抄録
本研究は、20世紀前半期の日本のいわゆる「外地」の開発、とりわけ満洲における国家の開発事業の展開を、技術者運動および革新官僚らによって生成された「技術」概念の理念的変容に着目しつつ、文献調査を通して解釈し、分析するものである。文献調査の結果、「技術」の物語が、以下の様な経緯を経て国家の開発事業に対して一定の役割を果たしていたという歴史的事実が示された。すなわち、当時列強の外圧を受けて近代化に臨んだ日本では、科学は実用性を優先して技術に接合され、国益に利するという尺度に従って国家政策へ包摂されていた。しかしながら、当時の技術者の社会的・制度的地位は低く、その状況改善を企図して直木倫太郎・宮本武之輔らは技術者水平運動を展開していた。その流れが結実したのが、日本内地に比べて制約の希薄な満洲のような外地であった。外地は「新天地」として技術者らに開放され、技術は開発の中心的担い手として躍動する地位を獲得した。さらに革新官僚は「総合技術」「興亜技術」「経済技術」等の概念操作を通じ、技術を国防国家構想や東亜秩序形成と結びつける物語的な枠組を設けた。以上の解釈を通して「技術」の物語化が科学的合理性と民族的使命とを接合し、政治的な分裂を統合して開発へと向かわせる原理として作用した事が示された。その意味で、当時「技術」は政策実現の道具にとどまらず、国家の生存戦略を方向づける理念的・規範的機能を帯び、国家の総力を結集して開発を駆動させる役割を担っていた事が本研究により明らかにされた。