抄録
ヒトは、陰影からの形状知覚において「単一の光源」、「網膜軸の上方からの照明」という2つの制約を用いる(Kleffner & Ramachandran, 1992)。これらの制約は、唯一の太陽からの光が頭上から降りそそぐ生態環境に生息するヒトにとって妥当であるが、ヒト以外の動物種においても当てはまるのか。本研究では、チンパンジーとヒトを対象に、陰影図形を用いた形態弁別課題において、陰影による形状の知覚における陰影方向の効果について検討した。課題は、陰影を持つ多数の円が含まれた背景の中から、陰影方向を反転させた12個の円により構成された図を分離し、その形態が「完全な円(O)」であるか「一部が欠けた円(C)」であるかを弁別するものである。コンピュータ画面上に呈示された2つの刺激のうち、「C」を含む刺激を選択すれば正解となる。図となる円に付加された陰影の方向により、垂直方向の陰影については、上が明るく下が暗い円(凸)、下が明るく上が暗い円(凹)の2種類、水平方向の陰影については、左が明るく右が暗い円と右が明るく左が暗い円の2種類の計4条件を用意した。実験の結果、ヒトでは、垂直方向の陰影を持つ2条件の方が、水平方向の陰影を持つ2条件に比べ、形態弁別に要する反応時間が速かった。一方、チンパンジーでもヒトと同様、垂直方向の陰影を持つ2条件の方が、水平方向の陰影を持つ2条件に比べ、形態弁別に要する反応時間が速く、正答率も高かった。以上の結果から、チンパンジーも、ヒトと同様の制約を用いて陰影による形態弁別をおこなっている可能性が示唆された。