抄録
アメリカ生まれ、ユダヤ系の日本文学者、翻訳者、学者であるリービ英雄(Ian Hideo Levy)は、1987年の雑誌『群像』に掲載された『星条旗の聞こえない部屋』を持ち、1992年の日本第十四回野間文芸新人賞を受賞し、日本文壇で一躍有名になった。日本では『星条旗の聞こえない部屋』に関する先行研究は主に「ことば」のモチーフ、視聴の感覚、権力関係という三つの方向に焦点を当てられているが、空間と主人公のアイデンティティ構築との関連性の観点からの研究はまだ十分とは言えない。従って、本稿は『星条旗の聞こえない部屋』における空間に着眼し、その空間描写は如何に主人公のアイデンティティに関連しているかを検討した。詳しく言えば、主人公ベンがアジアという移動空間、横浜領事館という権力空間、新宿という母性空間におけるアイデンティティの困惑、危機及び構築というアイデンティティ構築の過程を解明することにより、空間が主人公のアイデンティティ構築に重要な役割を果たしていることを明らかにした。また、リービ英雄は『星条旗の聞こえない部屋』において、主人公ベンの困惑と迷い、あがきと反抗、探索と脱出といった、「自分とは誰か」という誰もが必ず向き合わなければならない人生の思考を細かく再現し、世間の共感を呼んでいる作品と言えるのである。