調評価法に関する特許(特開2022-157474),軽度不調と関係する栄養成分に関する特許(特開2023-117128)を出願している.その他の著者には開示すべき利益相反はない.