抄録
入れ子のカップ課題は、ヒトの認知発達あるいは霊長類の種間比較の尺度として用いられてきた。Greenfieldら(1972)は、ヒト乳幼児における入れ子のカップの操作に着目し、対象操作にみられる文法的な構造という視点から分析をおこなった。カップの組み合わせかたに規則性のある方略がみられ、その方略が発達的に変化することが示された。最も発達の後期にあらわれる「サブアッセンブリ」は、直前に重ねた複数のカップを一つのかたまりとして移動し、他のカップに重ねる方略だ。このサブアッセンブリ方略は、ヒト以外の霊長類にもみられることがわかってきた。しかし、ヒトを含めた霊長類をまったく同一の方法で直接比較した研究はない。また、カップを組み合わせる方略だけでなく、エラー時の修正行動といった他の発達的指標も存在する。だが、多様な視点を包括しつつ詳細な操作分析にもとづく研究は未だおこなわれていない。本報告では、入れ子のカップの操作を記述する新たな枠組みを紹介する。チンパンジー成体3個体、幼児3個体、およびヒト幼児2名を対象に、円形で直径の異なる5つのカップを用いて課題を実施した。入れ子のカップの操作を「数字 記号 数字」という単位の連なりとして表現した。カップの大きさを数字であらわし、操作に関係した動作を記号であらわした。記号の前に、被験体が操作したカップの数字を、記号の後ろに、操作に関係した他のカップの数字を記した。例えば「3N4/1N34」という文字列は、「カップ3をカップ4に入れ、さらにカップ1をその中に入れる」操作を意味する。この表記法により、カップの操作が文字列として記述でき、個々の操作がどのように連鎖しているかなどの構造的な分析が可能になった。サブアッセンブリ方略、分解行動、操作の連鎖などの点に違いがみられた。これらの結果をもとに、チンパンジーとヒトの認知的特性とその発達について考察した。