抄録
(目的)協力行動はヒトには広く一般に見られることであるが、チンパンジーのおこなう協力行動についてはあまり詳しく検討されていない。そこで本研究では、チンパンジーにおける協力行動の特徴を検討することを目的に、チンパンジーとヒトが協力する場面を実験的に設定した。
(方法)林原類人猿研究センターのチンパンジー1個体を対象とした。チンパンジー放飼場の地面に穴を掘り、穴の中に食べ物を入れた後、この穴を石の蓋で覆った。石には取っ手を付け、これを手で持って石を引っ張ることができるようにした。最初は軽い石を用いて訓練した後、徐々に石を重くしてチンパンジー1個体では引っ張ることができないようにした。ここで、ヒト実験者がチンパンジーと一緒に石を引っ張る協力者として参加した。チンパンジーのとった行動に合わせて、石の重さやヒト実験者の行動を変化させた。
(結果)最初、チンパンジーがヒト実験者と一緒に石を引っ張るような協力的行動は見られなかった。しかし、一定の訓練を経て、このチンパンジーはヒトと一緒に石を引っ張るようになった。この段階で、ヒト実験者が引っ張る方向を任意に決める条件にしたところ、はじめはチンパンジーがヒト実験者に方向に合わせることはなかったが、繰り返すにつれて徐々に方向を合わせて協力的に石を引っ張るようになった。さらに、ヒト実験者が石から離れて何もせず立っている場合には、チンパンジーはヒト実験者の手を引いて協力を催促するような行動が見られた。
(考察)最初から協力的な行動が出現しなかったことから、協力の必要性を即時に洞察的に理解したわけではないと言える。しかし、一定の経験とともに状況を理解し、最終的には相手の協力を催促するようになった。チンパンジーにおいて、他者の行動に合わせたり他者を催促したりする社会的能力の一面が協力場面でも自発的に出現することが確認された。