2019 年 44 巻 p. 13-23
本研究の目的は,現代ドイツ教育学において指導論はどのように取り扱われ,陶冶論からどのように再編されるかを検討し,その意義と課題を明らかにすることである。 統一後ドイツにおいて指導が語られる際,ナチズムの反省から,子どもと教師の対等性が目指され,生活や学習の規則についても子どもとの合意や取り決めが重視されていた。しかしそれが子どものエゴを助長していることを問題視したブエブ(Bueb, B.)は,罰則による管理として規律論と指導論を提起し論争が起こった。こうした動向の中で指導のあり方を陶冶(Bildung)論から再構成するのがツェルナー(Zellner, M.)である。ツェルナーは,指導概念の源流を,ギリシア語のパイデイア(paideia)にさかのぼって検討し,陶冶との関わりがあることを見出した。そして対話的な教師と子どもの関係を重視し,教室の秩序を整える規律を,授業を成立させる前提の指導に位置づけた。そのうえで教育的指導(Pädagogische Führung)を方法的(Methodisch),教授学的(Didaktisch),組織的(Organisatorisch)な指導として展開した。この教育的指導によって陶冶としての自己指導(Selbstführung)へと導く必要性を提起し,指導の捉え方を再考する必要性を示した。 本研究から明らかになったのは,ブエブをめぐる論争以降,指導に関する議論が,子どもの自由か管理かという議論を超えて,教科内容の指導による人間形成の意義が強調されているということである。